昭和十九年六月。
ラバウル内陸部。
---
雨季だった。
---
昼も夜も雨が降る。
---
ジャングルは泥沼になっていた。
---
湿気で銃は錆びる。
---
服は乾かない。
---
傷は化膿する。
---
◇
---
それでも戦いは続いていた。
---
敵補給路への襲撃。
---
偵察。
---
待ち伏せ。
---
小規模な戦闘が毎日のように繰り返される。
---
◇
---
そんなある日。
---
鬼塚が神崎を呼んだ。
---
◇
---
地下壕。
---
簡素な机。
---
地図が広げられている。
---
◇
---
「面白い情報が入った」
---
鬼塚が言う。
---
◇
---
「敵飛行場だ」
---
◇
---
神崎の目が細くなる。
---
◇
---
敵軍は海岸近くに飛行場を建設していた。
---
ラバウル攻略の拠点。
---
航空支援基地。
---
◇
---
「規模は?」
---
「かなり大きい」
---
「警備は?」
---
「厳重だ」
---
◇
---
しばらく沈黙。
---
◇
---
そして鬼塚は笑った。
---
「だから襲う」
---
◇
---
神崎も思わず笑う。
---
航空隊らしい発想だった。
---
◇
---
数日後。
---
襲撃部隊編成。
---
総勢二十七名。
---
元搭乗員。
---
整備兵。
---
歩兵。
---
混成部隊だった。
---
◇
---
村田も参加する。
---
「整備兵だろ、お前」
---
神崎が言う。
---
◇
---
「昔、喧嘩は強かったんです」
---
◇
---
誰も信じなかった。
---
◇
---
夜。
---
出発。
---
月明かりもない。
---
真っ暗なジャングル。
---
◇
---
部隊は無言で進む。
---
足音を消す。
---
話さない。
---
煙草も吸わない。
---
◇
---
三日後。
---
敵飛行場近くへ到達。
---
◇
---
神崎は双眼鏡を覗いた。
---
飛行場。
---
滑走路。
---
格納庫。
---
駐機場。
---
◇
---
そして。
---
ずらりと並ぶ敵機。
---
ヘルキャット。
---
輸送機。
---
爆撃機。
---
◇
---
一年前なら。
---
零戦で攻撃していただろう。
---
◇
---
だが今は違う。
---
徒歩で来ている。
---
◇
---
「変な気分だな」
---
佐伯が呟く。
---
◇
---
「本当にな」
---
◇
---
夜更け。
---
襲撃開始。
---
◇
---
部隊は二手に分かれる。
---
神崎隊。
---
鬼塚隊。
---
◇
---
神崎たちは有刺鉄線へ近付く。
---
慎重に切断。
---
音を立てない。
---
◇
---
警戒兵が通過する。
---
全員息を止める。
---
◇
---
やがて。
---
侵入成功。
---
◇
---
駐機場。
---
敵機が並んでいる。
---
◇
---
神崎は一瞬立ち止まった。
---
飛行機だった。
---
敵機ではある。
---
だが。
---
同じ空を飛ぶ機械だった。
---
◇
---
昔なら空中で戦った相手。
---
今は地上に並んでいる。
---
◇
---
「神崎さん」
---
村田が小声で呼ぶ。
---
◇
---
我に返る。
---
◇
---
爆薬設置。
---
次々に。
---
主翼。
---
燃料タンク付近。
---
格納庫。
---
◇
---
時間はない。
---
◇
---
全員が離脱を始める。
---
◇
---
その時。
---
警報。
---
◇
---
「誰だ!」
---
敵兵の声。
---
◇
---
見つかった。
---
◇
---
「走れ!」
---
神崎が叫ぶ。
---
◇
---
銃声。
---
探照灯。
---
怒号。
---
◇
---
そして。
---
爆発。
---
◇
---
最初の機体が炎上する。
---
◇
---
続いて二機。
---
三機。
---
◇
---
格納庫も爆発。
---
火柱が夜空を照らした。
---
◇
---
敵飛行場が混乱に包まれる。
---
◇
---
部隊は全力で撤退した。
---
ジャングルへ飛び込む。
---
◇
---
敵兵が追ってくる。
---
だが夜のジャングルは日本軍の方が慣れていた。
---
◇
---
十分。
---
二十分。
---
一時間。
---
ようやく追撃を振り切る。
---
◇
---
全員疲れ切っていた。
---
◇
---
鬼塚が人数確認を始める。
---
一人。
---
二人。
---
三人。
---
◇
---
そして。
---
全員いる。
---
◇
---
誰も欠けていなかった。
---
◇
---
珍しいことだった。
---
最近の戦いでは。
---
誰かが帰らないことの方が多かった。
---
◇
---
神崎たちは静かに座り込む。
---
遠くで炎が見えた。
---
敵飛行場だ。
---
◇
---
鬼塚が小さく笑う。
---
「久しぶりの戦果だな」
---
◇
---
誰も大声では喜ばない。
---
だが皆の顔には満足そうな表情が浮かんでいた。
---
◇
---
空は失った。
---
基地も失った。
---
仲間も多く失った。
---
◇
---
それでも。
---
まだ戦える。
---
まだ抵抗できる。
---
◇
---
ラバウル航空隊。
---
その名はほとんど残っていない。
---
だが男たちは生きていた。
---
そして戦っていた。
---
◇
---
しかし昭和十九年後半。
---
彼らはさらに衝撃的な知らせを耳にする。
---
日本本土近海でも戦局が悪化。
---
連合艦隊は後退を続け。
---
かつて無敵と呼ばれた帝国海軍は、徐々にその力を失いつつあった。
---
遠く離れた孤島ラバウルにも、その影が忍び寄ろうとしていた。
---