あっという間に1週間が経過した。
鈴音と桔梗を無事にハーレム容認派にしてから、僕はしばらく大きなアクションを起こさず、静かに過ごしていた。
ただ一つやったことと言えば、桔梗に『波瑠加に対して、僕との関係を匂わせてマウントをとるように』と軽くお願いしておいたくらいだ。
こういう役割は桔梗が向いてるけど、ハーレムのメンバーを増やすことになる行動を好き好んでやるとは思えない。だから、多少ご褒美を約束した。
なにはともあれ、波瑠加をハーレムの一員に加えることができるのも時間の問題だ。
そんなささやかなやり取りを除けば、この一週間は実に平和に過ぎていった。大人しくしてるのは今日までだ。
明日の放課後から、いよいよ新入生である僕たちが部活動に参加できる日をむかえる。
「なんでバスケ部に入ってねぇんだ....!」
昼休みの喧騒に包まれた食堂。僕たちのテーブルを包んでいた穏やかな空気を切り裂くように、怒気を孕んだ声が響き渡った。
「なんでって......別の部活に入ったからだけど」
僕は手元の箸を止め、ため息を堪えながら声の主を見上げた。
真っ赤な髪に、筋肉隆々の肉体。いかにも血の気の多そうな生徒──Dクラスの須藤健が、鬼の形相で僕を見下ろしていた。
ちなみに、僕の目の前には彩り豊かな手作りのお弁当が広げられており、向かいの席にはそれを嬉しそうに眺めている帆波が座っている。
そう、今日僕が食べているお弁当は、帆波が朝早く起きて僕のために作ってくれた特製のものだ。
彼女の愛情が詰まったお弁当を堪能していたというのに、実に無粋な乱入者である。
「バカにしてんのか....!」
須藤はバンッ、と強くテーブルを叩き、さらに身を乗り出してきた。
明らかに怒り狂ってる。
しかし、僕には彼にここまで激昂される心当たりが全くない。須藤とは入学してから会話らしい会話もしていないし、嫌われるような行動をとった覚えもない。
いや、嫌われていないのはわかっている。【好感度:81】という、異常なほどの高い数値が叩き出されていたからね。
......そもそも、なんで好感度がこんなに高いんだ。
僕に一目惚れしてアプローチをかけてくる女子生徒ですら、最初は良くて60台スタートだぞ。
「んーっと、Dクラスの須藤くん?だよね。凪くんは今、私と一緒にご飯を食べてるから、話があるなら改めて欲しいな〜」
険悪な空気を察した帆波が、僕を庇うように立ち上がり、須藤に向かって柔らかく、かつ毅然とした態度で告げた。
この入学して間もない時期に、他クラスの、しかも接点がない相手の名前を正確に覚えているなんて。
須藤が目立ちやすい容姿をしているとはいえ、帆波の交友範囲と記憶力には感心させられる。
「うるせぇよ。俺は今、そいつに話してるんだ。なんでバスケ部に入部してねぇんだ....!先輩から聞いたら、今年の入部者は7人で、お前はその中に含まれてねぇって....!」
帆波の言葉を荒々しく一蹴し、須藤はなおも僕に食ってかかる。
その目には、裏切られたような悲痛な色が浮かんでいた。
あー
おそらく須藤は、中学時代の僕のバスケのプレイを見たことがあるのだろう。
そして、その圧倒的な実力に魅せられ、高校でも同じコートでプレイできる、あるいは僕を倒すことを目標にしていたのかもしれない。だからこその、好感度81という異様な執着。
「......もしかして、中学時代に僕の試合でも見たことあった?残念だけど、なんとなくやってただけだから。それに、どうせ僕に勝てる相手はいない」
あえて冷たく、見下すような笑みを浮かべて言い放った。
中学は部活動必須だったし、条件があったからやってただけだ。
「──っ、なら、俺が今からその思い上がりを叩きのめしてやる。ツラ貸せや、体育館まで」
ギリッ、と須藤が強く歯ぎしりをする音が聞こえた。
怒りで肩を震わせながら、彼は僕に真っ向から宣戦布告を叩きつけてきた。
......めんどくさいな。
悪意がないのはわかる。純粋にバスケを愛し、僕の実力を認めているからこその行動なのだろう。
しかし、このまま有耶無耶にしておけば、今後も『バスケ部に入れ』『俺と勝負しろ』と顔を合わせるたびに面倒な絡まれ方をすることは目に見えている。
それは、僕が夢描いてる学校生活においてノイズになる。
だからこそ、ここで一度、完膚なきまでに圧倒的な実力差を見せつけ、二度と僕に勝負を挑もうなんて考えすら起きないくらいに、その心をへし折ってあげよう。
僕はゆっくりと席を立ち、向かいに座る彼女に向かって、とびきり笑みを向けた。
「ねえ、帆波。これから僕が、ちょっとかっこいいところ見せるけど......見たい?」
「うん!あっ、でもでも、凪くんはいつでもかっこいいよ...!」
帆波は顔を朱に染めながら、目を輝かせて力強く頷いた。
さて、食後の軽い運動といこうか。僕は帆波の手を引き、食堂を後にした。
昼休みの体育館は人が少なく、コートは十分に空いていた。
須藤がボールラックから使い込まれたバスケットボールを取り出し、僕にパスを投げてくる。
パァン、と軽い音を立ててボールを受け取る。
「ルールはシンプルだ。1on1、5点先取。勝った方の言うことを聞く。それでいいな」
「いいよ。僕が勝ったら、もう二度と僕の部活選びに口出ししないで」
須藤の挑発的な視線を受け流しつつ、ギャラリーとしてコートサイドに立つ帆波に軽く手を振る。
帆波は少し照れくさそうに、けれど熱っぽい視線で両手を振り返してくれた。
「ちっ、余裕ぶりやがって......先攻は譲ってやる」
「そう?じゃあ、お言葉に甘えて」
スリーポイントラインのやや外側。僕はボールを軽くバウンドさせ、須藤と対峙した。
彼のディフェンスは、高校生レベルで見れば確かに優秀だ。
重心は低く、視線は僕の肩と腰を捉え、わずかな挙動も見逃さないという強い意志を感じる。
中学時代からさらに鍛え上げられたであろうその肉体と情熱は、素直に評価してもいい。
だけど──僕にとっては、止まっているカカシと大差ない。
「行くよ」
宣言と同時。僕はトップスピードで右へドライブを仕掛けた。
「なっ!?」
須藤が反応し、僕に追いすがる。ああ、分かる。分かるよ。
筋肉の収縮、重心の移動、そのすべてがスローモーションのように僕の脳内に流れ込んでくる。
須藤が右へ踏み込んだ瞬間、僕はボールを股下に通すレッグスルーで急ブレーキをかけ、瞬時に左へと切り返した。いわゆるクロスオーバー。
「あっ......」
完全に逆を突かれた須藤は、足をもつれさせてコートへ転倒する。アンクルブレイクだ。
彼を見下ろすことすらせず、悠然とレイアップを決めた。
「これで1本」
ボールがネットを通過する心地よい音が響く。体育館にいた他の数少ない生徒たちが、その鮮やかなプレイに一斉にどよめいた。
「くそっ、次は俺のボールだ!」
顔を真っ赤にして立ち上がった須藤が、焦りのままにボールを要求する。
彼のオフェンス。巨体とスピードを活かしたパワープレイでインサイドに切り込んでくる。
並のディフェンダーなら吹き飛ばされているところだろう。しかし、僕は彼の進行方向に先回りして、ただ静かに立っていた。
「どけぇっ!」
須藤が強引にシュートモーションに入った瞬間、僕は軽く跳躍した。
バチィィン!
須藤が放ったボールを、空中で容赦なく叩き落とす。
「嘘、だろ......」
コートに弾かれたボールの音だけが虚しく響く中、須藤は完全にフリーズしていた。
「ほら、君のボールでしょ。どんどん攻めてきなよ」
そこからも、一方的な蹂躙だった。
須藤がどれだけフェイントを織り交ぜようと、どれだけ力任せに突破しようと、僕はそのすべてを先読みして完全にシャットアウトした。
逆に僕のオフェンスになれば、彼のブロックの上からスリーポイントを射抜き、あるいは目にも留まらぬスピードで抜き去ってダンクを叩き込んだ。
4対0。
息一つ乱していない僕に対し、須藤は膝に手をつき、滝のような汗を流しながら激しく肩で息をしている。
「はぁっ......はぁっ......なんで、だ......」
彼の瞳に絶望は宿っていない。ただあるのは、僕に一矢報いてやろうという気持ちだけだ。
ここまで圧倒的に叩き潰せば折れると思ってたけど、原作と同じくバスケに真摯らしい。
まあ、僕はこの勝負に勝てば今後須藤から部活に誘われなくなるからそれでいい。
「これで終わりにするよ」
ボールをフロントコートに運びながら、静かに告げた。
最後くらいは、彼が一番得意とする真っ向勝負の土俵で、勝負を決めてあげよう。
あえてスピードを落とし、須藤に向かって正面からドライブを仕掛けた。
「なめる、なっ!」
須藤は最後の力を振り絞り、渾身のブロックに跳んだ。彼の最高到達点。絶対に抜かせないという意地。今日一の跳躍。
「なっ......!」
空中で須藤の体が落ち始める中、僕はさらに一段階上へと上昇していく。
そして、ボールを全力で叩き込んだ。
ドゴォォォォン!
リングが悲鳴を上げ、バックボードが激しく揺れる。
強烈なイン・ユア・フェイス・ダンク。
着地と同時に、須藤はコートの上に力なくへたり込んだ。負けたとは思えないくらい獰猛な笑みを浮かべながら。
5対0。ゲームセットだ。
体育館は水を打ったような静寂に包まれていた。
「......はぁ。少し汗をかいた」
前髪を軽くかき上げ、へたり込む須藤を見下ろす。
「約束は約束だからね」
「...........安心したぜ。それでこそ、越えたいと思える」
失敗したか?今後、僕にバスケで挑むの禁止も条件に入れおけばよかった。
くるりと背を向け、コートサイドで両手を組み、うっとりとした表情で僕を見つめている帆波の元へと歩み寄った。
「お待たせ、帆波。かっこよかった?」
「うん......!すっごく、すっごくかっこよかった......!凪くん、本当に何でもできちゃうんだね。私、もう......」
帆波の瞳は潤み、彼女は言葉を紡ぎきれず、そのまま僕の胸にすがりつくように抱きついてくる。
少し汗ばんだ体を気にする素振りも見せず、僕の匂いを深く吸い込んでいる彼女の頭を、優しく撫でた。
「ありがとう。じゃあ、お弁当の続きを食べに行こうか。まだ途中だったし」
「うんっ!いっぱい食べてね!」
放課後。この学校に入ってから、初めて堀北先輩に呼び出された。
「堀北先輩、どうしたんですか?いきなり呼び出して」
今日は波瑠加から一緒に帰りたいって誘われているけど、流石に堀北先輩は無視できない。
「最近、学校生活はどうだ。慣れたか?」
「そうですね、楽しく過ごしてますよ」
堀北先輩が僕を呼び出した理由はわかっている。
きっと、僕が鈴音以外の女の子と親しくしている噂でも聞いたんだろう。もしくは、直接見たか。
「そうだろうな。楽しく過ごしているようで何よりだ」
夕暮れ時の生徒会室。生徒たちの喧騒から遠く離れたこの場所は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
堀北先輩は、眼鏡の奥で鋭く冷たい光を放つ瞳を僕に向けている。
その声は低く静かだったが、そこには明らかな怒りと、張り詰めた剣呑な空気が色濃く孕んでいた。
「ただ、その『楽しく』が、誰かの心を無惨に踏みにじる上で成り立っているのだとすれば......話は別だ」
僕は小さく肩をすくめ、日に照らされた窓枠に軽く背中を預けた。
「人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。僕は誰も踏みにじってなんかいません。むしろ、僕の周りにいる女の子たちは、みんな幸せそうに笑っていますよ?」
やっぱり、その話になるよなぁ。シスコンである堀北先輩が、今の状況を何も言わずに放置するはずがない。
最も、原作時空なら放置してくれたかもしれないけど、中学時代に鈴音と先輩の間の確執は解消してる。
「詭弁だな。今日もお前の隣には、鈴音とは違う女子生徒がいたと報告を受けている。Aクラスの一之瀬帆波......だったか」
「ご存知でしたか。否定しませんよ、今日は彼女の手作り弁当を食べました」
案の定、堀北先輩の眉間には深い皺が刻まれ、その全身から発せられる威圧感が一段と強まった。
並の生徒であれば、この殺気にも似た覇気だけで足がすくみ、呼吸すら忘れてしまうだろう。
だが、僕にとっては心地よいプレッシャーでしかない。
「......お前は、鈴音をどうするつもりだ」
地を這うような低い声。それは学校を統べる生徒会長としてではなく、一人の兄としての純粋で痛切な問いだった。
「どうするも何も、僕の大切な女の子の一人として、ずっと愛し続けるだけですよ」
「一人、だと......?」
ギリッ、と。彼が奥歯を強く噛み締める音が、静まり返った廊下に響いた。
「俺は、鈴音がお前のような男に振り回され、傷つくのを黙って見ているつもりはない。道場で拳を交え、お前の底知れない実力と才能は認めている。だが、妹を弄ぶのであれば、生徒会長として......いや、堀北学個人として、持てる全ての権力と力を使ってでも、全力でお前を排除する」
言葉に一切の偽りがなく、ことは間を間違えれば本気で僕を潰しにくるであろうことが痛いほど伝わってくる。
この高度育成高等学校において、生徒会長の権力は絶大だ。
その気になれば、僕を退学に追い込むための罠などいくらでも仕掛けられるだろう。
しかし、僕は余裕の笑みを決して崩さなかった。
「弄ぶなんてとんでもない。僕は本気ですよ。鈴音のことも、そしてこれから僕を好きになってくれる他の女の子たちのことも......全員を心の底から愛し、全員を幸せにする。それが僕の目指す理想ですから」
「ふざけるな......!そんな非現実的で反吐が出るような妄想が通用すると思っているのか!」
冷静な堀北先輩にしては珍しく声を荒らげている。このシスコンめ。
「通用するかどうかではなく、僕が通用させるんです。それに、先輩は鈴音自身がそれをどう受け止めているか、ちゃんと鈴音に確認しましたか?」
僕の問いに、堀北先輩はわずかに息を呑み、言葉を詰まらせた。
「僕は鈴音に包み隠さず伝えてますよ。僕がハーレムを夢見ていることを。そして、彼女をその一員にしたいことを。しっかりと誠実に。その上で彼女は──僕を受け入れた」
まあ、伝えたのは最近だけど。
「お前が......お前が鈴音をそこまで歪ませたというのか」
「歪ませた、ではありません。彼女は彼女自身の意思で、新しい価値観と強さを手に入れたんです」
堀北先輩は深く息を吐き出し、眼鏡の位置をゆっくりと中指で押し上げた。
その動作一つで、先ほどまでの感情的な気迫が嘘のように収まり、いつもの冷徹で冷静な生徒会長の顔へと戻る。
さすがは歴代最高の生徒会長。感情のコントロールも見事というほかない。
「......言葉遊びでお前に勝つのは難しいようだな」
「ありがとうございます」
「だが、忘れるな神代。お前のその甘い理想と底なしの強欲さが、いずれお前自身の足元をすくうことになる。その時、鈴音を巻き込むことだけは絶対に許さない。もし鈴音の涙を見ることがあれば──その時は覚悟しておけ」
「忠告ありがとうございます。でも、心配無用ですよ。僕の足元がすくわれることなんてあり得ませんし、大切な女の子たちは僕が全力で守り抜きますから」
窓の外では、太陽が完全に沈みかけ、空が夕日に染まっていた。
「話はそれだけですか?実はこの後、波瑠加......長谷部さんから一緒に帰ろうと誘われているんで、あまり待たせると嫌われてしまうかもしれないんですよ。女の子を待たせるのは、男として三流ですからね」
あえて軽い調子で告げると、堀北先輩は心底呆れたように小さく首を振った。
「......行け。だが、俺の目は常にお前を監視していると思え」
「ええ、お手柔らかにお願いしますね、お義兄さん」
「そのふざけた呼び方は二度とするな。それと───鈴音が悲しむことがない限り、俺はお前の邪魔をするつもりはない」
その言葉に、僕は小さく肩をすくめた。やれやれ、本当にこのシスコンめ。
鈴音は厳しく恐ろしく、誰よりも優しい兄に恵まれたね。
僕にとってそれは必ずしもいいことではないけど、妹への不器用で深い愛情は、決して嫌いじゃない。
「さてと、波瑠加をこれ以上待たせたら本当に怒られそうだ。いや、不安がるかな?桔梗から結構マウントとられてるだろうからなぁ」
僕は踵を返し、廊下を足早に歩き出した。
凪くん、なーくんへの想い。
彼が私のコンプレックスを肯定してくれたあの日から、私の世界はずっと彼を中心に回っている。
なのに、高校に入学してからの今まで、私の心は常に黒く濁った焦燥感と危機感に苛まれていた。
「あ、波瑠加ちゃん。おはよう......!今日も凪くん、かっこいいよね。実はね、今朝も......」
朝の教室。私を見つけるなり、櫛田桔梗はまるで親友に内緒話でもするように近づいてきて、耳元で甘ったるい声を囁く。
周囲から見れば、仲の良いクラスメイト同士の微笑ましい会話にしか見えないだろう。
けど、彼女が私に向けてくる言葉の端々には、明確な毒と、圧倒的な優越感が込められていた。
「今朝も、凪くんの部屋で一緒に朝ごはんを食べたんだ。彼ったら、私の作った卵焼きを『世界で一番美味しい』って言ってくれて......波瑠加ちゃんも、いつか作ってあげられたらいいね?」
ふふっ、と可憐に笑う桔梗の顔を、私はただ引きつった笑みで睨み返すことしかできない。
桔梗から微かに漂うシャンプーの香りが、もしかしたらなーくんの部屋の残り香かもしれない。
そう考えるだけで、胃の奥がギリギリと締め付けられるように痛んだ。
彼女は知っている。私がなーくんに強烈な好意を抱いていることを。そして、私が彼女から一歩も二歩も遅れを取っていることを。
あの日、なーくんが桔梗の部屋から出てきたのを目撃してしまった時の衝撃は、今でも私の胸を鋭く抉ってくる。
彼に問い詰めても、のらりくらりと躱されてしまった。
それどころか、「もしかして、僕が他の女の子と付き合ってたら、嫌だった?」なんて、心を見透かすような言葉で私を翻弄してきた。
いつもそうだ。なーくんは私の心を見透かしていて、私が彼を求めていることを知っているのに、あえて焦らすような態度をとる。
その余裕ある態度にすら惹かれている自分がいるのも事実だけど、今の私にはそれがひどく残酷に感じられた。
あんなの、卑怯だ。嫌に決まってる。でも、素直になれない私は、真っ赤になって否定することしかできなかった。
「......別に、桔梗には関係ないでしょ」
私が精一杯の強がりで言い返すと、彼女はさらに悪魔のような微笑みを深めた。
「そう?でも、もたもたしてると、凪くんは完全に私のものになっちゃうよ?......もう、半分くらいは私のものでもあるしね」
彼女が強調した『半分』という言葉の響きに、背筋が凍るような危機感を覚えた。
桔梗が本気でなーくんを絡め取ろうとしているなら、私なんてあっという間に置いてけぼりにされてしまう。
小学生の時から、桔梗は人の心を掴むのが上手かった。でも、敵は彼女だけじゃない。
堀北鈴音。噂によれば、彼女もなーくんの部屋に出入りしているらしい。なにより、私は彼女がお弁当をなーくんに持っていった場面に遭遇したことがある。
私だけだ。私だけが、なーくんとの間に明確な『進展』を持てずに、ただ友達という枠の中で立ち止まっている。
お弁当を作って彼の部屋を訪れることも、夜に電話をして長話に花を咲かせることも、今の私にはできていない。
小学校の時、背が高くて胸が大きいことを男子にからかわれて泣いていた私。
そんな私を背中に隠し、『他の子よりも早く大人に近づいているだけだ。誇っていいことなんだよ』と肯定してくれた彼。
あの時から、なーくんは私の絶対的なヒーローで、初恋で、すべてだった。
周りの男子たちがどれだけ幼く見えても、なーくんだけは違った。彼の落ち着いた声、ふとした瞬間に見せる大人びた表情。
そして何より、私を特別扱いしてくれるその瞳。私はずっと、その瞳に映る自分を誇りに思っていた。
彼に見合うような、綺麗で自立した大人の女性になりたい。そう思って、必死に背伸びをしてきた。
なのに、どうして。
いざ高校生になって、大好きな彼に再会できたのに、私はどうしてこんなにも臆病になっているのだろう。
桔梗のようにあけすけに彼を誘惑することもできない。鈴音のように、プライドを捨てて彼に尽くすこともできない。
自分の不器用さがもどかしくて、情けなくて、何度も唇を噛んだ。彼が他の女の子に向ける優しい笑顔を見るたびに、その笑顔は私だけのものだったのにと、醜い独占欲が顔を出す。
「......このままじゃ、ダメだ」
放課後のチャイムが鳴り響く。教室の喧騒の中で、私はギュッと拳を握りしめた。
この1週間の間、私は桔梗からの執拗なマウントに耐え続け、毎晩のようにベッドの中で枕を濡らしてきた。
なーくんが誰かのものになってしまうかもしれないという恐怖。
自分だけが彼にとっての『特別』ではないという現実。
それがどれほど私の心をズタズタに引き裂いたか、彼にはきっとわからない。
だけど、泣いているだけじゃ何も変わらない。
待っているだけじゃ、白馬の王子様は迎えに来てくれないのだ。
彼が私だけを特別扱いしてくれた過去にすがりつくのは、もうやめよう。
今の私が、なーくんを手に入れなければ意味がないのだから。
なーくんにメッセージを送る。
『今日......一緒に帰らない?少し、話したいことがあるの』
『いいよ。波瑠加から誘ってくれるなんて嬉しいな。でも、堀北先輩に呼び出されてるから少し遅くなるけど、いい?』
『うん。ずっと待ってるから』
彼が受け入れてくれた瞬間、私の中に渦巻いていた焦燥感が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
まだ、遅くない。
桔梗にどれだけマウントを取られようと、堀北さんがどれだけ彼に尽くそうと、私がなーくんを想う気持ちだけは、絶対に誰にも負けない。
今日、私はなーくんに私の気持ちを伝える。
そして、桔梗になんて絶対に負けないくらい、なーくんを私に夢中にさせてみせる。
私が、なーくんの隣に立つんだ。他の誰でもない、この私が。
楽しいマウント時間
次回タイトル『告白と覗き見』
出演確定キャラ。長谷部波瑠加、一之瀬帆波。
Bクラス or Cクラス
-
Bクラス
-
Cクラス