昭和十八年五月。
ラバウル基地。
朝から雨だった。
南洋特有の激しいスコールが滑走路を叩いている。
格納庫の屋根に当たる雨音は、まるで機銃掃射のように響いていた。
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神崎隼人は整備中の零戦の脇に座っていた。
手には一枚の写真。
実家から送られてきたものだった。
故郷の風景。
田畑。
山。
そして家族。
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気が付けば一年近く帰っていない。
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戦争が始まった頃は、こんなに長くなるとは思っていなかった。
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「見てたんですか」
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村田が覗き込む。
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「たまにはな」
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「帰りたいですか?」
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神崎は少し考えた。
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「帰りたいな」
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「ですよね」
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村田は笑った。
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だが、その笑顔も以前ほど明るくはない。
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整備兵たちも疲れていた。
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◇
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昼頃。
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雨が止む。
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その直後だった。
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サイレンが鳴り響いた。
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「総員配置!」
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「敵機接近!」
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飛行場が一瞬で動き出す。
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神崎は飛行服を掴み、愛機へ駆けた。
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◇
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数分後。
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零戦隊発進。
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神崎。
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佐伯。
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鬼塚。
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そして新人たち。
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雨上がりの空へ上昇していく。
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◇
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「敵編隊確認!」
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高度六千。
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前方に機影。
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爆撃機。
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そして護衛戦闘機。
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神崎は双眼鏡を覗いた。
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その瞬間。
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違和感を覚える。
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「なんだ……?」
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大きい。
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敵戦闘機が大きい。
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今まで見た機体より一回り大きく見えた。
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機首も太い。
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胴体も厚い。
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そして。
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どこか不気味だった。
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◇
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「全機警戒!」
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鬼塚の声。
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「報告にあった新型かもしれん!」
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◇
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敵戦闘機が降下してくる。
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速い。
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明らかに速い。
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神崎は即座に旋回した。
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だが。
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敵はさらに速かった。
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横を通過した瞬間。
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猛烈な弾幕が飛んでくる。
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零戦の主翼を曳光弾がかすめた。
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「くっ!」
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神崎は思わず叫ぶ。
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今までの敵機とは火力が違う。
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◇
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空戦開始。
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神崎は敵機を追う。
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だが。
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距離が縮まらない。
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敵は上昇する。
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零戦も追う。
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しかし追いつけない。
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以前ならあり得ないことだった。
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零戦は世界最高クラスの戦闘機だった。
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少なくとも開戦当初は。
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◇
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「神崎!」
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佐伯の声。
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「上だ!」
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神崎は反射的に操縦桿を引く。
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次の瞬間。
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敵機が急降下してくる。
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恐ろしい速度だった。
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そして射撃。
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弾幕。
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零戦の左翼へ数発命中。
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機体が震える。
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「被弾!」
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◇
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神崎は歯を食いしばる。
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まだ飛べる。
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まだ戦える。
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だが敵は離脱していた。
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もう遥か上空だ。
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追えない。
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◇
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「なんなんだあいつら……」
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誰かの声。
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恐怖が混じっていた。
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無理もない。
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今まで経験したことのない戦い方だった。
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◇
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その時。
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鬼塚が敵機一機を旋回戦へ引き込む。
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さすがだった。
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歴戦の技量。
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徐々に背後を取る。
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敵機も苦しそうに旋回している。
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「取った!」
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鬼塚の射撃。
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命中。
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敵機から煙。
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撃墜。
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◇
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だが。
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鬼塚は通信で叫んだ。
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「覚えておけ!」
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「旋回戦なら勝てる!」
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「だが速度戦に付き合うな!」
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◇
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その言葉は重要だった。
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零戦の強み。
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敵の強み。
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それを理解しなければ生き残れない。
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◇
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やがて敵編隊は離脱した。
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迎撃成功。
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爆撃被害も軽微。
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数字だけ見れば勝利だった。
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しかし。
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帰投した搭乗員たちの表情は暗い。
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◇
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作戦室。
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分析会議。
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壁には敵機の特徴が書き込まれていく。
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大型。
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高速。
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重武装。
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頑丈。
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◇
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鬼塚が言った。
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「おそらくヘルキャットだ」
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誰も喋らない。
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その名前を初めて聞く新人も多かった。
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◇
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「覚えておけ」
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鬼塚は全員を見回す。
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「零戦より強い部分がある」
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部屋が静まり返る。
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日本海軍航空隊で、その言葉は重かった。
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零戦より強い。
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かつてなら考えられなかった。
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◇
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夜。
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宿舎。
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佐伯が天井を見つめていた。
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「時代が変わるのかな」
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ぽつりと言う。
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「何がだ」
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神崎が聞く。
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「零戦の時代」
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◇
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神崎は答えなかった。
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答えられなかった。
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今日の戦闘で感じたからだ。
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敵は確実に強くなっている。
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そして。
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こちらは疲れている。
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消耗している。
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その事実を。
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◇
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その頃。
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アメリカでは新しい空母が次々と完成していた。
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新しい戦闘機も。
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新しい搭乗員も。
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一方。
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ラバウルでは部品不足が始まりつつあった。
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補給船は減る。
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燃料も以前ほど潤沢ではない。
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まだ深刻ではない。
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だが確実に兆候は現れていた。
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◇
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そして六月。
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神崎たちは新たな任務を命じられる。
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ラバウル防空。
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敵がついに、この要塞そのものを狙い始めたのだ。
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南海の要塞ラバウル。
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その空を巡る戦いが。
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さらに激しくなろうとしていた。