登校してすぐに、教室の空気がいつもと違うことに気がついた。
男女問わず、クラスのあちこちから帆波へとチラチラ視線が向けられ、コソコソと何かを囁き合っている。
第三者である僕でさえ違和感を覚えるほどの異様な空気だ。当事者である帆波が、この居心地の悪さに気づかないはずがない。
「......なにか、おかしいかな?」
「さあ。いつも通り可愛いくらいだと思うけど」
帆波の不安を拭うように冗談めかして返したけれど、もちろんそんなはずはない。
間違いなく今、帆波は周りの生徒たちから露骨に敬遠されている。
普段なら放っておいても自然と彼女の周りに人の輪ができるのに、今日に限っては誰も近づこうとしないのが何よりの証拠だった。
「もー、からかわないでよっ」
彼女を横目に、僕は思考を巡らせる。
だめだ。理由が全くわからない。あとで適当に誰か捕まえて、何があったのか探りを入れてみようか。
「神代くん、一之瀬さんとはあまり関わらない方がいいよ」
わざわざ僕から誰かを捕まえるまでもなかった。
帆波が少し席を外した絶好のタイミングを見計らい、数人の女子生徒が僕の周りに群がってきて、そんな忠告めいた言葉を口にした。
昨日までは親しげに『帆波ちゃん』と呼んでいたのに、あからさまな態度の変わりよう。どうやら、昨日から今朝にかけて、僕の知らないところで何かが起きたらしい。
「へぇ、何かあったの?」
「実はね──」
ああ、なるほど。帆波はどうやら悪意あるデマで陥れられたみたいだ。裏の女子グループのメッセージアプリで、事実無根の嘘をまことしやかに吹聴した女子がいるらしい。
僕と同じで、帆波も携帯を持ってないから今日まで今回のデマを知ることができなかった。帆波はまだ知らないだろうね。
彼女の性格を考えれば、そんなことをする人間でないことはよく知ってる。それと、吹聴した女子の動機は大体見当がつく。
一つは、一之瀬帆波というクラス内トップカーストに位置する人気者を妬み、蹴落としたかったから。
そしてもう一つは、僕と仲良くしている彼女に対する嫉妬だ。
十中八九、後者が最大の理由だろう。
嘘を吹聴した女子は、僕に対する好感度が高かった。何が彼女をこんな行動に至らせたのかは分からないけど、どうせくだらない理由だろう。
「くだらない。帆波はそんなことする子じゃないよ」
群がる女子たちを冷たく一蹴してから、静かに考える。
さて、どうしようか。
少なくとも、もうクラス全体にこの噂が広まっているということは、他クラスや他学年にも尾ひれがついて情報が回っていると見るべきだ。
今さら吹聴した張本人を脅して訂正させたところで、根本的な解決にはならない。
かといって、教師に頼んで注意喚起をさせようものなら、却って生徒たちの野次馬根性を煽ることになる。それに、教師が形式上の注意喚起しかしないのが目に見えてる。
解決する手札はいくつかあるけど、本当に面倒なことをしてくれた。
......いや、待てよ。しばらく放置しておこうか。
ここで僕がすぐに手を貸して火消しすることもできなくはないけど、それは本当に帆波のためになるだろうか?
いずれ進学する高度育成高等学校では、もっと陰湿な精神攻撃を受ける可能性がある。
その時のための耐性をつけさせる意味でも、今回はあえてギリギリのラインまで泳がせてみるか。
当面は、彼女の精神的なフォローだけにとどめておこう。
放課後、謂れのない噂に落ち込んでいる帆波を家まで送ってから僕は空手道場に向かった。
「......あなた、未経験なんて嘘でしょ」
「まさか堀北さんの方から話しかけてきてくれるなんて。嬉しいよ、ありがとう」
回し組手が終わってから、チラチラどころかガンを飛ばす勢いでこちらを睨みつけてくるとは思っていたけれど、まさか話しかけてくるとは思わなかった。
ちなみに、この道場で僕が勝てないのは堀北兄だけ。
堀北さんには勝てる。残念だけど、男女では身体能力にどうしても越えられない差があるからね。
合気道とか、相手の力を利用する投げ技がある競技なら負ける要素があったかもしれないけれど、少なくとも打撃主体の空手で僕が負けることはない。
「そう、私はあなたに話しかけるの嫌いよ。それで、質問に答える気はないのかしら」
【好感度:17】
【状態:興味・戸惑い】
......素直じゃない。全くもって素直じゃない。そんなに無闇矢鱈に周囲に敵を作る必要なんてないのに。
さて、どうしようか。
このまま素直に本当に空手を習ったのは今日が初めてだと主張してもいいけど、それだと好感度は多分変わらない。
反対に、冷たくあしらったり無視したりしようものなら間違いなく好感度は下がる。
──こういう時は、泣く一択だね。
近くに他の人がいないのは確認したし、問題ない。遠目に見てる人は何人かいるけど、僕が泣いても気づけない距離のはず。
「......そっか。僕は、堀北さんに嫌われてるとしても話しかけられて本当に嬉しいよ。もしかしたら、堀北さんと友達になれるかもしれないから」
僕はふっと視線を落とし、少しだけ声を震わせながら、涙を音もなくツーッと流してみせた。
「──嫌っているとまでは言ってないわ」
【好感度:17】
【状態:混乱・罪悪感】
ああ、やった。狙い通り、罪悪感を抱いてくれたみたいだ。
そうだよね、僕みたいな善人を初対面に続いて2回も泣かせたら、いくら孤高の美少女でも罪悪感を抱くよね。
僕が勝手に泣いているだけだとしても。
堀北さんは別に悪人じゃないし、性格が悪いわけでもないからさ。まあ、対人関係においてちょっと性格に難はあるけれど。
流石にこのまま泣き続けたら、今度は鬱陶しいと思われて好感度が下がりそうだから、今日はこの辺にしておこう。
僕は袖で涙を拭うと、パッと笑みを浮かべて彼女を見つめ返した。
「ありがとう。僕も堀北さんのことが好きだよ」
【好感度:20】
【好感度:19】
【好感度:18】
【好感度:19】
「好きとも言ってないわ。むしろ、きら......はぁ。あなたと話してると疲れるわね」
彼女が小さくため息をつくのに合わせて、頭上の好感度が忙しなく上下する。
上がったり下がったり、堀北さんの好感度は忙しい。とりあえず、この調子で堀北さんの好感度を少しずつ上げていこう。
「また明日ね、堀北さん」
堀北さんも行っちゃったし、僕も帰ろ──
「神代、少しいいか?」
ありがたい。そっちから話しかけてくれるんですね、堀北先輩。
「もちろん、先輩からのお誘いなら作りますよ。時間くらい」
【好感度:20】
【状態:興味・期待】
神代くんのせいで、道場にタオルを忘れてしまったわ。
今まで自分の持ち物を忘れて帰るなんてこと、一度もなかったのに。
自分のペースを乱されていることに苛立ちながら、私は再び道場へと足を踏み入れ....るところだった。
『初めて2日だというのに、既に経験者組に混ざっているのは賞賛に値する。見事だ、神代』
道場のドアの手前で、ピタッと私は動きを止めた。
中から聞こえてきたのは兄さんの声。そして、その会話の相手は──神代くん?
『堀北先輩に褒められるなんて、光栄ですよ。妹さんのこともそのくらい素直に褒めてあげればいいのに......なんて思いますが』
何を言っているのかしら。兄さんは、私がいつまでも期待はずれの未熟者だから褒めていないだけよ。
あなたに兄さんの何がわかるというのかしら。
【好感度:10】
『兄妹間のことはお前には関係ない』
そうよ、兄さんの言う通りよ。部外者のあなたには何も関係ないわ。
『まあ、そうなんですけど。ん......?いや、待ってください。関係ありますよ』
『......ほぉ、どう関係があるのか言ってもらおうか』
言ってもらおうかしら。どうせくだらないことしか言わないんでしょうけど。
『それはちょっと......流石に本人の許可がないと話せませんよ』
......何かしら。その思わせぶりなセリフは。私とあなたは、何の関係もないただの赤の他人のはずだけれど。
【好感度:9】
今すぐ扉を開けて訂正したいけれど、そうしたら私が立ち聞きしていることがバレてしまう。
『なんだと。まさか、そういう関係なわけではないだろうな』
『あれ、気になるんですか?仕方ないので、特別に教えてあげますね』
『前置きはいい。さっさと言え』
──適当なことを言ったら、明日覚えておきなさい。
『堀北さんと僕の関係は、僕が一方的に堀北さんの友達になりたいってだけですよ』
『.........そうか』
......嘘はつかないのね。少しだけ見直したわ。
【好感度:10】
『安心したって顔してますよ。はぁ、妹に恋人ができるのを嫌がるシスコンの癖に、よく突き離せますね』
兄さんがシスコン?そんなはずないわ。私は、兄さんの期待に応えられていないから嫌われているもの。
『お前は随分、俺のことを見透かしたように話す』
『まあ、先輩は分かりやすいですから。会って2日目の僕でさえ、先輩が心を鬼にして堀北さんを突き放してることが分かりますよ』
余計なことを言うのをやめなさい。あなたのせいで今以上に兄さんに嫌われたら、絶対に許さないわよ。
【好感度:-1】
『......なんだと』
『ほら、今だって否定しない。それどころか、どこが分かりやすいのか気になってるでしょ?』
確かに。兄さんはさっきから一度も神代くんの言葉を否定していない。
もしかして、嫌われているというのは私の......勘違いだったのかしら。いえ、そんなはずないわ。
【好感度:25】
『──言っておきますけど、先輩の今のやり方間違えてます。堀北さんは先輩と同じくらい......いや、それ以上にポテンシャルがありますけど、今のままだと芽吹かず終わりますよ』
あなたは、さっきから兄さんに何を言っているのかしら。私が兄さん以上のポテンシャルをもっているわけが──
『──知っている。そんなことは、お前に言われるまでもない。俺は、鈴音ならいつか自分で気づくと信じている』
......え?
『自分を目標にするのではなく、自分以上を目指して欲しくて冷たくしてますもんね、先輩は』
『お前は......ふっ、気味が悪いほど俺のことを理解している。まともに話すのは今日が初めてのはずなんだがな』
【好感度:30】
『ははっ、当たり前じゃないですか。正確には、堀北さんを見てると先輩が嫌でも目に入るから理解できてしまったんですけど』
【好感度:35】
『人の妹を邪な気持ちで見るな。まさか、この道場に通うことを決めたのも鈴音が目的ではないだろうな?』
『うわっ、シスコンを隠さなくなりましたね。ははっ、そんなの答えるまでもなく当然......』
【好感度:51】
私は、走り出していた。
意図せず聞いてしまった兄さんと神代くんの会話。頭の中で、二人の言葉が何度もリフレインする。
兄さんの本当の気持ち。そして、神代くんの言葉。
今までになく、頬が──顔が熱く赤くなるのを感じながら。
私は、乱れる息を切らしながら夜の道を走った。
『......と言いたいですけど、流石に違いますよ。お父さんが館長と知り合いで』
『ああ、そういえばそうだったな』
からかってみたものの、これ以上冗談を言うと本気で正拳突きが飛んできそうだったので、僕は早々に訂正した。命は大事だから。
まあ、堀北先輩も高校入学前だと案外ちょろかった。
『それで、僕を引き止めた理由はなんだったんですか?』
『来週の土曜日に、他の流派と練習試合をする予定なんだが、やる気があるならお前を団体戦のメンバーに加えてもいい』
『あ、分かりました。お願いします』
【スキル取得条件達成】
え、スキル?
原作知識をフル活用して堀北先輩の好感度も【40】まで上がったし、今日はなんて良い日......だ。
と、安堵していた頭の中に響いた唐突なシステムアナウンスに、僕は思わず目を丸くした。
ん?あれ、ちょっと待って。
この新しいスキルの達成条件───まったく満たした覚えがないんだけど......??
初めての感情、堀北さん
中学は.....?
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一之瀬さんと一緒
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軽井沢さんと一緒
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山村さんと一緒
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椎名さんと一緒
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松下さんと一緒
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小野寺さんと一緒