機動戦士マジカルチャンネル、配信中 作:余燼
レイスがすっと上げた腕の動きに合わせて、森の空気がぴんと張り詰めた。
背中の毛が、ぞわりと逆立つ。
けれど、それより少し、グレイルのほうが早かった。
「流石に二発目は許さないし!」
視線は木の根元のトラッパーへ向いていた。
「こういう仕掛けモンは、先にバラすに限るっしょ!」
グレイルの指が、タブレットの上を滑る。
遠く離れたトラッパーの表面に、細い光の線が這った。
クラリオンが、すっと自分のタンマツを掲げる。
円卓の紋章が淡く浮かび、グレイルに力を添えるように重なった。
かちん、と乾いた音。
弩の弦が緩み、歯車が外れ、留め具が次々に弾け飛ぶ。鋸状の顎が、間の抜けた角度で開いたまま固まった。
次の一矢を装填しかけていた機構が、その途中で、ぐずぐずと崩れていく。
一発も撃たせないまま、トラッパーは森の地面に伏し、光の粒子になっていく。
『おお、新人にしては結構手際良い』
『やっぱ遠隔があるからスカウト必須だよなー』
『近づかずに済むのが強い』
『拙者にも遠隔欲しいでゴザル』
「よっしゃ!」
グレイルがタブレットから顔を上げる。
残った三体が森の奥から間合いを詰めてくる。
「ふふっ。では。次は、わたくしの番ですわね」
マーリンが軽やかに前へ出た。
右の掌に、小さな光の弾が生まれ、サハギン目掛けて放たれた。
「虎煌拳っ!」
これなら防げる――そう判断したのだろう。
サハギンはわずかに身を固くして、その一発を受け止めようと構えを取った。
その、構えた瞬間。
「……ではなく、覇王翔吼拳っ!」
ひと回りもふた回りも大きな光が、あとから一気に押し寄せる。
受け止める構えのまま固まったサハギンとその周囲を、まとめて飲み込んでいく。
美しい森が山吹色の奔流に押され、木々が根元から裂けた。
下草が焼け、細い幹がまとめて薙ぎ払われ、木漏れ日の柱が光の濁流の中で千切れていく。
『姑息なフェイントwww』
『魔法少女の技じゃないんよ』
『よゆーっち!』
『サハギン反応できなくて潜行失敗www』
『気弾は霊体無視だからレイスも痛そう』
「ふっふっふ。超余裕っちですわ」
マーリンが澄ました顔で髪を払う。
その横で、もうクラリオンが動いていた。
奔流に呑まれて体勢を崩したモンスターへ向けて、白銀の騎士姫が俺の横をすり抜ける。
これはきっと逃せないシーンだ。
俺は首輪のタンマツに集中する。
カメラを操作し、森の光とクラリオンの姿を拾う。
「――いきます」
巨大な儀礼剣を、両手で高く掲げる。
半歩、踏み込む。重心を落とし、切っ先を真下へ向ける。
クラリオンの切っ先が、迷いなく地面へ突き立てられた。
次の刹那、敵の足元の地面が爆ぜた。
地中から次々と石の柱が突き上がり、戦線を丸ごと串刺しにしていく。
根菜じみた体も、落書きみたいな魚人も、白いぼろ布の幽霊も、まとめて石の牙に貫かれた。
剣を地に突き立てたまま、木漏れ日と土埃の中に立つクラリオン。
カメラが、その一瞬を切り取る。
配信の手応えが、どっと跳ね上がる。
『必殺技あるじゃん!!!』
『地味って言ってごめんなさい』
『騎士姫が本気出した』
『これは普通にかっこいい』
撮影が上手く行ってそうな手応えを感じつつ、俺は追撃のために加速を開始する。
クラリオンの石柱に巻き上げられた土埃の中を抜け、倒れかけた木の幹を足場にして、森の奥へ跳ぶ。
石柱に裂かれ、その身を欠けさせているレイスが、柱をすり抜けて逃げようとしているのが見えた。
あれを逃がすわけには行かない!
意識を集中させ、さらに加速する。
その瞬間、串刺しにされ息絶えたマンドラゴラの頭の草がぱっと開いた。
横で百舌の早贄みたいになっていたサハギンの体をすり身へ変え、衝撃波が森全体を押しつぶす。
石柱が砕け散り、折れた木々が軋み、土埃が潰れ、そして俺に——
次に見えたのは、目の前へ迫る木の幹だった。
「モフッ!?」
慌てて体をひねる。
ブーストを横に噴かせると、毛玉の体がぎゅんと軌道を曲げた。枝が鼻先をかすめ、葉がばさばさと顔に当たる。
視界が回る。
地面。木漏れ日。折れた幹。コメント欄。
首輪の画面に流れる文字を見て、自分がまだ飛んでいることを理解する。
『やべえ』
『落ちた』
『なむ』
『\(^o^)/オワタ』
『高速系はこれがこえーんだよな』
『断末魔やば』
『おきた!』
『毛玉再起動!』
『木に刺さるかと思った』
『耐えた耐えた』
ブーストで回転を止め、体勢を立て直す。
ちらりと、後方で淡い光。マーリンが指先をクラリオンへ向けている。
白銀の鎧を包む緑の光。きっと回復しているのだろう。
レイスとは少し距離を離された。
折れた木々の向こう。白いぼろ布が、森の奥へ逃げようとしているのが見えた。
タンマツに力を送り込み、再加速を行う。
自分でも怖いくらい鮮明に見えている。
枝葉が頬を裂くように掠め、視界が緑の線になって流れた。
次の幹が迫る。右へ。さらに左へ。短い加速を連打するたび、肺が潰れそうになる。
森の匂いと湿気が、喉にまとわりついた。
レイスが慌てて逃げる先を変えようとしている。
『こんなに2段できたら気持ちよさそう』
『アーマード毛玉』
『まーじで耐Gどうなってんだコイツ』
『森の中でブースト移動とかクソ度胸すぎる』
『狂気の沙汰ほど面白い』
左手のパルスブレードが低い唸りを上げた。
すれ違いざま。
漂うぼろ布の輪郭、その奥でぼんやりと光る核の位置まで、はっきりと見えた。
横に一閃。
ブーストで無理やり姿勢を制御し、縦に一閃。
刃の軌跡が宙に十字を切る。
意味を持った形に、聖なる力が宿る。
『今の光なに?』
『クロススラッシュ』
『【解説】数十億人が「十字には退魔の力がある」と認知しているため、剣の軌跡で綺麗な十字を描くと、聖属性が付与されます』
『有識者たすかる』
『なお、本人の信仰心は全く関係ない模様』
『クロススラッシュってそういう原理だったの!?』
『はえ~』
『何も知らずに使ってたわ』
レイスの体が、ほどける。
白いぼろ布が、ほろほろと光の糸になって、淡く光る結晶が残る。
——結晶が残る?
『うおおおおおおおおおお!?』
『レイスの素材だ!』
『SUGEEEEEE!!』
『どういうこと?』
『【解説】モンスターは倒すと光の粒子になって消えるけど、超稀に素材が落ちる』
『原理はしらんけど。ギルドが高値で買い取ってくれるぞ』
『霊体の物質素材とか絶対すげー値段だぞ!』
落ちてきた結晶を、あわてて短い手で受け止めた。
冷たい。
霧みたいな光が、結晶の中で揺れている。
勢いを殺しながら地面へ落ちる。
手足を縮めて丸くなり、下草の上をコロコロと転がって衝撃を逃がした。
最後にぽすんと木の根元へぶつかって止まる。
「モフ……!」
『今の着地かわいい』
『やはり森の動物』
『素材抱えて転がってきた』
張り詰めていた木漏れ日が、もとの穏やかなスポットライトに戻っていく。
幻想の森に、もう敵の気配はなかった。
「ふぅ……片付きましたわね」
マーリンが衣装の裾をぱたぱたと払いながら歩いてくる。
グレイルも周囲を見回してから、こちらへ駆け寄ってくる。
「カラにゃん、だいじょぶ? 今めっちゃ吹っ飛んでたけど」
「モフ!」
俺は無事を示すために跳ねてから、手の中の結晶を高く掲げた。
「モフ! モフ!」
「おお、戦利品アピールだ」
「あら。それ、かなり良いものではありませんの?」
マーリンが結晶を覗き込む。
グレイルもタブレットを近づけ、表示を確認した瞬間に目を丸くした。
「うわ、十クレジット相当。普通に当たりじゃん」
「モフ!」
十。
十クレジット!?
これはスゴイお宝では。
正直とても嬉しい。
『毛玉、戦利品自慢してる』
『かわいい』
『いや、まじで素材のドロップだけでもスゴイのに霊体だよ!?』
『多分ギルドに売却した後、研究者の間で殴り合いが始まる』
『さっき教授に声かけたらめっちゃ食いついてたわ』
『まじでどこの研究機関も素材は欲しいからな』
クラリオンは儀礼剣を鞘へ収め、ほっと長く息を吐いた。
「クラっち、超かっこよかったって。コメントも大盛り上がりだし」
グレイルが笑って、ぐっと親指を立てる。
「お見事でしたわ」
マーリンも、満足げに頷いた。
クラリオンは少し照れたように目を伏せる。
『クラリオン良かった』
『あの範囲攻撃かっこよかった』
俺も、その横でぴょんぴょんと跳ねながら、結晶を掲げる。
「モフ! モフ!」
『毛玉が素材抱えてはしゃいでる』
『ごすずん!見て!見て!』
『うちの柴犬と一緒』
『普通にチャンネルとして見応えあるな』
白銀の鎧に、森の木漏れ日がまた静かに落ちた。
さっきまで戦場だった場所は、折れた木々と石柱の残骸でひどい有様になっている。それでも、敵の気配が消えた途端、森はまた静かで幻想的な顔に戻っていた。
グレイルがタブレットを確認し、折れた木々の向こうへ視線を向ける。
「じゃ、ここで小休憩いれよっか。さすがに今のは、みんな疲れたっしょ」
「賛成ですわ。わたくしも、少々疲れましたし」
「ええ。そうしましょう」
クラリオンが小さく頷く。
俺も大事な結晶をタンマツへしまい、短く鳴いた。
「モフ!」
幻想の森の木漏れ日の下で、俺たちはもう一度腰を落ち着けた。
破壊跡さえ視界に入れなければ、穏やかな美しい森に戻っていた。
「はい、カラにゃんも」
グレイルが携帯食料の包みを放ってよこす。短い手で受け止め、もそもそと端を開けた。
バニラ味だ。まあ、これも美味しいよね。
俺は端から少しだけかじって、もぐもぐと噛む。
こういうのは一口を小さくして、沢山噛むと腹が膨れるのだ。
『うーん。どうみても小動物の食い方』
『カリカリカリ』
『リスかな?』
『戦闘中とのギャップよ』
横で、クラリオンがあっという間に包みを空にしていた。
姿勢は上品なのに、2口くらいで食べている。きれいに畳んだ包みをタンマツへしまうと、ふう、と小さく息をついている。
『腹ペコ騎士』
『フタクチ勢』
『実際ライバーは超食べる』
『【解説】ライバーはカロリーを魔力に変換している』
『ダイエットになる!?』
『いや、まじでゴリゴリに痩せる』
『探索者やめたらアホみたいに太るけどな』
『ライバーあるある』
一息ついたクラリオンが、ふと俺の方に振り向き、目が合う。
白銀の騎士姫が、ふにゃりと表情をゆるめる。
「……かわいい」
次の瞬間、ひょい、と身体が浮いた。
短い手足が空を切る。抵抗する暇もなく、毛玉の体は騎士姫の膝の上にすとんと収まっていた。
えっ。
えっ、待って。
やわらか、じゃなくて、なんか抱きしめられている!
近い。顔が、近い。木漏れ日に透けた前髪と、まっすぐ伏せられた長いまつ毛が、視界いっぱいに迫ってくる。
頭の中が真っ白になった。
そして、クラリオンは俺の毛に顔を埋めて、すうっと息を吸い込んだ。
「ンンー……」
声にならない悲鳴が喉の奥で詰まる。
待て待て待て。
アバターの毛玉を、本物の小動物か何かだと思い込んでいるのか!?
『騎士姫が毛玉吸ってる』
『毛玉吸い』
『ずるいぞ。そこ替われ』
『俺も吸いたい』
『俺も吸われたい』
『は?』
『は?』
配信のコメント欄が、明らかに加速している。
まずい。
これは配信的にまずいやつなのでは。
『ほのぼの』
『よい』
『かわいい』
コメントの流れは、やや温かかった。
クラリオンの邪気の無い自然な様子が、そのまま伝わったのだろうか。
よかった。炎上しなかった。
「ふぅ……」
クラリオンは、すっかり満たされた顔をしていた。
はっ!?
そうじゃない!
俺は短い手足をじたばたと回し、毛玉の体を全力でよじって、膝の上から転がり落ちる。
下草の上を一回転して、勢いそのままに数歩先まで小走りで逃げた。
「あっ……」
クラリオンが名残惜しそうな声を聞き、俺は警戒の姿勢で振り返った。
すごくしょんぼりした表情で手を伸ばしている。
なんかちょっと悪い事をした気になってきたけど、俺は悪くねえ!
『逃げたw』
『小動物の反応すぎる』
『食事中のペットを触るのはやめなされ』
逃げたはいいものの。
なんというか、その。
悪い気は、しなかった。
いや、配信的によくない。よくないのだが、推定女子に、ふかふかに吸われた。至近距離で抱え込まれた。冷静に状況を整理しようとすればするほど、顔が熱くなる気がした。
なんだか、やたらと調子がいい。
体が軽い。指の先まで魔力がよく巡っている感じがする。さっきまでの戦闘の疲れも、どこかへ飛んでいった。視界が明るい。葉擦れも森の奥のわずかな音も、妙にはっきり拾える。
絶好調だ。
『まんざらでもなさそうな毛玉』
『嫌がって逃げるくせに、嬉しそう』
その様子を、グレイルが半眼で眺めていた。
「もう、あの子は……」
マーリンはタンマツに手を当てたまま、こちらを見ずに笑っている。
「お可愛いらしいこと。ウチアゲでどうなるのかしら」
『www』
『まだ対面してないのかwww』
『これもギルドのマッチングルーム発の面白いところ』
『次の視聴が確定した』
しばらくして、グレイルがタブレットから顔を上げた。
その表情が、ふっと変わる。さっきまでの生暖かい空気が、すっと引いた。
「……ねー!気になる話を拾ったんだけど」
グレイルは画面を一度こちらへ向けかけて、やめた。
「なんか、この先のエリアで、騒ぎになってるっぽい。警報出てる」
「特異個体……」
クラリオンが、繰り返す。
モンスターの中には、通常と異なる進化をした個体が現れることがある。レアで、強くて、危険なやつだ。
「逃げている人たちがいるみたい」
『ほんとだ』
『東京タワーダンジョン浅層に警報でてるわ』
『面白かったけど、ここまでか』
『乙乙』
グレイルが、奥の扉の方へ目をやる。
クラリオンは、少しだけ黙った。それから、儀礼剣の柄に手を添えて、立ち上がる。
「……行きましょう」
迷いの無い声だった。
「助けが要るなら、行きます。私たちは、ライバーですから」
白銀の騎士姫が、まっすぐ前を向く。木漏れ日が鎧の縁をなぞって、その横顔が、ほんの少しだけ凛として見えた。
マーリンが立ち上がり、衣装の裾を払う。
「リーダーが覚悟を決めたなら、止めませんわ」
「はい」
「あーし的には正直おすすめしないけどさ」
グレイルが頭をかきながら、それでも腰を上げた。
「クラっちが行くなら、置いてけないっしょ」
三人の視線が、俺に集まる。
行くのか、と聞かれている気がした。
怖くないと言えば嘘になる。けれど、今ならなんだって出来る気がした。
それに——ここでビビって逃げるのは格好悪い。
「モフ!」
俺は、力いっぱい頷いた。
「ありがとうございます」
グレイルが小さく笑う。
『まじか』
『行くのか』
『新人が特異個体に突っ込むの心配すぎる』
『えぇ……』
『でもこういうの嫌いじゃない』
『wktk』
大木の根元に、木製の古い扉があった。
グレイルが一度タブレットを確認し、マーリンが周囲へ視線を走らせる。
クラリオンが扉の前に立った。
「開けます」
重い木の扉が、軋みながら内側へ動き、俺たちは次のエリアへ入った。