機動戦士マジカルチャンネル、配信中   作:余燼

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6話 角度によっては可愛く見える場合もある

 逃げるライバーたちは、俺たちの脇をすごい速度で駆け抜けていく。

 俺たちが入ってきた背後の扉へ向かい、ほとんど転がるように出口へ飛び込んでいった。

 

「後ろへ! そのまま扉を抜けてください!」

 

 クラリオンが声を張る。

 白銀の騎士姫が剣を抜き、刃を下げたまま通路の中央へ立った。

 

 前にクラリオン。

 その少し後ろ、邪魔にならない壁際に俺。

 さらに後ろで、グレイルが逃げてくるライバーを誘導する。

 一番後ろでは、マーリンが扉を押さえていた。重い木製の扉が閉じないように片手で支え、もう片方の手で後方へ抜ける道を示している。

 

「止まらないで! 走って!」

「こちらですわ! 扉を抜けて、そのまま戻ってくださいまし!」

 

 グレイルとマーリンの声に、逃げてきたライバーたちが次々と後ろへ流れていく。

 俺も邪魔にならないよう、床を跳ねて壁際へ移動する。

 

『クラリオンちゃんかっこいい』

『扉閉まらないようにしてるマーリン偉い』

『後ろの扉に逃がしてるのか』

『毛玉轢かれたら潰れそう』

 

 最後尾のライバーが、走りながら大きくよろけた。

 先に駆け抜けていった誰かが負傷していたのだろう。ラバータイルの上には、赤黒い足跡が細く伸びていた。その上を踏んだ最後尾のライバーが、足を滑らせて膝から崩れる。

 肩から壁へぶつかり、呻き声が廊下に跳ねた。

 

「立てる!?」

 

 グレイルがすぐに走った。

 そのライバーの腕を取り、後ろの扉へ向かわせる。もう一人、振り返って固まっていた新人ライバーの肩を押し、逃げ道へ向かせた。

 

「そっち! 後ろの扉! 止まんないで!」

 

 その声に、二人が動く。

 その背後、廊下の暗がりから、緑色の光が浮かんだ。

 人魂。

 最初はそう見えた。

 ぼうっと辺りを照らしながら漂う丸い光。表面で、ばち、ばち、と小さな火花が爆ぜている。

 尾を引きながら、ゆっくりとこちらへ流れてくる。

 

『ひえっ』

『スプライトだ』

『人魂みたいな見た目してんな』

『幽霊じゃなくて妖精』

『なんだ妖精かよ。驚かせんなカスがよ』

『草』

『直線通路でチェインスパークとかクソゲーすぎる』

 

 さらに、その奥。

 小さな足音がした。

 

 たたたたた、と廊下を走る軽い音。

 一瞬、だれかのペットなのかと思うくらい、自然に、暗がりから、小型犬が現れた。

 ポメラニアン。

 

 だが、スプライトの緑の光を受けたそれは、明らかに普通ではなかった。

 ふわふわだったはずの毛並みは薄汚れ、ところどころ崩れている。

 裂けた皮膚の下から、壊れたぬいぐるみの綿のように、中身が覗いていた。

 濁った眼だけがぎらぎらと光り、口元から血泡のようなものが垂れている。

 

 クラリオンが息を呑む音がはっきりと聞こえた。

 

『なにこれ』

『ポメラニアン……?』

『ゾンポメか』

『かわいいじゃん』

『審議中』

『いやあアレはきついでしょ』

『ギリギリかわいい?』

『こいつが特異個体だぞ!』

 

 視界の端でコメント欄が一気に流れ出した。

 

『まじで!?』

『特異個体キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』

『これ配信的には大当たりでは?』

『新人が特異個体と遭遇とか、普通に全滅案件だぞ』

『拡散した』

『人増えてきてる』

 

 首輪のタンマツの隅で、閲覧数の表示がぐんぐん上がっていくのが見えた。

 怖い相手が出てきたが、配信としては逆に盛り上がっている。ちょっと複雑な気分だ。

 でも、これだけ見られれば、収益も——いや、今はそれどころじゃない。

 

「……カラードさん」

 クラリオンが、前を向いたまま俺を呼んだ。

「私たちで、ここを止めます。後ろへ抜けた方々に向かわせるわけにはいきません」

「もふ!」

 

 俺はまかせろと短く鳴いて、攻撃用の武装をいつでも呼び出せるようにしておく。

 グレイルはまだ後ろだ。転んだライバーをマーリンの方へ押し出している。

 マーリンは扉を支えながら、そのライバーを受け入れていた。

 なら、今この瞬間、正面を塞げるのはクラリオンと俺しかいない。

 

「無茶だけはマジでなしね!」

 後ろからグレイルの声が飛んだ。

「私もすぐ戻りますわ!」

 マーリンも扉の向こうへ最後のライバーを押し出し、こちらへ顔を向ける。

 

 その間にも、廊下の奥ではゾンビポメラニアンがこちらを見ていた。緑色のスプライトが、ふわりと位置を変える。

 

 戦場を細かく確認する。

 まずいな、と思った。

 この廊下は、左右は壁と窓と、点々と並ぶ教室の扉だけ。横へ逃げる余地が少ない。

 遮蔽物なしの一本道で、正面から殴り合う形になる。

 あれが図体のでかい相手なら、囲んで、寄ってたかって叩けばいい。

 しかし、ゾンビポメラニアンはかなりの小型だ。

 四人がかりで囲もうにも、下手に距離を詰めれば、味方同士で射線を塞ぎ合うのが目に見えていた。

 こちらの数という優位が、まるごと封じられる。

 

 しかも、後ろをふわふわ漂う、あの人魂——スプライト。

 ばち、ばち、と表面で火花が爆ぜている。

 この直線の通路での雷の投射は最悪だった。

 

 スプライトへ先に飛び込んで、斬り捨てる。

 一瞬、その考えが浮かんだ。

 廊下の床を蹴って、壁をかすめるように加速すれば届くかもしれない。

 森でレイスを追ったときみたいに、無理やり距離を詰めて、すれ違いざまに斬る。

 けれど、ここは遮蔽物のない、まっすぐな廊下だ。

 飛び出せば、俺はただの的になる。

 しかも、高速で動いている最中に雷を避けるなんて、考えただけで無理がある。

 

『直線でチェインとか、まとめて持ってかれるぞ』

『散開しろ散開』

『廊下じゃ散開できねーよ!』

『遭遇場所が悪すぎる』

 

 黙って正面を張るしかない。

 全員の意識が、自然と、廊下の奥の二体へ吸い寄せられていく。

 小さいのに、得体の知れない犬。漂う雷。前から来る、分かりやすい脅威。

 

 ゾンビポメラニアンが、ぐるるる、と地を這うような唸りを上げる。

 その声が、廊下の床を低く震わせた。

 緑のスプライトが、ふわりと位置を変えた。

 グレイルとマーリンが、後ろからこちらへ戻ってくる。

 グレイルはタブレットを構え、マーリンは掌に小さな光を灯していた。

 

「お待たせ、前戻る!」

「ここからですわね」

 

 二人の足音が近づいてくる。

 誰もが、正面の敵に意識を集中していた。

 その時だった。

 視界の隅。コメント欄が目に入る。

 

『しむらー!後ろ後ろ!』

『包丁ウサギだ!』

『横の教室から出てきたぞ』

『グレイルの後ろ』

『後ろ後ろ後ろ』

『ぎゃークソ兎だ!』

『バックアタック!』

『ああああああああああ』

『気づいて!!』

 

 うさぎ。

 横の教室。

 グレイルの後ろ。

 言葉が、ばらばらに頭へ飛び込んでくる。

 意味を組み立てる前に、体が動いていた。

 顔を向ける。

 グレイルとマーリンは、前線へ戻るためにこちらへ走ってきていた。

 そのさらに後ろ。

 横の教室の扉が、いつの間にか細く開いていた。

 その隙間から、小さな影が音もなく滑り出ている。

 桃色の、ぬいぐるみのような体。丸い耳。かわいいはずの輪郭。

 けれど手にしているのは、ぎらりと光る、不自然に現実的な包丁だった。

 包丁ウサギ。

 刃は、グレイルの無防備な背中へ向いていた。

 間に合うか、なんて考えなかった。

 考える時間が、なかった。

 

 俺は、全身のブーストを一息に開放した。

 

「モ゛ッ!!」

 

 録音されたはずの声が、加速の衝撃で潰れたように聞こえた。

 毛玉の体が、弾けるように吹き飛ぶ。

 肺が潰れ、息が止まる。

 背中で、肩で、足元で、推進力が一気に噴き上がった。視界が線になって流れる。すべてが後ろへ吹き飛んでいく。

 グレイルを一瞬で通り越し、ブレーキとベクトル移動のため、全力で逆噴射を行う。

 

「——ッ!!」

 

 内臓が軋む。

 その向こうで、包丁ウサギが刃を振り上げていた。

 間に合え。間に合え——!

 俺は、グレイルと刃物の間へ、体ごと滑り込んだ。

 身体の内側へ、冷たい金属が差し込まれる感覚があった。

 痛みは、なかった。

 痛みを感じるより先に、何かが大きく抜け落ちていく感覚があった。体の中で巡っていた魔力が、決壊したダムみたいに、一息に流れ出ていく。

 あんなに冴えていた視界が、急速に色を失っていく。

 

「カラにゃん!?」

 

 グレイルの声が、ひどく遠くに聞こえた。

 身体の中に刃物を置いたまま、滑るように包丁うさぎが特異個体のほうに逃げていく。

 振り向いた彼女の顔が見えた。いつもの軽い笑みは、どこにもなかった。目を大きく見開いて、何かを叫ぼうとして、声にならなくて。

 ああ。

 間に合った、か。

 それだけは、分かった。

 力が入らない。武装が、淡い光になってほどけていく。短い手足が、床に投げ出される。

 冷たいラバータイルの感触が、頬に伝わった。

 

「カラードさんっ!?」

 

 クラリオンの、悲鳴のような声。

 

「——うそ、でしょう」

 

 マーリンの、聞いたことのない呆然とした声が続いた。

 みんなが、こっちを見ている。

 

「……」

 

 声を出そうと思ったが、吐息のような何かしか出なかった。

 ただ、視界の隅で、コメント欄だけがやけにはっきりと見えていた。

 今までで一番の勢いで、見たこともない速さで、文字が流れ落ちていく。

 

『うわあああああああ』

『間に合ったけど!』

『ああああああ』

『嘘だろ』

『主人思いのペット』

『なんだかそう見えてきた』

『毛玉ェ……』

『最後の最後でかっこよすぎるだろ』

『人増えすぎてコメント追えない』

 

 ああ、よかった。

 数字が、伸びてる。

 借金、少しは、返せるかな。

 そんなことを思った自分で自分に呆れて、笑おうとした。

 だが、身体は動かない。

 廊下の天井。蛍光灯。グレイルの顔。クラリオンの白銀。マーリンの光。

 全部が、ばらばらの写真みたいに見える。

 視界が、暗くなっていく。

 最後に見えたのは、こちらへ駆け寄ってくる白銀の鎧の輝きと——その後ろで、たくさんの文字が流れ続ける、明るい光だけだった。

 ああ、まだ、終われない。

 まだ、何も——。

 そこで、意識が途切れた。

 




カラードの中の人「運がよかったらバックスタブで死ねそうだから、最後尾でいいっすか?」
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