オール・フォー・ワンから逃げきる方法について 作:ヒロアカは青春…?
周囲から彼女がいなくなってからようやく体を起こし、少しだけ注意しながら血を払う。
「本当に危ない橋を渡る羽目になるなんて…これだから戦闘は嫌なんだ」
オート機能もないような個性のせいで戦闘には心底向いていない。あくまで暗殺や情報収集のための個性─少なくとも、あっちが見抜いていたかどうかは知らないけど。
「…つってもこの手札で何ができるんだか」
どうにも力が入らない。もしかしなくとも眠いだけだ。オール・フォー・ワンに単騎で挑んだ上でベロチューなんぞ気を失っていてもおかしくない情報量だ。
ただ安心したからといって眠れるかはまた別の話。深く眠れば眠るほど寝起きの対応が鈍くなるので次の行動の準備をしなきゃいけない。
(成りかわりが一番安全な戸籍なんだけどね…まー他のところにいけばなんとか作れるか?)
理想は公安あたりに保障してもらえることだが、それで人殺しになるのは嫌なので最終手段ってところか。そもそも裏社会で生きているような奴がおかしいのかもしれないが。
(とりあえず裏社会の奴らにコンタクト取りに行くか…金、は隠し部屋、に)
体を引きずって自分の仕事部屋まで直行の穴へと落下し、クッションのある場所に着地する。体にかかる衝撃はそこまでではないけど、血塗れのクッションで寝るのは衛生上よろしくない。
「まあ本当ならここから部屋に戻るべきなんだけどなぁ…」
中央に置かれている手術台に横になる。普段より背中に当たるものが硬いけどこれで充分だ。
アルコールの匂いが鼻を刺すその場に、程なくして俺は眠りについた。
『オキャクサマガヤッテキマシタ。トビラヲアケテクダサイ』
どれくらい時間がたっただろうか、扉を叩いて呼びかける電子音が聞こえたので体を起こして白衣を羽織る。疲れは取れていなくても個性で誤魔化せば問題はない。
『自分はジャック・ザ・リッパーである』
『ジャック・ザ・リッパーは子宮を摘出するような医療技術がある』
『自分は凄腕の医者である』
体が変わらないのも慣れたことだ。一息ついて依頼人がいる扉の前で痕跡を確認する。今までと同じように…足がつかないようにしているかどうかも確認してから、隣に置いてある作業台から清潔なメスを掴み取る。
「いるから入れ。治療はしてやる」
少しばかり重たい扉を静かに開けた顔は馴染みの常連だった。あるいはよく怪我をしているせいで知ってしまったと言うべきなのか。
ともあれその常連はまた皮膚が焼き焦げているし、連れてきていた馴染みのブローカーも呆れ顔をしている。
「いつものコースで頼む。こいつ一人だけでいい」
「店じまいするからサービスしてやるよ」
ヒラヒラと余裕そうに手を振る常連を手術台に寝かせ、麻酔を打って落ち着かせる。普段と同じ麻酔であるがどうにも怪訝な目を向けられる。
「…殺されんのか?優しい優しいお医者様の先生がよ」
「全然。むしろ生きるならそっちのほうが楽なんだろうなってわかるよ」
オール・フォー・ワンから逃げる。逃げることを諦めればさほど苦労せずに人生を過ごせる気がするけど、それだと面白くないと心の中で言われている気がする。
「…そうかい」
死人と言われても驚かないような腹にメスを入れ、慎重に開いていく。中で逃げ場を失っていた炎が内蔵を焼き、普通の焼死体と変わらない損傷の酷さ。
「いつにも増して酷いな。今月は何人燃やした?」
「50か52。なんていうか幸せな家族を見ると燃やしたくなるんだ」
常連が自身の炎で焼き焦がしている臓器を切り離していく。壊死した部分まで残しておくと病気になりかねないし、何より炎が着火する原因になる。体質としては比較的炎に耐性はあるが、火力が強すぎて焼けているのだ。
「よくも悪くも死んでないだけマシだな。皮膚も大分定着してる」
切り落とした内臓の部分に塗り薬を塗る。本来なら塗る必要はないのだが、こうでもしないと炎で焼けてしまう。
(まあ少なくとも塗り薬は渡しておいてもいいかもしれないな…いや、飲み薬か…?)
自分の体温をコントロールできるようなものが手元の素材だけで作れるかもしれない。処置が終わった後ならなんとかなるのかもな。
「染みるなあ、先生。もう少し優しく触ってくれねぇか?」
「悪いな。これで最後になるかもしんねぇからしっかり見ておきたかった」
全身くまなく塗り終わったのを確認して、俺は臓器が解けないようにしっかり閉める。といっても下手したら結んだ場所ごと崩れ落ちてしまうのでより力加減を丁寧にする。
「ん、お疲れさん。この後戻らないから好きに使ってもらって構わねぇよ」
「あぁ、助かる…悪いけど眠らせてくれ…」
部屋の中で安らかな寝息を立てて眠る彼に、そっと毛布を被せておく。体の中が何度もこうなっているが痛いものは痛いはずだ。
「相変わらずお優しいことだねぇ。荼毘の治療にもしかしたら、なんて思ったが…想像以上だ」
「しがない闇医者に何言ってんだよ。こちとら裏社会での情報すら知らねぇんだが」
面白そうにタバコを取り出すブローカーに嫌味をつきつつ、自分の部屋の扉を開ける。廃墟同然だった場所に不釣り合いな椅子が二つ。
片方に遠慮もせずに深く座り、ライターで火をつけて煙をくゆらせる。
「んで、用件はなんだよ。まさか何もないのに俺と話し合いしたいなんてことはないだろ」
その態度に機嫌を害することはないけれど、タバコを吸い終わる程度の余裕はある依頼が口から出るのだろう。長い付き合いだからかそれくらいは言われなくともわかる。
「話が早くて助かるよ。依頼を受けるか受けないかは別にして通そうとしたって形はとらないといけなかったからな」
「厄ネタかなんかだろソレ」
普段のように軽口を叩いて平静を装う。まさか、という可能性が頭をよぎった以上、自分の行動は監視されているに違いない。
目の前の男に冷や汗が垂れていることがバレないようにこの場を乗り切るしかない。
「いやはや、オール・フォー・ワンって知ってるかい?眉唾程度の噂なら聞いたことあるんじゃないか?」
解答一つに命がかかってることを奴は知らない。あからさまな動揺も、一般人として振る舞うことも許されないこの部屋は監獄にすら思える。
「……ごめん、なんも知らねえ」
迷った末に取った選択肢は、無知。しがない闇医者ならこう答えるだろう、と自らを言い聞かせる。こちらの危機を知らずにのんきに彼は話しかけてくる。
「ハハッ、随分と闇医者として優秀なんだな。無用な詮索もしねえ。それでこそ裏社会で生きるに相応しい」
「褒められても嬉しかねぇよ。んで、そいつが俺に治療してほしいと?」
冗談を言え、と話を切り捨てる。荷造りをするならこいつが出ていかなきゃいけないので手を軽く振るだけに留め、依頼を蹴る。
「待て待て。アンタがわざわざ店じまいするような事情がなんだか知らないが、最後に引き受けてくれるくらいはいいだろ?」
「おん、受ける義理がねぇ」
「…もしさ。オール・フォー・ワンが運命を変えられるって言ったら信じるか?」
(違う、そのオール・フォー・ワンに変えられそうになってるから逃げんだよ)
悪態をつくことはせず、彼に向けて手を振る。悪いが馴染みとはいえ俺の秘密をバラして巻き込むわけにはいかない。
「アンタにゃ関係ないことだろ。彼女にはいつか会えたらいいですね、って言っとけ」
即座に個性を切り替える。普段より慌てているけれども、しっかり集中しなきゃ変な方向に飛ぶ。
『自分はジャック・ザ・リッパーである』
『ジャック・ザ・リッパーは霧の中に唐突に現れる』
『自分も唐突に日本のどこか霧の出ているところに現れる』
金だけをひったくって目の前の景色が変わった。
「……ははっ、彼女って言ってんじゃねえか」
「オール・フォー・ワンにどう説明すればいいんだろうか」