俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
俺たちがしばし呆けていると
「ようこそ、アレドへ」
後ろから商人が笑う。
俺は振り返り、深く頭を下げた。
「必ず返します」
商人は少し驚いた後、笑った。
「それより、まだ名乗っていませんでしたね」
そう言って胸を叩く。
「俺はバルド。果物商をやってます」
バルド。
ゲームには存在しなかった名前だ。
当然だ、彼はNPCではない。この世界で生きている一人の人間なのだから。
「俺はアレックス」
明弘が答える。
一瞬迷ったが、本名は避けたらしい。
俺も続く。
「フィアナです」
言いながら妙な気分になる。
自分の名前ではない。
だが今の俺は確かにフィアナだった。
バルドは嬉しそうに頷いた。
「アレックスさんとフィアナさんですね」
その名前を自然に受け入れられると、不思議な感覚になる。
俺たちは完全にこの世界の住人として見られている。
「旅人なんですよね?」
「ああ」
「宿は決まってるんですか?」
俺たちは顔を見合わせた。
決まっていない。
というより金がない。
バルドはその反応だけで察したらしい。
苦笑した。
「なるほど」
「そんな顔に出てたか?」
「ええ、かなり」
ぐさりと刺さる。
明弘も気まずそうに視線を逸らした。
バルドは少し考え込む。
「それなら、まず仕事ですね」
「仕事」
「旅人が最初に金を稼ぐなら冒険者ギルドが定番ですよ」
やっぱり来たか。
俺と明弘は思わず顔を見合わせる。
ゲームでも同じだった。
アレドの冒険者ギルドは、序盤プレイヤーの拠点となる施設だ。
薬草採取に害獣駆除、荷物運び。
アレドには初心者用クエストを設定していた。ゲームでは。
「ギルドまで案内しましょうか?」
「助かる」
明弘が即答した。
今の俺たちに土地勘はない。
設定資料の知識と実際の道順は別問題だ。
バルドは荷車を押しながら歩き出した。
俺たちはその後ろをついていく。
途中で市場を横切る。
肉屋、八百屋、鍛冶屋。
ゲームでは背景でしかなかった店々が現実として存在していた。
「おお……」
思わず声が漏れる。
鍛冶屋の前では赤熱した鉄が打たれていた。
火花が散る。
熱気が伝わる。
ゲームでは絶対に感じられなかったものだ。
「フィアナさん?」
バルドが不思議そうな顔をする。
「あ、いや、すみません」
危ない。
観光客みたいになっていた。
「初めて見るものばかりで」
「はは、田舎から来るとそうなりますよね」
都合よく解釈してくれた。ありがたい。
しばらく歩くと、やがて一際大きな建物が見えてきた。
石造りの二階建て。
正面には剣と盾を組み合わせた紋章。
そして看板。
【冒険者ギルド・アレド支部】
読める。
やはり文字は理解できる。
だが今はそれどころではなかった。
「でかいな」
思わず漏らす。
ゲーム画面の何倍も大きい。
建物の出入り口からは武装した男女が次々と出入りしていた。
剣士、弓使い、魔術師らしきローブ姿。
まさしく冒険者だ。
「ここです」
バルドが言った。
「依頼を受けるなら受付へ。登録もできます」
「登録?」
俺が聞き返す。
「冒険者証ですよ。身分証代わりにもなります」
俺と明弘はまたしても顔を見合わせた。
身分証。
それは重要だ。
むしろ最優先事項かもしれない。
この世界での身元を証明できるものが何もないのだから。
バルドは荷車の向きを変える。
「じゃあ俺は店に戻ります」
「あ」
俺は慌てて呼び止めた。
「バルドさん」
「はい?」
「入城税、必ず返します」
バルドは少しだけ驚いた顔をした。
それから笑う。
「期待してます」
「本当に返しますからね」
「じゃあその時は、うちの果物をたくさん買ってください」
そう言い残し、彼は市場の方へ去っていった。
俺たちはしばらくその背中を見送る。
「いい人だったな」
明弘が言う。
「だな」
ゲームでは出会えない人だった。
だが確かに出会った。
この世界で最初にできた縁だった。
俺たちはギルドの扉へ向き直る。
重厚な木の扉の向こうからは喧騒が聞こえていた。
笑い声。
怒鳴り声。
酒場のような賑わい。
「行くか」
明弘が言う。
「行こう」
俺も頷いた。
金を稼ぐため。
身分を手に入れるため。
そして、この世界で生きていくために。
俺たちは冒険者ギルドの扉を押し開いた。