オール・フォー・ワンから逃げきる方法について 作:ヒロアカは青春…?
さて、林間学校の為に買い物をしにショッピングモールに来た。ここでは様々な活気が溢れかえり、人が多すぎてはぐれてしまうかもしれない。
「…あ」
そんなことを思っていると本当に迷子になってしまった。身長の低さと人混みの多さも相まって全くお姉ちゃんたちに追いつけない。
(うーん…このまま別行動はしたくないんだけどなぁ)
みょいんみょいんと頭から必死に飛んだけど、彼女たちはもう見つからない。声を出しても認知されないし、スマホは使い方がよくわからない。
なんかこう…わーってなるせいで使えないのだ。
「…ふふ。お嬢さん、気をつけて」
「わぁ!?」
後ろから甘やかな声が聞こえたと同時に警戒度が跳ね上がる。ナイフを咄嗟に構えようとして、どこにいるかを考えて手の内に握る。
(なんでここにこいつがいるんだよ…!)
ニヤニヤと愉悦の笑みを隠そうとしない顔とわざわざ俺の目線を奪うように体を持ち上げられる。女性として完成されたその肉体は大切なものを見つけたかのように手袋の上から俺を抱きしめる。
「ボクは全。雪和君のファンとして─少し、医者のキミとデートがしたいだけの一般人さ」
「…休業してんだけどな」
「酷いなぁ。嫌って言うならこのまま誘拐しちゃうよ?」
ドロドロと脳みそが溶かされる感覚から頭を無理矢理覚ます。目の前の美女に全てを委ねたくなる感覚を押しのけてナイフを首元にそっと当てる。
「わかった。せめて人を持ち上げるな」
「傲慢だねぇ。ボクのことをなんて呼ぶのかな…なんて、思ってたんだけど」
「さぁな。オール・フォー・ワンじゃ不服か?」
「親しみを込めてオーちゃんとでも呼んでくれよ」
軽口の言い合いだが、普通に生殺与奪の権を彼女に握られている。デートするしかないという状況がいっそのことなくなればいいのに。
そう思いながらも絡みつかれた手は一切離れない。というか体が高校生にしてはあまりにも小さすぎるからか、他の人から子供をあやす母親みたいにオール・フォー・ワンが見られている。
「ま、ボクも考えなしに誘ったわけじゃない。そこの個室がある喫茶店で話そうか」
「…2時間だけな」
「連れないなぁ。デートらしいこと、少しくらいは楽しもうじゃないか」
彼女に主導権がある時点で従う他ない。浮かれた一般人がモールの中を歩いているのを見て心底羨ましいと思った。
個室のある喫茶店─まぁ、個性社会において口を見せることを嫌う人も少なくない。寧ろ下手に牙があったら気味悪がられたりしてリピートするのは止めるだろう。
そういった家族の為に個室になった空間で二人きり─しかも片方は絶世の美女。峰田のような何も知らない奴が見たら血涙を流しそうだし、本当ならこの機会に対してもっと緩くいたかった。
(それを許されないような女だから、ってのはある)
目の前で鼻歌交じりにメニューを開き、わざとらしげに「ねぇ、コレどう思う?雪和も食べたいよね?」と聞いてくる。彼女はどういったわけか、恋人のロールプレイがしたいらしい。
「あぁ。いいんじゃないかな」
「ふふ、キミもそう思ってたんだね。スペシャルチョコレートパフェとマスカットパフェ。飲み物はクリームソーダで」
「…じゃ、アイスコーヒーで」
畏まりました、と店員が去ってから数分で頼んだものが置かれる。二人ともストローで一口飲んだ後、彼女が話し始めた。
「さて、雪和。ノーワンのほうがいいかい?」
「名前なんざどうでもいいんだよ、オーちゃん」
目の前で声に出してオーちゃんと呼んでみるが…なるほど、これはこれでイライラするものである。相手が笑みを深めたのを見て更に不快感が増すが声には出さない。
「ツンデレなキミをずっと見ているのも飽きないけど、本題に入ろう。元々キミとは話したいと思っていたんだけど、中々機会がなくてね」
「まぁそりゃそうだろ。今だって殺したくて堪らないんだから、殺意を向ける向けられる程度の関係がちょうどいいんじゃないかって思ってたんだが」
「でも君は襲うことはできない。そうだろう?」
今襲いかかったらこの場所なぞ簡単に崩壊してしまうだろう。せめてヒーローらしく振る舞おうとしたら足枷になる人質というものを彼女は上手く使いこなしていた。
「まあ、ボクのことを今殺すのは不可能だからね。ほら、口開いて」
「あぁ…んむっ!?」
言われた通りに口を開けたら喉元までマスカットパフェを突っ込まれた。餌付いて吐き捨てるわけにもいかないので咀嚼して無理矢理飲み込む。
「こうやってキミと過ごすのはとても楽しい。うん、なんだろうな…会えない時間のせいでここまで心が乱されるとは思えなかったよ」
「…これが本題じゃねえだろ。とっとと口を割れ」
やってることが完全にクズ男ムーブである。やってて気持ち悪くなってくるから速く終わらせよう。
「要件はシンプル─ボクの番になってくれ」
「………………は?」
「あぁ、古風な表現だと伝わらなかったかな。ボクの道に立ち塞がって表社会を引っ張ってほしい。そしてキミが栄光を掴むその瞬間に─ボクの
浮かれた目つきで話す彼女の目は完全にイカれていて、その全てが俺のことを見定めるように凝視している。暗く光り続けているその赤い瞳はやけに人を惹き付けにいく。
「なんて言うんだろうな、ボクの目的はキミを妨害したいんだよ。キミがボクのこと以外で満たされた瞬間に奪ったり、ボクのことを殺そうとして殺せなかったり─そういう、希望が絶望に変わる瞬間を見たいんだ」
「…ハハッ、イカれてんな」
「そうだね。でもキミにはもう一つ選択肢を上げることにした」
どこまでも上から目線で、義爛が持っていた血塗れの携帯を渡してくる。壊れないように頑丈そのもので、尚且つたった一つのボタンしか用意されていない。
「キミの人生をゲームだとしよう。ボクがラスボス─でも、リタイアしたくなったらさせられるように蜘蛛の糸を垂らしてあげる」
「どうせ碌なモンじゃないな」
「その通り。
言葉を切り、彼女は俺のコーラを一口啜る。クリームソーダはぷかり、とアイスが反転して白い泡がぷかぷかと浮いている。
「ボクは家族からの愛情というものに飢えている。というよりキミからもらったもののせいでより自覚した、って言うのが正しいのかな」
「だからさ、そうなったら徹底的にボクがいないと何もできないようにする。一生ボクだけを見てくれる素敵な夫の完成ってわけ。素敵でしょう?」
「あぁ、最悪だな」
狂愛、というのがどんなものかをよく理解させられた。こんなものを毎度毎度他の人から持たれているなんて言いたいだろうスレ民を殴りたい─なんて、思わないと正気を保っていられなかった。
「じゃあ予行演習としてキミにはここから理想の恋人、みたいなことをしてもらいたいな。キミなら無理なく演じられるだろう?」
「そうだけ、ど…」
一瞬だけ太ももに視線を落とす。ドクドクと流れる血が違和感へと警鐘を鳴らしていく。気持ち悪いくらいの痛みが襲ってきたのは、本能が気づいたからだ。
(…
個性を無理矢理発動させて自らを治すしかあるまい。
『自分はジャック・ザ・リッパーである』
『ジャック・ザ・リッパーは精神的な軸があった』
『自分もまたどんなことにも影響を受けずに自分の意志で軸を動かせる』
血まみれになったナイフを彼女へと投げ渡す。要するにここすらも彼女の罠だった、ということだろう。
「気づくのが遅かったね。…でも、これでボクがどれだけ本気かはわかっただろう?」
「うるせえ。時間だから帰らせてもらう」
太ももを裂いた痛みが残るうちにパフェとコーラを飲みきり、代金を彼女に投げつける。
「
「本当の白い少年の話もしたかったけどね。キミが興味を持っていないならいいや─じゃ、またね」
彼女からの視線を避けることはせず、あえて堂々と歩いてこの場を去る。
彼女の本気を踏みにじらなければ明日はない、ということだ。
どうせならやってやろうじゃないか。
外のモールはのどかで、先程までの非日常の痕跡は太ももから垂れる血だけだった。
これが健全なデートシーンです(錯乱)