勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。 作:筆負野ユウ
木製の模擬剣が、俺へと振り下ろされる。
とっさに金属質の剣を構築し、防御姿勢を取った。
木剣じゃないから反則とか言わないよな。
火花が散る。腕の筋肉が引き攣った。
木剣のはずなのに、金属を叩き割るような凄まじく重い衝撃。よく見れば、剣そのものにも魔力を纏わせている。
武器ごと魔力で強化。
そんな芸当もできるのか。
魔力で強化した木剣と、俺が魔力で構築した剣。強度に大きな差はなさそうだった。だが、押し込まれる力の差は歴然としている。
「っ……!」
鍔迫り合い。
木と魔力と筋肉が軋む。
力では不利。
上体が、ぐぐっと仰け反らされる。肩から背筋までが悲鳴を上げ、足裏が石畳を離しそうになった。
まもなく、構築した剣は崩壊する。
なら、その瞬間を狙う。
崩れた勢いを利用して、うまく体を流す。
いなして、横へ抜ける。
「……っ!」
剣が崩壊した。
しかし、バハムはつんのめらなかった。
わずかに膝を沈め、崩れた力をすぐさま足腰で受け止めている。むしろ崩れたのは、いなそうとして横へ動いた俺の体勢の方だった。
「……!」
傾いた重心に逆らわず、横へ飛んでかわそうとする。
そこへ、木剣が鋭く薙ぎ払われた。
唸るような風切り音。
肩口にのしかかる衝撃は、やはり木剣とは思えない固さと重さだった。骨がきしむ。砕けそうな痛みが背筋を駆け抜け、肺が押し潰されて空気が追い出された。
視界の端の灰色が迫る。
石畳に叩きつけられた。
振り被りなし。
木製の模擬剣。
それでこの威力。
真剣なら、終わっていた。
転がって距離を取ろうとする。
だが、その前に蹴りが叩き込まれた。
呼吸が止まる。
今度こそ、転がされた。十メートル近く、石畳の上を転がる。
また、開始地点からはずいぶん離れた。
「……くそっ……!」
近接戦でまともにやっては勝てない。
頭では分かっていた。
骨で理解させられると、説得力が違う。
教育熱心な相手だ。
授業料はカラダで支払うらしい。
だが、手札は増えた。
気休め程度かもしれないが。
もともと解析済みの火球と共通点があるおかげで、バハムの魔法は読めた。
速度と威力のリソース配分。
それだけの微調整。
だが、勉強になった。
バハムがやっていた、大きくて遅い火球。
あれを模倣する。
通常の術式でも、魔力を多く込めれば威力も弾速も上がる。だが、それには僅かばかりの
しかし、これならそれは要らない。
威力に寄せる。
速度を捨てる。
ブラフ。
時間稼ぎ。
目くらまし。
使い道は、いくらでもある。
這いつくばったまま、巨大な火球を放った。
狙いは適当。
それでも、ほんの少しの間、バハムから俺の姿を隠してくれるはずだ。
必死で立ち上がる。
視界が揺れる。
その中で、今のうちにと観客席を見やった。
ノアと目が合った。
顔は、青ざめを通り越して土気色だ。
ノアよ、違う。
そういうつもりで見たわけじゃない。
いや、違うわけでもないか。
俺はふらつく体をなんとか立て直し、火球を回避したバハムへ人差し指を突き出した。
弾丸を連射する。だが、距離があるせいで、やはり大半は躱される。
同時に術式を構築した。
バハムがやってみせた、小さくて速い火球。
今度は、あれを真似る。
弾丸ほどではないが、ある程度は連射できる。
右の指先は弾丸。
左の指先からは小さな火球。
めちゃくちゃに撒き散らしながら、後退する。
有効打にはならない。
けれど、それでいい。
バハムは先ほどと同じように、巨大な火球の詠唱に入った。こちらの攻撃のほとんどを躱し、一部は魔力を纏うことで耐えながら。
効いていないわけではない。
血は出ている。
脚も鈍っている。
衣服も焼け、胸甲は煤けている。
だが、止めるには足りない。
バハムの火球が放たれる。
轟音とともに、炎の巨塊が迫ってきた。
俺は両手の火器を停止すると、必要以上に大きく飛んでかわす。
開始地点からは、もう数十メートルも離れた。
石畳を焼き、爆炎が熱風となって肌を刺した。
避けながら見ていた。
バハムは、もう駆け出している。
そして、次を唱えている。
接近されたら、終わる。
次の“小さくて速い火球”は避けられない。
だから、こちらから接近する。
俺は、バハムへ向けて駆け出した。
やけくそになったわけじゃない。
たぶん。
火球は――果たして、飛来しなかった。
口角が勝手に吊り上がる。
やっぱり王族は便利だ。
俺は、ただ逃げていたわけじゃない。
距離を取っていただけでもない。
位置を選んでいた。
バハムから見て、俺の背後に観客席が重なる位置。
その奥に、国王がいる位置。
そこまで下がった。
撃てるわけがない。
さっきから俺が大げさに攻撃を避ける方向。
距離を取る方向。
視界の端で確認していた観客席。
全部、このためだ。
王を人質に取るなんて、自分や兵がいる限り不可能だから気にしなかったか。
まあ、それは正しい。
俺だって、そこまで簡単にできるとは思っていない。
だが、
もちろん、完全に読み切ったわけじゃない。
賭けだ。
けれど、バハムなら撃てないと踏んだ。
王の剣を名乗る男が、王を危険に晒すはずがない。
俺はバハムを信じた。
だから利用した。
我ながら、なかなか卑怯な信頼の仕方だった。
そして、さっきまで必死に飛び道具をばら撒き、逃げ腰に見せていた俺が、自分から突っ込む。
予想外だろう。
相対距離は、一気に縮む。
互いに一直線。
避けられない。
俺は走りながら、剣を構築した。
魔力で形作られた、ぎらつく刃。
勢いのまま振り被る。
だが、さすがだ。
バハムは即座に切り替えた。
木剣で受け止める構え。
魔力を纏わせた木剣が、俺の剣と打ち合えることは証明済み。
ならば。
同じことをやるまでだ。
木剣に魔力を纏わせる。
さっき、バハムが見せた技だ。
なら、俺もやる。
ただし、俺の剣は木剣じゃない。
魔力で構築した刃だ。
そこに、さらに魔力を纏わせる。
二重。
魔力で作った刃を、魔力で強化する。
魔剣とでも呼べばいいのか。
名前なんてどうでもいい。
今は、折れなければそれでいい。
細かい狙いなんてない。
喉の奥から、叫びとも息ともつかない声が漏れた。
そのまま、全身の力を刃へ叩き込む。
手応え。
バハムの木剣が、悲鳴を上げた。
乾いた音を残してへし折れる。
折れた木剣の向こうで、バハムが身を捻った。
だが、避け切れない。
刃が、その左腕を捉えた。
肉を断つ感触が手に伝わる。
返り血が弧を描き、俺の頬をかすめた。
体が勝手に硬直しかけた。
それでも、剣は止まらなかった。勢いに押されて、俺自身が剣に振り回される。
石畳に転がった。
慌てて起き上がる。
視界の先で、バハムは血を流す左腕を見下ろしていた。
眼光は鋭いままだった。
だが、口元には笑みが浮かんでいる。
しばらくすると、彼は折れた木剣を捨てた。
ゆっくりと観客席へ歩いていく。そして国王の前で片膝をつき、深々と頭を垂れた。
何かを報告しているらしい。
あるいは、敗北を認めているのか。
その背中は、傷ついた者のそれには見えなかった。
やがて、バハムは再びこちらへ戻ってきた。
血に濡れた左腕で、俺の肩を抱く。
右手を差し出してきた。
その顔には、獰猛な笑み。
小さな声で、何かを口にする。
知らない言葉だった。
『卑怯者め』かもしれない。
『この借りは返す』かもしれない。
けれど、違う気がした。
王を背にした時と同じだ。
この男は、自分の誇りに反することをしない。
模擬戦で王に火の粉を浴びせることさえ許さない男が、上っ面で肩を抱き、笑顔の裏で毒を吐くとは思えなかった。
そう読んだ。
いや、信じたと言ってもいい。
それに、言葉の響きは意外にも優しかった。そこには敬意すら滲んでいたように、俺には思えた。
なら、この笑みにも、差し出された手にも、裏はない。
俺はバハムの手を見る。
血に濡れた腕。
獣のような笑み。
折れた木剣。
まだ震えている自分の指先。
勝った。
いや、勝ったと言っていいのかは分からない。
たぶん、殺し合いなら俺は死んでいた。
それでも、一太刀は入れた。
俺はバハムの手を取った。
固い手だった。
王の剣の手だった。