機動戦士マジカルチャンネル、配信中 作:余燼
1999年、世界各地に異界へと通じる裂け目が現れた。
ダンジョン。その内に満ちる力はあらゆるものを異形へと変え果てる。
だが、そこには地上のどんな資源も霞むほどの富が眠っていた。死か、富か。数え切れない犠牲の果てに、人類はひとつの対応策を見つける。
それから二十数年。配信という行為を武器として、ダンジョンへ潜り、モンスターを討ち、資源を持ち帰る。
人は彼らを、ライバーと呼ぶ。
四月も終わりに差し掛かったころ、俺——須藤黎人はようやく新しい学園生活というものに慣れてきた気がしていた。
放課後、できたばかりのクラスメイトたちと机に座って話す。
「DungeonStream、最近だれ見てる?アツい配信者いる?」
話題は自然に、超有名ライバー『ATUMORI』の話に流れた。
四人の織田信長がそれぞれ異なる歴史解釈で戦うというコンセプトのライバーチャンネルだ。
俺はそこまで熱心にライバーを追っているわけではなかったが、流石にこのレベルのライバーは知っているし、キリヌキも見たこともある。
「どの信長が推し?」
「魔王信長一択だろ、圧倒的でしょ」
「は?鉄砲のっぶが一番だが?」
「本物信長は?教科書にも載ってるじゃん」
「その信長ちゃうやろ!」
そんな話を友人たちとしながら、
もうすぐゴールデンウィークだ。友達と遊びに行くのに、お小遣いを増やしてもらえたらいいな。
──なんて、思っていた。
その日の夕方、家に帰ると、知らない男たちがいた。
玄関の前に、黒い車が停まっている。
最初は、親の知り合いかと思った。父さんか母さんの仕事関係の人間が、何かの用事で来ているのだろうと。
けれど、近づくにつれて、その考えは間違いだとわかった。
スーツ姿の男が二人。
一人は車にもたれ、もう一人は玄関脇の壁に背を預けていた。
「須藤黎人くん?」
名前を呼ばれて、足が止まる。
「……はい」
「お父さんとお母さん、どこに行ったか聞いてる?」
「えっ?」
何を言われているのか、すぐには理解できなかった。
父さんと母さん。
今日の朝は普通に家を出た。少なくとも、俺はそう思っていた。
母さんはキッチンにいたし、父さんの靴も玄関にあった。いつも通りの朝だったはずだ。
「いえ。まだ帰ってないんですか?」
「はぁ……そっか」
男は、深く息を吐いた。
怒っているようにも、呆れているようにも見えた。
「ご両親、飛んだよ。海外に」
「えっ、何、ですか」
飛んだ。
海外。
意味は理解できているのに理解できない。
「……旅行じゃないんですよね」
「違う。借金を置いて逃げたってこと」
喉が詰まった。
借金。
父さんと母さんが。
そんな話は、一度も聞いたことがなかった。
「知らないです」
「だろうな」
男は俺の顔を見て、少しだけ眉を寄せた。
その反応は、怖いというより、困っているように見えた。
「マジで何も知らされてないんだな。ったく、子供残して何やってんだか」
もう一人の男が、小さく舌打ちした。
俺に向けたものではない。
「連絡が来たら、こっちに教えてくれよ。番号はこれだ。君をどうこうしようって話じゃない。こっちは親の居場所が知りたいだけだからな」
名刺を渡される。
受け取る手が、少し震えた。
「……俺、どうなるんですか」
聞いてから、後悔した。
答えを聞きたくなかった。
男はすぐには答えなかった。
それから、車の方に目をやって、何かを考えるように黙った。
「正直、生活費もないだろ」
「……はい」
「学校は?」
「行ってます」
「だよな」
男は、また息を吐いた。
そして、思ったよりずっと普通の声で言った。
「じゃあ、当面の金を貸すよ。二百万」
「え」
間の抜けた声が出た。
「無利子でいい。毎月、無理のない範囲で少しずつ返してくれればいいから。食費とか、寝る場所とか、学校に必要なものとか、そういうのに使いな」
「いや、でも」
「子供一人置いて消えた親が悪い。君が今すぐどうこうできる話じゃないだろ」
優しい、と思った。
少なくとも、その時の俺にはそう見えた。
知らない大人が、急に家の前に現れて、親が逃げたと告げてきた。普通なら、それだけで終わりだ。
なのに、この人たちは俺が明日からどうするのかを考えてくれている。
「書類だけ必要になる。当たり前だが、貸した、借りたの記録は残さないといけないから」
「……はい」
渡された書類には、細かい文字が並んでいた。
正直、ほとんど読めなかった。
頭が働いていなかった。
父さんと母さんがいない。家に戻ってこない。生活費がない。学校は続けたい。明日、どこで寝ればいいのかも分からない。
そういうことばかりが、ぐるぐる回っていた。
「ここにも名前だ。こっちには日付」
「はい」
「印鑑は?」
「家にあります」
「じゃあ、取ってきて」
言われるままに家へ入り、玄関から印鑑を持ってくる。
家の中は、朝と変わらないように見えた。
「あー……そうか。シャチハタか。やっぱサインでいいぞ」
どうやらこの印鑑は使えないらしい。
男は書類に名前を書いたことを確認してから、封筒を渡してきた。
「はい。二百万。こういうのはまず、ちゃんと数えろよ」
「……ありがとうございます」
一枚一枚数え、二百枚あることを確認する。
「返済は本当に少しずつでいい。毎月、無理のない範囲で構わない。ただな」
男は、そこで少しだけ声を低くした。
「親と同じことはするなよ。逃げずに、返す意思だけは見せろ」
「……はい」
「それができるなら、こっちも今すぐ君を追い詰めるようなことはしない」
「とりあえず、ここから一万円。今月分として預かるよ」
「はい」
「何か困ったら連絡して。あと、ご両親から連絡があったら、必ず教えて」
「無駄遣いすんなよ」
「あと、学費振り込まれているか確認しろよ」
男たちは車に乗り込んだ。
黒い車が走り去っていく。
玄関先に、一人で残された。
手元には、分厚い封筒と、名刺がある。
助かった。
たぶん、助かったのだと思う。
少なくとも、今日と明日は生きられる。学校にも、まだ行けるかもしれない。
けれど、家の扉を開ける気にはなれなかった。
中に入れば、父さんと母さんがいないことを、もう一度確認しなければならない気がした。
だから俺は、しばらく玄関の前に立ったまま、封筒を握りしめていた。
とりあえず、学校は続けることにした。それだけが、かろうじて日常の残滓と呼べるものだった。
働かなければならなかった。
未成年で、手に職もなくて、昼間は学校に縛られている。その条件で稼げる仕事を指折り数えていくと、最後にはライバーしか残らなかった。
昼は学校、夜は探索者ギルドの講習。
文字にすればたった一行だけど、いざ回してみると、これがかなり無茶だった。
放課後のチャイムと同時に教室を出て、そのまま駅へ走る。
講習施設の自動ドアに滑り込む頃には、もう制服のシャツが背中に張りついていた。
夕飯はギルドの自販機で買う携帯食料。
家にたどり着く頃には日付が変わりかけていて、風呂に入ったかどうかも曖昧なまま布団に倒れ込む。
そういう毎日だった。
座学は苦労した。
ダンジョンの中でやらかした連中の判例、よく出るモンスターの見分け方、エーテル侵食とかいうものの仕組み、タンマツの操作、依頼を受けてから報告するまでの手順、探索者が守るべき法律と倫理。
覚えることは、思っていた十倍くらいあった。
正直に言えば、眠かった。
知らない単語も多くて、板書を写しているつもりが、翌日見返すと自分の字が呪文にしか見えない日もあった。
それでも、ここで落ちたら、稼ぐ手段が消える。
その一点が、無理やり俺を起こしていた。
実用的な話は、わりとすんなり入った。
勝手に奥へ進むな。通信を切るな。タンマツが警告を出したら従え。
要するに、死にそうな選択肢を消せば、そこそこ当たった。
一番手こずったのは、タンマツの操作と報告のほうだった。
メニューの階層は無駄に深いし、依頼報告のフォーマットはやたら項目が多い。
指がもつれて、何度も入力をやり直した。
これも結局、頭で覚えるのは諦めて、体に叩き込むまで繰り返して、なんとか及第ラインに引っかけた。
受かればいいんだ、受かれば。
戦闘訓練は結構楽しい時間だった。
模擬モンスターの前に立たされて、支給された訓練用の武器を握らされる。
相手が攻撃したそうな雰囲気になったら、踏み込んで、間合いを潰す。
変な体制になった相手を殴る。
「もう一回」
言われた通り、もう一度やる。
教官は手元の端末をしばらく眺めて、それから満足そうな顔で俺の顔を見た。
「ふうむ。攻撃は上出来だな」
攻撃で褒められるってことは、稼ぎに直結しやすい……はずだ。
敵を倒して、ダンジョン素材で稼げそうな未来が見えるのは、純粋に嬉しい。
精神鑑定はよくわからなかった。
ソファのある応接間みたいな小部屋に通されて、ヘッドホンを付ける。あとはひたすら、検査用タンマツに表示されるイエス・ノー形式の質問に、ヘッドホンから鳴るベルの音に合わせて答えていくだけだった。
死ぬのが怖いか。父親が嫌いか。最初は性格診断みたいな問いだったのが、そのうちだんだん長くなっていって、しまいには意味不明な数字の羅列や、見たこともない図形にまで、イエスかノーで答えさせられた。
なんのテストかすら分からなかったが、検査が終わると、職員は書類に判を押して、ひどく事務的な声で言った。
「問題ありませんでした」
そう言われて初めて、自分がずっと、息を詰めていたことに気づいた。
講習修了の判が押されたのは、それから一ヶ月ほど経ったころだった。
昼は学校。夜は講習。帰って寝て、また学校。
その繰り返しで、慣れ始めたばかりの学園生活は、あっという間に輪郭を失っていき、いつの間にか制服も半袖になっていた。
それでも、終わった。
少なくとも、ライバーとして登録するための最低限の資格は手に入った。
ギルドの窓口で本登録手続きを済ませると、受付の人間が端末を操作しながら言った。
「おめでとうございます!適性判定の結果、合格です。タンマツをお渡ししますね」
「っしゃあ!」
思わずガッツポーズをする。これで敵をバリバリ倒して、ダンジョン資源をじゃんじゃん持ち帰ってお金を稼ぐしか無い。
受け取ったタンマツの包み紙を破り、アサルト社の、剣が交差する刻印を——ん?ハート型?思わず二度見する。ハートに星印。どう見てもミライズ・エンジニアリングのアイドルタンマツだ。講習の教官に褒められたから、てっきりアサルトだとばかり思っていたが……
「これはアサルトではなく?」
「はい。それはミライズ・エンジニアリングさんのアイドルタンマツですね」
無慈悲な受付嬢にとどめを刺される。
なんてこった……
ギルド支給以外のタンマツを手に入れるとなると、かなりの出費になってしまう。
日に日に減っていく残高に(借金だが!)、そろそろ精神が耐えられない。
新規タンマツを買う金銭的余裕も無ければ、時間的な余裕も無いのだ。
俺は予定が狂ったことを嘆きつつ、半笑いでアイドルタンマツを受け取るしか無かった。
さらに、ここで次の問題が発生した。
アバターだった。配信には当然、アバターが要る。
【ファッション】は、登録した外見に変身できる。
ダンジョン内ではタンマツの魔力で姿を変え、外の配信ではAIによるリアルタイム編集で見た目を変える。身バレ対策にも演出にも使える、ライバーなら誰でも知っているマストアプリだ。
その説明を聞いた時点では、正直、楽勝だと思っていた。
好きな姿になれるなら、あとは格好いいアバターを想像すればいいだけだ。
だが、いざやってみるとすぐにわかった。
俺は、自分が思っているほど人間の形を理解していない。
顔はまだいい。正面や横から見た顔ならなんとなく浮かぶ。
だが、後頭部や背中は完全に未知の領域だった。髪がどう流れているのか、首がどう繋がっているのか、肩の厚みがどれくらいなのか。
考え始めると、格好いいアバターは粘土細工みたいに崩れていった。
無理だ。三面図がいる。ぐるぐる回せる3Dモデルみたいなのもいる。
当然、【ファッション】登録の時、実在人物や既存キャラに似すぎていたらアウトだ。
つまり、どこかで見た格好いいキャラを使うのは無理だ。
声も同じだった。
地声は論外だ。身バレ防止のためのアバターで地声を使うやつがいるか。
かといって、頭の中だけで別人の声を作って維持するのも厳しかった。
決めセリフだけとかならいけるかもしれない。だが、日常会話は無理な気がする。
なんなら、声優や既存キャラに酷似していて不許可になったら目も当てられない。
まともにやるなら、イラスト依頼。
あるいは3Dモデル制作。
ほかに音声加工ソフトも必要。
そして俺には、金がなかった。
結局、頼れるのは無料素材だけだった。
俺は検索し、拾い、規約を読み、加工し、失敗し、戻し、また検索した。
探索者になる前から、すでに心が削られていた。
数日後、完成したアバターを見て、俺はしばらく黙った。
丸い。
猫、のはずだった。
だが、画面の中にいたのは、猫というより毛玉だった。
短い手足が申し訳程度についていて、全体的にころんとしている。
走れるのかどうかも怪しい。
タンマツなんて持たせたら絶対に落とすので、首輪にした。
可愛い。
たぶん可愛いよな?
少なくとも、怖くはない。
3Dモデルみたいに、動かした途端、化け物みたいに崩壊することもなさそうだ。
近くで見ると、素材にしたアスキーアートの気配がまだ残っている気がする。
でも、これ以上いじると悪くなりそうな気配すらする。
まあいいか。これで。
底辺配信者の収入なんてほとんど見込めない。そろそろ動かなければ間に合わない。もしかしたら、もう遅いかもしれない。
そろそろ眠気も限界だ。
タンマツを立ち上げ、ギルドに【ファッション】のアバター登録申請を出す。
配信名の欄は——「カラード」でいいや。
まずは拾ってくれるパーティを探すしかない。明日から就職活動だ。
キャラクター名:カラード(須藤 黎人)
年齢:普通科1年生 性別:男 出身:明日雛市
容姿:くびわつきけもの
タンマツ:アイドル(A)
主能力
戦闘:6 / 反応:2 / 技術:1 / 魅力:6 / 幸運:6
副能力
EP:46/46 ストレージ:8/14 クレジット:0
メインウェポン:片手剣(HI-32: BU-TT/A)
アクション:クロススラッシュ / 朧薙ぎ / 花鳥風月
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