機動戦士マジカルチャンネル、配信中   作:余燼

5 / 10
5話 武器をもった奴が相手なら使わざるを得ない技がある

 レイスがすっと上げた腕の動きに合わせて、森の空気がぴんと張り詰めた。

 背中の毛が、ぞわりと逆立つ。

 けれど、それより少し、グレイルのほうが早かった。

 

「流石に二発目は許さないし!」

 

 視線は木の根元のトラッパーへ向いていた。

 

「こういう仕掛けモンは、先にバラすに限るっしょ!」

 

 グレイルの指が、タブレットの上を滑る。

 遠く離れたトラッパーの表面に、細い光の線が這った。

 クラリオンが、すっと自分のタンマツを掲げる。

 円卓の紋章が淡く浮かび、グレイルに力を添えるように重なった。

 かちん、と乾いた音。

 弩の弦が緩み、歯車が外れ、留め具が次々に弾け飛ぶ。鋸状の顎が、間の抜けた角度で開いたまま固まった。

 次の一矢を装填しかけていた機構が、その途中で、ぐずぐずと崩れていく。

 一発も撃たせないまま、トラッパーは森の地面に伏し、光の粒子になっていく。

 

『おお、新人にしては結構手際良い』

『やっぱ遠隔があるからスカウト必須だよなー』

『近づかずに済むのが強い』

『拙者にも遠隔欲しいでゴザル』

 

「よっしゃ!」

 

 グレイルがタブレットから顔を上げる。

 残った三体が森の奥から間合いを詰めてくる。

 

「ふふっ。では。次は、わたくしの番ですわね」

 

 マーリンが軽やかに前へ出た。

 右の掌に、小さな光の弾が生まれ、サハギン目掛けて放たれた。

 

「虎煌拳っ!」

 

 これなら防げる――そう判断したのだろう。

 サハギンはわずかに身を固くして、その一発を受け止めようと構えを取った。

 その、構えた瞬間。

 

「……ではなく、覇王翔吼拳っ!」

 

 ひと回りもふた回りも大きな光が、あとから一気に押し寄せる。

 受け止める構えのまま固まったサハギンとその周囲を、まとめて飲み込んでいく。

 美しい森が山吹色の奔流に押され、木々が根元から裂けた。

 下草が焼け、細い幹がまとめて薙ぎ払われ、木漏れ日の柱が光の濁流の中で千切れていく。

 

『姑息なフェイントwww』

『魔法少女の技じゃないんよ』

『よゆーっち!』

『サハギン反応できなくて潜行失敗www』

『気弾は霊体無視だからレイスも痛そう』

 

「ふっふっふ。超余裕っちですわ」

 

 マーリンが澄ました顔で髪を払う。

 その横で、もうクラリオンが動いていた。

 奔流に呑まれて体勢を崩したモンスターへ向けて、白銀の騎士姫が俺の横をすり抜ける。

 これはきっと逃せないシーンだ。

 俺は首輪のタンマツに集中する。

 カメラを操作し、森の光とクラリオンの姿を拾う。

 

「――いきます」

 

 巨大な儀礼剣を、両手で高く掲げる。

 半歩、踏み込む。重心を落とし、切っ先を真下へ向ける。

 クラリオンの切っ先が、迷いなく地面へ突き立てられた。

 次の刹那、敵の足元の地面が爆ぜた。

 地中から次々と石の柱が突き上がり、戦線を丸ごと串刺しにしていく。

 根菜じみた体も、落書きみたいな魚人も、白いぼろ布の幽霊も、まとめて石の牙に貫かれた。

 剣を地に突き立てたまま、木漏れ日と土埃の中に立つクラリオン。

 カメラが、その一瞬を切り取る。

 配信の手応えが、どっと跳ね上がる。

 

『必殺技あるじゃん!!!』

『地味って言ってごめんなさい』

『騎士姫が本気出した』

『これは普通にかっこいい』

 

 撮影が上手く行ってそうな手応えを感じつつ、俺は追撃のために加速を開始する。

 クラリオンの石柱に巻き上げられた土埃の中を抜け、倒れかけた木の幹を足場にして、森の奥へ跳ぶ。

 石柱に裂かれ、その身を欠けさせているレイスが、柱をすり抜けて逃げようとしているのが見えた。

 あれを逃がすわけには行かない!

 意識を集中させ、さらに加速する。

 

 その瞬間、串刺しにされ息絶えたマンドラゴラの頭の草がぱっと開いた。

 横で百舌の早贄みたいになっていたサハギンの体をすり身へ変え、衝撃波が森全体を押しつぶす。

 石柱が砕け散り、折れた木々が軋み、土埃が潰れ、そして俺に——

 次に見えたのは、目の前へ迫る木の幹だった。

 

「モフッ!?」

 

 慌てて体をひねる。

 ブーストを横に噴かせると、毛玉の体がぎゅんと軌道を曲げた。枝が鼻先をかすめ、葉がばさばさと顔に当たる。

 視界が回る。

 地面。木漏れ日。折れた幹。コメント欄。

 首輪の画面に流れる文字を見て、自分がまだ飛んでいることを理解する。

 

『やべえ』

『落ちた』

『なむ』

『\(^o^)/オワタ』

『高速系はこれがこえーんだよな』

『断末魔やば』

『おきた!』

『毛玉再起動!』

『木に刺さるかと思った』

『耐えた耐えた』

 

 ブーストで回転を止め、体勢を立て直す。

ちらりと、後方で淡い光。マーリンが指先をクラリオンへ向けている。

白銀の鎧を包む緑の光。きっと回復しているのだろう。

 レイスとは少し距離を離された。

 折れた木々の向こう。白いぼろ布が、森の奥へ逃げようとしているのが見えた。

 タンマツに力を送り込み、再加速を行う。

 自分でも怖いくらい鮮明に見えている。

 枝葉が頬を裂くように掠め、視界が緑の線になって流れた。

 次の幹が迫る。右へ。さらに左へ。短い加速を連打するたび、肺が潰れそうになる。

 森の匂いと湿気が、喉にまとわりついた。

 レイスが慌てて逃げる先を変えようとしている。

 

『こんなに2段できたら気持ちよさそう』

『アーマード毛玉』

『まーじで耐Gどうなってんだコイツ』

『森の中でブースト移動とかクソ度胸すぎる』

『狂気の沙汰ほど面白い』

 

 左手のパルスブレードが低い唸りを上げた。

 すれ違いざま。

 漂うぼろ布の輪郭、その奥でぼんやりと光る核の位置まで、はっきりと見えた。

 横に一閃。

 ブーストで無理やり姿勢を制御し、縦に一閃。

 刃の軌跡が宙に十字を切る。

 意味を持った形に、聖なる力が宿る。

 

『今の光なに?』

『クロススラッシュ』

『【解説】数十億人が「十字には退魔の力がある」と認知しているため、剣の軌跡で綺麗な十字を描くと、聖属性が付与されます』

『有識者たすかる』

『なお、本人の信仰心は全く関係ない模様』

『クロススラッシュってそういう原理だったの!?』

『はえ~』

『何も知らずに使ってたわ』

 

 レイスの体が、ほどける。

 白いぼろ布が、ほろほろと光の糸になって、淡く光る結晶が残る。

 ——結晶が残る?

 

『うおおおおおおおおおお!?』

『レイスの素材だ!』

『SUGEEEEEE!!』

『どういうこと?』

『【解説】モンスターは倒すと光の粒子になって消えるけど、超稀に素材が落ちる』

『原理はしらんけど。ギルドが高値で買い取ってくれるぞ』

『霊体の物質素材とか絶対すげー値段だぞ!』

 

 落ちてきた結晶を、あわてて短い手で受け止めた。

 冷たい。

 霧みたいな光が、結晶の中で揺れている。

 勢いを殺しながら地面へ落ちる。

 手足を縮めて丸くなり、下草の上をコロコロと転がって衝撃を逃がした。

 最後にぽすんと木の根元へぶつかって止まる。

 

「モフ……!」

 

『今の着地かわいい』

『やはり森の動物』

『素材抱えて転がってきた』

 

 張り詰めていた木漏れ日が、もとの穏やかなスポットライトに戻っていく。

 幻想の森に、もう敵の気配はなかった。

 

「ふぅ……片付きましたわね」

 

 マーリンが衣装の裾をぱたぱたと払いながら歩いてくる。

 グレイルも周囲を見回してから、こちらへ駆け寄ってくる。

 

「カラにゃん、だいじょぶ? 今めっちゃ吹っ飛んでたけど」

「モフ!」

 

 俺は無事を示すために跳ねてから、手の中の結晶を高く掲げた。

 

「モフ! モフ!」

「おお、戦利品アピールだ」

「あら。それ、かなり良いものではありませんの?」

 

 マーリンが結晶を覗き込む。

 グレイルもタブレットを近づけ、表示を確認した瞬間に目を丸くした。

 

「うわ、十クレジット相当。普通に当たりじゃん」

「モフ!」

 

 十。

 十クレジット!?

 これはスゴイお宝では。

 正直とても嬉しい。

 

『毛玉、戦利品自慢してる』

『かわいい』

『いや、まじで素材のドロップだけでもスゴイのに霊体だよ!?』

『多分ギルドに売却した後、研究者の間で殴り合いが始まる』

『さっき教授に声かけたらめっちゃ食いついてたわ』

『まじでどこの研究機関も素材は欲しいからな』

 

 クラリオンは儀礼剣を鞘へ収め、ほっと長く息を吐いた。

 

「クラっち、超かっこよかったって。コメントも大盛り上がりだし」

 

 グレイルが笑って、ぐっと親指を立てる。

「お見事でしたわ」

 マーリンも、満足げに頷いた。

 クラリオンは少し照れたように目を伏せる。

 

『クラリオン良かった』

『あの範囲攻撃かっこよかった』

 

 俺も、その横でぴょんぴょんと跳ねながら、結晶を掲げる。

 

「モフ! モフ!」

『毛玉が素材抱えてはしゃいでる』

『ごすずん!見て!見て!』

『うちの柴犬と一緒』

『普通にチャンネルとして見応えあるな』

 

 白銀の鎧に、森の木漏れ日がまた静かに落ちた。

 さっきまで戦場だった場所は、折れた木々と石柱の残骸でひどい有様になっている。それでも、敵の気配が消えた途端、森はまた静かで幻想的な顔に戻っていた。

 グレイルがタブレットを確認し、折れた木々の向こうへ視線を向ける。

 

「じゃ、ここで小休憩いれよっか。さすがに今のは、みんな疲れたっしょ」

「賛成ですわ。わたくしも、少々疲れましたし」

「ええ。そうしましょう」

 

 クラリオンが小さく頷く。

 俺も大事な結晶をタンマツへしまい、短く鳴いた。

 

「モフ!」

 

 幻想の森の木漏れ日の下で、俺たちはもう一度腰を落ち着けた。

 破壊跡さえ視界に入れなければ、穏やかな美しい森に戻っていた。

 

「はい、カラにゃんも」

 

 グレイルが携帯食料の包みを放ってよこす。短い手で受け止め、もそもそと端を開けた。

 バニラ味だ。まあ、これも美味しいよね。

 俺は端から少しだけかじって、もぐもぐと噛む。

 こういうのは一口を小さくして、沢山噛むと腹が膨れるのだ。

 

『うーん。どうみても小動物の食い方』

『カリカリカリ』

『リスかな?』

『戦闘中とのギャップよ』

 

 横で、クラリオンがあっという間に包みを空にしていた。

 姿勢は上品なのに、2口くらいで食べている。きれいに畳んだ包みをタンマツへしまうと、ふう、と小さく息をついている。

 

『腹ペコ騎士』

『フタクチ勢』

『実際ライバーは超食べる』

『【解説】ライバーはカロリーを魔力に変換している』

『ダイエットになる!?』

『いや、まじでゴリゴリに痩せる』

『探索者やめたらアホみたいに太るけどな』

『ライバーあるある』

 

 一息ついたクラリオンが、ふと俺の方に振り向き、目が合う。

 白銀の騎士姫が、ふにゃりと表情をゆるめる。

 

「……かわいい」

 

 次の瞬間、ひょい、と身体が浮いた。

 短い手足が空を切る。抵抗する暇もなく、毛玉の体は騎士姫の膝の上にすとんと収まっていた。

 えっ。

 えっ、待って。

 やわらか、じゃなくて、なんか抱きしめられている!

 近い。顔が、近い。木漏れ日に透けた前髪と、まっすぐ伏せられた長いまつ毛が、視界いっぱいに迫ってくる。

 頭の中が真っ白になった。

 そして、クラリオンは俺の毛に顔を埋めて、すうっと息を吸い込んだ。

 

「ンンー……」

 

 声にならない悲鳴が喉の奥で詰まる。

 待て待て待て。

 アバターの毛玉を、本物の小動物か何かだと思い込んでいるのか!?

 

『騎士姫が毛玉吸ってる』

『毛玉吸い』

『ずるいぞ。そこ替われ』

『俺も吸いたい』

『俺も吸われたい』

『は?』

『は?』

 

 配信のコメント欄が、明らかに加速している。

 まずい。

 これは配信的にまずいやつなのでは。

 

『ほのぼの』

『よい』

『かわいい』

 

 コメントの流れは、やや温かかった。

 クラリオンの邪気の無い自然な様子が、そのまま伝わったのだろうか。

 よかった。炎上しなかった。

 

「ふぅ……」

 

 クラリオンは、すっかり満たされた顔をしていた。

 はっ!?

 そうじゃない!

 俺は短い手足をじたばたと回し、毛玉の体を全力でよじって、膝の上から転がり落ちる。

 下草の上を一回転して、勢いそのままに数歩先まで小走りで逃げた。

 

「あっ……」

 

 クラリオンが名残惜しそうな声を聞き、俺は警戒の姿勢で振り返った。

 すごくしょんぼりした表情で手を伸ばしている。

 なんかちょっと悪い事をした気になってきたけど、俺は悪くねえ!

 

『逃げたw』

『小動物の反応すぎる』

『食事中のペットを触るのはやめなされ』

 

 逃げたはいいものの。

 なんというか、その。

 悪い気は、しなかった。

 いや、配信的によくない。よくないのだが、推定女子に、ふかふかに吸われた。至近距離で抱え込まれた。冷静に状況を整理しようとすればするほど、顔が熱くなる気がした。

 なんだか、やたらと調子がいい。

 体が軽い。指の先まで魔力がよく巡っている感じがする。さっきまでの戦闘の疲れも、どこかへ飛んでいった。視界が明るい。葉擦れも森の奥のわずかな音も、妙にはっきり拾える。

 絶好調だ。

 

『まんざらでもなさそうな毛玉』

『嫌がって逃げるくせに、嬉しそう』

 

 その様子を、グレイルが半眼で眺めていた。

 

「もう、あの子は……」

 

 マーリンはタンマツに手を当てたまま、こちらを見ずに笑っている。

 

「お可愛いらしいこと。ウチアゲでどうなるのかしら」

 

『www』

『まだ対面してないのかwww』

『これもギルドのマッチングルーム発の面白いところ』

『次の視聴が確定した』

 

 しばらくして、グレイルがタブレットから顔を上げた。

 その表情が、ふっと変わる。さっきまでの生暖かい空気が、すっと引いた。

 

「……ねー!気になる話を拾ったんだけど」

 

 グレイルは画面を一度こちらへ向けかけて、やめた。

 

「なんか、この先のエリアで、騒ぎになってるっぽい。警報出てる」

「特異個体……」

 

 クラリオンが、繰り返す。

 モンスターの中には、通常と異なる進化をした個体が現れることがある。レアで、強くて、危険なやつだ。

 

「逃げている人たちがいるみたい」

 

『ほんとだ』

『東京タワーダンジョン浅層に警報でてるわ』

『面白かったけど、ここまでか』

『乙乙』

 

 グレイルが、奥の扉の方へ目をやる。

 クラリオンは、少しだけ黙った。それから、儀礼剣の柄に手を添えて、立ち上がる。

 

「……行きましょう」

 

 迷いの無い声だった。

 

「助けが要るなら、行きます。私たちは、ライバーですから」

 

 白銀の騎士姫が、まっすぐ前を向く。木漏れ日が鎧の縁をなぞって、その横顔が、ほんの少しだけ凛として見えた。

 マーリンが立ち上がり、衣装の裾を払う。

 

「リーダーが覚悟を決めたなら、止めませんわ」

「はい」

「あーし的には正直おすすめしないけどさ」

 

 グレイルが頭をかきながら、それでも腰を上げた。

 

「クラっちが行くなら、置いてけないっしょ」

 

 三人の視線が、俺に集まる。

 行くのか、と聞かれている気がした。

 怖くないと言えば嘘になる。けれど、今ならなんだって出来る気がした。

 それに——ここでビビって逃げるのは格好悪い。

 

「モフ!」

 

 俺は、力いっぱい頷いた。

 

「ありがとうございます」

 

 グレイルが小さく笑う。

 

『まじか』

『行くのか』

『新人が特異個体に突っ込むの心配すぎる』

『えぇ……』

『でもこういうの嫌いじゃない』

『wktk』

 

 大木の根元に、木製の古い扉があった。

 グレイルが一度タブレットを確認し、マーリンが周囲へ視線を走らせる。

 クラリオンが扉の前に立った。

 

「開けます」

 

 重い木の扉が、軋みながら内側へ動き、俺たちは次のエリアへ入った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。