勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。 作:筆負野ユウ
王宮を出て、陽の匂いがする空気を吸い込む。
鎖の先で、赤い宝珠が小さく鳴った気がした。錯覚だろう。
けれど胸の奥に、もう一本、細い糸が結び足されている実感がある。
「落っことすなよ、それ。本当なら宝物庫で厳重に保管する代物だぞ」
ララがにやにやと笑いながら、俺をからかう。
赤髪のショートが陽に透ける。露出多めの軽装はいつもどおり。声は、いつもより少し弾んでいた。
「馬鹿言うな。試すために出て来たんだしな」
親指で宝珠を撫でる。いつもの癖で解析をかける。やっぱり、つるりと弾かれた。あるいは、まるで応答のないような拒絶感。
近年使われたことがない秘宝、という触れ込みは伊達じゃないらしい。
大市の日だ。
城門前広場は、常の数倍の人でごった返している。
香辛料と獣脂の匂い。
武具や生活用品を広げる露店。
荷車。
物売りの声。
何かを値切る声。
馬のいななき。
奴隷市なんてものも開かれている。俺も商品として並んだほうがいいのだろうか。
喧騒の中に、ひやりとした視線も混じる。俺は王都を、王都は俺を、少しずつ覚え始めている。
ここが、先日、供給が切れた地点だ。
胸の奥に意識を落とす。
ルナへと伸びている太い線は、距離を経るごとにじわじわと細り、広場の中央でふっと消えた。
代わりに、赤い宝珠からの新しい糸は、ぴんと張られたまま震えている。
「……うん、いけそう」
「顔、強張ってるよ。怖いの?」
「いや……いや、そうかもな」
「別に魔力供給が途絶えたって、すぐにどうこうってわけじゃないんでしょ? 大丈夫。私も付いてる!」
ララは軽い声で笑いながら、ばんばんと俺の肩を叩いた。
痛い。
だが、その軽さは悪くなかった。彼女の言う通り、別に怖がる必要はないのだ。
たぶん。
そういえば、王都を出るのは初めてだ。綺麗な空気を吸おう。ここは臭い。
気持ちを切り替え、雑談を交わしながら、俺たちは門を出た。
◇
門外は、風が強い。
麦畑。
荷車の軋み。
その先には、森の濃い影がある。
城壁から充分に離れたところで、掌に魔力をぎゅっと凝らした。
思った以上の出力。
また、上がっている。
火球を、真上へ。
音と火炎がひとつ弾けて、作業中の農民たちが一斉に空を見た。怒号も歓声もない。ため息が、数本。
煙を風が掻き消す。
ノアなら眉をひそめるだろうが、実験は必要だ。
消費分が、戻ってくる。ただし、遅い。糸が細いぶんだけ、ゆっくりと滲み返ってくる感じ。
肌感覚で半分以下。
いや、三分の一といったところか。
文献どおりなら、三日は持つ。
はず。
「ね、実験ならもうちょっと先まで行こ。ここらの魔物くらい、二人いれば余裕よ」
「頼りにしてる」
「そう言って、ほんとは任せる気ないやつ」
図星だった。
本当は力を試したい。
宝珠の供給。
自分の魔力出力。
実戦でどこまで戦えるか。
どこまで離れられるか。
どこまで、生きられるか。
それを知りたい。
まあ、今回は日帰りなので三日云々を試すのは無理だが。
そして、ララは気安い。美人のくせに、笑う時は子供みたいだ。俺のことをよく見ているようで、時々鋭い。
グラドルみたいな女騎士と二人きり。
ピクニックという名の人体実験。
そう悪くない。
実験体が俺でなければ、もっと良かった。
弁当を持ってくるべきだったか。この世界にも、柔らかいパンと加工肉くらいあるのだ。
森際の街道に入る。
木漏れ日が、宝珠に細かく跳ねた。
供給は安定。
「なあ、俺たちって二人で行動させられること、多いよな」
この数日、剣の訓練以外でも、二人きりで何かをすることが何度もあった。王都の案内も、商会へのお使いも、ララとだった。
「……ああ。うん。多分、そういうことだね」
「どういうことだ」
ララは頬を指でぽりぽりと掻いた。それから、うーん、と唸る。
絵に描いたように闊達なララにしては、珍しい態度だった。
「私、カタルギス伯爵家のお姫様なんだけど、話したよね?」
「うん。信じてないけど」
「信じろよ」
ララは少しむくれた。
けれど、すぐに空を見上げる。
「兄さんがいたんだけど死んじゃって。だから次期当主ってわけね」
「それは初耳だが、話が見えないぞ」
「当主なんだから、いずれ婿が必要なわけ」
そう言って、視線を俺に落とす。
おい。
まさかだろ。
冗談だろ。
「ルナ殿下としては、自分に近い貴族とセトをくっつけるのは、考えて当然だと思うよ。あ、王太子殿下の考えかも」
「……くっつける」
「そう。くっつける」
雑な言い方だった。
だが、内容は雑ではなかった。
「カタルギス家としては、クロスの血を迎え入れられる。ルナ殿下としては、セトを身内に近い形で置ける。王家としても、扱いやすくなる」
「……扱いやすくなる」
「うん」
ララは木の枝を避けながら、軽い調子で続ける。
「私は次期当主。そこそこ身分もある。ルナ殿下の側近。セトとも仲が悪いわけじゃない。条件だけ見るなら、まあ、候補にはなるよね」
自分に政略結婚の話が降りかかるとは考えていなかった。その発想がなかった。
俺はただの奴隷で、駒で、兵器。そのはずだろう。
だが、どうやらこの世界では、兵器にも婚姻先を用意するらしい。便利な制度だ。
人間扱いしているのか、家畜扱いしているのか、判別に困る。
もしかして、俺を繁殖すると良いことあるのかな。
「まあ、ただの候補だよ。変に意識されても、こっちが困るし」
「……困るんだ」
「困るでしょ。私だって一応、伯爵家の次期当主なんだから」
「……お姫様だし?」
「そう、お姫様だし」
ララはふんと胸を張った。
胸を張ると、本当に胸が張る。
視線を逸らした。
紳士なので。
「でもさ」
ララの声が少しだけ小さくなる。
「嫌なら、嫌って言っていいと思うよ。たぶん、まだそういう段階じゃないし」
「お前は?」
「私?」
ララは少しだけ目を丸くした。
それから、笑った。
「私は、まあ……セトは面白いし、鍛え甲斐あるし、嫌いじゃないよ」
軽い。
軽いが、嘘ではなさそうだった。
俺はどう返せばいいのか分からず、宝珠のチェーンを指で弄る。
婚約候補。
伯爵家。
婿。
当主。
クロスの血。
単語が、胸の奥で気持ち悪く転がる。
ルナの鎖。
イノセントローズの糸。
今度は婚姻という紐。
俺はこの世界に、少しずつ縫いつけられている。
悪い気分ではない部分があるのも、また腹立たしい。
「まあ、俺としては、婚約候補の胸が大きいのは歓迎なんだが」
「最低」
「褒めてるんだけど」
「褒め方が最低なんだわ」
枝が、ばきりと折れる音。
空気が変わる。
とっさに手を上げる。
ララも同時に半歩、俺の死角へ滑り込んだ。
切り替えが早い。
さっきまで婚約候補だの何だのと言っていた女が、一瞬で騎士の目になる。
茂みの奥で、何かが動いている。
大きな猪のような体。
茂みの中に、頭を突っ込んでいた。
俺とララが同時に動く。
相手もこちらの接近に気づき、茂みから頭を抜いた。
巨大な目を持った獣が、巨大な牙を見せつけて威嚇する。
構わず駆ける。
練習中の爆発魔法で視界を焼く。
メリットがあまりないので、それほど普及してはいない魔法だが、爆発は浪漫だ。
ララの剣が関節を叩く。
俺の弾丸が目窩を貫く。
倒れた。
息を合わせれば、この程度は問題にならない。
いや、問題にならないと言える程度には、俺たちはもう慣れてきている。
微かなうめき声がした。
魔物が頭を突っ込んでいた茂みの中からだ。
ララが目を細める。
俺は指先に魔力を残したまま、茂みを押し分けた。
奥に、人が横たわっている。
男だ。
背に長い切り傷。
浅い呼吸。
荷運びの者だろうか。
粗末な服。
だが、目だけが上等な布で覆われていた。
目隠し。
魔物に襲われたにしては、妙だった。
いや。
妙どころではない。
明確だ。
「……魔物の仕業じゃない」
ララの声が低くなる。
「ララ、手当ては?」
「心得はある。……やるだけやってみる」
ララは膝をつき、男の背の傷を確かめた。
さっきまでの軽い笑みは消えている。
俺は耳を澄ます。
遠くで、人間の声。
笑い混じり。
布が裂ける短い音。
木の根を踏む足音。
よく見れば、小さな道があった。
獣道か。
あるいは、意図して踏み固めた細い導線か。
それが茂みの奥へ伸びている。
「俺は犯人を追ってみる」
「無茶はするなよ」
「するかよ」
無茶はしない。
する必要もない。
一呼吸置いて、自分が冷静であることを確認する。
それから、獣道へと足を踏み入れた。