俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
アレドへ帰還してから、一か月ほどが過ぎた。
事件の余韻も少しずつ薄れ、街は以前の日常を取り戻している。
私たちも久しぶりに冒険者らしい生活を送っていた。
依頼を受けて、報酬をもらって、宿へ帰る。
そんな毎日。
だけど、一つだけ以前と違うことがあった。
「フィアナ、どうした?」
隣を歩くアレックスが不思議そうに私を見る。
「ううん……」
私は視線を逸らした。
以前なら何でもない距離、何でもない会話。
だけど今は違う。
意識してしまう。自分でも困るくらいに。
アレックスも同じらしかった。
時々、何か言いかけてやめる。そんなことが増えた。
◇
その日の夕方。
依頼達成のお祝いのため酒場へ行くと、ルークとミリアが先に席を取っていた。
「遅かったな」
「そっちこそ」
私は向かいへ座る。
するとミリアが妙な笑みを浮かべた。
なんとなく嫌な予感。
「ねえ」
「何」
「いつまでやるの?」
「何を?」
「だから」
ミリアは呆れたようにため息を吐いた。
「お互い好きなのに気付いてないふり」
私は固まった。
隣でアレックスも固まった。
ルークが顔を背ける。
「お前ら見てると分かるんだよ」
「なっ……」
声が裏返った。
ミリアが額を押さえる。
「もう隠せてないから」
「隠してるつもりは……」
言いながら気付く。説得力が全くない。
私は意趣返しとばかりに、ミリアに言い返した。
「そういうミリアだってどうなの」
今度はミリアが言葉に詰まる。
「お、俺たちのことはいいだろ!」
隣でルークが慌てたような声を上げる。
ミリアを見ると、顔を赤くして俯いている。
ややあって、四人で顔を見合わせて笑った。
◇
酒場からの帰り道。
人通りの少ない道を二人で歩く。
沈黙が続くけれど、不思議と嫌ではなかった。
だけど緊張する。なんだか心臓がうるさい。
「フィアナ」
先に口を開いたのはアレックスだった。
「ん?」
「俺は」
そこで一度言葉を切る。
珍しく迷っている。
それだけで少し嬉しかった。
「お前を失うのが怖い」
静かなで、真っ直ぐな声。
「これまで何度も思った」
私は黙って聞く。
「元の世界では親友だったよな、俺たち」
アレックスが苦笑する。
「今でもそうでしょ」
「勿論だ。だがもう俺たちは、それだけじゃないだろう」
私は足を止めてアレックスの方を見た。
「私も」
自然と言葉が出た。
「アレックスとこうしてるのが当たり前になっていて」
「いなくなるのが怖くて」
「気付いたら、ずっと見てた」
少し恥ずかしい。
元の世界では男だったのに……だけど後悔はなかった。
アレックスが小さく笑う。
「じゃあ」
「はい」
「これからも一緒にいてくれるか」
「それって……」
アレックスは少し照れくさそうに笑ってから、真っ直ぐ私を見つめた。
「お前のことが好きだ。フィアナ」
その一言で、胸いっぱいに何かが込み上げてきた。
視界が滲む。
返事をしようとしても声にならない。
私は何度も頷く。それだけで精一杯だった。
「……それで十分だ」
アレックスが優しく笑う。
「私も」
ようやく声が出た。
「私も好き」
そう伝えた瞬間、胸のつかえが一気にほどけた。
アレックスが一歩だけ近づく。
「……キス、してもいいか」
その問いに、私は少しだけ笑ってしまう。
こんな時まで律儀なんだから。
「うん」
小さく頷く。
アレックスは私の頬へそっと手を添えた。
鼓動が耳まで響いている。
逃げたいわけじゃない。
むしろ、この時間が終わってほしくなかった。
私はゆっくりと目を閉じる。
唇へ触れたのは、本当に一瞬だけの優しい温もりだった。
離れたあと、お互いに照れくさくなって笑ってしまう。
「……これで恋人、だな」
「うん」
自然と手が重なる。
指先を絡めると、それだけで心が満たされていく。
夜空を見上げる。
この世界へ来た日には想像もできなかった未来。
元の世界では親友だった私たちは、この世界で恋人になった。
帰る場所も、隣を歩く人も、もう迷わない。
私はアレックスの手を少しだけ握り返した。
二人並んで、静かな夜のアレドへ歩き出した。
◇
数日後。
私たちは新しい家を見ていた。
「広くないか?」
ルークが言う。
「四人で住むならこれくらい必要よ」
ミリアが答える。
「そうね。それに人数はきっと増えるでしょうし」
言ってから気づいた。顔が赤くなっていくのが自分で分かる。
ミリアも私と一緒に顔を赤くしている。
「ま、そういうことだな」
アレックスが苦笑しつつ、そう言った。
私たちがこれまで受け取った報酬は、かなり大きな額になった。
それこそ、無理しなければ一生暮らしていけるくらいに。
けれど、私たちは冒険者を続けていた。
元の世界ではサラリーマンだったし、私もアレックスも働かないなんて不健康だとも思っていた。
この世界にニートなんて言葉は無いけれど。
だから思い切って家を買うことにしたのだ。
冒険者としてはかなり贅沢だと思う。
だけど。帰る場所が欲しかった。
私たちの家が。
「ここが私の部屋ね!」
「まだ決まってねえだろ」
ミリアとルークが言い合う。
私は笑った。
アレックスも笑っていた。
なんとなく不思議に思った。
少し前まで、元の世界へ帰る方法ばかり考えていたのに今は違う。
この家が嬉しい。この街が好きだ。
この世界で生きたいと思っている。
◇
ある日のことだった。
私はレオンさんから送ってもらった、古代文明について書かれた資料を読んでいた。
中央塔、研究施設。無数の機械。
ネットワーク、認証、分散システム。
ふと手が止まる。
「あ」
「どうした?」
アレックスが顔を上げる。
私は勢いよく立ち上がった。
「もしかして」
「この世界でも作れるかも」
「何を?」
「ゲーム」
アレックスが瞬きをした。
私は続ける。
「古代文明の技術を調べれば、コンピューターに近いものを再現できるかも」
「もしそうなら、私たちが完成できなかったものを作れる」
部屋が静かになる。
アレックスはしばらく無言で考えていた。
そして不意に、大声で笑った。
久しぶりに見る、ゲーム制作を語る時の表情だった。
「面白そうだな」
「でしょ!」
「やるか」
私は大きく頷いた。
「うん!」
元の世界で完成できなかった作品『エターナル・エコー』。
道のりはとんでもなく長いけれど、今度こそ完成させたいと思った。
この世界で。
アレックスと一緒に。
◇
門の前にはアレックスとルークが立っていた。
「遅い」
ルークが言う。
「女の子は準備に時間がかかるものなのよ!」
ミリアがいつもの調子でルークに言い返す。
「それに、アレックスはフィアナに何も言わないじゃない!少しは見習いなさい」
「見習えって、何をだよ」
「そりゃあ、女の子の扱いよ」
二人のやりとりを聞きながら、わたしはふと思った。
女の子、か。
最近はもう元の世界で男だったことは意識しなくなったけれど
珠玖直人の記憶はちゃんと残っている。
そして同時に、フィアナとしてこの世界で生きてきた記憶もある。
今の私はフィアナだ。そして珠玖直人でもある。
アレックスも同じだと思う。
だからこれからも進んでいける。
「そろそろ行こうよ」
私が言うと、ルークとミリアも喧嘩をやめて頷いた。
四人の声が重なる。
「出発!」
そして私たちは、新しい冒険へ踏み出した。