勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

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第15話 王太子の仕事

石畳には、まだ熱が残っていた。

 

焦げ跡。

煤けた胸甲。

折れた木剣。

 

訓練場には、つい先ほどまで戦いがあった痕跡が、はっきりと刻まれている。

 

バハムが片膝をつき、父王の前で頭を垂れた。その後、異邦の男――セトと呼ばれている男のもとへ戻り、血に濡れた腕で肩を抱く。

 

歓声とどよめきが交じった。

 

驚き。

不満。

困惑。

興奮。

 

それらが一瞬だけ渦を巻き、すぐに収束する。

 

収めるのは父王の声。

だが、動かすのは、王太子たる私の役目だ。

 

「治療班を先に。止血と火傷の処置」

 

意識して太い声を出す。

 

「魔力残滓を採取しろ。記録官、経過は逐一記録せよ」

 

文官相手にも、戦場流の指示でいい。

 

短く。

迷わせず。

余計な解釈を挟ませない。

 

一拍置く。

 

「ただし、観客席の配置については書くな。問われた時だけ答えればよい」

 

記録官が一瞬、顔を上げた。

 

分からぬ者ではない。

すぐに意図を察し、頭を下げる。

 

サモンドは実力を見せた。

 

卑怯な振る舞いも。

 

いずれ争点は、“武”から“礼”へ逸れる。それは避けられない。

 

ならば、礼を論じる材料は少ない方がいい。

 

あの男は強かった。

バハム相手に一太刀を入れた。

 

その事実だけが、まず残ればよい。

 

観客席との位置取り。

王を背にした詰め方。

バハムが撃てぬ場所へ誘い込んだ判断。

 

それらは事実ではある。

だが、今すぐ全員に共有すべき事実ではない。

 

事実は、扱いを誤れば毒になる。

 

視線が束になる。

 

異物へ。

異邦の男へ。

王女ルナが呼び出した、あのサモンドへ。

 

使える刃かもしれない。

だが、今のままでは柄が短い。

 

ルナから離れられぬ限り、あの男は王家の剣ではなく、王女の短剣にすぎない。

 

バハムに指示は出した。

だが、先ほどの進言は彼の本音でもある。

 

彼は王に嘘を吐かない。

 

異邦の力など、いかほどのものか。

王族があやふやな力を頼みにするのは危うい。

 

そう言った時のバハムに、偽りはなかった。

だからこそ使えた。

 

バハムは忠義の男だ。

王の前であれば、己の名誉よりも王の安全を優先する。

 

セトの力を試す必要はあった。

バハムは試す役には適任だった。

 

力がないなら、王家の庇護下へ深く取り込む前に見切ればよい。

力があるのであれば、なおよし。

 

そして、力はあった。

 

粗い。

危うい。

礼も知らぬ。

忠義も知らぬ。

こちらの言葉も、まだ不完全。

 

だが、刃としての鋭さはある。

 

兵としては扱いにくい。

だが、それでも戦場ではおそらく有用だ。

 

『バハムと渡り合った』という事実も作りたかった。

 

作れた。

 

あとは傷を浅く、語りを太くする。

 

いや、盛ってやる必要さえないかもしれない。

この話は、放っておいても広がる。

 

王の御前で、異邦のサモンドが近衛隊長バハムと渡り合い、一太刀を入れた。

 

それだけで充分だ。

 

そこに尾ひれがつくのは、人の仕事であって、王家の仕事ではない。

 

処理すべきことは多い。

処理できることも多い。

 

だが、処理できることと、解決できることは違う。

 

外に魔族。

内にトラキス公。

 

王国は、父王が願うほど穏やかではない。

 

王家の刃は、一振りしかなかった。

 

バハム。

 

忠義深く、強く、折れぬ剣。

だが、刃は多い方がいい。

 

もう一振りが要る。

 

そしていま、目の前にそれはある。

 

ただし、現状は王女の短剣だ。

ならば、せめて柄を伸ばす必要がある。

 

「陛下」

 

私は一歩進み、父王に声を落とした。

 

「サモンドの魔力は、巫女の供給に依存すると聞きます。代供給の宝珠があるはずですな。ルナと離しても稼働できるように」

 

家令が頷く。

用意はしてあるのだろう。

 

赤い宝珠。

イノセント・ローズ。

 

巫女術式の写し。

制限時間付きの代供給。

 

文献では、運用次第で三日は動けるとあった。

 

実際に三日動けるかは分からない。

古い文献は、都合の悪い失敗例を削るものだ。

 

だが、数時間でもいい。

ルナから離して動かせるだけで、運用の幅は変わる。

 

「ルナの言うように、すでに言葉も多少理解しているようです。教育係を与えるべきかと。礼法、言語、王国の慣習。そして、後にはしかるべき身分を」

 

父王が頷く。

 

決断を行うのは国王だ。

私は方向だけ与える。

 

それでいい。

 

父王には権威がある。

私には実務がある。

 

国は、その二つでどうにか立っている。

 

どうにか、だ。

やるべきことは多い。

 

父王のもとを退くと、執務室へ向かいながら指示を飛ばす。

 

「噂は簡潔に」

 

随行する書記官が、すぐに顔を上げた。

 

「『王の御前でバハムと渡り合い、一太刀を入れた。勇士はいずれ騎士に任じられるらしい』――それだけでよい」

 

殺し合いなら、結果は違っただろう。

 

だが、政治において言葉は正確すぎても役に立たない。

 

嘘にしてはならない。

しかし、すべてを言う必要もない。

 

「余計な解説は要らぬ。問いがあれば、王女による召喚は神意に叶ったもの、とでも答えよ」

 

短く、ここでも方向だけ与える。

余白は人が勝手に埋める。

 

書記官が走る。

 

トラキス公の手下は、とっくに走り出していることだろう。

 

こちらが黙れば、相手の語りが広がる。

ならば、こちらの語りを先に置く。

 

人は空白を嫌う。

空白には噂が入る。

 

なら、噂の形だけはこちらで整えてやればいい。

 

異邦の男――セトが、こちらを見た。

 

今は落ち着いて見える。先ほどまで命のやり取りに近い試し合いをしていたというのに、表情には奇妙な軽さがある。

 

善良ではないだろう。

 

だが、それでいい。

危険でも、使えるなら。

 

刃とは、そもそも危険なものだ。

安全な刃など、鈍っているだけである。

 

父王は人が良い。

人を切り捨てることも、神を蔑ろにすることもできぬ。

 

それは父王の美徳だ。

民にとっては、救いでもある。

 

だが、国にとっては、時に重荷となる。

 

ルナは父に似ている。

 

優しい。

目の前の痛みに弱い。

人の善意を信じる。

 

本来、政治の中枢に深く関わらせるべきではない。

 

そう考えた自分を、少しだけ不快に思う。

だが、考えない者に為政者は務まらない。

 

現状、セトは王女の短剣だ。

 

ならばいっそ。

ルナごと、王家の刃として扱うことも考えるべきかもしれない。

 

その発想は、兄としては最低だろう。

だが、王太子としては、捨てるには惜しい。

 

私は足を止めなかった。

歩きながら、次の指示を考える。

 

治療。

記録。

噂。

教育係。

宝珠。

礼法。

身分。

トラキス公への牽制。

国教会への説明。

ルナへの釘刺し。

セトへの監視。

 

やるべきことは、いくらでもある。

 

国は、誰かの善意だけでは動かない。

祈りだけでも、剣だけでも、血統だけでも足りない。

 

足りないものを、足りないまま組み合わせる。

 

それが政務だ。

それが私の仕事だ。

 

そして、仕事である以上、好き嫌いで手を止めるわけにはいかない。

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