もう1回の先へ   作:めりゅちゃむ

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第2話『その一歩の、遥かな距離』

 

 

 中央トレセン学園へ来て、数日が経った。

 

 新人の俺に与えられた最初の仕事は、担当候補となるウマ娘を探すこと。要するに、ダイヤの原石の品定めだ。

 

 俺はバインダーを片手に、連日様々なチームのトレーニングや、学園内で頻繁に行われる模擬レースを視察して回っていた。

 

 

 「……さすがだな」

 

 

 手元のメモ帳には、すでに何人ものウマ娘のデータが書き込まれている。

 

 地方が劣っているとは言わない。だが、中央の層の厚さはやはり異常だ。

 

 基礎体力のベースが高く、走りの理論が最初から洗練されている者がゴロゴロいる。これが最高峰の舞台か、と肌で実感する日々だった。

 

 そんな中、週末の模擬レースの出走表に、見覚えのある名前を見つけた。

 

 『アーモンドアイ』

 

 河川敷の土トラックで見かけたウマ娘だ。

 

 あの子が中央の芝でどんな走りをするのか。俺はほんの少しの興味を抱き、観客席の最前列に陣取った。

 

 今回の模擬レースは、デビューを控えた新設チームのウマ娘だけでなく、すでに実績のあるオープンクラスのウマ娘や、短期留学中の海外のウマ娘まで混ざった、かなり骨太なメンバー構成だった。

 

 ゲートが開き、ファンファーレの代わりに電子音が響く。

 

 

 「───スタートか」

 

 

 俺は目を細め、彼女の走りを追った。

 

 位置取りは中団。インコースに閉じ込められないよう、スペースを探している。

 

 コーナーワーク、四肢の連動、前傾姿勢の維持。どれをとっても、河川敷の時よりずっと高いレベルでまとまっていた。やはり、素質は本物だ。

 

 だが、周囲もまた、それ以上に強かった。

 

 最終直線。

 

 アーモンドアイも鋭い伸び脚を見せたが、前を行く実績馬たちの牙城は崩せない。

 

 海外ゲストのウマ娘が圧倒的なストライドで突き抜ける中、彼女は必死に前を追いかけ───。

 

 4着で、ゴール板を駆け抜けた。

 

 

 「いやー、やっぱり先輩方は強いな! でも、あのアーモンドアイって子は、掲示板に入ったの凄くない?」

 

 「十分合格点だよな。相手、オープン馬だぞ」

 

 

 近くにいた同期の新人トレーナーたちが、感心したようにバインダーに丸をつけている。

 

 俺も、彼らの意見には同意だった。

 

 

 「そうだな。かなりやれる」

 

 

 あのメンバーを相手に、デビュー前の身で4着。

 

 スカウティングの評価としては高い。上のチームから声がかかっても不思議じゃない。

 

 だが、俺の視線は、コースから外せなくなっていた。

 

 レースが終わり、他のウマ娘たちは互いの健闘を称え合ったり、安堵の表情を浮かべながら引き揚げていく。

 

 その、まだ芝の匂いと熱気が残るコースのど真ん中で、彼女だけは違った。

 

 

 「……っ」

 

 

 アーモンドアイは、ぽつんと一人で立ち尽くしていた。

 

 その拳は、強く握りしめられている。

 

 

 「全然、届かなかった……」

 

 

 微かに届いたのは、小さく、けれどひどく冷えた独白。

 

 

 「キレも足りない。スタミナも……全部。もっと、もっとやれたはずなのに……!」

 

 

 彼女は自分の脚を見つめ、奥歯を噛み締めていた。

 

 周囲の称賛も、彼女には届いていないようだった。4着という結果に、彼女一人だけが、猛烈に納得していなかった。

 

 俺は、柵越しにその姿を見つめていた。

 

 普通なら、満足するか、あるいは自分の才能の限界に凹む場面だ。そこまで悔しがるものだろうか。

 

 

 (変わった子だな……)

 

 

 あそこまで貪欲に、自分を追い詰められるものなのか。

 

 その強烈な負けず嫌いさに、少しだけ圧倒される。

 

 やがて、彼女は悔しさを押し殺すように小さく息を吐くと、こちらに気づく余裕すらない様子で、控室の方へとトボトボと歩いていった。

 

 俺はその背中を、ただ見送った。

 

 まだ、特別な感情はない。担当にしたいとか、運命を感じたとか、そんな大層なものは何一つない。

 

 ただの、少し気になるウマ娘。

 

 ただ、なぜだろう。

 

 去り際に彼女の口から漏れた、あの呟きが。

 

 

 「───もう一回」

 

 

 というその言葉だけが、なぜか頭の奥に引っかかっていた。

 

 ───後に思えば。

 

 この時の俺は、まだ何も分かっていなかった。

 

 「もう一回」。

 

 彼女が何気なく口にしたその言葉が、どれほど重い意味を持っていたのかを。

 

 





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