ラバウルの鷹   作:UMC OGASOU

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第七話 帰らぬ翼

 

 

 昭和十七年十月。

 

 ラバウル基地。

 

 夜明け前の飛行場は静かだった。

 

 遠くから波の音が聞こえる。

 

 整備兵たちはランプの明かりを頼りに機体を整備していた。

 

 神崎隼人は愛機の主翼に手を置く。

 

 冷たい金属の感触。

 

 出撃前のいつもの習慣だった。

 

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「神崎さん」

 

 振り返ると村田が立っていた。

 

 目の下には濃い隈ができている。

 

「寝てないだろ」

 

「三時間ぐらいは寝ましたよ」

 

「それは寝たうちに入らん」

 

 神崎が呆れる。

 

 だが村田は笑った。

 

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「搭乗員だけが戦ってるわけじゃありませんから」

 

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 その言葉に神崎は何も言えなくなった。

 

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 確かにその通りだった。

 

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 零戦は勝手に飛ばない。

 

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 誰かが整備しなければならない。

 

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 誰かが弾を積まなければならない。

 

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 誰かが燃料を運ばなければならない。

 

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 その誰かもまた戦っているのだ。

 

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 その日の任務は護衛だった。

 

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 ガダルカナルへ向かう爆撃隊の護衛。

 

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 今や日常になった任務。

 

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 だが。

 

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 鬼塚大尉の表情は厳しかった。

 

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「敵戦闘機の数が増えている」

 

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 全員が耳を傾ける。

 

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「最近の報告では新型機も確認されている」

 

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 ざわめき。

 

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 新型機。

 

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 それは搭乗員たちにとって嫌な響きだった。

 

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 敵も進化している。

 

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 戦争が長引くほど、それは当然だった。

 

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「気を抜くな」

 

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 鬼塚が言う。

 

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「帰ってくるまでが任務だ」

 

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 午前七時。

 

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 零戦隊発進。

 

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 神崎。

 

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 佐伯。

 

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 森山。

 

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 そして十数名の搭乗員たち。

 

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 青空へ舞い上がる。

 

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 ラバウルの飛行場が小さくなっていく。

 

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 数時間後。

 

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 ガダルカナル近海。

 

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 敵機発見。

 

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 通信が飛ぶ。

 

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「戦闘機二十以上!」

 

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 神崎は思わず息を呑んだ。

 

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 多い。

 

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 今までで一番多い。

 

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「護衛機は敵戦闘機を引き付けろ!」

 

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 鬼塚の命令。

 

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 零戦隊が散開した。

 

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 空が一瞬で戦場になる。

 

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 敵機。

 

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 味方機。

 

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 曳光弾。

 

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 爆煙。

 

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 至る所で戦闘が始まる。

 

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 神崎は一機の敵戦闘機へ向かった。

 

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 交差。

 

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 急旋回。

 

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 上昇。

 

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 降下。

 

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 息をつく暇もない。

 

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 ようやく照準に捉える。

 

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 射撃。

 

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 命中。

 

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 敵機が煙を吹く。

 

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 撃墜。

 

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 しかし。

 

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「森山!」

 

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 誰かが叫んだ。

 

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 神崎は反射的に振り向く。

 

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 若い搭乗員。

 

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 森山機だった。

 

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 敵機二機に追われている。

 

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 必死に回避しているが経験不足は明らかだった。

 

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「くそっ!」

 

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 神崎は全速力で向かう。

 

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 だが遠い。

 

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 遠すぎる。

 

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「森山、左へ!」

 

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 鬼塚の声。

 

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「は、はい!」

 

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 森山機が旋回する。

 

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 しかし。

 

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 一瞬遅かった。

 

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 敵弾が主翼へ命中。

 

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 白い破片が飛び散る。

 

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「被弾!」

 

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 森山の声。

 

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 若い。

 

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 まだ少年のような声だった。

 

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 神崎は歯を食いしばる。

 

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 急降下。

 

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 敵機へ射撃。

 

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 一機が離脱。

 

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 もう一機へ追撃。

 

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 撃墜。

 

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 だが。

 

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 森山機は高度を失っていた。

 

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「森山!」

 

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「大丈夫です!」

 

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 強がりだった。

 

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 煙が出ている。

 

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 エンジンも不調らしい。

 

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 帰投命令が出た。

 

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 全機帰還。

 

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 燃料も限界に近い。

 

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 神崎は森山機の横についた。

 

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「一緒に帰るぞ」

 

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「はい」

 

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 返事は元気だった。

 

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 だが声が震えている。

 

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 海の上。

 

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 延々と続く帰路。

 

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 誰も喋らない。

 

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 燃料計だけが気になる。

 

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 そして。

 

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 森山機の煙が徐々に増えていった。

 

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「神崎さん」

 

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 通信。

 

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 静かな声。

 

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「どうした」

 

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「すみません」

 

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「何を言ってる」

 

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「多分、無理です」

 

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 神崎の背筋が凍った。

 

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「馬鹿言うな」

 

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「エンジンが止まりそうです」

 

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「まだ飛んでる!」

 

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「……」

 

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 返事がない。

 

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 次の瞬間。

 

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 森山機のプロペラ回転が落ち始めた。

 

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 神崎には分かった。

 

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 終わりだ。

 

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 エンジン停止。

 

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 海上では致命的だった。

 

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「森山!」

 

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「神崎さん」

 

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 最後の通信。

 

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「短い間でしたけど」

 

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 雑音。

 

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「ありがとうございました」

 

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 零戦がゆっくり降下していく。

 

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 煙を引きながら。

 

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 海へ向かって。

 

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 神崎は追いかけたいと思った。

 

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 助けたいと思った。

 

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 だができない。

 

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 燃料がない。

 

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 敵もいる。

 

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 どうしようもない。

 

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 海面が近づく。

 

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 そして。

 

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 小さな水柱。

 

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 それだけだった。

 

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 帰投後。

 

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 飛行場は静かだった。

 

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 誰も森山の名前を口にしない。

 

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 だが全員知っている。

 

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 帰ってこないことを。

 

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 夜。

 

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 宿舎。

 

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 森山の寝台は空だった。

 

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 まだ荷物が残っている。

 

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 本。

 

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 写真。

 

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 故郷から届いた手紙。

 

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 昨日まで確かにそこにいた証。

 

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 佐伯が呟く。

 

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「十九歳だったな」

 

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「……ああ」

 

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「若かったな」

 

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 神崎は拳を握る。

 

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 自分も二十二歳だ。

 

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 十分若い。

 

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 だが森山はさらに若かった。

 

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 未来があった。

 

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 夢もあっただろう。

 

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 その夜。

 

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 鬼塚大尉は一人で飛行場を歩いていた。

 

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 並ぶ零戦。

 

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 減っていく搭乗員。

 

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 増えていく新人。

 

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 その現実を誰より理解していた。

 

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 戦争はまだ続く。

 

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 だが。

 

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 最近、古参たちの間でこんな言葉が囁かれ始めていた。

 

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「昔の連中が減ったな」

 

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 それは単なる人数の話ではない。

 

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 経験の話だった。

 

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 中国戦線を戦った者。

 

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 開戦から飛び続けている者。

 

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 そういう搭乗員が少しずつ消えている。

 

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 そして代わりに新人が来る。

 

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 育つ前に戦場へ送り出される新人たちが。

 

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 ラバウルの空はまだ日本軍の勢力圏だった。

 

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 だが見えないところで。

 

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 確実に。

 

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 少しずつ。

 

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 力は失われ始めていた。

 

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 そして数週間後。

 

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 神崎たちは初めて目にすることになる。

 

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 今までの敵とは明らかに違う、新たな米軍戦闘機の姿を。

 

 

 

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