機動戦士マジカルチャンネル、配信中 作:余燼
東京タワーダンジョンの入口付近には、初心者ライバー向けの待機ラウンジが設けられていた。
配信開始前の最終確認、装備の同期、支給品の整理、簡易ブリーフィング。
そうした準備のためのスペースで、壁際には自販機と充電ポート、中央には半透明の作戦卓が並んでいる。
窓の外には、現実の東京タワーが見えた。赤と白の鉄塔。
その足元に、観光地とは少し違う空気をまとったゲートがある。あそこが、東京タワーダンジョンへの入場口だ。
俺たちは作戦卓のひとつを囲んでいた。グレイルが椅子に逆向きに座って足をぶらぶらさせながら、タブレットを作戦卓へ接続している。
俺は邪魔にならないように卓の端にちょこんと座っていた。
女性パーティで視点が低いと色々見えてしまうからな。基本的に高いところにいるべきなのだ。
「さっきの人たちが言とおり、浅いとこはゴブリンくらいだからね〜」
「まあ、ゴブリンくらいなら楽勝ですわね」
マーリンは手元のタンマツを操作しつつ答える。タンマツから光が溢れ、魔法少女の衣装の裾が、わずかに浮き上がるように揺れている。
「敵が多いときは、サクッと落とせる雑魚から片付けよ~。カラにゃん、クラっちを孤立させないようにお願いね?」
グレイルが俺の方を向く。
「モフモフ!」
「まかせろ!ですって」
マーリンが言った。実際そのとおりだったので、コクコクと頷く。
俺はDungeonStreamの配信準備画面を立ち上げつつ、ツブヤイッターを起動する。
短い手で画面を操作した。数秒後、ツブヤイッターに予告文が投稿される。
『モフモフ。モフフ。東京タワー。モフ。』
自信満々にタンマツを掲げ、皆に見せる。
「いや、カラにゃんそれじゃ分かんないって!」
「モフ!?」
心外だった。伝わると思ってた。
マーリンが画面を覗き込む。
「んー……東京タワーダンジョンに挑みます、応援よろしくお願いします?」
「モフモフ!」
猛烈に頷いておく。
「マーちゃん、どうやってんの……?」
「うーん。なんとなく?ですわね」
クラリオンは少し考えたあと、予告文の下にそっとリプライを入れた。
『新人チャンネル「機動戦士マジカルチャンネル」初配信。東京タワーダンジョン浅層に挑戦予定。応援よろしくお願いします』
「モフフ」
すばらしい。
通知を見た閲覧者が、少数興味本位で待機リストに入ってくる。
『なにこれ』
『1ゲット』
「あれあれ、おにいちゃんどうしたんでちゅか~? 2なのに1ゲット?♪」
「マーちゃん、初手でリスナー煽らないでよ」
「あら?これが作法と聞きましたけど?」
クラリオンが画面に向き直る。
「え、えっと……新人チャンネルです。よろしくお願いします!」
金髪碧眼の騎士姫アバターが、画面上で正面を向く。白銀の鎧、巨大な儀礼剣、円卓を思わせる紋章。見栄えだけなら、新人とは思えないほど整っていた。
クラリオンは小さく息を吸って、録画を開始した。
「機動戦士マジカルチャンネル、クラリオンです。本日は東京タワーダンジョン浅層に、初配信として挑みます。未熟な身ではありますが、仲間と共に、必ず無事に帰還します」
そこで一度、言葉が止まった。騎士姫の顔が、ほんの少しだけ揺れた気がした。
マーリンが横で小さく親指を立てた。グレイルが黙って頷いた。俺も、もふっと両手を振った。
クラリオンは、もう一度前を向いた。
「どうか、見届けてください」
録画が終わる。数秒後、予告が公開された。
『新人か、がんばれ』
『わ。エンタクだ』
「ありがとうございます!」
クラリオンが画面に向かって頭を下げる。
「は、はい。日本語版テスト中のエンタクタンマツです。よろしくお願いします」
「クラリオン。とっても素敵でしたわ」
「本当に?」
「本当に。今回に限っては十割褒めていますわ」
「それなら……よかった」
「いや。よくないっしょ、それ……」
半眼のグレイルが、ぼそりとツッコんでいた。
準備画面の隅に、チャンネル状態が表示されている。
新人チャンネルとしては、悪くない滑り出しだ。
各自が装備、タンマツ、アプリを最終確認する。
クラリオンが立ち上がって、俺たちを見た。
「それじゃあ、行きましょう」
「モフモフ!」
「初配信、当たって砕きますわ!」
「がんばりまっしょい!」
俺は卓から飛び降りて、新人たちの登竜門へと向かう。
扉を抜けた瞬間、空気が変わった。
石造りの通路。足元には細かな砂が積もり、壁面には見たことのない文字が刻まれている。天井は高く、その一部に大きな穴が開いていた。
穴の向こうに、夜空が見えた。
空の色が、赤い。まったく別の世界なのかもしれない。
クラリオンが立ち止まり、そっと天を仰いだ。
その一瞬、配信画面の中心がクラリオンに吸い寄せられたように見えた。
「……すごい」
クラリオンは星々を見上げたまま呟く。
白銀の鎧が赤い光を受けて、静かに輝く。古代遺跡の石壁。不気味な赤空。巨大な儀礼剣を携え、まるでファンタジー映画のワンシーンのようだった。
マーリンは顎に手を当て、赤い空を見上げていた。
「見かけ上は、七十二年で一度くらいでしたっけ?」
「え?」
「星の位置ですわ。地軸の向きも変化しますし。案外、建設当時の空模様を再現している可能性もありますわね」
なんか賢いキャラみたいだ!
俺は理解を諦めて、その場で跳ねた。
赤い空の下で、毛玉がぽよんと跳ねる。絵になるかどうかは分からないが、少なくともやらないよりはいいはずだ。たぶん。
グレイルは周囲を素早く見回しながら、タブレットに何かを書き留めていた。カメラよりも地形の確認が先らしい。それはそれで正しい気がする。
画面の端で、通知が積み重なっていく。
『なんだここ』
『赤い空こわ』
『騎士姫めっちゃ絵になってる』
『毛玉ジャンプ力めっちゃ高くて草』
『魔法少女、急にIQ上がるじゃん』
「おお。反応来てますわ」
マーリンが画面の端を確認して、嬉しそうに言った。
「よかった……」
クラリオンが赤い空を背に、ほっとしたように呟く。
俺も画面の表示をちらりと確認した。
思ってた10倍くらい居たので、やっぱり見なかったことにした。
「そろそろ来るんじゃない?」
グレイルが通路の奥を見た。
扉の向こうから、足音が近づいてきた。
石造りの通路を踏む音が重なり合い、薄暗い奥から、緑がかった肌の人型が走ってくる。小柄な体。刃こぼれしたダガー。ぎょろりと光る目。
その後ろに、白い影が見える。
兎だった。ただし、額からまっすぐ白い角が伸びている。
ゴブリンと、アルミラージ。
『来た!』
『兎かわいい』
『ゴブリン思ったより怖いな』
『アルミラージいるじゃん』
『初戦っぽい敵だ』
先頭のゴブリンが走る勢いを乗せ、グレイルに飛びかかってくる。
「流石にそれば見え見えっしょ!」
グレイルは一歩下がる勢いで大太刀を抜き上げ、
「攻撃は苦手だけど、このくらいはねっと」
カウンターの一閃がゴブリンを両断する。
そのままゴブリンの体は、煌めく雪のように光の粒となって崩れた。
思わず声が出そうになって、俺は口を閉じた。
攻撃は苦手???
今、普通にすごい剣技を見た気がするぞ。
『ギャルつよ』
『攻撃苦手とは』
『苦手の基準どうなってんだ』
『活殺逸刀流?』
『無外流っぽい気もする』
「下がりま!」
グレイルは斬り捨てた勢いのまま、後ろへ跳んだ。
その動きに、石床を蹴った白い兎が、残像を引くような速さで突っ込んでくる。
アルミラージだ。
「やっば」
グレイルがタブレットを弾くように操作した。
アルミラージの進路上に重なるように、透明な泡のような膜が出来上がる。
「クラっち、右!」
「はいっ!」
グレイルが身をひねる。
クラリオンも、言われた通りに半歩だけ位置を変えた。
白い角が、二人の間を抜ける。
さっきまでグレイルの胴体があった場所を、アルミラージが風だけ残して突き抜けていった。
『あぶな』
『今の支援うま』
『ギャルが細やかな支援してるの好き』
『クラリオン反応したの偉い』
アルミラージが着地する。
後詰めのゴブリン二体が迫ってくる。
あ。これ分断とか挟撃じゃないか!?
こいつら野生っぽいのに意外と頭いいぞ!?
と、その瞬間、後ろからマーリンの声が聞こえた。
「では、わたくしもいきますわ」
俺は首輪のタンマツから【シャッターチャンス】を起動した。
魔導カメラが虚空に三台展開される。
一台はマーリンを正面から。もう一台は赤い空を背景に。最後の一台は、敵の並びとクラリオンの背中が入る位置へ。
最高のアングルを探す。
初配信で、これを逃したらたぶん駄目だ。
魔法少女が、腰を落とす。
両手を脇に引き、掌の間に青白い光を溜める。
??これは魔法少女の構えではない気がするぞ?
マーリンの両手の間で、光が膨れた。
「波ァッ!」
背後から迸ったエネルギーが、俺の顔の横をすり抜けた。
遅れて、風と衝撃が来る。
青白いエネルギー波が、一直線に戦場を走った。
アルミラージに直撃し、そのまま左右へ広がる。光の尾が残ったゴブリンたちをまとめて飲み込んだ。
ゴブリン二体が、悲鳴を上げる間もなく粒子になって消える。
白い獣は光に押し流され、壁に叩きつけられた。
『魔法少女なのに気弾』
『気弾というかゲロビ』
『滅茶苦茶聞き覚えのあるSE』
『バトル漫画』
『ウィザードじゃなかったっけ』
『魔法少女とは?』
俺はちらりと後ろを振り向いた。
マーリンは構えを解き、澄ました顔で髪を払っていた。
「やりすぎちゃったかな、てへ!」
『魔法とは』
『でもかわいいからヨシッ!』
まだ、残っている。
壁際で、アルミラージがふらつきながら立ち上がった。
白い毛並みは光を受けて乱れ、額の角だけがまだ鋭くこちらを向いている。
『つぶらな瞳』
『かわいい』
『でも敵なんだよなー』
コメントの流れが変わった。
かわいい、という反応が増えている。
ダンジョンの中の戦闘は命がけではあるが、同時に配信でもある。
視聴者にどう見えるかを考えなければならない。
殺した、ではなく。
倒した、にしないといけない。
俺も自分の仕事をしなければ。
展開していたカメラを、アルミラージの正面から少し外し、首輪のタンマツに意識を叩き込む。
背後が爆ぜた。
衝撃が背中を蹴り飛ばす。
前へ。
右へ。
左へ。
さらに前へ。
短い加速を連続で叩き込み、毛玉の体を無理やり戦場へ滑り込ませる。
丸い影が、赤い空の下をジグザグに走った。
起き上がったばかりのアルミラージの目は追いついていない。
左手側に、パルスブレードを展開する。
毛玉の短い手には明らかに大きすぎる光刃が、赤い空の下で唸った。
すれ違いざまに、一閃。
そこで、カメラの表示を切り替える。
映るのは、アルミラージの背後を抜けた毛玉と、白い獣が光の粒になってほどけていく瞬間だけ。
戦場が、静かになった。
一拍遅れて、通知が弾けた。
『アーマード毛玉で草』
『親の声より聞いたSE』
『いやいや、あの動きのGは絶対ヤバいだろ』
『クリップした』
『これは期待』
『かわいい対決、毛玉の勝ち』
『ちゃんと倒した感で処理したの偉い』
『兎かわいかったけど毛玉もかわいいから許した』
よし。上手く行ったみたいだ。
「やっぱり初戦はざぁ~こだったね~♪ 楽勝楽勝♪」
マーリンの声が、飄々と聞こえた。
『助かる~』
『今のざぁ~こ♡すき』
『お嬢様風なのにミームだらけなのすこ』
「……終わった、んですよね?」
クラリオンは、ほっとした顔で息を吐いた。
それから、少しだけ自分の剣を見た。
「クラっち、ナイス前衛だったよ~」
グレイルが笑って手を振る。
「いえ、私は……」
「前衛というのは立っているだけでも偉いのですわよ」
マーリンがそう言って、クラリオンの肩を軽く叩いた。
クラリオンは一度だけ瞬きをして、それから小さく頷いた。
「グレイル、回復しますわ」
マーリンが話題を変えるように手をかざした。
淡い光がグレイルの体を包む。さっきの突進を避けたときに無理をしたのか、グレイルは肩を回してから、少しだけ表情を緩めた。
「助かる~。マーちゃん、さすが」
「当然ですわ」
『てぇてぇ』
『てぇてぇ』
『あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~』
赤い空の下で、粒子が散っていく。
初配信。
初戦闘。
初勝利。
俺は首輪のタンマツに流れるコメントを見て、もう一度だけ跳ねた。
「モフ!」
キャラクター名:マーリン(真島 凛)
年齢:ライバー科2年生 性別:女 出身:都内
容姿:黒髪・小柄・魔法少女
タンマツ:ウィザード(B)
主能力
戦闘:3 / 反応:3 / 技術:6 / 魅力:3 / 幸運:3
副能力
EP:44/44 ストレージ:7/18 クレジット:0
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