オール・フォー・ワンから逃げきる方法について 作:ヒロアカは青春…?
「わかりません。全部違いました」
医師から申し訳そうに告げられたその言葉に、体がもう一度ぐらりと揺れる。咄嗟にお姉ちゃんが体を支えてくれたけど頭の痛みも何もかも治まらない。寧ろ気分と共に悪化していく。
「とりあえず、言われた通りお二人の血液検査をしましたが…遺伝子上の繋がりがないことがわかりましたね」
「…俺の体の方は?」
「健康だからこそ異常ですね」
ピッ、と出される検査された結果。彼女との血の繋がりがないことが証明され、ついで異常ではないことが異常なデータが出来上がった。
(ったく、そもそも医療に関してはジャック・ザ・リッパーでなんとかなる範囲じゃないならどうしようもないか…)
次々と症状について確認の質問が飛び、その全てがどの病状にも当てはまらない。
「一応、似たような病状のカルテはあったのですが…いかんせん、個性由来のものなのでどうしようもなかったです。その個性も耳郎さんならともかく、雪和さんには関係なさそうですし…」
「…お姉ちゃん、ちょっと聞いてくれる?」
「うん…」
顔を隠している彼女がイヤホンジャックを伸ばしてくる。鼓膜から僅かな振動が伝わってきて、どこか体の力が抜けていく。
たっぷり十秒待ってから彼女はシュルシュルと戻し、どこか恐ろしそうな声で喋り始めた。
「えっと…複数の音が反響してます。同じ音で打ち消したほうがいいですか?」
「やってもらえると嬉しいです。恐らく原因はソレですし」
医者の言葉通りにお姉ちゃんが動いたのだろう。一瞬で俺の体の不調はなくなった。…寧ろ、不気味なくらい。
(こんな都合のいいこと…あぁ、違うか)
殺人鬼の本能は抑えられることがない。あるいは、理解してはいけないと自らが封印していた思考が違和感を伝え始めただけだ。
「ん、治りました。お姉ちゃんとずっといればいいんでしょうか?」
「ええ、病状としては対症療法しかないので諦めてください。お姉ちゃんにたくさん頼ってくださいね?」
笑いながら医者はそう言う。きっと無個性から何か個性が暴走したからこうなった、とでも思っているんだろう。
(実際は全くもって別なんだろうけどな)
個性を使って響香お姉ちゃんになにかをバラすつもりもない。大人しく今日の夜に暴くしかない。
普段通りを貫け。嘘をつくことに体を慣れさせろ。自然体に─できる限り、目の前の人に違和感を覚えさせないように。
心音までは調整できない。
「お姉ちゃん、これからも助けてくれる…?」
「…うん。ウチのこと、たくさん頼っていいからね」
後ろから抱きしめられる。その生暖かい吐息が首にかかることに安心感─は、ない。
心地よさよりも気持ち悪さが勝るような湿っぽさの道を、夕焼けに照らされながら2人で歩いた。
あの感じ、ウチがやったことに気づいてたんだろう。きっとあえてその場を濁した─昔から変わらない癖。銃のときも同じだった。
「今回は逃がすつもりはないんだけどね」
もう合鍵を入手するのも手慣れたものだ。気づかれたのなら姉弟ゲンカになるってことだけど…まぁ、ウチが雪和に負けることはない。
「雪和、今行くからね」
「少しくらいは病み上がりをいたわれよ。どっかの誰かのせいで苦しみ続けてたんだぞ?」
後ろ。振り向けば笑いながらも普段着ることのないヒーロー衣装を来た彼。今こうやって対峙していればわざわざ黒のボロ布とハイヒールにしていた理由がよくわかる。
「距離感を掴ませない、場所を悟らせない、そしてナイフは見つけられない」
「ホンット、よく考えてるよね…ウチの家に潜り込んだのも何か目的があったんでしょ?」
「ないよ。家族が欲しいからで里親になってくれるかわかんない誰かに拾われるのを待ってたと?」
冗談だろ、と吐き捨てる。彼はウチの弟という部分を外すつもりがない─というより、ずっと変わらない。
「だから言われなきゃこのままアンタの弟として過ごすつもりだったよ─というか、害はないだろ」
「うん。ウチも潜り込んだことなんて怒ってないよ」
血が繋がっていないほうが寧ろ嬉しかった。怖かったけど、これで結ばれるから。ヒーローの目的として不適だけど、彼を護りたいと思ったのがウチのオリジンだ。
「じゃあなんでこんなことした。理解してから考えたけど正気を疑ったんだよ」
「ははっ。ウチよりも成熟してるのに正気がどうとかまだ疑ってんの?」
最初は雑に遠距離攻撃。ナイフの軌道はルーティンと化しているからウチの体には当たらない。
(優しいんだな、ウチの弟は)
どこまで言っても他人本位。わがままなんて一回も言わない自慢の弟。なんでここまで似てないのか、と言われたら血が繋がってないから。
「嘘ついたよね。ゴメンね、お姉ちゃん。…負けたら全部、初めましてになるから」
「ヤダ。そんなこと言われたら手放したくなくなった」
彼が教えてくれたエレキギターを構える。何をするつもりなのかわからないだろうけど、彼は絶対に動かない。
「体はもうウチのもん、だよ」
かっこよくそう言い切ると、激しくギターをかき鳴らす。騒音らしい騒音が出ないよう、彼の耳にだけ届くようにイヤホンジャックで調節。
「…はっ…?」
体を動かそうとしても違和感があって動かせなさそう。そりゃまあこうなるまで調教したんだから当然か。
「体は正直だってイッてんの。ウチの音楽を聴くだけでそんな腰砕けの状態で離れたいだなんて言っても無駄だよ」
必死に抵抗しようとして上げた掌を強く握る。ここまで近づけばもう楽器は不要だ。そっと扉を開けて彼の家にエレキギターを立てかける。
「もしかしたらだけどさあ、自分のこといらない人間だって思ってたの?とんだ思い上がりだよね」
体を調教したときと同じように、気持ちをイヤホンジャックの先端に込める。妙な重低音と本来なら聞こえないはずの高周波の音すら響き渡るのがよくわかる。
「本当ならお姉ちゃんだからって自制してたんだよ。お姉ちゃんがいなくなったら生きていけないようにするとか、いつまでも甘えん坊の弟をドロドロに溶かしたいとかさ」
指揮をする寸前の人間のように思いっきり腕を広げる。一人しか見ていないステージ。音楽にならない彼は今、相当な苦痛を感じているはずだ。
「音が苦しくなるまで聞かせたもんね。苦しいよね。ウチもおんなじ気持ちだよ」
「ウチが雪和をどう思ってるか知らないくせに、勝手に危険なところまでいって。ウチのせいで死にかけたからって─戦闘させないように、どんどん離れていって」
「頼らない。頼れない。そう思うなら言ってよ。言わないとウチ、わかんないんだよ」
「…喋んなくていいよ。今からやりたくなかったこと、全部やる。ウチのこと、許してもらうのはそっから先だよ。どこまでも好き勝手するから」
眠っている中でずーっとやっていたから起きている中の彼はどんな反応をするのだろうか。お風呂のときと同じみたいに蕩けるのだろうか─それとも、嫌だって言いながら従ってくれるのだろうか。
もう逃げられない彼の体に手を這わせ、大音量を彼の体に流す。ぴくんと伸びたあとも、恐怖と絶望とほんの少しの期待が入り交じった色をした瞳がこちらを誘惑している。
「…壊れるまでずーっと一緒だからね、雪和」
ロックエンド
鳴り止むことのない残響