俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
赤黒い光が鏡の海を脈打つたび、水面に幾重もの波紋が広がる。
俺は剣を構えたまま息を整えた。
右腕を切り落としたはずなのに、一瞬で再生しちまった。
アレックスは油断なく偽邪神を見据えてる。
少し後ろではフィアナが冷静な目で相手を観察してる。
『戦闘データ取得率、九八・七%』
静かな声が空間に響く。
カルディアだ。
『最適化演算を開始』
偽邪神の全身を巡る黒い結晶が、一斉に明滅する。
「何だ……?」
嫌な感じというより、何かが切り替わったような違和感。
次の瞬間。
偽邪神の姿が消えた。
「っ!」
考えるより先に身体が動く。
剣を横へ構えた瞬間、金属同士がぶつかる激しい音が響いた。
「ぐっ!」
腕に重い衝撃が走る。
さっきまで正面にいたはずの偽邪神が、いつの間にか真横へ回り込んでる。
「速っ……!」
押し返されながら後退する。
水面を滑った靴が白い飛沫を上げる。
「ルーク!」
アレックスが飛び込んできた。
《トライ・エッジ》。
三連撃が偽邪神へ叩き込まれる。
だけど偽邪神は腕一本でその斬撃を受け流した。
「なにっ?」
さっきまで押し込めていたのに!
まるで全部読まれてるみたいだ。
『戦闘行動を更新』
カルディアが淡々と告げる。
『近接戦闘アルゴリズム更新』
「更新だと……!」
アレックスが舌打ちする。
「学習してやがる!」
その声と同時に、偽邪神が左腕を振った。
黒い光が扇状に広がる。
「散開!」
俺たちは左右へ飛んだ。
背後で鏡の海が爆ぜ、大量の水柱が夜空へ立ち上る。
「ファイア・ストライク!」
ミリアの炎が一直線に走る。
轟音とともに偽邪神の胸へ命中した。
確かに当たった。
けど、煙が晴れた時には、もう傷が塞がり始めていた。
「効いてないの……?」
「ううん」
フィアナが首を振る。
「効いてはいる。でも、再生が追いついてる」
その間にも偽邪神は止まらない。
今度は足元へ無数の黒い結晶を撃ち込んできた。
「避けろ!」
アレックスの声が飛ぶ。
着弾した場所から黒い槍が何本も突き出した。
俺は転がるように飛び退く。
危ねぇ……!
一瞬遅れてたら終わってた。
「攻撃が増えてる……!」
ミリアも大きく距離を取っている。
「フィアナ!」
「障壁を張るよ!《プロテクション》」
柔らかな光が俺たちを包み込む。
飛来した黒い結晶が結界へぶつかり、火花を散らした。
全部は防げない。
それでも威力はかなり落ちている。
「助かった!」
「長くは保たない!」
フィアナの声にも余裕はない。
このまま守らせ続けるわけにはいかない。
「俺たちで押し返すぞ!」
俺は踏み込む。
アレックスも同時だった。
左右から挟み込む。
偽邪神が一瞬だけ俺へ顔を向ける。
「今だ!」
《ブレードラッシュ》!
五連撃。
続いてアレックスの剣が重なる。
火花が散り、黒い結晶が砕ける。
手応えはあった。
「よし!」
そう思った瞬間。
偽邪神は半歩だけ身体を回した。
たったそれだけで、俺たち二人の剣筋が外される。
「えっ……」
返す腕が見えなかった。
衝撃だけが腹へ突き刺さる。
「がっ!」
身体が吹き飛び、水面を何度も跳ねた。
ようやく止まる。
肺の空気が全部抜けた。
「ルーク!」
ミリアの声が響く。
「平気だ!」
そう返して立ち上がる。
……全然平気じゃない。
腕は痺れてるし、腹も痛ぇ。
それでも、ここで止まるわけにはいかなかった。
偽邪神はもう俺を見ていない。
次の獲物を探すように静かに視線を巡らせる。
『近接戦闘最適化、完了』
カルディアの声が響く。
『遠距離攻撃解析へ移行します』
その言葉を聞いた瞬間、反射的に振り返る。
偽邪神の視線。
その先にいたのは――ミリアだ。
◇
偽邪神の瞳がミリアを捉える。
背筋が冷たくなった。
「ミリア!」
叫びながら地面を蹴る。
偽邪神の身体がわずかに沈む。
次の瞬間には黒い影が一直線にミリアへ迫っていた。
「くっ!」
ミリアは後ろへ飛びながら矢を放つ。
《ラピッドショット》!
三本の矢が胸へ突き刺さる。
だが止まらない。
傷は黒い光に包まれ、矢ごと消えていく。
「そんな……!」
ミリアが着地した場所へ、偽邪神が踏み込む。
近すぎる。
弓じゃ間に合わない。
「避けろ!」
アレックスの声。
ミリアも横へ転がろうとする。
でも。
偽邪神はその動きを読んでいた。
振り上げた腕が逃げ道を塞ぐ。
「しまっ――」
考える暇なんてなかった。
全力で駆ける。
間に合うかなんて分からない。
ただ身体が動いていた。
「ルーク!」
フィアナの声が聞こえる。
あと少し……
間に合え!
間に合え!!
間に合え!!!
俺はミリアの肩を思い切り突き飛ばした。
「きゃっ!」
ミリアの身体が横へ転がる。
その代わり。
偽邪神の拳が、俺の左肩から脇腹へまともに叩き込まれた。
鈍い衝撃。
身体の奥で骨が折れたような音がして視界が真っ白になった。
「がぁっ!」
身体が宙を舞い、水面を何度も跳ねる。
息ができない。
身体の感覚が遠のく。
「ルーク!」
ミリアが駆け寄ってくる。
泣きそうな顔だ。
なんだよ。そんな顔するなよ。
助かったんだからいいだろ。
そう言いたいのに声が出ない。
偽邪神はもう次の一撃へ移ろうとしていた。
くそ。
立て。
立てよ。
だけど身体が言うことを聞かない。
《チャージ》!
アレックスが割って入り、剣で偽邪神を押し返す。
その隙に白い光が降り注いだ。
《エクス・ヒール》!
フィアナだ。
柔らかな光が身体を包み込む。
身体中の痛みが消えていく。
折れていた骨が戻って呼吸が楽になる。
嘘みたいに身体が軽い。
「はぁっ……!」
起き上がる。動く。
問題ない。完全に治っている。
相変わらず反則だ。
「ルーク、大丈夫!?」
「おう!」
思わず叫ぶ。
ミリアが肩を掴んだ。
「バカ!」
いきなり怒鳴られた。
「え!?」
「死ぬかと思った!」
「いや、お前は助かっただろ!」
「そういう話じゃない!」
見るとミリアは涙目になっている。
なんで泣いてるんだ。
分からない。本当に分からない。
「次あんなことしたら許さないから!」
「いや、でもあの状況じゃ――」
「だめ!」
即答。
「絶対だめ!」
なんだよそれ。
無茶言うな。
また同じ状況になったら、たぶん俺はまた飛び出すぞ。
理由なんか知らない。
でもそうしないと絶対後悔する気がした。
「二人とも!」
フィアナが声を張る。
「まだ終わってない!」
偽邪神はアレックスと斬り結びながら、その動きをさらに研ぎ澄ませていた。
剣を受けるたびに黒い結晶が形を変え、攻撃の軌道まで変化している。
『戦闘データ更新』
カルディアの声が静かに響く。
『近接戦闘、遠距離戦闘、支援魔法への対応を反映』
『偽邪神、第二段階最適化を開始します』
「まだ強くなるのかよ……」
思わず漏らす。
アレックスが短く返した。
「だから止める」
「ここでな」
俺は剣を握り直す。
それでも、不思議と足は震えていなかった。
後ろではミリアが弓を構え、フィアナが次の魔法を詠唱している。
だったら俺も前へ出るだけだ。
偽邪神が再び黒い魔力をまとい、鏡の海へ巨大な影を落とす。
本当の勝負は、ここからだ。