昭和十八年一月。
ラバウル基地。
新しい年を迎えた。
だが、祝賀ムードなどどこにもなかった。
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飛行場には相変わらず零戦が並んでいる。
整備兵たちは休みなく働き続けている。
搭乗員たちも毎日のように出撃している。
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戦争は正月だからといって止まってはくれない。
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神崎隼人は宿舎の前で空を見上げた。
青空だった。
去年ラバウルへ来た時と同じ空。
だが自分は変わった。
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森山が死んだ。
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何人もの仲間が消えた。
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そして自分自身も、以前ほど無邪気に勝利を信じてはいなかった。
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◇
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朝の点呼。
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鬼塚大尉が搭乗員たちの前に立つ。
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「まず報告だ」
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全員が注目する。
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「ガダルカナル方面の戦況が変化している」
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部屋が静かになる。
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「詳細は機密だ」
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「だが今後の作戦内容は変わる」
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神崎は察した。
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何かが起きている。
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かなり大きな何かが。
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◇
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数日後。
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その答えは知らされることになる。
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ガダルカナル撤収。
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正式な言葉ではなかった。
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だが現場の人間には十分だった。
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つまり。
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島を放棄する。
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そういうことだった。
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◇
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宿舎。
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誰も口を開かない。
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あれだけ戦った島。
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あれだけ仲間が死んだ島。
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そのガダルカナルを失う。
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現実感がなかった。
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「結局……」
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佐伯が呟く。
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「負けたのか」
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神崎は返事ができなかった。
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◇
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二月。
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撤収作戦開始。
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神崎たちは護衛任務に投入された。
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敵に悟られず、できるだけ多くの将兵を救い出す。
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それが目的だった。
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夜の海。
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駆逐艦隊が疾走する。
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いわゆる東京急行。
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だが今度は補給ではない。
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撤退だ。
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◇
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上空警戒中。
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神崎は海を見下ろしていた。
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駆逐艦の甲板には大勢の兵士が乗っている。
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疲れ切った兵士たち。
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痩せた兵士たち。
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神崎にはその姿がはっきり見えた。
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戦ってきたのだ。
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飢えながら。
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病気と戦いながら。
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砲撃に耐えながら。
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そして今、ようやく帰れる。
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◇
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撤収作戦は成功した。
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多くの将兵が救われた。
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だが。
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誰も喜ばなかった。
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なぜなら。
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ガダルカナルを失った事実は変わらないからだ。
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◇
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三月。
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ラバウルへ続々と新しい搭乗員が到着する。
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若い。
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本当に若い。
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十八歳。
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十九歳。
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二十歳。
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神崎たちが去年見た森山と同じような顔をしている。
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「よろしくお願いします!」
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元気よく敬礼する新人たち。
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しかし。
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神崎は知っていた。
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彼らはまだ知らないのだ。
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戦場がどんな場所なのか。
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◇
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その日の夕方。
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神崎は新人教育を命じられた。
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「俺がですか?」
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「そうだ」
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鬼塚が頷く。
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「もう十分古参だ」
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◇
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その言葉に神崎は驚いた。
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自分が古参。
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そんな感覚はなかった。
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だが周囲を見る。
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赴任当時にいた顔ぶれ。
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半分近くいなくなっていた。
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戦死。
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負傷。
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転属。
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理由は様々だ。
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しかし結果は同じ。
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消えていった。
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◇
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訓練飛行。
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新人たちは必死だった。
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神崎はその様子を見守る。
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そして思う。
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去年の自分も同じだった。
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希望に満ちていた。
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恐怖よりも期待が大きかった。
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◇
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飛行後。
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一人の新人が神崎へ尋ねる。
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「神崎さん」
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「なんだ」
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「ラバウルって本当に最強なんですか?」
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無邪気な質問だった。
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神崎は少し考える。
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去年なら即答していただろう。
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だが今は違う。
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「強いよ」
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神崎は答えた。
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「今でもな」
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「ですよね!」
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新人は笑った。
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◇
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神崎はその背中を見送る。
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そして心の中で続けた。
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――でも無敵じゃない。
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◇
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四月。
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ラバウルにはさらに航空戦力が集まってきた。
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基地は拡張される。
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飛行場も増える。
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航空機も増える。
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一見すると戦力は強化されているように見えた。
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実際、昭和十八年前半のラバウルは南東方面最大の航空拠点だった。
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多くの搭乗員が集まる。
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多くの機体が並ぶ。
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誰が見ても強大だった。
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◇
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しかし。
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鬼塚や元空母搭乗員たちは知っていた。
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数だけでは測れないものがある。
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経験。
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技量。
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生還してきた時間。
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それらは失われ続けている。
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◇
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ある夜。
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元空母航空隊の搭乗員が呟いた。
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「敵は増えてる」
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誰も否定しない。
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「俺たちは減ってる」
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それも事実だった。
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◇
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その頃。
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遥か南方では米軍の反攻が着実に進んでいた。
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新しい飛行場。
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新しい艦隊。
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新しい航空機。
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そして新しい搭乗員。
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戦争の天秤は少しずつ傾いている。
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だがラバウルの将兵たちはまだ戦う。
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飛ぶ。
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守る。
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生きる。
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◇
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そして五月。
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神崎たちはついに耳にする。
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敵に新型戦闘機が本格配備されたという報告を。
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高速。
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重武装。
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高性能。
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その名は。
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**F6F ヘルキャット。**
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まだ誰も知らない。
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この戦闘機が。
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後に日本海軍航空隊へ壊滅的な打撃を与える存在になることを。
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そしてラバウルの空そのものを変えてしまうことを。