神様、ちょっと黙ってろ ~神は死んだ。聖女はまだ祈っている。~ 作:筆負野ユウ
石畳の上で、俺と白銀の剣士が向かい合う。
観客席はかなり離れている。その手前には、盾を構えた兵士たちが壁のように並んでいた。
安全対策はばっちり。
飛び道具を使っても、そう簡単には王様たちまで届かないだろう。俺としては、もっと近くで観てもらった方が嬉しいのだが。
いや、もちろん、演出上の話だ。断じて人質ルートの話ではない。
俺は木剣を軽く握り直し、深呼吸をひとつ。そして、改めて自分に起きた“異変”を確認する。
魔法を放てる不思議な力。この世界では、魔力と呼ぶらしい。
王都に来るまでの道中で、弾丸の扱いにはだいぶ慣れた。
速く。
遅く。
重く。
軽く。
魔力の込め方で、かなり無茶な調整が利く。
そして、もう一つ。
意識して目を凝らせば、魔力が
青白い煙のような、霞のようなものが、俺の周りに揺らめいている。
白銀さんにも、同じものが確かに漲っていた。炎を孕んだ炉のように、脈打ち、溢れ出している。
この男もおそらく、これで肉体を強化して戦うのだろう。
視線を胸元に落とす。
白く光を弾く胸甲。
俺の知識で言えば、これはピストルを持つ近世の騎兵の装備に近い。もちろん、目の前の男がピストルを持っているようには見えない。
だが、この世界には魔法がある。そして、奴には魔力が充分にある。
火球だろうが、雷だろうが、何かは飛んでくると考えておくべきだ。
まあ、構える前から決めていたことに変更はない。
飛び道具は来る。俺も飛び道具を使う。
剣でまともに斬り合う気はない。いや、気はあっても技量がない。
精神論でどうにかなるなら、現代日本の会議室はもっと生産的だったはずだ。
さらに低く姿勢を落とし、深く息を吐く。意識を敵に集中させる。
そして、詠唱を口にした。
向こうは動かない。
それなりに予想通りだ。
余裕からの様子見。
こちらの手札を見たいのだろう。
上等。
ならば、こちらも正々堂々ブラフで応じるまでだ。
俺の掌から、赤黒い火球が弾けた。石畳を照らしながら飛んでいく。
だが、簡単に躱された。
白銀さんは、一歩踏み出すだけで火球の軌道を外れ、表情も変えずに元の構えへ戻ろうとする。
やっぱり、か。
あの時、ノアも火球を簡単に躱していた。
俺にもできた。
要するに、火球はタイマンには向かない。
歩兵の隊列を崩したり、狭い場所に叩き込んだりするには向いているだろう。だが、一対一で、身軽な相手に正面から撃つには遅すぎる。
もちろん、それは最初から想定済みだ。
火球を放つと同時に、俺は走り出していた。相手が回避行動を取る、その一瞬で距離を詰めるために。
右腕の剣を振り被りながら、回避した先へ飛び込むように走り込む。
同時に、左掌へ魔力を凝縮した。ただし、今度は詠唱しない。
――ぼんっ、と乾いた音が鳴った。
至近距離で火球が弾ける。
最初の詠唱ブラフが効いた。
直撃だ。
しかし、その瞬間、白銀さんは魔力を全身に分厚く纏った。
青白い煙が一気に濃くなり、皮膚と鎧の表面を包む。火炎がそれに触れ、弾かれる。
魔力を膜みたいにして防いだ。
言うなれば魔力バリア。
そんな使い方ありかよ。
白銀さんの口元が、初めてわずかに歪む。
驚きか。
苦痛か。
あるいは、笑ったのか。
「……やるな」
低い声だった。
その直後、白銀さんが踏み込んでくる。
速い。
俺は模擬剣を握り直す。
迎撃――するふりをして、剣を投げつけた。
鈍い音。
投げた木剣は、あっさりと弾かれる。
狙い通り。
投擲を行った右腕は、その勢いのまま前へ突き出す。投げた剣に隠れるように、人差し指をまっすぐ差す。
弾丸を構築する。
連射。
空気を裂く音が重なり、弾丸が一直線に飛ぶ。
白銀さんは大きくは避けない。弾丸の半数近くを、真正面から受けた。
胸甲に当たれば火花を散らす。肩や腕に当たれば布を裂き、血を滲ませる。
大きく避ければ、そのぶん踏み込みが止まる。
胸甲と魔力で急所を守り、浅い傷は承知で距離を潰すつもりらしい。
鎧の隙間に食い込んでいる。
脚が鈍る。
だが、止めるには足りない。
肉体強化に魔力を割き、痛みを意にも介さず突進してくる。
お前は未来から来た殺人サイボーグか。
後退しながら、さらに連射する。
同時に、もう一つの術式を組み上げた。
右手は弾丸。
左手は火球。
並行処理。
頭の中で同時に二種類の術式を展開するのは初めてだった。
額に汗がにじむ。
視界の端で、王たちが座る観客席の位置を確認する。わざわざ狙いでもしなければ、攻撃が当たる距離でもない。
術式の構築は成功した。
白銀の巨体が目前に迫る。
避けないなら、これも当たるだろ。
今度は真正面から、火球を叩きつけた。
火柱が爆ぜ、白銀の巨体を飲み込む。
炎に包まれた影が、一瞬だけ視界から消えた。相手の視界も奪えたはずだ。
その隙に横へ飛び、石畳を蹴って大きく距離を取る。
開始地点である訓練場中央からは、少し離れた。観客席は、先ほどより斜め後ろに見える。
盾兵の列も、わずかに近くなった気がした。
振り返る。
炎の中から、煤けた白銀の男が歩み出てきた。
胸甲の表面は黒く煤けている。下に着込んでいた服の袖は、ぼろぼろだ。
それでも、その眼光は揺らがない。
むしろ、鋭くなっていた。
彼は口の端を吊り上げ、自分の胸甲を軽く叩いた。
「バハム」
名乗り。
そうだと分かるまでに、一拍遅れた。
「名は、バハム。それだけだ」
次に、彼は玉座の方へ剣を掲げた。
「陛下の剣」
そして、俺へ向き直る。
「折れない。逃げない。来い」
短い言葉だった。
なるべく俺にも分かるように選ばれた、単純な言葉。
だが、その響きには妙な重みがあった。
つまり、少なくとも俺は、名乗るに値する相手と見なされたらしい。
受験生としては、ありがたい。
ありがたいが、こういう展開はだいたい第二形態に入る合図だ。
バハムが低く唸るように、詠唱を始めた。
白銀さん――いや、バハム。
そう呼ぶべきなのだろう。
王の剣を名乗った男が、こちらに切っ先を向ける。
飛び道具か。やはり持っていたか。
詠唱が終わる前に距離を詰めるのが、たぶんセオリーだ。だが、剣術や近接戦闘では、こちらに分が悪い。
飛び道具の撃ち合いで勝てるかは知らない。それでも活路は遠距離からだ。
いや、そもそも飛び道具と決めつけるのは早い。
やはり近づきたくはない。
まずは弾丸で妨害する。
距離があるので、ほとんど躱される。
詠唱は止まらない。
俺は撃ちながら、さらに大げさなほど距離を取った。
開始地点が、また遠ざかる。
この詠唱、火球の魔法に似ているな。
バハムの掌の前に、赤黒い塊が渦を巻く。
やはり火球。
だが、さっき俺が撃ったそれの三倍はある。
射出。
まるで岩塊のような質量感で迫ってくる。
ただ、遅い。
そう思った矢先、バハムはもう次の詠唱に入っていた。しかも、走りながらだ。
火球はサイドステップで避けることができた。
爆炎が背中を焼くように吹き抜ける。
「ちっ……」
詠唱を続けながら、バハムが迫る。
視界の端で、次の火球が生まれた。
今度は小さい。
そして速い。
火球が矢のように飛び、避ける暇もなく俺に直撃した。
視界が一瞬、真っ赤に染まる。
衝撃で息が詰まった。
熱と衝撃は、確かに受けた。
だが、肉が焼ける痛みは来ない。
とっさに全身へ魔力を厚く纏うことで、どうにかそれを弾いたのだ。
魔力バリアを張れた。
あいつより、厚く。
だが、視界が奪われる。
動きが鈍る。
さっきの逆をやられた。
火球を回避させ、もう一発の火球を叩き込む。
視界を奪い、動きを鈍らせる。
どちらも俺がやったことだ。
それを、そっくり返された。
つまり――。
バハムの接近を許してしまった。