勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

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第20話 初デートは人体実験

王宮を出て、陽の匂いがする空気を吸い込む。

 

鎖の先で、赤い宝珠が小さく鳴った気がした。錯覚だろう。

 

けれど胸の奥に、もう一本、細い糸が結び足されている実感がある。

 

「落っことすなよ、それ。本当なら宝物庫で厳重に保管する代物だぞ」

 

ララがにやにやと笑いながら、俺をからかう。

 

赤髪のショートが陽に透ける。露出多めの軽装はいつもどおり。声は、いつもより少し弾んでいた。

 

「馬鹿言うな。試すために出て来たんだしな」

 

親指で宝珠を撫でる。いつもの癖で解析をかける。やっぱり、つるりと弾かれた。あるいは、まるで応答のないような拒絶感。

 

近年使われたことがない秘宝、という触れ込みは伊達じゃないらしい。

 

大市の日だ。

城門前広場は、常の数倍の人でごった返している。

 

香辛料と獣脂の匂い。

武具や生活用品を広げる露店。

荷車。

物売りの声。

何かを値切る声。

馬のいななき。

 

奴隷市なんてものも開かれている。俺も商品として並んだほうがいいのだろうか。

 

喧騒の中に、ひやりとした視線も混じる。俺は王都を、王都は俺を、少しずつ覚え始めている。

 

ここが、先日、供給が切れた地点だ。

 

胸の奥に意識を落とす。

 

ルナへと伸びている太い線は、距離を経るごとにじわじわと細り、広場の中央でふっと消えた。

 

代わりに、赤い宝珠からの新しい糸は、ぴんと張られたまま震えている。

 

「……うん、いけそう」

 

「顔、強張ってるよ。怖いの?」

 

「いや……いや、そうかもな」

 

「別に魔力供給が途絶えたって、すぐにどうこうってわけじゃないんでしょ? 大丈夫。私も付いてる!」

 

ララは軽い声で笑いながら、ばんばんと俺の肩を叩いた。

 

痛い。

 

だが、その軽さは悪くなかった。彼女の言う通り、別に怖がる必要はないのだ。

 

たぶん。

 

そういえば、王都を出るのは初めてだ。綺麗な空気を吸おう。ここは臭い。

 

気持ちを切り替え、雑談を交わしながら、俺たちは門を出た。

 

 

門外は、風が強い。

 

麦畑。

荷車の軋み。

その先には、森の濃い影がある。

 

城壁から充分に離れたところで、掌に魔力をぎゅっと凝らした。

 

思った以上の出力。

また、上がっている。

 

火球を、真上へ。

 

音と火炎がひとつ弾けて、作業中の農民たちが一斉に空を見た。怒号も歓声もない。ため息が、数本。

 

煙を風が掻き消す。

 

ノアなら眉をひそめるだろうが、実験は必要だ。

 

消費分が、戻ってくる。ただし、遅い。糸が細いぶんだけ、ゆっくりと滲み返ってくる感じ。

 

肌感覚で半分以下。

いや、三分の一といったところか。

 

文献どおりなら、三日は持つ。

はず。

 

「ね、実験ならもうちょっと先まで行こ。ここらの魔物くらい、二人いれば余裕よ」

 

「頼りにしてる」

 

「そう言って、ほんとは任せる気ないやつ」

 

図星だった。

本当は力を試したい。

 

宝珠の供給。

自分の魔力出力。

実戦でどこまで戦えるか。

 

どこまで離れられるか。

どこまで、生きられるか。

 

それを知りたい。

 

まあ、今回は日帰りなので三日云々を試すのは無理だが。

 

そして、ララは気安い。美人のくせに、笑う時は子供みたいだ。俺のことをよく見ているようで、時々鋭い。

 

グラドルみたいな女騎士と二人きり。

ピクニックという名の人体実験。

 

そう悪くない。

実験体が俺でなければ、もっと良かった。

 

弁当を持ってくるべきだったか。この世界にも、柔らかいパンと加工肉くらいあるのだ。

 

森際の街道に入る。

 

木漏れ日が、宝珠に細かく跳ねた。

 

供給は安定。

 

「なあ、俺たちって二人で行動させられること、多いよな」

 

この数日、剣の訓練以外でも、二人きりで何かをすることが何度もあった。王都の案内も、商会へのお使いも、ララとだった。

 

「……ああ。うん。多分、そういうことだね」

 

「どういうことだ」

 

ララは頬を指でぽりぽりと掻いた。それから、うーん、と唸る。

 

絵に描いたように闊達なララにしては、珍しい態度だった。

 

「私、カタルギス伯爵家のお姫様なんだけど、話したよね?」

 

「うん。信じてないけど」

 

「信じろよ」

 

ララは少しむくれた。

 

けれど、すぐに空を見上げる。

 

「兄さんがいたんだけど死んじゃって。だから次期当主ってわけね」

 

「それは初耳だが、話が見えないぞ」

 

「当主なんだから、いずれ婿が必要なわけ」

 

そう言って、視線を俺に落とす。

 

おい。

まさかだろ。

冗談だろ。

 

「ルナ殿下としては、自分に近い貴族とセトをくっつけるのは、考えて当然だと思うよ。あ、王太子殿下の考えかも」

 

「……くっつける」

 

「そう。くっつける」

 

雑な言い方だった。

 

だが、内容は雑ではなかった。

 

「カタルギス家としては、クロスの血を迎え入れられる。ルナ殿下としては、セトを身内に近い形で置ける。王家としても、扱いやすくなる」

 

「……扱いやすくなる」

 

「うん」

 

ララは木の枝を避けながら、軽い調子で続ける。

 

「私は次期当主。そこそこ身分もある。ルナ殿下の側近。セトとも仲が悪いわけじゃない。条件だけ見るなら、まあ、候補にはなるよね」

 

自分に政略結婚の話が降りかかるとは考えていなかった。その発想がなかった。

俺はただの奴隷で、駒で、兵器。そのはずだろう。

 

だが、どうやらこの世界では、兵器にも婚姻先を用意するらしい。便利な制度だ。

人間扱いしているのか、家畜扱いしているのか、判別に困る。

 

もしかして、俺を繁殖すると良いことあるのかな。

 

「まあ、ただの候補だよ。変に意識されても、こっちが困るし」

 

「……困るんだ」

 

「困るでしょ。私だって一応、伯爵家の次期当主なんだから」

 

「……お姫様だし?」

 

「そう、お姫様だし」

 

ララはふんと胸を張った。

 

胸を張ると、本当に胸が張る。

 

視線を逸らした。

紳士なので。

 

「でもさ」

 

ララの声が少しだけ小さくなる。

 

「嫌なら、嫌って言っていいと思うよ。たぶん、まだそういう段階じゃないし」

 

「お前は?」

 

「私?」

 

ララは少しだけ目を丸くした。

 

それから、笑った。

 

「私は、まあ……セトは面白いし、鍛え甲斐あるし、嫌いじゃないよ」

 

軽い。

軽いが、嘘ではなさそうだった。

 

俺はどう返せばいいのか分からず、宝珠のチェーンを指で弄る。

 

婚約候補。

伯爵家。

婿。

当主。

クロスの血。

 

単語が、胸の奥で気持ち悪く転がる。

 

ルナの鎖。

イノセントローズの糸。

今度は婚姻という紐。

 

俺はこの世界に、少しずつ縫いつけられている。

 

悪い気分ではない部分があるのも、また腹立たしい。

 

「まあ、俺としては、婚約候補の胸が大きいのは歓迎なんだが」

 

「最低」

 

「褒めてるんだけど」

 

「褒め方が最低なんだわ」

 

枝が、ばきりと折れる音。

 

空気が変わる。

とっさに手を上げる。

 

ララも同時に半歩、俺の死角へ滑り込んだ。

 

切り替えが早い。

さっきまで婚約候補だの何だのと言っていた女が、一瞬で騎士の目になる。

 

茂みの奥で、何かが動いている。

 

大きな猪のような体。

茂みの中に、頭を突っ込んでいた。

 

俺とララが同時に動く。

 

相手もこちらの接近に気づき、茂みから頭を抜いた。

巨大な目を持った獣が、巨大な牙を見せつけて威嚇する。

 

構わず駆ける。

 

練習中の爆発魔法で視界を焼く。

メリットがあまりないので、それほど普及してはいない魔法だが、爆発は浪漫だ。

 

ララの剣が関節を叩く。

 

俺の弾丸が目窩を貫く。

 

倒れた。

 

息を合わせれば、この程度は問題にならない。

いや、問題にならないと言える程度には、俺たちはもう慣れてきている。

 

微かなうめき声がした。

魔物が頭を突っ込んでいた茂みの中からだ。

 

ララが目を細める。

 

俺は指先に魔力を残したまま、茂みを押し分けた。

 

奥に、人が横たわっている。

 

男だ。

背に長い切り傷。

浅い呼吸。

 

荷運びの者だろうか。

 

粗末な服。

だが、目だけが上等な布で覆われていた。

 

目隠し。

 

魔物に襲われたにしては、妙だった。

 

いや。

妙どころではない。

 

明確だ。

 

「……魔物の仕業じゃない」

 

ララの声が低くなる。

 

「ララ、手当ては?」

 

「心得はある。……やるだけやってみる」

 

ララは膝をつき、男の背の傷を確かめた。

 

さっきまでの軽い笑みは消えている。

 

俺は耳を澄ます。

 

遠くで、人間の声。

笑い混じり。

布が裂ける短い音。

木の根を踏む足音。

 

よく見れば、小さな道があった。

 

獣道か。

あるいは、意図して踏み固めた細い導線か。

 

それが茂みの奥へ伸びている。

 

「俺は犯人を追ってみる」

 

「無茶はするなよ」

 

「するかよ」

 

無茶はしない。

する必要もない。

 

一呼吸置いて、自分が冷静であることを確認する。

 

それから、獣道へと足を踏み入れた。

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