神様、ちょっと黙ってろ ~神は死んだ。聖女はまだ祈っている。~   作:筆負野ユウ

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第13話 王の剣

石畳の上で、俺と白銀の剣士が向かい合う。

 

観客席はかなり離れている。その手前には、盾を構えた兵士たちが壁のように並んでいた。

 

安全対策はばっちり。

 

飛び道具を使っても、そう簡単には王様たちまで届かないだろう。俺としては、もっと近くで観てもらった方が嬉しいのだが。

 

いや、もちろん、演出上の話だ。断じて人質ルートの話ではない。

 

俺は木剣を軽く握り直し、深呼吸をひとつ。そして、改めて自分に起きた“異変”を確認する。

 

魔法を放てる不思議な力。この世界では、魔力と呼ぶらしい。

王都に来るまでの道中で、弾丸の扱いにはだいぶ慣れた。

 

速く。

遅く。

重く。

軽く。

 

魔力の込め方で、かなり無茶な調整が利く。

 

そして、もう一つ。

意識して目を凝らせば、魔力が()()()

 

青白い煙のような、霞のようなものが、俺の周りに揺らめいている。

 

白銀さんにも、同じものが確かに漲っていた。炎を孕んだ炉のように、脈打ち、溢れ出している。

 

この男もおそらく、これで肉体を強化して戦うのだろう。

 

視線を胸元に落とす。

白く光を弾く胸甲。

 

俺の知識で言えば、これはピストルを持つ近世の騎兵の装備に近い。もちろん、目の前の男がピストルを持っているようには見えない。

 

だが、この世界には魔法がある。そして、奴には魔力が充分にある。

火球だろうが、雷だろうが、何かは飛んでくると考えておくべきだ。

 

まあ、構える前から決めていたことに変更はない。

 

飛び道具は来る。俺も飛び道具を使う。

剣でまともに斬り合う気はない。いや、気はあっても技量がない。

 

精神論でどうにかなるなら、現代日本の会議室はもっと生産的だったはずだ。

 

さらに低く姿勢を落とし、深く息を吐く。意識を敵に集中させる。

そして、詠唱を口にした。

 

向こうは動かない。

それなりに予想通りだ。

 

余裕からの様子見。

こちらの手札を見たいのだろう。

 

上等。

 

ならば、こちらも正々堂々ブラフで応じるまでだ。

 

俺の掌から、赤黒い火球が弾けた。石畳を照らしながら飛んでいく。

 

だが、簡単に躱された。

 

白銀さんは、一歩踏み出すだけで火球の軌道を外れ、表情も変えずに元の構えへ戻ろうとする。

 

やっぱり、か。

 

あの時、ノアも火球を簡単に躱していた。

俺にもできた。

 

要するに、火球はタイマンには向かない。

 

歩兵の隊列を崩したり、狭い場所に叩き込んだりするには向いているだろう。だが、一対一で、身軽な相手に正面から撃つには遅すぎる。

 

もちろん、それは最初から想定済みだ。

 

火球を放つと同時に、俺は走り出していた。相手が回避行動を取る、その一瞬で距離を詰めるために。

 

右腕の剣を振り被りながら、回避した先へ飛び込むように走り込む。

 

同時に、左掌へ魔力を凝縮した。ただし、今度は詠唱しない。

 

――ぼんっ、と乾いた音が鳴った。

 

至近距離で火球が弾ける。

 

最初の詠唱ブラフが効いた。

 

直撃だ。

 

しかし、その瞬間、白銀さんは魔力を全身に分厚く纏った。

青白い煙が一気に濃くなり、皮膚と鎧の表面を包む。火炎がそれに触れ、弾かれる。

 

魔力を膜みたいにして防いだ。

言うなれば魔力バリア。

そんな使い方ありかよ。

 

白銀さんの口元が、初めてわずかに歪む。

 

驚きか。

苦痛か。

あるいは、笑ったのか。

 

「……やるな」

 

低い声だった。

 

その直後、白銀さんが踏み込んでくる。

 

速い。

 

俺は模擬剣を握り直す。

 

迎撃――するふりをして、剣を投げつけた。

 

鈍い音。

投げた木剣は、あっさりと弾かれる。

狙い通り。

 

投擲を行った右腕は、その勢いのまま前へ突き出す。投げた剣に隠れるように、人差し指をまっすぐ差す。

 

弾丸を構築する。

 

連射。

 

空気を裂く音が重なり、弾丸が一直線に飛ぶ。

 

白銀さんは大きくは避けない。弾丸の半数近くを、真正面から受けた。

胸甲に当たれば火花を散らす。肩や腕に当たれば布を裂き、血を滲ませる。

 

大きく避ければ、そのぶん踏み込みが止まる。

胸甲と魔力で急所を守り、浅い傷は承知で距離を潰すつもりらしい。

 

鎧の隙間に食い込んでいる。

脚が鈍る。

 

だが、止めるには足りない。

 

肉体強化に魔力を割き、痛みを意にも介さず突進してくる。

お前は未来から来た殺人サイボーグか。

 

後退しながら、さらに連射する。

 

同時に、もう一つの術式を組み上げた。

 

右手は弾丸。

左手は火球。

 

並行処理。

 

頭の中で同時に二種類の術式を展開するのは初めてだった。

 

額に汗がにじむ。

 

視界の端で、王たちが座る観客席の位置を確認する。わざわざ狙いでもしなければ、攻撃が当たる距離でもない。

 

術式の構築は成功した。

 

白銀の巨体が目前に迫る。

 

避けないなら、これも当たるだろ。

 

今度は真正面から、火球を叩きつけた。

火柱が爆ぜ、白銀の巨体を飲み込む。

 

炎に包まれた影が、一瞬だけ視界から消えた。相手の視界も奪えたはずだ。

 

その隙に横へ飛び、石畳を蹴って大きく距離を取る。

 

開始地点である訓練場中央からは、少し離れた。観客席は、先ほどより斜め後ろに見える。

 

盾兵の列も、わずかに近くなった気がした。

 

振り返る。

炎の中から、煤けた白銀の男が歩み出てきた。

 

胸甲の表面は黒く煤けている。下に着込んでいた服の袖は、ぼろぼろだ。

それでも、その眼光は揺らがない。

むしろ、鋭くなっていた。

 

彼は口の端を吊り上げ、自分の胸甲を軽く叩いた。

 

「バハム」

 

名乗り。

 

そうだと分かるまでに、一拍遅れた。

 

「名は、バハム。それだけだ」

 

次に、彼は玉座の方へ剣を掲げた。

 

「陛下の剣」

 

そして、俺へ向き直る。

 

「折れない。逃げない。来い」

 

短い言葉だった。

なるべく俺にも分かるように選ばれた、単純な言葉。

だが、その響きには妙な重みがあった。

 

つまり、少なくとも俺は、名乗るに値する相手と見なされたらしい。

 

受験生としては、ありがたい。

ありがたいが、こういう展開はだいたい第二形態に入る合図だ。

 

バハムが低く唸るように、詠唱を始めた。

 

白銀さん――いや、バハム。

 

そう呼ぶべきなのだろう。

 

王の剣を名乗った男が、こちらに切っ先を向ける。

飛び道具か。やはり持っていたか。

 

詠唱が終わる前に距離を詰めるのが、たぶんセオリーだ。だが、剣術や近接戦闘では、こちらに分が悪い。

 

飛び道具の撃ち合いで勝てるかは知らない。それでも活路は遠距離からだ。

 

いや、そもそも飛び道具と決めつけるのは早い。

やはり近づきたくはない。

 

まずは弾丸で妨害する。

距離があるので、ほとんど躱される。

詠唱は止まらない。

 

俺は撃ちながら、さらに大げさなほど距離を取った。

開始地点が、また遠ざかる。

 

この詠唱、火球の魔法に似ているな。

 

バハムの掌の前に、赤黒い塊が渦を巻く。

やはり火球。

 

だが、さっき俺が撃ったそれの三倍はある。

 

射出。

 

まるで岩塊のような質量感で迫ってくる。

 

ただ、遅い。

 

そう思った矢先、バハムはもう次の詠唱に入っていた。しかも、走りながらだ。

 

火球はサイドステップで避けることができた。

爆炎が背中を焼くように吹き抜ける。

 

「ちっ……」

 

詠唱を続けながら、バハムが迫る。

 

視界の端で、次の火球が生まれた。

 

今度は小さい。

そして速い。

 

火球が矢のように飛び、避ける暇もなく俺に直撃した。

 

視界が一瞬、真っ赤に染まる。

衝撃で息が詰まった。

 

熱と衝撃は、確かに受けた。

だが、肉が焼ける痛みは来ない。

 

とっさに全身へ魔力を厚く纏うことで、どうにかそれを弾いたのだ。

 

魔力バリアを張れた。

あいつより、厚く。

 

だが、視界が奪われる。

動きが鈍る。

 

さっきの逆をやられた。

 

火球を回避させ、もう一発の火球を叩き込む。

視界を奪い、動きを鈍らせる。

 

どちらも俺がやったことだ。

それを、そっくり返された。

 

つまり――。

 

バハムの接近を許してしまった。

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