昼休み、人気のない屋上に私は連れてこられていた。
「こんなところで、私に何の用かしら」
私は腕を組み、冷たい視線を目の前に立つ少女──櫛田桔梗へと向けた。
本当なら、彼女の誘いなんて断りたかった。というよりも、私は断ったのに半ば無理やり私をこの場所まで連れてきたのだ。
それで、どうせ私に対する当てつけか、大して意味のない嫌味が始まるのだろうと思っていたのだけれど──
「──ごめんなさい、もう一度言ってくれるかしら?」
私は自分の耳を疑い、思わず聞き返してしまった。
「だから、謝ってるの。中学の時、あんたの風評を流して事実確認のために自宅待機まで追い込んだこと」
そう、彼女の口から出たのは、紛れもない『謝罪』だった。
口を尖らせ、視線を逸らしながらの不服そうな態度。
お世辞にも心からの反省をしているとは言い難い雰囲気だけれど、それでも、何故か中学後半から私を目の敵にしていた彼女が、明確に非を認めて謝ったのだ。
あり得ない。私の知る彼女の性格からして、自分から頭を下げるなんて絶対にあり得ないことだ。
今回の件、絶対に彼が関係しているわ。
今朝、私の部屋で美味しそうにフレンチトーストを頬張りながら、彼がふと口にした言葉が脳裏に蘇る。
『もし、桔梗が鈴音に謝った時に許してくれたら、僕が鈴音のお願いをなんでも聞くとしたらどうかな?』
まさか本当に、あの櫛田さんを説得して私に謝罪させるように仕向けたというの?いつそんな時間が。
「どういう心境の変化かしら?あなたが私に謝罪するなんてことは、天地がひっくり返ってもないと思っていたのだけれど」
動揺を悟られないよう、あくまで冷静な声色で問い詰めた。
「それは──色々知ってからよくよく考えると、あんなことしなくても良かったって思っただけ。ほんと、無駄なことに時間を使っちゃったよ」
櫛田さんは舌打ちでもしそうな顔で言葉を紡ぎ、その後ボソボソと何か言っている。
「凪くんがハーレムを作ろうとしてるなら、堀北だけ潰しても意味なかったし」
......反省の姿勢が、一ミリたりとも見えない。
自分の罪を悔いているわけではなく、形式的に誤っているだけだ。到底、すんなりと許してもいいと思えるような態度ではない。
普段の私なら、こんな中身のない謝罪など一蹴して、永遠に彼女との溝を深める道を選んでいただろう。
しかし──ここで彼女を許せば、私は神代くんに『何でもお願いを聞いてもらえる権利』を手に入れることができる。
いえ、勘違いしないでちょうだい。
別に、彼にお願いを聞いて欲しくて、許すわけではないわ。
どんな理由や経緯であれ、彼女が過去の非を言葉にして認めて謝っているのだから、寛大な心でそれを受け入れてあげてもいいのではないかと考えただけ。
そう、あくまで私の意思で許すのだから。
「いいわ。過去のことは忘れましょう」
私は軽く溜息を吐き、彼女への許しを口にした。
「あ、そっ。ならいいや。でも、あんまり凪くんに近づかないでね」
「それは、あなたに指示される謂れはないわ」
私が即座に言い返すと、櫛田さんはふふっ、と余裕めいた、酷くねっとりとした笑みを浮かべた。
「あるよ。だって私──今朝、凪くんと『A』まで終わらせてるから。堀北さんには絶対無理だろうけど、ね」
櫛田さんは最後に、勝ち誇ったような、圧倒的優位に立つ表情を浮かべて、屋上から立ち去っていった。
そう、Aを終わらせたのね。そう。
屋上に一人取り残された私は、冷たいフェンスに手をつき、先ほどの彼女の言葉を脳内で繰り返していた。
......『A』って、何かしら。
文脈から推測するに、神代くんとの関係性における何かの進展の段階を指していることは間違いない。
彼女があれほど勝ち誇った顔で、私に対して決定的なマウントと取れるような話し方をしてきたのだから、彼女にとってとびきり優越感に浸れるような『いいこと』だったのはわかる。
アルファベットのA。
成績評価のA?いえ、恋愛や人間関係においてそんな基準はないはず。
何か特別なイベントの頭文字?朝食(Asagohan)のA?頭が軽そうだから、朝食の綴りを知らないのかしら。
どれだけ頭の回転を速め考えてみても、肝心のAの内容が全くわからないわ。
ただ一つだけ確かなことは、彼女が私よりも一歩、神代くんとの関係において先へ進んだと確信していること。
それがひどく私の胸をざわつかせ、敗北感と、ドロドロとした焦燥感を煽り立てる。
許せない。私と彼が話したのは朝。つまり、彼は私と別れた後に櫛田さんと話して説得したことになる。
その時に櫛田さんと『A』なるものを終わらせていたなんて。
そして何より、彼女に私には絶対無理だと見下されたことが、私のプライドを激しく逆撫でする。
どうしようかしら。今からやっぱり許さないとでも言ってみる?いえ、彼は許してもらわなくてもいいと言わんばかりの態度だったわ。
他に彼女に私を見下して挑発したことを後悔させる方法は──
「──!そうよ、私には『お願い出来る権利』があるじゃない」
思考の霧が晴れ、一つの完璧な解が閃いた。
神代くんは、どんなお願いでも聞くと言ってくれた。
なら、それを利用して、私にもその『A』をしてもらえばいいのよ。櫛田さんが終わらせたというのなら、私にだってできるはずだわ。
よく分からないけれど、神代くんの隣という特別な場所を、彼女に譲るつもりは毛頭ないもの。
私は彼にメッセージを送ってから、屋上を後にした。
今日の昼休みはクラスの女子と、帆波、波瑠加から誘われた。前者2人を断って、僕は波瑠加と一緒に食堂でお昼ご飯を食べてる。
賑やかな声が飛び交う食堂で、僕たちのテーブルだけが周囲の喧騒から切り離されたように静かな空気を纏っていた。
向かいに座る波瑠加は、どこか探るような鋭い視線を僕に向けてきている。
無理もない。僕が今日、数ある誘いを蹴ってまでわざわざ彼女を昼食に選んだのには、明確な理由がある。
「──なーくん、正直に話して欲しいんだけど......桔梗と付き合ってるの?」
波瑠加が唐突に切り出してきた。その真っ直ぐな瞳は、僕の僅かな動揺も見逃さないとばかりに鋭く光っている。
なるほど、やっぱりそういうことか。
今日の朝、僕が桔梗の部屋から出てくるところを、彼女に偶然見られてしまった。
あの時間帯は人目につくリスクがあるとは分かっていたし、誰かと鉢合わせしても問題ないと考えていた。
結局ところ、リカバリー出来れば問題ない。
「付き合ってないよ」
柔らかい笑顔を作って即答した。リカバリーといっても特別なにかする必要はない。彼女の問いに答えればいいだけなのだから。
瞬きすら意識的にコントロールし、声のトーンは限りなく穏やかに。やましいことなど何一つないという、純白の誠実さを完璧に演出する。
「なら、なんであの時間になーくんが桔梗の部屋から出てくるわけ?」
僕の返答を受けても、波瑠加は引き下がらなかった。
少しだけ身を乗り出し、追及の手を緩めない。
その口調には、焦燥感のようなものが混じっているように聞こえた。まあ、実際にそれはあるだろう。
波瑠加と桔梗に会ったタイミングは同じだ。それなのに、先を越されたとなれば焦るのもわかる。
「朝食に招待してもらったから」
事実のみを淡々と告げる。
嘘は一言も言っていない。実際に、桔梗が手間暇かけて作ったであろう食事を平らげたのは事実なのだから。
その後に起きた、30分以上もキスを交わして彼女の思考をドロドロに溶かした出来事を省略しているだけで。
本当のことを言えば、波瑠加はどんな顔をするだろうか。少しだけそんな衝動が湧き上がるが、それを理性で抑え込む。
「......ふーん」
波瑠加は目を細め、僕の言葉を咀嚼するように短く息を吐いた。
納得したのか、それともまだ疑っているのか。彼女のその中途半端な反応は、僕の目から見ても完全なクリアを意味していない。
むしろ、彼女の中で『桔梗に対する警戒心』や『僕への得体の知れない感情』がくすぶっている証拠だ。前者は良くても後者は放置できない。
このまま彼女に主導権を握らせておくわけにはいかない。そろそろこの時間を終わらせようか。
「ねえ、波瑠加」
ふいに声のトーンを落とし、彼女の瞳を真っ直ぐに射抜くように見つめた。
「どうしてそんなに僕と桔梗の関係を気にするの?......もしかして、僕が他の女の子と付き合ってたら、嫌だった?」
付き合ってはない。だって、付き合ってなんて言われてないもん。それに、ハーレムが形になるまで誰かと付き合うのはデメリットしかない。
「──っ!?」
予想外の角度からのカウンターに、波瑠加の肩がビクッと跳ねた。いつもはクールで大人びた彼女の白い頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。
泳ぐ視線。落ち着きなく動く指先。
「な、なーくん、急に変なこと言わないでよ!別に、そういうのじゃなくて......ただ、少しだけ気になっただけだし」
早口で否定する波瑠加の態度は、先ほどまでの鋭い追及が嘘のように隙だらけだった。
「そっか。なら良かった。僕も、波瑠加みたいな魅力的な女の子に誤解されたままなのは、すごく嫌だったからさ」
最後の一押しとして甘い言葉を落とし、優しく微笑みかけた。
「......なーくんって、本当にタチが悪いよね」
波瑠加は呆れたようにため息をつきながらも、その口元は微かに緩み、視線は熱を帯びていた。
波瑠加は少し奥手すぎる。今後は僕の方からもう少し攻めてあげようか。
まあ、波瑠加以上に奥手で、未だ僕に正面から会いにこない子もいるけどさ。
「そんなに気になるなら、波瑠加もそのうち朝ごはんに誘ってよ。どんな用事より優先して飛んでいくからさ」
話終わりで席を立つと、タイミングよく端末が鳴った。
『櫛田さんから謝られたわ。それで、約束の権利についてなのだけど』
『櫛田さんとしたのと同じ、Aの行為を私としてちょうだい。放課後、私の部屋で待っているから』
.......ああ、謝罪ついでにマウントを取られたのか。この様子だと、Aの意味もわかってなさそうだけど。
『君には無理だからやめておいた方がいいよ』
こう言われれば言われるだけ、彼女は意固地になり引き下がらない。
『櫛田さんにできたのだから、私が出来ないはずがないわ。そもそも、これは私が権利として要求している限り、あなたに断ることはできないはずよ』
『君のために言ってるんだけど、そこまで言うならわかったよ』
──あんまりパワープレイは好きじゃないけど、仕方ない。向こうがそれをお望みなら、応えてあげないとね?
『それにしても、鈴音が下着姿で出迎えてくれるなんて嬉しいよ。期待してるね』
これだけ送って端末をポケットにしまう。バカだなぁ、自分から食べられに来るなんて。
まあ、キスするだけだから服を脱がせる必要はないんだけど、その方が得じゃん。僕にとって。目の保養になるし。
「......私も、もっと積極的にならないと、なーくんがとられちゃう」
──返信が来ない。
放課後のチャイムが鳴り終わって、自室に戻ってからもうどれくらいの時間が経っただろうか。
私はベッドの端に腰掛け、握りしめた端末の画面を何度も、それこそ穴が開くほど見つめ続けていた。
ディスプレイには、昼休みに神代くんから送られてきたメッセージが映し出されている。
『それにしても、鈴音が下着姿で出迎えてくれるなんて嬉しいよ。期待してるね』
その一文を何度読み返して、私の頭の中は完全にパニック状態に陥っていた。
私が送った『Aの行為をしてちょうだい』というメッセージに対する、彼の返答。
それに対して、『下着姿で出迎えるってどういうことなの?』と問い詰めるメッセージを何度か送ったけれど、未だ既読がつかない。
下着姿で出迎え......?
『A』って、そういうことなの?
下着姿にならなければいけないほど、過激で、淫らで、直接的な行為だというの?
そこまで考えが至り、私の顔から一気に火が出るような熱さが込み上げてきた。
アルファベットのA。それは成績の評価でも、朝食の頭文字でもない。
もっと生々しい、男女の関係における『段階』を示す隠語。手を繋ぐ、キスをする、そしてAは多分その先の......
「......嘘、でしょ」
震える声が、静かな部屋に落ちる。
櫛田さんは......今朝、神代くんの部屋でその『A』を終わらせたということ?
二人きりの密室で、下着姿になって、彼と肌を重ね合わせるような濃厚な接触をしたというの?
ドクン、ドクンと心臓が嫌な音を立てて早鐘を打つ。
この推測が当たっていれば、神代くんは私と櫛田さんに二股をかけていることになる。
それなのに、芽生えた気持ちは神代くんに対しての恨みつらみではなかった。
悔しい。信じられない。
あの優しい神代くんが、あんな性悪な女とそんな行為に及んだなんて。
嫉妬だ。櫛田さんが私よりも先に、彼と関係を進めた事実に対する嫉妬。
私が全く知らない大人の階段を、彼女が彼と先に進み、あまつさえ私に対して『絶対無理だろうけど』とマウントを取ってきた事実が、私のプライドをズタズタに引き裂いていく。
──断ろう。
今すぐ彼に電話をかけて、『やっぱり勘違いだったから、今日の約束はなしにしてちょうだい』と言えば済む話だ。
端末に伸びかけた指は、ピタリと空中で止まってしまった。
『堀北さんには絶対無理だろうけど、ね』
櫛田さんのあの見下すような嘲笑が脳裏にフラッシュバックする。
ここで逃げ出せば、私は彼女の言う通り『先を越された女』として、神代くんの隣に立つ資格を永遠に失うのではないだろうか。
それに、私から『Aをしてちょうだい』と要求しておいて、彼がそれに応えようとしてくれているのに、直前になって怖気付いて逃げるなんて......そんな彼にも失礼なこと、していいはずがないわ。
それに、私は神代くんのことが好き。こんな状況でも、彼に対して恨む気持ちがわいてこないのだから。
迷う必要はないわ。私が、彼女より──櫛田さんよりも彼を満足させればいいだけだもの。
「......っ、やって、やろうじゃない」
奥歯を強く噛み締め、決死の覚悟で立ち上がった。
そして、クローゼットの前に立ち、ゆっくりと制服のリボンに手をかける。
ブラウスのボタンを一つ外すたびに、心臓が口から飛び出しそうなほど激しく脈打った。
スカートが床に落ち、ブラウスを脱ぎ捨てる。
鏡に映った自分の姿を見て、思わず両手で顔を覆いたくなった。
身につけているのは、淡い黄色の下着。
派手な装飾はないシンプルなものだ。こんな格好で男の子を、神代くんを部屋に招き入れるなんて。
本当に正気の沙汰ではない。けれど、もう引き返せない。
私はベッドのシーツを強く握りしめ、ただひたすらに彼が来るのを待った。
..........あっ、シャワーとか浴びた方がいいわよね?冷静じゃないからか、そんなことにも思い至らなかった。
ピンポーン、と。
部屋のチャイムが鳴り響いた瞬間、私の肩はビクッと大きく跳ねた。
来た。彼が、来てしまった。
足がすくんで動かない。しかし、待たせるわけにはいかない。
私は大きく何度か深呼吸をして、震える足に鞭を打ち、玄関へと向かった。
ガチャリ、と重い金属音を立ててドアノブを回す。
隙間から見えたのは、いつもと変わらない、余裕に満ちた神代くんの優しい笑顔だった。
「お邪魔するよ、鈴音」
彼はドアを押し開き、私の部屋へと迷うことなく入ってきた。
その瞬間、彼の視線が私の身体を頭から爪先まで這っていくのがわかった。
「......本当に、下着姿で待っててくれたんだね」
少しだけ声のトーンを落とし、甘く掠れた声で彼が囁く。
「あ、あなたが......そうしろって、言ったんじゃない......っ」
私は顔を真っ赤にして両腕で胸元を隠そうとしたけど、彼の手がそれを優しく、けれど絶対に逃さない強さで押しのけた。
バタン、と。
背後で玄関のドアが閉まる音が、妙に大きく響いた。彼は玄関の鍵をガチャリと閉めた。
2人きりの、逃げ場のない密室。
「鈴音、すごく綺麗だよ。よく似合ってる」
彼の手が、私の震える肩に触れる。
その温もりに触れた瞬間、私の中にあった張り詰めた緊張の糸が、プツンと音を立てて切れた。
「んっ......」
不意に顎をすくい上げられ、視線が交差する。
彼の瞳は、獲物を前にした捕食者のように暗く、そして底なしに甘かった。
ちゅっ、と。
最初は、触れるだけの優しいキスだった。
唇の表面を確かめるように、何度も、何度も、浅い角度で啄ばまれる。
それだけで、私の背筋を甘い痺れが駆け抜けた。
「......かみしろ、くん......」
「鈴音、口を開けて」
逆らうことなんて、できなかった。
言われるがままに微かに唇を割った瞬間、彼の舌が私の口内へと侵入してきた。
「ふぁっ......んんっ......!?」
先ほどまでの優しさが嘘のように、激しく、深く、そしてひどくねちっこいキスだった。
私の舌を絡め取り、上顎をなぞり、甘い唾液を隅々まで味わい尽くすように蹂躙していく。
チュポッ、くちゃ、と、静かな玄関に卑猥な水音が響き渡る。
「んちゅ......あっ......んぁ......はぁっ......!」
息継ぎすら許されない。
酸素が足りず、頭の奥が真っ白にショートしていく。
私からすべてを奪い尽くすような、圧倒的で暴力的なまでの快感。
立っていられず、腰から力が抜けてその場に崩れ落ちそうになるのを、彼の腕がしっかりと抱きとめてくれた。
素肌に直接触れる彼の手のひらが熱い。
背中を撫で上げられ、腰を強く引き寄せられるたびに、下腹部の奥底からジーンとした熱い痺れが全身に広がっていく。
プライドも櫛田さんへの嫉妬も──すべてが、彼のこのねちっこく甘いキスによって、泥のようにドロドロに溶かされていく。
時間感覚が完全に消失していた。
数分だったのか、それとも数十分だったのか。
ひたすらに唇を貪られ、ただ彼の与えてくれる快楽にすがりつき、私は何度も情けない声で彼に甘えてしまっていた。
「んんっ......ふぁ......はぁっ、はぁっ......」
ようやく彼が唇を離した時、私は彼の胸元に顔を埋め、荒い息を繰り返すことしかできなかった。
口元から一筋の銀糸が繋がり、だらしなく切れる。
全身が汗ばみ、身体中が熱を帯びて痙攣している。
キスだけで、ここまで私が壊されてしまうなんて、思ってもみなかった。
「......鈴音、よく頑張ったね。すごく可愛かったよ」
神代くんは私の頭を優しく撫でながら、耳元で極上に甘い声で囁いた。
その声を聞くだけで、背筋がゾクゾクと震え、再び彼を求めてしまいそうになる。
これが..........A、なの?
「これで......私も、Aを......終わらせた、の......?」
朦朧とする意識の中で、私は必死に言葉を紡ぎ出した。櫛田さんに勝つために。彼にとっての特別になるために。
すると、神代くんは少しだけ口角を上げ、私の耳たぶに軽くキスを落としてから、こう告げた。
「うん、終わったよ。でもね、鈴音」
彼の声は、優しく、甘く、そしてどこまでも残酷だった。
「桔梗にも言ったんだけど──僕は、ハーレムを作りたいんだ」
「............えっ?」
蕩けきった頭では、彼の言葉の意味を瞬時に理解することができなかった。
ハーレム?
私だけじゃなく、櫛田さんも?他の女の子も?
「許してくれるよね?鈴音なら、僕の全部を受け入れてくれるでしょ?」
彼の手が、私の背中を滑り、そのまま腰を強く抱き寄せる。
「......ぁ......はぁ......んっ......」
思考がまとまらない。
拒絶しなければいけないはずなのに、私の身体がそれを拒む。
いえ、違う。こんなの間違ってる。断らないと......倫理的に、そんな関係....ダメよ。
「ごめん....なさい、それは」
「もちろん僕は強制しない。断ってもらっても構わない。その時は鈴音とは関わらないようにするだけだから」
心臓が、今までになく大きく跳ねる。私と、関わらない....?
「幸いにも桔梗は受け入れてくれたけど、鈴音が嫌なら断ってもいいよ。彼女と同じ判断を下す必要はない」
そ、う。櫛田さんは受け入れた。なら、私が断ったら──彼女が神代くんと仲良くする姿を....遠くから、見ることになる。
「でも、僕は鈴音も受け入れてくれると嬉しいな。君と離れたくないから」
「わた、しも。あなたと.......一緒がいい」
中学時代のようにいきなり遠くに行ってしまうのが、彼を失うことが、どうしようもなく恐ろしい。
それに、彼は私を求めてくれている。それを受け入れて──何がいけないのかしら。
「......好きよ、神代くん」
自分の口からこぼれ落ちた言葉は、自分でも驚くほど甘い声をしていた。
神代くんは満足そうに微笑むと、再び私の唇を深く、それでいて優しく塞いだ。
「坂柳さんは、初日以降接触はない」
帆波は次やらかした際に、厳しく突き放すべきだ。このまま優しくしていたら、彼女は何をしても許してもらえると思って際限なく暴走する。
美紀に会いに行くのはまだ難しい。彼女から僕の元に来るか、坂柳さんと帆波をハーレム容認派にしてからでないと色々めんどくさい。
波瑠加はどうとでもなる。桔梗と鈴音にプレッシャーをかけてもらえば行動を起こすはずだ。まあ、そんなことをしなくてもいい気はするけど。
いっその事、学年を飛ばしてなずな先輩に会いに行こうか?クラスの女子はとりあえず網倉と姫野にターゲットを絞っていい感じだし。
ああ、そうだ。椎名さんがいた。部活動の締切は来週だし、そこから部活がはじまる。しばらくは彼女に専念してもいいか....?
「それにしても.....」
桔梗はバカなことをした。わざわざ鈴音を煽らなければよかったのに。そうすれば、しばらく鈴音が動くこともなかったはずだ。
もし、この展開を予想していたなら見事としか言えないけどさ。
マウント櫛田さん
覚悟を決める堀北さん
1人出遅れてるけど、気づかず食堂で照れてる長谷部さん
これでようやく少し時をスキップできそうだ。
次に毒牙にかかるヒロインは──ドゥルルルルルッ!デンッ!
Bクラス or Cクラス
-
Bクラス
-
Cクラス