オール・フォー・ワンから逃げきる方法について   作:ヒロアカは青春…?

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狂信/憧憬/殺意/不信

 

一つ話をしよう。

 

ジャック・ザ・リッパーの功罪を挙げるとして。

罪については考慮する必要はない。どれだけ殺人を犯したか、命を冒涜して闇夜へと紛れていたのは今更論ずるまでもない事柄として挙げられている。

では功はどうか。生活環境の改善や、社会問題に対して一石を投じた人間である─複数人の死という尊い命を失わせながら。

 

そんなものを研究することを一般的に『リッパー学』というものにした─そして、それをあろうことか人体実験で試そうとする集団が現れた。

 

【ジャック・ザ・リッパーとは社会を変えるために必要な悪として出現する。それを我々が作ればいいではないか】

 

幸か不幸か、彼らにはたくさんの資金と人材があった。それを待つだけの余力も用意されていた。倫理や道徳なんかは当然ながら利益というものに関係ないものとして切り捨てた。

 

巨大実験施設、『《イーストエンド》』─それが、自分がかつて生涯を過ごした唯一の島であり、殺人を犯した島だった。

 

 

 

その島に集められていたのはたくさんの子供だった。子供とは思えないほど静かな世界だった。そうしなければ生き残れなかった。

 

毎日のテストがあった。─目標に達せなければ、首を吊らされていた。

毎日のように実習があった。─泣き叫んだら首を撥ねられていた。

当然のように教養を求められた。─時間内に終わらなければ後ろから刺された。

最後に吐く言葉は『自分はジャック・ザ・リッパーである』と口を揃えて死んでいた。─ジャック・ザ・リッパーのことを神聖視していた。

 

5歳の頃に連れてこられて、1日でも生き残ればよかった。毎日のように送られてくる子供は何人も何人も殺されていった。

 

俺はただただ、自分の目の前にあることをこなし続けていた。あるいは慣れきってしまった、というのが正しいのかもしれない。

 

あの環境で行われていたテスト。今でこそわかるが、6歳の時点で高校の内容まで履修を行わされていた。午前の4時間はほとんどやらされ続け、午後はどこにも逃げ場所のない実習だった。

 

努力しているのに理由なんてなかった。あったとしても『ジャック・ザ・リッパーになりたい』程度だとか『ジャック・ザ・リッパーを超えたい』だのといった欲望なんかじゃすぐに首を吊っていた。

 

(今となっては、まあ普通だが)

 

ジャック・ザ・リッパーに性的な知識はいらない─さりとて医療の技術は持っている。毎日のように首を吊った死体の後処理。朝笑っていた子供を捌き続ける実習。

 

気が狂うというより、あるがままを受け入れ続けていた。自分と同じ死体を見たとしても殆ど気にせずにやれるくらいにはすり減っていた。

 

『ジャック・ザ・リッパーはこうであるはず』

『ジャック・ザ・リッパーは後世でこのように示されていた』

 

当然、外の世界へと出ようなんて思えない。ジャック・ザ・リッパーというものに狂った奴らだけが生き残り続ける地獄絵図。

 

(笑えないけどな。喋ってもダメだったし)

 

自分がジャック・ザ・リッパーになりたい─そう、口にした友人が自殺したのを何度見ただろうか。

 

【ジャック・ザ・リッパーは君たちであるのに、なぜ理解できないのか。偽物ならば潔く死ね】

 

渡された銃に困惑しながら、カチッと撃鉄が降りる音。パァンと鳴り響いた銃声と共に目の前で脳漿が弾け飛ぶが、その程度で心を乱されていれば死んでいる。

 

ジャック・ザ・リッパーに崇拝し、ジャック・ザ・リッパーの同化を目指す箱庭。そんなイカれた箱庭というのは、当然長く生き残れば異常な人間が出来上がる。死ぬ前の言葉なんて全員一致している異常性。

 

どこまでも殺人鬼について学び、暗殺について多くのことを身に着ける。それと同時に常識というのを身に着けさせられる─誰からも怪しまれないようにするためだ。

 

片一方では芸術について深い理解を持ち、片一方ではたとえどんな不可能な手術であっても成功させる医療のプロとなった。

加えてそれとなくジャック・ザ・リッパーに関するものであれば全てを記憶させられた─このときにヒロアカのステインを『意思を以て人を殺す者』として紹介されたから、俺はこの世界のことを知っていた。

 

たった2年で一般人のガキは成長した結果がコレだ。このまま続いていたとしたら、ジャック・ザ・リッパーではないにしろ超人はできていただろう。

 

…当然、そうはいかなかったが。もとから歪んでいたこの箱庭には、ある意味必然的なものかもしれない。

 

【非人道的な行いで死んでいくのは興が乗るけど、泣き叫んだりしないから面白くない】

【もっと悲劇的な死こそがジャック・ザ・リッパーを作る成長に相応しい】

 

そう伝えられた後、大きく環境が変化した。具体的には処刑が一日の終わりにまとめて行われ、最も親しい人間が執行することになった。

 

眠る前に聞こえるのは自分より幼い子供の悲鳴と嗚咽と銃声と刺殺音。月明かりに時折響き渡る銃声は、時間内に処刑できなかった人が殺されているから。

 

(…本当に最悪だな)

 

自分が死ぬこともなかった。あるいは、永遠に処刑人として居続けるたった一人として畏敬の念を込められていた。

 

『ありがとうございます』

 

そう言いながら自分よりも幼い人間が自身を殺すことを讃えてくる。ナイフで刺されて満足そうに死んでいく人から子宮をえぐり出した。

 

【最も近い彼をジャック・ザ・リッパーに近づけるために、19世紀のヨーロッパの病気に感染させる】

 

頭のおかしい言葉。首元に刺さった注射器が前世における最後の俺の景色だった。

 


 

とうに死んでいた。そう断言できるような状態で産まれたのが俺だった。

 

フラスコの中。あくまでも液体の中に浸らされていて酷く体が重かった。へその緒と思って握りしめていたのはチューブだった。

 

(…また変なことやりだしたな)

 

老衰なら面白みもなかったし、交通事故ならどこか納得がいった。どこか転生したと気づくのに遅れたのは元から異常だったからだ。

 

黒死病。あるいはペストと呼ばれる根治性の病気。本来ならば早期に見つけていれば治るような病気。その時に感じていた痛みが無かったことに気付くべきだった。

 

(…一度待つか)

 

どんな動きを想定しているのかわからない。それを1年間続けていれば、流石に気づいた。

 

ジャック・ザ・リッパーの生まれ変わりであれ、と言われ続けていたからこその気づき。

 

壊した。壊した。壊した。どんな風にするべきなのかは分からなかったが、本能がそうしろと叫んでいた。

 

『自分はジャック・ザ・リッパーである』

『自分はジャック・ザ・リッパーである』

『自分はジャック・ザ・リッパーである』

 

首を吊り、背中から刺され、銃で撃たれ、それでも満足そうに。

 

『あなたはジャック・ザ・リッパーである』

『アナタはジャック・ザ・リッパーである』

『貴方はジャック・ザ・リッパーである』

 

名も知らぬ誰かが叫ぶ。お前がたどり着いたのだと言い続ける。自らの道半ばで死んだものが転生してやっと達成されたのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…けど。

 

 

 

……だけど。

 

 

 

 

………だからこそ。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()

 

ジャック・ザ・リッパーなんてものは、存在してはならない。

 

至極真っ当な意見は、誰も持たなかった。殺そうとなんて思ってはいけなかった。

 

地下のフラスコから自らを脱出させる。その程度のことならば小さくてもできた。

 

「おや、死んだと思っていたけど生きていたのかい?」

「…はぁ…ぁぁ…」

 

白髪の白衣の女性。コイツが全ての元凶だろう。俺をここに作り出した、ジャック・ザ・リッパーを望む狂人。

 

襲いかかろうとしても動けはしない。体が縮んでいることに気付き、ついで体が小さくなっていることもわかった。

 

個性を使え、なんてことはわかんなかった。もともと実験の延長線と考えていた。

 

『自分はジャック・ザ・リッパーである』

『ジャック・ザ・リッパーはロンドンを自由に移動した』

『自分もまた、ジャック・ザ・リッパーとして体を自由に変質させて移動できる』

 

気持ち悪かった。普段の実習とは比べものにならない負荷が体にかかった。

 

(…耐えた。耐えたぞ、俺は)

 

初めてみた廃墟。知識として知っていたところで、驚くことは何もないと思っていた。

 

こんなにも誰もいない住処は初めてだ。

血がこびりついていない家は初めてだ。

静かなこの世界が異常である、と自らの経験は言っていた。…本当は、温かな日常がなかったほうが異常だというのに。

 

一人で生き延びる分には事欠かない。書類偽造だって労働だって経験でなんとかなる─正直、箱庭の経験は殆どが犯罪絡みだった。間違いなく裏のことをやらないと生きてはいけなかった。

 

そうやって生き続けられた、という穏やかな日々。日だまりのような温かな日々を1年間過ごせた、というそれだけ。

 

最もまともな世界を護りたい、という愚かしい望み。

自分の過去を消し去りたい、という後ろめたい望み。

 

それが芽生えた、というだけの過去。

今はもう、跡形もないだろうけど。

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