俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
何かが少しだけ変わった世界
研究所の入口に駆け戻ると、そこで待っていたレオンさんたちも、こちらへ一斉に視線を向けた。
「無事でしたか!」
真っ先に駆け寄ってきたエリシア様の声には、心から安堵した色が滲んでいる。
「はい。何とか……」
答えながら私は周囲を見回した。
誰も傷一つ負っていない。
レオンさんも、コーデリアさんも、調査局の隊員たちも無事だった。
「カルディアはどうなったのですか」
レオンさんの問いに、私は最深部の奥を振り返る。
「それが……」
全員で歩み寄る。
さっきまでカルディアが浮かんでいた場所には、ただ巨大な装置だけが残されていた。
白い外装は茶色く変色し、金属部分には厚い錆が浮いている。床へ伸びる配線も所々で朽ち、軽く触れただけで細かな破片となって崩れ落ちた。
まるで数千年という歳月を、一瞬で経たようだった。
「これは……」
レオンさんが装置へ手を置く。
「完全に停止していますね」
「カルディアは?」
コーデリアさんの問いに、私は静かに首を横へ振った。
「もういません。《ディバイン・サイト》でも、何も感じませんでした」
あの独特な因果の流れは、どこにも残っていない。
本当に消えてしまったのだ。
「戦闘には勝ったんだよな?」
ルークが確認するように尋ねる。
「うん。偽邪神も倒した」
「でも、その後のことが……」
言いかけて、私は言葉を止めた。
『邪神』。
世界が止まった、あの一瞬。
頭の中には確かに残っているはずなのに、思い返そうとすると白い霧がかかったように輪郭が曖昧になる。
隣を見ると、アレックスも眉をひそめていた。
「どうした?」
「……ううん」
彼も何か引っ掛かっているらしい。
「上手く説明できないんだけど、何か大事なことがあった気がするんだ」
その言葉に私は小さく頷いた。
私だけじゃない。
何かを失ったわけではない。
けれど、何か大きな出来事だけが、世界からそっと薄れてしまったような感覚が残っている。
「原因は分かりませんが」
レオンさんが辺りを見渡す。
「施設は完全に停止しています。これ以上ここで得られる情報は少ないでしょう」
「そうですね」
コーデリアさんも端末へ触れてみる。
反応はない。
壁を流れていた淡い光も消え、都市全体が静かな眠りへ戻ってしまったようだった。
「ひとまず外へ出ましょう」
その提案に誰も異論はなかった。
私たちは中央研究所を後にした。
◇
外へ出ると、青空が目に飛び込んできた。
塔の周囲には静けさだけが広がっている。
都市を満たしていた淡い光も弱まり、案内用の石碑は黒い石へ戻っていた。
「全部止まっちゃったね」
ミリアがぽつりと呟く。
「カルディアが管理してたからかな」
「たぶん」
アレックスも塔を見上げる。
「でも都市そのものは残ってる。建物も壊れてない」
文明だけが、静かに役目を終えた。
そんな印象だった。
◇
歩き始めてしばらくした頃、不意に知らない記憶が頭をよぎった。
暖炉のある部屋。そこに置かれた木製の机。
窓辺で本を読む少女。
そして。
その少女は――私。
「え……?」
思わず声が漏れる。
「どうした?」
アレックスが心配そうに顔を覗き込んだ。
私は首を振る。
「今、一瞬……変な記憶が」
「記憶?」
「うん。知らないはずなのに知っているような……」
言いながら気付く。
知らない記憶じゃない……この世界で生きていた少女(わたし)の記憶。
「……俺もだ」
アレックスが小さく言った。
「え?」
「知らないはずの景色を思い出した」
私たちは顔を見合わせる。
カルディアは言っていた。
――あなたがたは元々この世界の住人です。
その言葉が静かによみがえる。
もし本当にそうなのだとしたら……世界と私たちの間にあった見えない隔たりが、少しだけ薄くなったような気がした。
◇
山道を下り始める頃には、全員の表情にもようやく余裕が戻っていた。
張り詰めていた空気が和らぐと、自然と会話も増えていく。
「ルーク」
前を歩いていたミリアが振り返る。
「肩、もう痛くない?」
「これくらい平気だって」
ルークは左腕を軽く回して笑う。
「フィアナの回復魔法はすごいからな」
「でも、無茶しすぎ」
「仕方ないだろ……目の前でお前が危なかったんだから」
言葉の最後はつぶやくような小さな声。
ミリアは目をそらして頬を染めた。
「……ありがと」
「だから気にすんなって」
二人はそのまま並んで歩き始める。
以前なら少し距離を空けていた二人が、ごく自然に隣を歩いている。
私はその様子を見て、小さく笑みを浮かべた。
「何?」
アレックスが気付いて尋ねる。
「ううん」
私は前を歩く二人へ視線を向ける。
「あの二人、少し仲良くなったなって」
「確かに」
アレックスも納得したように笑った。
「悪くない変化だ」
その言葉に私も頷く。
今回の旅で得たものは、古代王都の秘密だけではなかった。
◇
数日後。
懐かしい城壁が見えてきた。
「アレドだ!」
ルークが声を上げる。
門番が私たちへ気付き、大きく手を振った。
「戻りました!」
その声を聞いた街の人たちも次々と集まってくる。
「フィアナさん!」
「アレックスさん!」
「お帰りなさい!」
「ルークもミリアも無事だったか!」
見知った顔が笑顔で迎えてくれる。
果物商のバルド。
市場のおばさん。
冒険者ギルドで顔を合わせた冒険者たち。
「皆さん……」
自然と胸が温かくなる。
ここへ来たばかりの頃は、知らない街だった。
それが今では、「帰ってきた」と思える場所になっている。
「帰ろう」
アレックスが静かに言う。
私は笑顔で頷いた。
「あの人たちも待ってるしね」
一行はそのまま領主館へ向かった。
◇
応接室では、ローレンス様が穏やかな表情で迎えてくださった。
「よく戻ってきてくれた」
「おかげさまで」
レオンさんが一歩前へ出る。
「任務完了をご報告します」
中央研究所、古代王都で起きた出来事。そしてカルディア。
分かる範囲を簡潔に報告し終えると、ローレンス様は静かに頷いた。
「皆のおかげで、この国を騒がせていた行方不明事件も収束するだろう」
「礼を言う」
レオンさんは姿勢を正す。
「これにて王都調査局の調査およびエリシア様の護衛任務は終了となります」
「我々は準備が整い次第、王都へ帰還します」
ローレンス様は深く頭を下げた。
「王都にも、よろしくお伝えください」
「承知しました」
話が一区切りついたところで、レオンさんが私たちへ向き直る。
「フィアナ君たちへの報酬についてだ」
「今回の件は王国としても極めて重要な案件だった」
「後日、正式な手続きを経て届けよう」
「ちなみに金額は?」
アレックスが恐る恐る尋ねる。
レオンさんはさらりと答えた。
「前回を上回るな」
その場が静まり返る。
「……またですか」
思わず私が呟くと、ルークが吹き出した。
「俺、一生遊べるんじゃないか?」
「それは無理だと思う」
ミリアがすぐに突っ込む。
「装備を買ったら終わるよ」
「それもそうか」
ルークが笑い、私たちもつられて笑ってしまった。
張り詰めた日々のあとだからこそ、その笑いは心地よかった。
笑いが落ち着いた頃、レオンさんが少しだけ真面目な顔になる。
「一つ提案がある」
私たちは姿勢を正した。
「君たちほどの実力なら、王都調査局でも十分に通用する」
「どうだ」
「王都で働く気はないか」
私はアレックスを見る。
彼も同じように私を見て、小さく笑った。答えは決まっている。
私はレオンさんへ向き直った。
「ありがとうございます」
「でも、お断りします」
レオンさんはどこか納得したような表情を見せた。
「理由を聞いても?」
「私たちは冒険者です」
自然とその言葉が口をついて出た。
「困っている人がいれば助けたいですし、知らない場所も見てみたい」
「王都だけに留まるより、そのほうが私たちらしいと思うんです」
アレックスも静かに頷く。
「俺も同じです」
レオンさんは数秒黙っていたが、やがて小さく笑った。
「そう答えると思っていた」
「君たちらしい」
応接室に穏やかな空気が流れる。
挨拶を終え、私たちは領主館を後にした。
夕暮れの街並みを歩きながら、私は空を見上げる。
古代王都での戦いは終わった。
だけど世界の謎も、私たちがこの世界に来た理由もわからないまま。
それでも仲間がいて、帰る場所もある。
私は一歩前へ踏み出した。
新しい旅は、もう始まっていた。
まだ見ぬ景色が私たちを待っている。