ラバウルの鷹   作:UMC OGASOU

17 / 20
第十七話 最後の飛行隊

 

 

 昭和十九年一月。

 

 ラバウル。

 

---

 

 南海の要塞。

 

---

 

 かつてそう呼ばれた基地は、今では巨大な孤島になっていた。

 

---

 

 敵軍に包囲され。

 

---

 

 海上交通は遮断され。

 

---

 

 航空補給もほぼ不可能。

 

---

 

 完全な孤立状態だった。

 

---

 

 

---

 

 朝。

 

---

 

 神崎隼人は食堂に向かった。

 

---

 

 いや。

 

---

 

 食堂と呼ぶにはあまりにも寂しかった。

 

---

 

 

---

 

 朝食。

 

---

 

 小さな飯碗。

 

---

 

 中身は少量の米。

 

---

 

 そして薄い汁。

 

---

 

 

---

 

 それだけだった。

 

---

 

 去年なら考えられない量である。

 

---

 

 

---

 

 佐伯が飯碗を見つめる。

 

---

 

「昔ならおやつにもならん量だな」

 

---

 

 誰も笑わない。

 

---

 

 事実だからだ。

 

---

 

 

---

 

 補給は来ない。

 

---

 

 備蓄も尽き始めている。

 

---

 

 戦争だけでなく。

 

---

 

 飢えとも戦わなければならなくなっていた。

 

---

 

 

---

 

 その日の会議。

 

---

 

 地下司令部。

 

---

 

 司令官が言った。

 

---

 

「農地を作る」

 

---

 

 

---

 

 一瞬。

 

---

 

 誰も意味が分からなかった。

 

---

 

 

---

 

「農地だ」

 

---

 

 司令官は繰り返した。

 

---

 

「ジャングルを切り開く」

 

---

 

「芋を植える」

 

---

 

「野菜も育てる」

 

---

 

 

---

 

 沈黙。

 

---

 

 そして。

 

---

 

 誰かが吹き出した。

 

---

 

 

---

 

 搭乗員が農業。

 

---

 

 整備兵が農業。

 

---

 

 海軍将兵が農業。

 

---

 

 あまりにも場違いだった。

 

---

 

 

---

 

 だが。

 

---

 

 笑っている者はいなくなった。

 

---

 

 すぐに気付いたからだ。

 

---

 

 必要なのだと。

 

---

 

 

---

 

 翌日。

 

---

 

 神崎は鍬を持っていた。

 

---

 

 

---

 

「何でこうなった」

 

---

 

 思わず呟く。

 

---

 

 

---

 

 村田が隣で木の根と格闘している。

 

---

 

「零戦の整備より大変です」

 

---

 

 

---

 

 神崎は笑った。

 

---

 

 久しぶりに自然な笑いだった。

 

---

 

 

---

 

 ジャングルは甘くなかった。

 

---

 

 木を切る。

 

---

 

 根を掘る。

 

---

 

 石をどかす。

 

---

 

 炎天下。

 

---

 

 汗だく。

 

---

 

 

---

 

 搭乗員たちは飛ぶより疲れていた。

 

---

 

 

---

 

 数日後。

 

---

 

 ようやく小さな畑が完成した。

 

---

 

 

---

 

 サツマイモ。

 

---

 

 カボチャ。

 

---

 

 野菜。

 

---

 

 手に入る種は何でも植えた。

 

---

 

 

---

 

「これで何とかなるのか」

 

---

 

 神崎が聞く。

 

---

 

 

---

 

 村田は肩をすくめる。

 

---

 

「ならないよりマシです」

 

---

 

 

---

 

 それが現実だった。

 

---

 

 

---

 

 一方で。

 

---

 

 飛行隊も消えてはいなかった。

 

---

 

 残存機十数機。

 

---

 

 そのうち飛行可能なのはさらに少ない。

 

---

 

 

---

 

 燃料不足。

 

---

 

 部品不足。

 

---

 

 弾薬不足。

 

---

 

 全て不足。

 

---

 

 

---

 

 だから出撃は慎重になった。

 

---

 

 敵が来た時だけ。

 

---

 

 本当に必要な時だけ。

 

---

 

 

---

 

 神崎の愛機も限界が近かった。

 

---

 

 機体全体に補修跡。

 

---

 

 エンジンも消耗している。

 

---

 

 

---

 

「あと何回飛べる?」

 

---

 

 神崎が聞く。

 

---

 

 

---

 

 村田は少し考えた。

 

---

 

「正直に言いますか」

 

---

 

「言え」

 

---

 

「分かりません」

 

---

 

 

---

 

 二人は苦笑する。

 

---

 

 最近はそんな答えばかりだった。

 

---

 

 

---

 

 二月。

 

---

 

 畑に芽が出始めた。

 

---

 

 

---

 

 小さな緑。

 

---

 

 それだけなのに。

 

---

 

 皆が集まった。

 

---

 

 

---

 

「出たぞ」

 

---

 

「本当だ」

 

---

 

「生えてる」

 

---

 

 

---

 

 まるで新型戦闘機でも届いたかのような騒ぎだった。

 

---

 

 

---

 

 神崎は不思議な気持ちになった。

 

---

 

 去年なら考えもしなかった。

 

---

 

 敵空母を撃沈した時より。

 

---

 

 今の方が嬉しい。

 

---

 

 

---

 

 生きるためだからだ。

 

---

 

 

---

 

 夜。

 

---

 

 焚火の周り。

 

---

 

 搭乗員たちが座っている。

 

---

 

 

---

 

 佐伯が呟く。

 

---

 

「昔はさ」

 

---

 

「うん」

 

---

 

「空母を沈める話してたよな」

 

---

 

 

---

 

 神崎は頷く。

 

---

 

 

---

 

「今は芋の育ち具合の話ばかりだ」

 

---

 

 

---

 

 全員が笑った。

 

---

 

 久しぶりだった。

 

---

 

 本当に久しぶりだった。

 

---

 

 

---

 

 しかし。

 

---

 

 その笑いの裏で。

 

---

 

 敵軍は着実に前進していた。

 

---

 

 海岸部を固め。

 

---

 

 飛行場を建設し。

 

---

 

 包囲網を狭めている。

 

---

 

 

---

 

 ラバウル守備隊は持ちこたえていた。

 

---

 

 だが余裕はない。

 

---

 

 

---

 

 鬼塚大尉は地図を見つめながら呟く。

 

---

 

「時間の問題かもしれんな」

 

---

 

 

---

 

 神崎は何も言わない。

 

---

 

 ただ外を見る。

 

---

 

 

---

 

 畑では小さな芽が風に揺れていた。

 

---

 

 戦争の中で。

 

---

 

 死と破壊に囲まれた島で。

 

---

 

 それでも命は育っている。

 

---

 

 

---

 

 そしてその頃。

 

---

 

 ラバウル残存航空隊へ極秘命令が届こうとしていた。

 

---

 

 残された零戦を使った、ある大胆な作戦。

 

---

 

 それは。

 

---

 

 ラバウル航空隊最後の大規模出撃となるかもしれなかった。

 

---

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。