オール・フォー・ワンから逃げきる方法について 作:ヒロアカは青春…?
「…知らない天井だ」
アルコールの匂いと見慣れない白い部屋。傍らには看病し疲れたのだろう響香お姉ちゃんがすぅすぅと静かに眠っていた。
(スレ民に言われたことを考えると使いやすいとは思えないな…)
ジャック・ザ・リッパー。本来ならば後世の創作で作られている複数の側面を操ることができるのなら強いのではないか─そんな風に考えて実戦で使ったのがいけなかった。
「んぅ…」
「そんな急いで起きようとしなくてもいいよ。ゆっくり寝てて」
彼女の頭を撫でながら、全身に走る傷を見る。銃痕が残りまくっているが、これは恐らく避けようと思えば避けれた傷だろう。
(そもそも脳無をやった時点で過剰戦力だと気づくことはできただろうに)
アサシン─正確に言えば殺人鬼─のジャックは異常に強かった。それこそオール・フォー・ワンを殺すのならトップクラスに強いと言える。
だからこそ、今回の件というのは問題になってくる。まさか味方に殺されるなんて考えもしなかった。
「ぁ…雪和…?」
「うん、雪和。ごめんね、迷惑かけちゃって」
完璧に起きたお姉ちゃんに見つめられるのが気恥ずかしくて頬をかく。顔と手には傷がついていないから安心して触ることができるのだ。
「い、生きてるよね…?死んでないよね…?」
「うん。五体満足…かはわかんないけどね」
彼女の震える手を取って、自分の体へと触らせる。心臓の鼓動が伝わっているし、彼女が心音を間違えるはずがない。あれだけくっついているのだからそれくらいはわかっているだろう。
「ほら、大丈夫。お姉ちゃんが心配することはないから」
「雪和…雪和ぁ…」
「名前だけ呼ばれてもね…いいよ、ギュッてして?」
泣き始める彼女をあやすために両手を広げると、ベッドが軋む勢いでお姉ちゃんは飛び込んできた。よく考えたら他人を心配させるようなことをしているのか、と他人事のように思っている。
(うん、とりあえずはお姉ちゃんにかまい倒そう)
恐らくあの中で一番一緒にいたのは考えるまでもない響香お姉ちゃんだ。そこに個性の効果も乗って撃ってしまっても仕方ない─なんて、それは彼女からすれば言い訳にしか聞こえないのだろう。
「心配してくれてありがとうね…お姉ちゃん…」
会ったときよりも育ったけれど、まだまだ甘え盛りな彼女の背中を優しくさすり続けた。
泣きつかれて眠ったお姉ちゃんをベッドに横たわらせ、自分の体を確認する。やはり気になっているものではあるし、何よりも胸を張って無事だと言い切りたいからだ。
(ま、この感じだと普通に個性さえ使えれば戻せるってところかね?)
銃がそこまで強くなかったからなのだろう、速さが足りなかった分中途半端に肉が抉れるに留まっていた。それでも弾が体に残っている可能性はあったが…吐血したときに出していたのでそれもない。
「…おや、おきたのかい?無闇に動き回るとまた傷が空くかもしれないし、ベッドの上にいてほしいね」
後ろから動物の声がかけられる。小さい体で大変そうな彼は少なからずこちらのことを労るような言葉だった。しかし残念ながらそれに従うことはちょっとできないのだ。
「あいにくベットは姉が使ってまして。…それに、面談を行われるなら応接間のほうがいいでしょうし」
「HAHAHA!そこまで言われたならしょうがないね。…A組の皆はいないから安心してほしい」
ポツリと付け加えられたその配慮の言葉は、俺を撃ったのが仲間であることを確定させてしまった。
(言われなければ知らなかった風にして戻れたのに…あぁわずらわしい)
正直に言えばまだ体は痛むが、そんなことをしていては余計にA組を心配させてしまうことに繋がる。ただでさえ今も廊下側から見ている視線がチラチラと伺えるのだから。
「あの、流石に怒ったりはしてませんからね?寧ろ紛らわしいことをした俺のほうが問題なので」
「そのことも含めて話そうじゃないか。お茶しかなくて済まないが…ついてきてくれ」
「失礼します」
気を引き締めて体を伸ばす。応接間に入ると、相澤先生とオールマイトが席に座っていた。どうやら今回の件はそれくらいには大ごとらしい。
「…ええと、まず学校としての見解を聞かせてもらっても?」
「わかった。僕から説明させてもらおう」
これはある意味の交渉だろう。俺に起きた事態はこのなかで最も特殊であって─学校からしてみれば闇に葬りたい事柄なのだから。
(防衛とはいえ人殺し、そしてその後に過剰防衛で生死をさまよった…うん、間違いなく退学処分にしてもおかしくないな)
我が身のことならとうに諦めているが、A組は脱落されると困ることしかない。どうにかして自分のミスということに誘導できないだろうか。
「とりあえず君の沙汰を最初に伝えておくと、
「…監督不行届だ。脳無を引き受けないでチンピラを捕まえ続けて、生徒から目を離していた。結果としてここまで深い傷を負うのも、人殺しをさせたのも俺のせいだ」
頭を深く下げられる。無茶していた俺が悪いというのに、なぜそこまでして謝るのか。居心地が悪すぎて気持ち悪くなってしまった。
「そんなことを言わないでください。少なくとも体に後遺症は残らないと思いますし、A組のクラスメイトにも何もお咎めはなしにしてほしいです」
「…本当にいいのかい?君は殺しにきた人間を受け入れられる、と?」
校長の問いはこちらを試している。考えてみれば当然だ─俺が一時の感情で決めて後悔しないようにしてくれているのだ。
ならば本気で答えればいいのだ。
「というよりですね、そもそも無個性の人間の時点で受け入れてもらった分際なら感謝しかないんですよ」
「…ほう」
「とりあえずお咎めなしなら復学したいです。正直学校の有利なようにしていただいて構いません」
話は終わり。そんな風に席を立てば彼らも意図を察してくれたのか、立ち上がった。外の廊下が突如として慌ただしくなり、ドタバタと遠ざかっていく音が聞こえる。
「あぁ、待ってくれ。最初に君に言うべき言葉を忘れていたよ」
「…ありがとう。君のおかげで本校の生徒は助かった」
感謝の言葉。それに対応する何かは、どうしても曖昧なまま忘れてしまっている。
「別にいいですよ。ヒーローは余計なお世話が本分、でしょう?」
ドアを開ける前にヒラヒラと手を振り、戻るべき教室へと歩みを進める。
春の柔らかい日差しに満ちた廊下が作るその道は、八百万の神が祝福しているように見えた。
「ふぅん。脳無が殺された、なんてね。しかも生徒に?」
ボクは弔からの報告を聞いて首を傾げる。相性がいい悪いであの最高傑作を殺せるとしたら、それこそオールマイトを上回るような力がないと無理だ。
あるいは、彼のような
「やはり生きているのだね。全く、ボクに見つからないように隠れるのが随分上手だな」
五年間も待たされた。そして彼がいないだろうと思っていれば、ボクの計画を潰すためだけに一手を打ってきた。
(子供になれる個性?それとも不死身の個性?いやいや、生まれ変わりの個性か?)
彼のことが気になって仕方がないが、しかし手駒の減らされ方は尋常ではなかった。それこそ有象無象のゴミだからよかったものの、そのゴミだって限りがあるのだ。
「無駄に浪費してしまえば彼を追い詰める手札を減らすことになるからね。まだ温存したい」
少なくともまだ人物像が全くわからない。これでもプロファイリングは得意なはずなのだが、それだって行動の手がかりがなければどうしようもない。
(次は必ず彼の活躍を間近で見よう。そうだ、そうすれば彼にも伝わるはず)
君という存在に、もう一度『ボク』を刻みつけよう。
そう思いながら傾けて飲む赤ワインは、あの日手についた彼の血と同じ味がした。
大山鳴動して鼠一匹
意味:事前に考えていた大騒ぎや期待に反して、行われたことが小さくてつまらないもの。
あるいは─自分の知らないところで大きな事柄が動いていること。