転校すること自体は、僕にとってある意味でありがたい出来事だった。
あのまま同じ小学校に居続ければ、間違いなく坂柳さん以外の女子と関わる機会は失われ、僕の目的である『ハーレム』への道が完全に閉ざされてしまっていただろうから。
でも、一つの問題が解決したと思ったら、すぐさま新しい問題を投げかけてくるのは勘弁してほしい。
どうして、この2人が同じ小学校の、しかも同じクラスにいるんだろうか?原作の知識をいくら掘り返しても、そんな設定を見た覚えは一切ない。
「初めまして、神代凪です。皆さんと仲良く出来れば嬉しいです。よろしくお願いします」
教壇から挨拶をしながらクラスを見渡す。
視界の端に映るのは、愛想よく微笑む櫛田さんだ。確か、この時期の彼女はまだ歪んでない、表と裏のないイケイケのクラスの中心人物だったはず。
彼女が本格的に歪み始めたのは、中学時代からだったはずだから。
そして、もう1人。長谷部さん。まだ小学4年生だというのに、既に周囲より頭一つ抜けて早熟している。身長もそうだけど、同年代とは明らかに違うプロポーションの良さがひときわ目を引いた。
「それじゃあ、神代くんは長谷部ちゃんの隣りに座って。教科書が届くまでは、長谷部ちゃんに見せてもらってね」
担任の教師に促されるまま、僕は唯一空いていた長谷部さんの隣の席へと腰を下ろす。よかった、これで自然に彼女と関わる理由ができた。
「よろしくね、長谷部さん」
「うん、よろしく」
原作の高校生時代と違ってまだ幼いからか、クールで近寄りがたい印象よりも、どこか穏やかで優しそうな雰囲気を纏っている。
これなら、坂柳さんよりも落とすのが楽かもしれない。
──なるほど、なるほど。この学校、授業のレベルがかなり低い。いや、違うな。前に通っていたあの名門小学校のレベルが異常に高かっただけか。
今黒板に書かれている内容なんて、僕にとっては去年の時点で既に終わっているものばかりだ。
転校初日の1時限目からこれだと、前の学校以上に授業中の暇を持て余してしまいそうだ。
幸いにもここは一番後ろの席だから、長谷部さんにこっそり話しかけても教師にはバレなさそうだけど......
彼女は真面目にノートを取って授業を聞いているから、少々邪魔しにくい。
まあ、いいか。嫌だったら向こうも適当に無視するだろうし、少しだけ試してみよう。
僕は鉛筆を走らせ、自分のノートの端っこの方に小さく文字を書いた。そして、ぴったりとくっついている机の境界線を越えるように、少しだけ長谷部さんの机へノートをはみ出させる。
『さっきは全体に挨拶しか出来なかったけど、これからよろしく。僕のことは気軽に凪って呼んでね』
カリカリと動いていた長谷部さんの鉛筆が止まり、彼女の視線がはみ出ている僕のノートへと向いた。
さあ、どうだろうか。何かしらの反応は返ってくるか、それとも不真面目だって無視されるか。
彼女は少しだけ周りを気にするように教師の方をチラリと見た後、僕のノートの余白に自身の鉛筆を滑らせた。
『私も波瑠加でいいよ』
お、きちんと返ってきた。さて、ここから自然に話を広げていくには、どういう内容で返すべきか。
僕は教科書を覗き込むふりをしながら、再び文字を書き連ねる。
『ありがとう、波瑠加ちゃん。前の学校と進み具合が違うみたいなんだけど、今は教科書のどのあたりをやってるの?』
文字を書いて、再びノートを押しやる。彼女は自分の教科書を僕の方へ少し寄せて、丸みを帯びた可愛らしい文字を書き込んだ。
『今はここだよ。凪くんの前の学校って、もっと進んでたの?』
『うん、もっとずっと先までやってたから、少し暇を持て余しちゃって。波瑠加ちゃんは勉強得意?』
彼女は少し困ったように眉を下げて、文字を返す。
『うーん、あんまり得意じゃないかも。だからちゃんと先生の話を聞かないと、すぐに置いてかれちゃうんだよね』
なるほど。ここで教える側に回れれば、好感度を稼ぐ絶好のチャンスだ。
『じゃあ、分からないところがあったら僕が教えるよ。お近づきの印にね』
文字を読んだ彼女の目が少しだけ見開かれ、そしてふわりと嬉しそうな笑みがこぼれた。
『ほんと?やったぁ。じゃあ、お願いしようかな』
『任せて。でも、その代わり、この学校のこと色々教えてほしいな』
『うん、もちろん!』
筆談を続けているうちに、彼女も徐々に慣れてきたみたいだ。
真面目な顔をして黒板を見つめながらも、時折僕のノートに視線を落としては、バレないように筆談を続ける。
坂柳さんとのヒリヒリするような盤上の駆け引きも嫌いじゃないけれど、こういう年相応の、純粋で穏やかなやり取りも新鮮で心地いい。
キーンコーンカーンコーン......
やがて、授業の終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響いた。
「はい、今日の授業はここまで。日直さん、号令をお願いします」
教師の声に合わせて、クラス全員が立ち上がる。
「起立、気をつけ、礼!」
「「「ありがとうございました!」」」
挨拶を終えて席に座ると、波瑠加がノートと教科書を自分の手元に戻しながら話しかけてきた。
「お昼休みに、約束通り学校の案内してあげる」
「本当?ありがとう。波瑠加ちゃんに案内してもらえるなんて嬉しいよ」
照れたようにそっぽを向いた彼女に、僕は微笑んだ。
「凪くん、私が学校内の案内してあげる」
「あ、んー、ありがとう。気持ちは嬉しいんだけど」
給食を食べ終わって、昼休みになるや否や、櫛田さんがクラスの女子グループを引き連れて話しかけてきた。距離の詰め方が上手い。
そして、誰もが目を惹くような愛嬌のある無邪気な笑顔。
櫛田さんの方から真っ先に話しかけてきてくれたのは正直に言って嬉しいんだけど、ここはきっぱりと断るべきだ。
「他の子と約束してるから、気持ちだけもらっておくよ。でも、声をかけてくれてありがとう。櫛田さんは優しいんだね」
このくらい自然に持ち上げて言っておけば問題ないかな。
後で逆恨みされるのは、この場合僕じゃなくて同性の波瑠加の方に向かっていくだろうから、そこは慎重に気をつけないと。
「そんなことないよ、困ったことがあったら言ってね!」
よしっ、面倒なことにならずに自分の席へ戻ってくれた。
視線を向けると、波瑠加は少し離れた場所からこちらの様子をじっと見ていた。
あー、僕が櫛田さんたちの誘いに乗って、そのままついて行くと思ったのかな。
「案内、してくれるんじゃなかったの?」
近づいてそう話しかければ、彼女は遠慮がちに小さく頷いた。
「櫛田さんたちと行った方が、多分楽しかったよ」
「確かにそうかもしれないけど、僕は波瑠加ちゃんと一緒に行きたかったんだ」
僕がストレートにそう告げると、彼女は照れたようにすぐにそっぽを向く。
子どもは反応が素直で分かりやすくて助かるよ。
でも、これは僕が恋愛的な意味で好きだとかそういうことではなく、単純に褒められていることに対して照れているだけだ。
この先の段階に進むには、もう少しだけ頑張って好感度を稼ぐ必要がありそうかな。まあ、時間はたっぷりとあるんだし、焦らずゆっくりと行こうか。
それから波瑠加に校内を案内してもらっていると、廊下でばったり会った同級生の男子たちが、こっちを見て少し大きめの声で近くの友達とヒソヒソ話し始めた。
「わー!巨人がこっちに来たぞー!」
「おっぱいお化けだー!!」
その心無い言葉に、波瑠加は露骨に嫌な表情を浮かべて、反射的に両腕を前にして自分の胸を隠すような仕草をとった。
ああ、小学生男子特有の、気になる子をわざといじめるあれか。
「波瑠加ちゃん。僕の後ろにくっついて歩きなよ」
「えっ......」
戸惑う彼女の小さな手を取って、僕の背中側に隠れるように誘導する。
大人になってから気がつくよ。好きな人には、回りくどい嫌がらせなんかじゃなく、素直に優しくしないといけないってね。
今回は、ありがたく僕のポイント稼ぎに利用させてもらうね。
波瑠加の手をしっかりと握りしめたまま、僕はからかってきた男子生徒たちの方へと真っ直ぐに向き直った。
彼らは、転校生である僕が何も言い返せずに逃げると思っていたのか、一歩前に出た僕を見て少しだけ怯んだような顔を見せた。
「君たちさ、好きな子をからかって気を引きたい年頃なのは分かるけど......そのやり方は流石にダサすぎるよ」
声を荒らげることはしない。ただ、静かに淡々と、相手を威圧するための冷たい笑顔と、低く落ち着いた声のトーンを意識して言葉を紡ぐ。
「女の子が嫌がってるのに、それに気づかずにはしゃいでるなんてただのかっこ悪い。波瑠加ちゃんは君たちよりずっと大人っぽいから、そんな幼稚なアピールじゃ絶対に相手にされないよ?」
「なっ......!ち、ちげーし!誰がこんなデカ女!」
図星を突かれたのか、男子たちは顔を真っ赤にして慌てて反論しようとする。
「本当は気になって仕方ないくせに。でも、もう遅いかな。波瑠加ちゃんのことは僕が守るから、君たちが入る隙はもうないよ。ほら、邪魔だから道をどいて」
僕がさらに一歩前に出て冷たく見下ろすと、彼らは完全に気圧されたように後ずさりした。そして....
「う、うぜー!転校生のくせに!」
そんな負け惜しみの捨て台詞を吐いて足早に逃げていく。
騒がしい足音が完全に遠ざかっていくのを確認してから、僕は握っていた波瑠加の手を優しく引き寄せた。
「ごめんね、波瑠加ちゃん。怖い思いさせちゃって」
振り返ると、僕の背中に隠れていた彼女は、俯いたまま小刻みに肩を震わせていた。
「......どうして、あんなこと言うの」
絞り出すような声には、明らかな涙腺の震えが混じっていた。
「私、背が高いのも......ここが変に大きいのも、ずっと嫌だったのに。目立つから、みんなに変な目で見られるし......」
ポツリポツリとこぼれ落ちる言葉は、彼女がこれまで一人で抱え込んできたコンプレックスそのものだった。
まだ小学4年生。周囲との明確な身体的な発育の違いは、この年頃の女の子にとって残酷なほどのプレッシャーになる。
「変じゃないよ。全然変じゃない」
僕は彼女の目線に合わせるように少しだけ膝を折り、その潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「波瑠加ちゃんは、他の子よりも少しだけ早く大人に近づいているだけだ。それは決して恥ずかしいことなんかじゃないし、むしろ誇っていいことなんだよ」
「......誇って、いいの?」
「うん。さっきの彼らだって、本当は波瑠加ちゃんのことが好きで、気になって仕方がないからあんな態度をとったんだ。子供って素直じゃないからね。でも、僕は違う。波瑠加ちゃんのそういう大人っぽいところ、すごく綺麗で魅力的だと思うよ」
女性を肯定し、心を満たすための甘い言葉。ああ、好感度を稼ぎたい気持ちはあるよ。
でも、僕は嘘をついてない。今話した言葉は全て本心だ。原作の未来を知っている僕からすれば、彼女のその見事なプロポーションは間違いなく強力な武器になる。
「綺麗......」
「そう。だから、もう隠さなくていい。堂々としていればいいんだよ。もしまた誰かに何か言われたら、その時は僕が全部言い返してあげるから」
彼女の頭にポンッと手を乗せて優しく撫でると、波瑠加は顔を真っ赤にしてパチパチと瞬きを繰り返した。
「......凪くんって、本当に小学生?」
「え?あはは、もちろん小学生だよ。ただ、少しだけ大人びてるってよく言われるかな」
「ふふっ......変なの。でも、ありがとう。凪くんが庇ってくれて、すごく嬉しかった」
彼女の表情から先ほどの暗い影が完全に消え去り、花が咲いたような柔らかい笑顔が浮かんだ。
よし。これで彼女の心の中に、僕という存在が強く根付いたはずだ。自分の抱える最大のコンプレックスを肯定してくれる存在というのは、誰にとっても特別なものになる。
キーンコーンカーンコーン......
その時、昼休みの終わりを告げる予鈴のチャイムが廊下に鳴り響いた。
「あ、もうこんな時間だ。学校案内、途中で終わっちゃったね」
「ううん、十分だよ。色々回れたし、なにより波瑠加ちゃんと一緒にこうして話せただけで大満足だから」
僕の言葉に、波瑠加はまた少しだけ頬を染め、嬉しそうにはにかんだ。
「そっか......えっとね、凪くん」
「ん?」
「もしよかったら、明日も一緒にお昼休み過ごさない?学校の案内、まだ残ってる場所があるから......私でよければ、だけど」
上目遣いで控えめに誘ってくる彼女の姿は、どうしようもなく庇護欲をそそられる。
「もちろん。明日も波瑠加ちゃんの手を引いて歩かせてもらうよ」
「も、もう!恥ずかしいから手は繋がないよ!」
照れ隠しのように僕の腕を軽く叩きながら笑う波瑠加。
教室へと戻る廊下を歩きながら、僕は密かにほくそ笑んだ。
転校初日の昼休み。新たな学校でのハーレム計画は、これ以上ないほどの最高の進展を見せていた。
「長谷部のやつ、転校生なんかに守られて喜んでるんじゃねーよ。俺の方が、お前のこと........」
誘ってくれる櫛田さん
アンケートのご協力ありがとうございました!
基本的に書きたいものを書きますが、たまに迷った時や需要があるか気になった時にアンケートを取ることがあります。
今回の話も、長谷部さんの登場は確定で決めてました。
そこにプラスαで櫛田を登場させるべきか、登場させる場合はクラスを分けるべきか同じクラスで関わりが多い方がいいかなど、優柔不断で迷うことがあります。
そういった時に、アンケートを取ることもあります。
全然強制ではありませんので、投票したいと思う方のみで大丈夫です。
以上、作者からのお知らせ?でした。