勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

23 / 27
第21話 奴隷、奴隷を所有する

足元を観察しながら、なるべく音を立てずに薄暗い獣道を進む。

 

湿った土。

折れた枝。

踏み固められた草。

 

獣道というより、人間が使っている細い抜け道に見えた。

 

だんだんと、声がはっきりしてくる。

 

「また、お頭から先に味見ですかー」

 

「愛妾を目の前でおいしくいただいちゃいまーす、ってな」

 

「おいおい、おっさんの目隠し外してやれよ。見せてやろうぜ」

 

なるほど。お楽しみの最中か。羨ましい限りだ。ララを呼んでくるべきなんだろうけど、その間に女が犯される。

 

別に構わないという気もする。俺には関係ない。知らない女だ。知らない男たちだ。知らない森の、知らない犯罪。

 

ルナなら迷わず助けに入るんだろうか。

 

そう思った瞬間、少し嫌な気分になった。

 

ただ、嫌な気分になっただけだ。それで何かが変わるわけでもない。

 

しばらく進むと、僅かに開けた場所に出た。

 

荷馬車が一台。

手綱は外れていて、馬は少し離れた場所で草を食んでいる。

荷馬車には、上等な布で口を塞がれ、手を縛られた男が一人。

商人風で身なりが良い。

 

その周囲に、男が四人。

地面に組み敷かれた若い女が一人。

 

両腕を押さえる手。

片足を取る手。

布が裂ける短い音。

腰紐に不躾な指がかかる。

金具が、からりと鳴った。

 

「これ、魔封じの腕輪だろ。魔法も使えるエルフ奴隷の愛妾とか、いい趣味してるぜ」

 

「傷物にはするなよ。上物だから高く売れる」

 

「いやいや、一番荒っぽく楽しむのはお頭じゃないすか」

 

お頭と呼ばれたのは、女の足を掴んでいる男。

 

こいつが司令塔。

たぶん強くはない。

意識は女に集中。

警戒は皆無。

 

女は次々と衣服をむしり取られ、すでに肌の多くが露わになっている。

 

見物役の二人は、やいのやいの言いながら楽しそうに見ている。

 

両腕を制していた男が、女の顔を舐めまわす。

 

お頭と呼ばれた男が、レギンスをずりさげ自分のものを女へ当てがう。

 

見物役二人の興奮も、目に見えて高まっていた。

 

今だな。

 

まずは司令塔から――とも思ったが、後回しでいい。

こいつは最後だ。下半身があの有様では、動き出しが遅い。それに、生かしておけば話を聞ける。

 

最も遠い位置にいる見物役の横っ面へ、小さな火球を撃った。

 

リソース配分は速度極振り。

ただし、魔力をたっぷり込める時間はあった。

 

眩光。

悲鳴。

視線が一斉にそちらへ向く。

 

特に魔力で守った様子もない。このまま、肺を焼かれて死ぬだろう。

 

その刹那に、もう一人の見物役へ弾丸を撃ち込む。

 

頭蓋が弾けた。

倒れる。

 

女の腕を押さえていた男の胸へ、二発。

 

血と息が同時に漏れ、男は女の上で崩れ落ちた。女を押し倒しながら死ねて良かったな。女の方は、ごめんね。

 

残るは一人。

 

お頭。

 

どうやら飛び道具はない。

 

さすがに剣に手を伸ばし、立ち上がろうとする。だが、ずり下げた下衣が足に絡んだ。

 

よたよた。

ふらふら。

締まらない。

 

駆けながら、両肩を撃つ。

 

剣を落とす。

 

両膝を撃つ。

 

転ぶ。

 

そのまま駆け寄り、胸を踏みつけた。

 

主犯格の生け捕りに成功。

このままじゃ出血で死ぬかもしれないが。

 

その時、胸から血を流して絶命した男を押し退けた女が、転がった剣に手を伸ばした。

 

立ち上がる。

構える。

 

震えはある。

だが、俺よりは様になっていた。

 

刃が弧を描く。

 

お頭と呼ばれた男の喉に、剣が叩きつけられた。剣先は地面にめり込み、ばっくり割れた男の首から血しぶきが舞う。

 

女――少女と言うべきか――に鮮血が降り注ぐ。

 

奇妙なほど現実感のない光景。

現実以外の何物でもない生ぐさい鉄の臭い。

真紅が艶やかな銀髪を半分ほど染め、隠す物のない肌色の上を流れる。

 

どこか絵画的ですらあり、同時に獣的な本能を刺激する。

 

数秒、見とれていたと思う。

 

あまりじろじろと見るものではないと気付き、慌てて目を逸らす。

 

予想外の事態に驚いて唖然としていた――というように見えていたら良いのだが。

 

静かになっていた。

鳥の声が、少し遅れて戻ってくる。

 

「……止めなくて、よかったの?」

 

ララの声が背後からした。息が少し荒い。

 

「別に止めるほどの理由もないだろ」

 

生け捕りにしようと思ったことに、大した意味はない。

 

余裕があっただけだ。

尋問できるなら、したほうが良いかもしれない。

そう思っただけ。

 

どうせ、動機なんて分かり切っている。

 

それだけの話だ。

 

「さっきの人は?」

 

「駄目だった」

 

ララの声は短かった。

 

少女は、思い出したように呼吸を荒げた。ほとんど裸のまま、こちらを見る。

 

腕輪が一つ、手首で鈍く光っている。

装飾にしては重すぎる輪。

魔封じの腕輪。

 

さっきの連中が口にした言葉が脳裏をかすめる。

 

俺は荷馬車から布を一枚引っ張り出し、彼女の肩に掛けた。

 

それから、縛られていた男に近づく。

 

口の布を外す。

 

男はまず咳払いをした。それから、紳士的な笑みを浮かべる。こういう時でも形を崩さない種類の人間なのだろう。

 

「騎士の方……ですかな。恥ずかしい話なのですが、護衛に雇った者が盗賊に化けましてな」

 

男は息を整えながら続けた。

 

「助命の恩、忘れませぬ。ガスパーレと申します。王都に支店を置く商会の主です」

 

まあ、金は持っていそうだ。恩を売れたのであれば悪くはない。

 

「セトです。騎士ではありませんが、王宮で客人扱い……といったところです」

 

言いながら、小刀を構築し、ガスパーレの縄を切ってやる。

 

とりあえず一仕事完了。

大きめの石に腰掛け、革袋を取り出して喉を潤す。

 

なぜか目を丸くしたガスパーレが、俺のことを上から下までまじまじと見てくる。

 

なんだ。

気持ち悪い。

エールが欲しいのか。

 

「セト様……それに無詠唱の魔法……黒髪の……」

 

ガスパーレは立ち上がり、馬車から降りた。そして、腕輪の少女に視線をやる。その目は、どこまでも冷めた、商品を見る商人のそれだった。

 

「今すぐお礼を差し上げたいのですが、商品を王都で売って、それを元手に仕入れを行い帰還、というつもりでおりました。よって、大した手持ちがないのです」

 

俺は反射的に首を振る。別に今すぐ金が必要というわけじゃない。恩義を感じてくれるなら充分だ。

 

「礼なんて」

 

「いえ、させてください」

 

ガスパーレの声は滑らかだった。命を助けられたばかりの男の声ではなく、取引をまとめにかかる商人の声だった。

 

「王都で競売に掛ける予定だった奴隷です。名はエリサ。ハーフエルフで、魔法適性と読み書き計算、礼法は一定以上。護身の素地もございます」

 

ガスパーレは、一拍置いた。

 

「ああ、もちろん処女です。稀少品ゆえ、王都なら良い値がつくと考えておりましたが……」

 

言葉が、やけに滑らかに続く。

 

俺の下半身を熱いものが、背中を冷たいものが撫でた。

 

大市は今日だ。高値が付く商品なら、大市に出すんじゃないのか。当日に王都入りじゃ間に合わないぞ。

 

ララが軽い調子で、背後から俺の肩に顎を乗せて言う。

 

「ハーフエルフの奴隷とはね。真正のエルフほどじゃないけど、間違いなく高級品よ。こんなラッキー、そうそうないんだからね」

 

「いや、奴隷なんて持っていいの?」

 

「クロスの勇者様だぞ。奴隷の一人や二人、誰も文句は言わないよ」

 

「いや、そういう問題じゃなくて」

 

口から出た言葉に、自分で苦笑する。

 

そういう問題じゃない。

 

いや。

 

そういう問題だ。

 

俺もこの世界では“繋がれた”身だ。首に鎖を付けられた俺が、もう一本の鎖を手に取るのか。

 

「契約は、術式上、双方の同意が必須です」

 

ガスパーレは小さな木箱を開けた。中には、封蝋が押された紙と、銀の薄片が入っている。

 

「形式がなければ、後で齟齬が生じますので。解除も同様に同意が必要です」

 

人権の話ではない。

手続きの話だ。

 

ガスパーレは、使い捨ての術式札について淡々と説明を続ける。

 

内容は三つ。

 

逃げない。

命令に逆らわない。

危害を加えない。

 

紙と薄片を重ね、その上に蠟燭を立てる。蠟燭が自ら僅かな光を放ち、濃い紫色の火を灯した。

 

俺はエリサに向き直る。

 

なるほど。

確かに美しい。

欲しくないとは言えない。

 

近くで見ると、耳は人より少し長い。

髪色は銀。

瞳は灰がかった紫。

頬に泥。

髪に枯葉。

全身に返り血。

 

呼吸は落ち着いてきたが、視線はまだ震えている。

 

「……従います。あなたに」

 

はっきりした声だった。

 

奴隷なのだからガスパーレには逆らえないのだろう。だが、それ以上の意思を感じてしまったのは、俺の思い上がりだろうか。

 

俺は胸を押されたみたいに、半歩たじろぐ。

 

理由は、感謝か。

打算か。

恐れか。

もしかすると、全部だ。

 

これで俺が同意をすれば、契約成立なのか。

背中を押された欲が、むくむくと首をもたげてくる。

 

ララが俺を見る。

将来の妻になるかもしれない女。

 

いや、待て。

それは違う。

 

さすがにララと政略結婚なんて話は眉唾だ。考えなくていい。

 

だいたい、こっちの法や倫理では奴隷は問題ないのだ。現代日本の倫理なんて糞くらえ。そもそも俺は、モラリストとは程遠い。

 

そして欲は、理性の前を歩く。

今の俺は、それを追い払えるほど賢くない。

 

「……分かった。同意だ」

 

封蝋の光が一瞬だけ強まった。

 

それから、色を失う。

 

「……いいのか、これで」

 

「いいのよ。これで終わり」

 

ララが短く言った。

 

いいのかどうか。

 

答えが出るとしても、きっとずっと後になってからだろう。

 

ガスパーレは最後に深く礼をした。

 

「私はトラキス公爵領で商いをしております……が、ご安心ください。関係のほうは微妙でして。王都に軸足を移したく、今後とも……くれぐれもお見知りおきを」

 

その目は笑っていない。俺の立場をだいたい把握している。計算を隠しもしない。

 

俺は曖昧に頷いた。

 

今日一日で、新しい糸が何本も増えた気がする。

 

「エリサ、魔法使えるんだろ? その腕輪はどうしたら外せるの?」

 

「今はご主人様に禁止されていないので、外せます。外して良いのですか?」

 

「セトだ。なるべく名前で呼んでほしいな。腕輪は外していいよ」

 

エリサは金具をいじり、腕輪を外した。

 

俺は腕輪を受け取る。

いつもの解析。

 

見たことのない術式が組み込まれている。魔力の流れを押し潰し、外部への出力を封じる。構造は単純ではない。だが、読めないわけではない。

 

これは、後で試す価値がある。

 

「戻ろう。日が傾く」

 

ララが言う。

 

赤い宝珠が、胸元で小さく揺れた。

 

豆の生える土地からは、まだ離れられない。

 

それでも、少しだけ自由になった気がした。

 

それにしても――。

 

大市の日に、誰もいない森で、上物を差し出す。

 

うまい話は、裏があるかもしれない。

今回は、少なくとも表が見えているので、ましな部類だ。

 

見えていない部分があるかもしれないが。

 

欲望にころっと負けた感は否めない。

 

エリサは布の端を握り、俺の数歩後ろを歩く。

 

森を抜ける風が、鎖と布を同じ調子で鳴らした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。