紐を編む。
それは、はたしてどういうことなのだろうか。紐とは、編むとは、色々と考えることができる。
草の繊維をより集めて捻るだけでも、それは紐なりえる。骨をふやかして繊維状にするものや、石油から作る化学繊維も紐の材料だ。紐の素材としてはより摩擦力を活かすために、細長い方がいいのだろう。けれども太いツルなども紐として使用しようと思えば使える。
編むとはバラバラのものを1つにまとめるということである。紐にするためには様々な方法がある。束ねた草の繊維を捻ってから真ん中で折り、更に合わせて反対に捻ると立派な紐になる。
しかし太いツルには向かない方法だろう。太いツルはそのままでもいいが、ワイヤーのようにそれを中心に細い繊維を巻き付けるのが一般的だ。
それら意味の抽象度を極限まで上げて思考してきた。紐を編むために。
それはある意味で数学基礎論に似ていた。だからこそ、できたとも言えよう。
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紐を編む。
そんな、前世の私が成し遂げたかったことの1つに、ようやく手が届く。そして私は、かつて夢見た魔女への第一歩を踏み出すのだ。
そう強く思えるのは、私がこの『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』の世界に転生してきたからだろう。
ファンタジーの世界にやってきただけで魔女になる意志が固まるなど、単純な性格だと笑うこともできる。しかしやはり、どれだけ魔術に傾倒していようが、科学叡智の先に魔法があると考えていようが、目の前に広がる圧倒的な現実には勝てなかったと言うことだ。
ふふふと、久しぶりに笑みがこぼれた。
「にゃーん」
どこから入り込んだのか野良猫が、ペタペタと足音を立てて部屋を歩いていた。
こんなところに来てどうしたの、そう話しかけようとして椅子を引いたとき、椅子と石床の擦れる音に混じってキイと扉の開く音がした。同時に暗かった部屋に光が入ってくる。
「まーた根詰めてやってんのかいな。全く……相変わらずやなぁ、カナは……あーあ、奇麗な顔がちょこっと生えた口髭で台無しやん」
ため息混じりに、しかし楽しげに入室してきたのは我らが主神ロキだった。猫はそうしてできた出入り口からさっさと出て行ってしまった。
どうしてここに来たのかと思ったが、以前同様ロキに許可は取っているものの、そう何日も何日も姿を現さずに引きこもっていれば心配はされるわけで。
いやしかし、なんともタイミングのいいことだ。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。次からは気をつけます」
「なんや、前も似たようなこと言われた気がすんねんけど。まぁ最近はアホみたいにドーナツばっか食べとるわけちゃうし、まだ安心したわ。ただ、罰は受けてもらうでぇ」
ロキがニヤリと口角を上げる。
「カナはこれからウチと風呂や!」
「ええ、構いませんよ」
あちこち弄られるのは勘弁願いたいが、私もそろそろ身体の汚れを落としたいところだ。そう思ってニコリと微笑むと、なぜかロキはややテンションを落とした。
嫌がるそぶりや恥じらいもほしいというのか、厄介なことだ。ただ、セクハラできるということで依然ハイテンションを保っていた。
「そうか!ほんなら今からいこー」
振り返るロキだったが、私はその背中に待ったをかけた。まだここでやり残していることがある。紐を、編まなければ。
「まだ1つすることがあって。よければご覧になられますか」
「ん?まあせっかくやし見ていこかな。ほんで、何するん」
面白いことを期待するかのように、ロキはニヤニヤと笑みを浮かべている。
「これから紐を編もうかと」
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作業台の中央に、私は一心にソレをより集めた。その後ろでロキが退屈そうにあくびをしている。先ほどからずっと同じ場面を見せられて退屈なのだろう。申し訳ない。
そうしてより集めたソレは、確かにそこにあると感じられた。それだけでも感動だ、なぜならここが最も困難だった。
そして今度は更に細い紐状にしていく。そうしてようやくソレを手にできるのだ。方法はただ一箇所を捻るだけだ。後はその捻れを中心に、勝手に紐が集めた材料の分だけ編まれていく。
捻れの解消を正方向と捉え、ソレを紐にして形を与えることを正方向とすることで、釣り合いのために捻れが増加するという負方向を同時に与えることができた。
ああ、ここもどうしようか頭を悩ませたところだ。ふふっ、最近のことだというのにもはや懐かしい。いや、考え始めたのは前世からだったか、当時はZFCを許容して不可測断面を手で作ろうなどと、恐ろしいことを考えたものだった。
そう遠く近い昔の思考を思い出していると、ついに机上へ捻れた極細の紐が現れた。それは理論に従って両端からどんどんと伸びていく。
「……ほう、なるほどな」
ロキの呟きに振り返る。そこに居たのは、正しく神ロキだった。私は適当な長さで紐の形成を止めると、手にまとめてロキに正対し、差し出した。
「出来ました」
「確認するわ」
いつもの飄々としたロキでも、子供たちに深い愛情を注ぐロキでもなかった。神威は少したりとも溢れていないはずなのに、神は死んだと言われてから更に後の世界から転生したというのに、それでもなお、私の目の前で紐を確認するロキは神だった。
そしてひたすらに長いと思われた検分が終了した。
「……よくぞこの時代にその手で編み上げた。材料はドーナツの穴なんか、ええやんおもろいやん。それに、色々思うことはあるんやけどもや、未完成ながらこれは魔法の紐に成りえる。ま、後は材料探しやな」
瞬間、視界がぼやけた。気がついた頃には、大粒の涙をぼろぼろとこぼしていた。
そうしてうずくまるカナの頭を、ロキは優しく抱きしめていた。
その日のうちにカナはランクアップしたが、偉業の内容のために、それはひとまずロキ・ファミリアの団員にすら知らされず、本人とロキのみが知るところとなった。
気が向いたりしたら連載にしようかなとか思ってたり。もしするなら、この話にローとハイのファンタジー加えて、知識:ローファンタジー(魔術):ハイファンタジー(ダンまちとか魔法とか):神話(今回みたいな)=4:7:4:1くらいで進むか。知識といってもとんでも事象をそれっぽく描くだけだが。