勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

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第14話 信頼の使い道

木製の模擬剣が、俺へと振り下ろされる。

 

とっさに金属質の剣を構築し、防御姿勢を取った。

木剣じゃないから反則とか言わないよな。

 

火花が散る。腕の筋肉が引き攣った。

木剣のはずなのに、金属を叩き割るような凄まじく重い衝撃。よく見れば、剣そのものにも魔力を纏わせている。

 

武器ごと魔力で強化。

そんな芸当もできるのか。

 

魔力で強化した木剣と、俺が魔力で構築した剣。強度に大きな差はなさそうだった。だが、押し込まれる力の差は歴然としている。

 

「っ……!」

 

鍔迫り合い。

木と魔力と筋肉が軋む。

力では不利。

 

上体が、ぐぐっと仰け反らされる。肩から背筋までが悲鳴を上げ、足裏が石畳を離しそうになった。

 

まもなく、構築した剣は崩壊する。

なら、その瞬間を狙う。

 

崩れた勢いを利用して、うまく体を流す。

いなして、横へ抜ける。

 

「……っ!」

 

剣が崩壊した。

 

しかし、バハムはつんのめらなかった。

 

わずかに膝を沈め、崩れた力をすぐさま足腰で受け止めている。むしろ崩れたのは、いなそうとして横へ動いた俺の体勢の方だった。

 

「……!」

 

傾いた重心に逆らわず、横へ飛んでかわそうとする。

 

そこへ、木剣が鋭く薙ぎ払われた。

唸るような風切り音。

 

肩口にのしかかる衝撃は、やはり木剣とは思えない固さと重さだった。骨がきしむ。砕けそうな痛みが背筋を駆け抜け、肺が押し潰されて空気が追い出された。

 

視界の端の灰色が迫る。

 

石畳に叩きつけられた。

 

振り被りなし。

木製の模擬剣。

それでこの威力。

 

真剣なら、終わっていた。

 

転がって距離を取ろうとする。

 

だが、その前に蹴りが叩き込まれた。

呼吸が止まる。

 

今度こそ、転がされた。十メートル近く、石畳の上を転がる。

 

また、開始地点からはずいぶん離れた。

 

「……くそっ……!」

 

近接戦でまともにやっては勝てない。

頭では分かっていた。

 

骨で理解させられると、説得力が違う。

 

教育熱心な相手だ。

授業料はカラダで支払うらしい。

 

だが、手札は増えた。

気休め程度かもしれないが。

 

もともと解析済みの火球と共通点があるおかげで、バハムの魔法は読めた。

 

速度と威力のリソース配分。

それだけの微調整。

 

だが、勉強になった。

 

バハムがやっていた、大きくて遅い火球。

あれを模倣する。

 

通常の術式でも、魔力を多く込めれば威力も弾速も上がる。だが、それには僅かばかりの()()が必要だ。

 

しかし、これならそれは要らない。

 

威力に寄せる。

速度を捨てる。

 

ブラフ。

時間稼ぎ。

目くらまし。

 

使い道は、いくらでもある。

 

這いつくばったまま、巨大な火球を放った。

狙いは適当。

 

それでも、ほんの少しの間、バハムから俺の姿を隠してくれるはずだ。

 

必死で立ち上がる。

 

視界が揺れる。

 

その中で、今のうちにと観客席を見やった。

 

ノアと目が合った。

顔は、青ざめを通り越して土気色だ。

 

ノアよ、違う。

そういうつもりで見たわけじゃない。

 

いや、違うわけでもないか。

 

俺はふらつく体をなんとか立て直し、火球を回避したバハムへ人差し指を突き出した。

 

弾丸を連射する。だが、距離があるせいで、やはり大半は躱される。

 

同時に術式を構築した。

 

バハムがやってみせた、小さくて速い火球。

今度は、あれを真似る。

 

弾丸ほどではないが、ある程度は連射できる。

 

右の指先は弾丸。

左の指先からは小さな火球。

 

めちゃくちゃに撒き散らしながら、後退する。

 

有効打にはならない。

けれど、それでいい。

 

バハムは先ほどと同じように、巨大な火球の詠唱に入った。こちらの攻撃のほとんどを躱し、一部は魔力を纏うことで耐えながら。

 

効いていないわけではない。

 

血は出ている。

脚も鈍っている。

衣服も焼け、胸甲は煤けている。

 

だが、止めるには足りない。

 

バハムの火球が放たれる。

轟音とともに、炎の巨塊が迫ってきた。

 

俺は両手の火器を停止すると、必要以上に大きく飛んでかわす。

開始地点からは、もう数十メートルも離れた。

 

石畳を焼き、爆炎が熱風となって肌を刺した。

 

避けながら見ていた。

バハムは、もう駆け出している。

そして、次を唱えている。

 

接近されたら、終わる。

 

次の“小さくて速い火球”は避けられない。

 

だから、こちらから接近する。

俺は、バハムへ向けて駆け出した。

 

やけくそになったわけじゃない。

たぶん。

 

火球は――果たして、飛来しなかった。

 

口角が勝手に吊り上がる。

 

やっぱり王族は便利だ。

 

俺は、ただ逃げていたわけじゃない。

距離を取っていただけでもない。

 

位置を選んでいた。

 

バハムから見て、俺の背後に観客席が重なる位置。

その奥に、国王がいる位置。

 

そこまで下がった。

 

撃てるわけがない。

 

さっきから俺が大げさに攻撃を避ける方向。

距離を取る方向。

視界の端で確認していた観客席。

 

全部、このためだ。

 

王を人質に取るなんて、自分や兵がいる限り不可能だから気にしなかったか。

 

まあ、それは正しい。

俺だって、そこまで簡単にできるとは思っていない。

 

だが、()()()()()()まで誘い込むことはできた。

 

もちろん、完全に読み切ったわけじゃない。

賭けだ。

 

けれど、バハムなら撃てないと踏んだ。

王の剣を名乗る男が、王を危険に晒すはずがない。

 

俺はバハムを信じた。

だから利用した。

我ながら、なかなか卑怯な信頼の仕方だった。

 

そして、さっきまで必死に飛び道具をばら撒き、逃げ腰に見せていた俺が、自分から突っ込む。

 

予想外だろう。

 

相対距離は、一気に縮む。

互いに一直線。

 

避けられない。

 

俺は走りながら、剣を構築した。

魔力で形作られた、ぎらつく刃。

 

勢いのまま振り被る。

 

だが、さすがだ。

バハムは即座に切り替えた。

 

木剣で受け止める構え。

魔力を纏わせた木剣が、俺の剣と打ち合えることは証明済み。

 

ならば。

 

同じことをやるまでだ。

 

木剣に魔力を纏わせる。

さっき、バハムが見せた技だ。

 

なら、俺もやる。

 

ただし、俺の剣は木剣じゃない。

魔力で構築した刃だ。

 

そこに、さらに魔力を纏わせる。

 

二重。

 

魔力で作った刃を、魔力で強化する。

魔剣とでも呼べばいいのか。

 

名前なんてどうでもいい。

今は、折れなければそれでいい。

 

細かい狙いなんてない。

喉の奥から、叫びとも息ともつかない声が漏れた。

そのまま、全身の力を刃へ叩き込む。

 

手応え。

 

バハムの木剣が、悲鳴を上げた。

乾いた音を残してへし折れる。

 

折れた木剣の向こうで、バハムが身を捻った。

だが、避け切れない。

 

刃が、その左腕を捉えた。

肉を断つ感触が手に伝わる。

 

返り血が弧を描き、俺の頬をかすめた。

 

体が勝手に硬直しかけた。

それでも、剣は止まらなかった。勢いに押されて、俺自身が剣に振り回される。

 

石畳に転がった。

 

慌てて起き上がる。

 

視界の先で、バハムは血を流す左腕を見下ろしていた。

 

眼光は鋭いままだった。

だが、口元には笑みが浮かんでいる。

 

しばらくすると、彼は折れた木剣を捨てた。

 

ゆっくりと観客席へ歩いていく。そして国王の前で片膝をつき、深々と頭を垂れた。

 

何かを報告しているらしい。

あるいは、敗北を認めているのか。

 

その背中は、傷ついた者のそれには見えなかった。

 

やがて、バハムは再びこちらへ戻ってきた。

 

血に濡れた左腕で、俺の肩を抱く。

右手を差し出してきた。

 

その顔には、獰猛な笑み。

 

小さな声で、何かを口にする。

知らない言葉だった。

 

『卑怯者め』かもしれない。

『この借りは返す』かもしれない。

 

けれど、違う気がした。

王を背にした時と同じだ。

この男は、自分の誇りに反することをしない。

 

模擬戦で王に火の粉を浴びせることさえ許さない男が、上っ面で肩を抱き、笑顔の裏で毒を吐くとは思えなかった。

 

そう読んだ。

いや、信じたと言ってもいい。

 

それに、言葉の響きは意外にも優しかった。そこには敬意すら滲んでいたように、俺には思えた。

 

なら、この笑みにも、差し出された手にも、裏はない。

 

俺はバハムの手を見る。

 

血に濡れた腕。

獣のような笑み。

折れた木剣。

まだ震えている自分の指先。

 

勝った。

いや、勝ったと言っていいのかは分からない。

 

たぶん、殺し合いなら俺は死んでいた。

それでも、一太刀は入れた。

 

俺はバハムの手を取った。

 

固い手だった。

 

王の剣の手だった。

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