神様、ちょっと黙ってろ ~神は死んだ。聖女はまだ祈っている。~   作:筆負野ユウ

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第12話 ジャージで面接へ

玉座の間から続く回廊を歩く。

 

高い窓から射す陽光。

磨かれた床石。

壁に並ぶ甲冑の飾り。

 

どこを見ても絵葉書のようだった。

 

ただし、その絵葉書の中で、鎧に身を固めた兵士たちが左右に列をなし、俺たちを睨みながら付いてくる。

 

ふかふかの赤絨毯を歩いているはずなのに、監視付きで護送されている気分だった。

 

「……で、どこに連れていかれるんだ?」

 

日本語で呟く。

 

前を歩くノアが、一瞬だけ振り返った。

 

緊張。

警戒。

焦り。

 

その全部が顔に出ている。

 

というか、さっきから妙にもじもじしながら、俺をちらちら見てくる。

気持ち悪いぞ。

 

やがて、重厚な扉を抜けた。

外気が頬を撫でる。開けた空間だった。

 

石畳が敷き詰められ、木製の人形や標的が並んでいる。壁際には模擬剣や槍らしきものが掛けられ、兵士たちが距離を取って待機していた。

 

広大な訓練場。

 

状況がきちんと飲み込めているわけではない。だが、おそらく先ほどの白銀男とここで戦わされるのだろう。

 

異世界の就職面接は、実技試験へ。

見世物パンダから実験動物に格下げだ。

あるいはマングース。いや、ハブのほうか。

 

待遇改善の気配がない。

 

外に出た途端、ノアが俺の腕を掴んだ。

顔色が死人みたいに青い。掴んだ手が、わずかに震えている。

 

「セト。聞け。落ち着いて聞け」

 

お前が落ち着け。

 

ノアは訓練場の中央に立つ白銀男を指差した。

 

「バハム。お前、バハムと戦う」

 

バハム。

たぶん、あの白銀男の名前だろう。

 

ノアは俺が理解しているか確かめるように、ゆっくりと言葉を区切った。

 

「試しだ。殺し合いではない。お前は殺されない。お前も殺すな」

 

殺されない。

殺すな。

 

そこまでは分かる。

 

続いてノアは、離れた場所にいる国王を指差した。隣にいる王太子らしき男、周囲を固める兵士たちへも、順に指を向ける。

 

「近づくな。誰にも。絶対にだ」

 

説明としては雑だが、意図は伝わった。

 

殺すな。

安心しろ。

力を見せろ。

あそこにいる連中には近づくな。

 

命令だけは、ずいぶん分かりやすい。

 

俺の意思については、誰も聞かないらしい。

 

「……あの男と戦うんだろ。負けたら帰っていいの?」

 

帰る家なんてないんだけどな。

 

自嘲を混ぜて、軽い口調で返す。

お前も肩の力を少し抜け。

 

だが、ノアの顔色は戻らなかった。

むしろ、俺の危機感のなさが、さらに不安にさせてしまったかもしれない。

 

「力を見せないとまずいんだな。分かったよ」

 

俺は冗談をやめ、表情を引き締めた。

少なくとも、真面目に聞いていることくらいは伝えた方がいい。

 

ところが、ノアはさらに顔を引き攣らせた。

腕を掴む手に、ぎゅっと力がこもる。

 

俺を緊張させてしまった、とでも思ったのだろうか。

 

「違う。いや、違わない。だが、違う。力は見せろ。だが殺すな。絶対に殺すな。誰もだ。分かるか。誰もだ」

 

早口になりかけて、自分でも通じないと気づいたらしい。

ノアは離れた場所にいる国王を指差し、隣の男と周囲の兵士たちへも、順に指を向けた。

 

「あそこへ近づくな。逃げるな。いや、逃げる必要はない。お前は殺されない。安心しろ」

 

青ざめている。

汗も浮かんでいる。

声も少し裏返っている。

 

途中から、何を言いたいのかノア自身も怪しくなっている気がした。

 

「……いざとなったら、国王を人質にして逃げようとか考えてたのがバレた?」

 

思わず日本語で呟き、口を閉じる。

 

いや、そんなはずはない。

はずだ。

 

ノアの目が怖い。

こいつ、本当に俺の思考を読んでないよな?

 

「……オーライ、オーライ。分かったよ」

 

俺は両手を軽く上げる。

 

「殺さない。試し、戦う。ね」

 

再び冗談めかして言う。

 

だが、胸の奥にはざらついたものが残っていた。

 

殺すな。

それは分かる。試合なのだから。

 

力を見せろ。

それも分かる。役立たず認定されると、まずいことになるのだろう。

 

王たちへ近づくな。

それも、まあ分かる。さっきから俺は完全に不審者扱いだ。

 

だが、簡単に言ってくれる。

相手は間違いなく実力者だ。

 

俺は剣の握り方すら怪しい。

言葉もまだ怪しい。

自分の立場も怪しい。

 

怪しくないものが見当たらない。

 

低い声が、横から割り込んできた。

言葉までは拾えなかったが、ノアを咎めるような響きだった。

 

先ほどの白銀剣士――バハムだ。

 

ノアがびくりと肩を揺らす。

聞かれちゃまずかったのだろうか。

 

バハムはノアを射抜くように見たあと、意外にも落ち着いた目を俺へ向けた。

 

その視線に、露骨な侮りはない。

 

警戒はある。

値踏みもある。

だが、少なくと表面上は見下しているわけではない。

 

「俺は、強い」

 

バハムは、ゆっくりと言った。

 

ルナがそうするように。

ノアが本来やろうとしていたように。

 

簡単な言葉で。

単語を区切って。

 

「死なない。全力で、来い」

 

それだけ告げると、バハムは訓練場の中央へ歩いていった。

 

――おいおい。

 

こんなことで好感度が上がったりなんてしないんだからね。

 

俺はノアを見る。まだ青い顔をしていた。

 

「全力で来い、だってさ」

 

日本語で言ってから、肩をすくめる。

 

ノアは通じていないはずなのに、何か不吉なものを感じ取ったような顔をした。

 

ここはお言葉に甘えて、全力で戦うしかないだろう。

 

相手の実力を信じるだけ。

スポーツマンシップ万歳だ。

 

ただし、スポーツマンシップには、相手が本当にスポーツをするつもりであるという前提が必要である。

この世界、前提条件がまだよく分からない。

 

立て掛けてあった木製の模擬剣の中から、適当なものを手に取る。思ったより重い。

 

俺はバハムの待つ中央に足を踏み入れた。

 

国王やルナたちは、数十メートル離れた場所で観戦するようだ。

 

簡素なベンチ。

その周囲に控える近衛兵。

さらに手前には、盾を構えた兵士たちがずらりと並んでいる。

 

安全対策はばっちり。

安心だ。

 

俺を閉じ込める檻としても、なかなか優秀に見える。

 

観客席を見ていたら、ルナの背後に立つノアと目が合った。

唇を震わせながら、必死で首を横に振っている。

 

まだ、俺が王に何かすると思っているのだろうか。

完全な誤解とも言えないところが苦しい。

 

俺は小さく息を吐き、視線を戻した。

 

バハムが模擬剣を肩に担ぎ、こちらを見ている。

 

陽光を反射する白銀の胸甲。

鍛え抜かれた佇まい。

無駄のない立ち姿。

 

流石は、おそらく百戦錬磨の男。

ただ立っているだけで、素人の俺にも強いと分かる説得力があった。

 

俺はと言えば、薄っぺらなチュニックを着て、剣の握り方も知らない。

面接にジャージで来てしまったような居心地の悪さ。

 

とりあえず、それっぽく剣を構える。

 

バハムが一歩、石畳を踏み鳴らした。乾いた音が、やけに大きく響く。

 

互いの視線がぶつかる。

 

笑ってごまかす余裕なんて、もうない。

鼓動が煩い。

 

集中しろ。

 

殺すな。

殺されるな。

力を見せろ。

王に近づくな。

 

条件が多すぎる。

 

しかし、いつまでも愚痴を言っていても始まらない。

 

次の瞬間、体は自然と、わずかに低く構えていた。

 

試験開始だ。

 

俺は息を吸った。

 

先手必勝――にはならないだろう。

 

まずは――。

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