勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。 作:筆負野ユウ
幕間 少女を救う勇者
後世において、皇帝セトと銀髪の従者エリサの出会いは、非常に人気のある逸話として語られた。
盗賊に攫われた美しい奴隷少女。
それを救い出した正義の勇者。
しかし、彼女は主の元でも不当な扱いを受けていた。
そこで勇者は彼女を買い取り、粗暴な主人の手からも守った。
少女は涙ながらに感謝し、以後、勇者に忠誠を誓い、その生涯を捧げた。
いかにも好まれる筋立てである。
この逸話は、後世の絵画、歌謡、劇作において繰り返し扱われた。
とりわけ帝国中期以降の民衆劇では、セトが盗賊を退け、怯えるエリサへ外套を掛ける場面が定番となっている。
また、宮廷向けの絵画では、銀髪の少女が膝をつき、若きセトの手を取る構図が好まれた。
そこに描かれるエリサは、ほとんど例外なく涙を浮かべている。
涙は感謝の証であり、救済された者の印であり、勇者の正しさを保証する装飾であった。
しかし、史料を慎重に追うならば、この逸話をそのまま美談として受け取ることは難しい。
まず、セトがこの時期にエリサを解放した形跡はない。
伝承が語る粗暴な主の手から買い取ったにせよ、彼女の所有権はセトへ移っただけである。
ある物語では、セトはエリサを買い取った直後に解放したことになっている。
別の歌では、彼女は自らの意思でセトに仕えることを選んだとされる。
だが、同時代に近い資料ほど、この美しい筋立てを語っていない。
エリサは奴隷であり、セトの所有物であり、後に彼の側近となった。
少なくとも資料上は、その順序でしか確認できない。
また、後にセトは奴隷の解放政策を行ったとされている。
しかし、最近の研究で、それは全面的なものとは程遠く、かなり限定的な解放だったことが明らかになりつつある。
むしろ彼は、奴隷制度に制限を設けることで、特権的な利益を得ていたとする見方もある。
とはいえ、この説話を完全な虚構と断じるのもまた早計である。
エリサが盗賊の手から救われたこと。
彼女がセトの奴隷として認識されていたこと。
その後、セトの側近として長く仕えたこと。
彼女が後年までセトに対して強い忠誠を示したこと。
これらは複数の資料からおおむね確認できる。
ここで問題なのは、事実の有無ではない。
事実が、どのような形へ整えられたかである。
人は、出来事をそのまま記憶しない。
血は花弁に。
所有は救済に。
欲望は慈悲に。
偶然は運命に。
そう置き換えた方が、美しいからである。
セトという人物は、後世においてしばしば、彼自身が軽蔑したはずの物語形式に回収された。
異邦の勇者。
王女の騎士。
奴隷少女の救い主。
そのどれもが、彼の一面を捉えているのかもしれない。
そして、そのどれもが、彼から何かを削ぎ落としている。
――ヘロセン「セトの帝国」 第三章「帝国の身分制度」より