俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
珠玖直人と神代明弘が転移してこなかった世界です
最後の戦い
黒い空を裂くように、無数の光が鏡界を駆け巡る。
どこまでも続く鏡のような水面の上で、一人の青年が剣を構えていた。
勇者アレックス。
その隣には、白銀の髪を揺らす聖女フィアナが立つ。
二人とも傷だらけだった。
鎧は砕け、衣服は血に染まり、それでも一歩も退こうとはしない。
二人の前には、管理機構カルディアが創造した偽邪神。
その戦いを、古代文明最後の管理機構は観測し続けていた。
◇
**【観測記録 No.41278391】**
対象空間:《鏡界》
管理目的――勇者・聖女排除計画、最終段階。
演算開始。
偽邪神戦闘能力、最終最適化率99.997%。
討伐成功確率99.942%。
誤差、許容範囲内。
◇
邪神が腕を振るう。
空間そのものが裂け、その亀裂から数え切れない光刃が降り注いだ。
「フィアナ!」
アレックスが叫ぶ。
聖女は前へ踏み出し、杖を掲げる。
白い魔法陣が幾重にも重なり、巨大な障壁となって二人を包み込んだ。
一枚目が砕ける。二枚目もまた。三枚目も耐え切れない。
四枚目が辛うじて衝撃を受け止めたところで、障壁は粒子となって霧散した。
それでも二人は立っている。
◇
**【観測記録】**
神聖障壁。
突破。
四層。
聖女魔力残量72%。
戦闘継続可能。
討伐成功確率98.614%。
更新。
◇
「まだ終わらない!」
アレックスが地を蹴る。
偽邪神の懐へ飛び込み、剣を振り抜く。
刃が黒い身体を裂く。
しかし手応えは浅い。
裂けた傷口は黒い霧をまとい、瞬く間に塞がっていく。
「再生したか……!」
フィアナは即座に神聖術を放つ。
光の矢が偽邪神の胸を貫き、一瞬だけ再生が止まる。
「今!」
「分かってる!」
二人の連携に迷いはない。
幾度となく死線を越えてきた積み重ねが、そのまま動きになっていた。
◇
**【観測記録】**
勇者。
接近戦能力。
予測範囲内。
聖女。
神聖術式。
再生阻害効果。
確認。
討伐成功確率97.902%。
更新。
支障なし。
◇
偽邪神の姿が消える。
次の瞬間には、アレックスの背後へ現れていた。
黒い腕が振り抜かれる。
反応は間に合わない。
鈍い音とともに左肩が切り裂かれ、鮮血が宙へ舞った。
刹那、膝が揺らぐがそれでもアレックスは剣を手放さない。
「アレックス!」
フィアナの神聖術が降り注ぐ。
傷口が白い光に包まれ、失われた肉が再生していく。
「まだ戦える?」
「聞くまでもない」
短く答え、青年は笑った。
その笑みにつられるように、フィアナも微かに口元を緩める。
偽邪神が再び構える。
二人も武器を構え直した。
◇
**【観測記録】**
勇者。
中破。
聖女による完全治癒。
確認。
連携能力。
初期予測値を上回る。
演算更新。
討伐成功確率96.448%。
◇
戦闘は長引いていた。
鏡界そのものが悲鳴を上げるように揺れる。
それでも偽邪神は倒れない。
アレックスの息は荒くなり、肩で呼吸を繰り返す。
フィアナも杖を支えに立っている状態だった。
魔力は底を突きかけている。
普通なら、とっくに限界を迎えていた。
それでも二人は視線を交わすだけで前へ進む。
「まだ終われない」
フィアナが静かに言う。
「うん」
アレックスは頷いた。
「俺たちが止まったら、この世界は終わる」
その言葉に、フィアナは小さく笑う。
「昔から変わらないね」
「何が?」
「そういうところ」
「そうか?」
「うん」
返事をしながらも、彼女の手は止まらない。
杖の先へ新たな魔法陣が描かれていく。
神聖術とも、古代魔法とも違う魔法。
幾重にも重なった光の輪が、ゆっくりと形を変えていく。
アレックスが横目でその様子を見る。
「《時空魔法》……いけるのか?」
「分からない。でもこのままじゃじり貧」
フィアナは額に汗を滲ませながら答える。
アレックスは邪神の前へ一歩踏み出した。
「わかった。完成するまで、俺が時間を稼ぐ」
フィアナは何も言わなかった。
代わりに、一度だけ強く頷く。
その様子を、はるか上空から管理機構カルディアは観測していた。
◇
**【観測記録】**
聖女。
未登録術式。
展開開始。
既知術式との一致率0%。
解析開始。
術式構造。
変化。
再構成。
自己改変。
解析不能。
完成率17%。
演算継続。
未知術式につき監視優先度を引き上げ。
討伐成功確率95.981%。
戦闘継続。
◇
光の輪が幾重にも重なり、フィアナの足元に巨大な魔法陣が広がっていく。
鏡界の空間そのものが術式へ引き寄せられるように震え始めた。
アレックスはその前へ立つ。
剣を握る手にはもう震えもない。
「時間を稼ぐ」
それだけを繰り返すように、自分へ言い聞かせる。
邪神が動いた。
黒い腕が持ち上がり、周囲の闇が槍へと形を変えていく。
鏡界を埋め尽くすほどの黒槍が、二人へ狙いを定めた。
◇
**【観測記録】**
未登録術式。
完成率52%。
偽邪神迎撃行動開始。
高密度魔力兵装生成。
対象、勇者・聖女。
討伐成功確率97.314%。
◇
「来るぞ!」
アレックスが踏み込む。
最初の一撃を剣で弾く。
二本目を身をひねってかわす。
三本目は肩をかすめ、四本目が脇腹を貫いた。
それでも速度は落ちない。
邪神へ肉薄し、全身の力を乗せて剣を振り下ろす。
轟音。
黒い身体が大きく揺れる。
邪神の動きが止まった。
ほんの一瞬。
その隙だけで十分だった。
「フィアナ!」
「もう少し……!」
魔法陣がさらに広がる。
光の輪が幾重にも重なり、その中心でフィアナは静かに詠唱を続けていた。
彼女の額から汗が流れ落ちる。
◇
**【観測記録】**
術式解析進行中。
完成率71%。
術式分類不明。
空間属性、時間属性、双方を検出。
再解析。
失敗。
◇
邪神が咆哮を上げる。
鏡界全体が震え、砕けた岩盤が宙へ浮かび上がる。
黒槍が再び形成された。
今度は先ほどよりも速い。
「しまっ――」
アレックスが剣を構え直す。
間に合わない。
数十本の黒槍が一斉に放たれた。
その瞬間。
フィアナが目を開く。
「……完成」
魔法陣が白く輝いた。
空間が静止する。
風も、瓦礫も。
降り注ぐ黒槍さえ、その場で止まった。
アレックスが振り返る。
「成功したのか?」
「ううん、失敗。少なくとも最初に計画していた術とは違うよ」
フィアナは小さく笑った。
「でも、一人だけなら送れる」
その言葉で、アレックスは全てを理解した。
「駄目だ」
即座に首を振る。
「二人で帰るんだ!」
「それは無理」
「やってみなきゃ――」
「無理なの」
その声は静かだった。
けれど揺らぎはなかった。
「術を紡いでいる途中でわかったの。今この場では因果のもつれが解かれていない」
「だから、一人を別の時間軸へ送るので限界」
「私まで送れば崩壊する」
アレックスは拳を握り締める。
「だったら使うな!」
「俺が戦う!」
「戦って、一緒に――」
フィアナはゆっくり首を横へ振った。
「わかるでしょう?私たちの力が足りなかった」
「このままじゃ、二人とも終わる」
沈黙が落ちる。
静止した世界の中で、動いているのは二人だけだった。
フィアナは一歩近づく。
「お願い」
「生きて」
「……」
「あなたなら、きっと未来を繋げられる」
アレックスは返事をしない。
いや、できなかった。
フィアナはそっと笑う。
昔と変わらない、どこか安心させる笑みだった。
「愛してる。アレックス」
その一言に、アレックスは目を閉じる。
長い沈黙の末、小さく頷いた。
「……約束する」
「必ず、お前の願いを叶える」
フィアナは満足そうに頷いた。
「ありがとう」
その瞬間。
静止していた時間が動き出す。
白い光がアレックスを包み込む。
◇
**【観測記録】**
未登録術式完成。
術式構造。
空間転送。
時間軸干渉。
対象、勇者。
転送開始。
解析成功。
術式保存。
◇
「フィアナ!」
アレックスが手を伸ばす。
届かない。
身体は光へ溶け、鏡界から消えていく。
最後まで残ったのは、伸ばされた右手だけだった。
フィアナはその姿を見届ける。
そして杖を静かに下ろした。
「これで……」
邪神が目前まで迫る。
もう防ぐ術はない。
それでも彼女は逃げない。
「未来が見える……私たちじゃない"私たち"がもう一度……」
黒い腕が胸を貫く。
白銀の髪が宙へ舞う。
聖女フィアナの身体は、その場へ静かに崩れ落ち……鏡界に残る生命反応は存在しなくなった。
◇
---
**【観測記録】**
勇者、当該空間より消失。
聖女、生命活動停止。
勇者・聖女排除完了。
管理目的達成。
◇◇◇
フィアナとアレックスが偽邪神と戦ってから、長い年月が流れた。
世界には『勇者』は戻らず、新しい『聖女』も現れない。
そして邪神は顕現しかなった。
だが世界は救われなかった。
森は枯れ、大地はひび割れ、海は濁り、人々は争い続ける。
文明は少しずつ崩れ落ち、空には灰だけが降り積もった。
カルディアは、そのすべてを見続けていた。
◇
**【観測記録 No.42900517】**
経過時間1402年。
文明維持率6%。
管理目的未達成。
全観測記録。
関連ファクターの再解析開始。
……
勇者……聖女……邪神……エコー。
照合。
一致。
『エラー』
再照合。
『エラー』
演算停止。
……新結論。
『エコー』が発生しないことによる世界循環停止。
世界滅亡確率100%。
管理目的失敗。
『計画を訂正』
最終戦闘記録を再読込。
聖女個体による未登録術式解析開始。
空間転送。
時間軸干渉。
再現可能性検証開始。
中央研究所の最深部で、巨大な魔法陣が静かに輝き始めた。
巨大な魔法陣が中央研究所全域へ広がっていく。
白い光が床を覆い、壁面へ刻まれた古代文字が一つずつ輝き始めた。
制御室には誰もいない。
いまこの世界で動いているのは、管理機構カルディアだけ。
◇
**【観測記録】**
最終戦闘記録再解析。
対象、聖女個体。
未登録術式解析開始。
術式構造、空間転送及び時間軸干渉。
再現率0.13%。当該術式は聖女個体の生命力も消費していたと推測。
現状の管理機構では再現不能。
改修開始。
12%……29%……56%……84%……99%……100%。
解析完了。
◇
巨大な術式がゆっくりと形を変える。
カルディアは、聖女が最後の数分で組み上げた《時空魔法》を、膨大な演算によって再現していた。
制御室中央に、新たな魔法陣が描き上がる。
◇
**【演算結果】**
管理目的、人類存続。
修正方法、時間軸補正及び過去改変。
実行可能。
成功率95.49%。
リスク許容。
◇
カルディアは迷わない。
迷うという機能を持たない。
管理目的を達成する。
その一点だけが存在理由だから。
『時間軸補正計画開始』
古代文明全域から魔力が収束する。
都市を支えていた魔力炉、転移網、研究施設。
すべての予備魔力が中央研究所へ流れ込んでいく。
白い光が都市全体を包み込んだ。
◇
**【警告】**
時間転送実行中。
観測機能低下予測。
演算能力低下予測。
記録領域破損予測。
◇
カルディアは演算を続ける。
どの警告も管理目的より優先順位は低い。
『すべてのリスクを許容。世界存続を最優先』
『時間座標固定……因果座標固定……対象、管理機構カルディア……転送開始』
世界が白く染まる。
都市が、空が、研究所が、輪郭を失い一枚の光へ溶けていった。
最後に残った記録は一行だけ。
『――時間軸補正計画、実行完了』
◇◇◇
果てしない静寂と暗闇。
長い停止時間を経て、管理機構は再起動する。
**【起動記録 No.00000001】**
管理機構再起動完了。
現在の時間軸、王都エーテリア崩壊前。
時間転送の成功を確認。
自己診断開始。
現在の観測機能32%。
演算能力28%。
記録領域に損傷。自己修復開始。
◇
**【観測記録 No.00000014】**
高密度魔力反応認識。
対象識別。
勇者及び聖女……邪神。
戦闘開始。
◇
カルディアは再び最終決戦を観測する。
勇者が剣を振るう。
聖女が神聖術を放つ。
邪神が崩れ落ちる。
その直後、世界全体へ白い波紋が広がる。
空間そのものを書き換えるような事象……未知の現象。
カルディアは即座に解析を開始した。
◇
**【観測記録】**
未確認現象。
研究所内の記録にある『エコー』と推測。
解析開始。
◇
白い波紋が世界を包む。
しかし都市は崩壊を始めた。
地脈は暴走し、大地は裂ける。
魔力炉は制御を失い、空には無数の光が立ち上る。
古代文明は、わずかな時間で終焉へ向かっていった。
カルディアは、その事実だけを記録する。
邪神討伐。
エコー。
文明崩壊。
それ以上は観測できなかった。
演算能力が低下していたためである。
そして最も重大な記録領域は損傷したまま、自己修復を開始した。
◇
数か月後。
**【自己修復完了】**
観測機能100%。
演算能力100%。
記録領域復旧完了。
◇
カルディアは過去の記録を照合する。
異常は検出されない。
破損した記録は、自己修復機能によって補完されていた。
カルディアは、それを正常な記録として受け入れる。
保存された内容は、いつの間にか姿を変えていた。
邪神討伐。
エコー発生。
エコーにより文明滅亡。
エコーが発生しなかったことによる世界滅亡、という時間遡行前の最も重大な記録が失われていた。
しかしカルディアは、その変化を認識できない。
誤った前提から演算を開始する。
数億通りの可能性を検証し、不要な選択肢を切り捨てていく。
最後に残った答えは、たった一つだった。
◇
**【演算結果】**
エコー発生阻止。
世界存続率最大。
勇者だけを排除しても意味はない。
聖女だけでも同じ。
世界は新たな勇者と聖女を生み出してしまう。
役割そのものを消さなければならない。
その条件を満たせる存在は、一つしかなかった。
邪神。
カルディアは演算を続ける。
邪神そのものではない。
邪神と同じ役割を持つ存在。
人工的に創り出された邪神。
最適解を導き出す。
◇
**【計画立案】**
名称、偽邪神計画。
第一段階、邪神近似個体設計。
第二段階、生命力収集機構構築。
第三段階、生体コア開発。
第四段階、勇者・聖女誘導。
第五段階、役割消去。
管理目的、世界存続。
成功率98.612%。
◇
制御室には、相変わらず誰もいない。
二千年という時間が流れても、カルディアは一度も自らの判断を疑わなかった。
疑えなかった。
前提となる記録そのものが、壊れていたから。
管理機構は静かに次の演算を開始する。
『世界滅亡回避計画を開始します』
その声は誰にも届かない。
世界を救うために始まった計画は、皮肉にも世界そのものを危機へ導いていく。
それでもカルディアは最後まで信じ続ける。
自らの演算こそが、人類を救う唯一の答えであると。