勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

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第四章
幕間 少女を救う勇者


後世において、皇帝セトと銀髪の従者エリサの出会いは、非常に人気のある逸話として語られた。

 

盗賊に攫われた美しい奴隷少女。

それを救い出した正義の勇者。

しかし、彼女は主の元でも不当な扱いを受けていた。

そこで勇者は彼女を買い取り、粗暴な主人の手からも守った。

 

少女は涙ながらに感謝し、以後、勇者に忠誠を誓い、その生涯を捧げた。

 

いかにも好まれる筋立てである。

 

この逸話は、後世の絵画、歌謡、劇作において繰り返し扱われた。

とりわけ帝国中期以降の民衆劇では、セトが盗賊を退け、怯えるエリサへ外套を掛ける場面が定番となっている。

 

また、宮廷向けの絵画では、銀髪の少女が膝をつき、若きセトの手を取る構図が好まれた。

そこに描かれるエリサは、ほとんど例外なく涙を浮かべている。

 

涙は感謝の証であり、救済された者の印であり、勇者の正しさを保証する装飾であった。

 

しかし、史料を慎重に追うならば、この逸話をそのまま美談として受け取ることは難しい。

 

まず、セトがこの時期にエリサを解放した形跡はない。

伝承が語る粗暴な主の手から買い取ったにせよ、彼女の所有権はセトへ移っただけである。

 

ある物語では、セトはエリサを買い取った直後に解放したことになっている。

別の歌では、彼女は自らの意思でセトに仕えることを選んだとされる。

 

だが、同時代に近い資料ほど、この美しい筋立てを語っていない。

 

エリサは奴隷であり、セトの所有物であり、後に彼の側近となった。

少なくとも資料上は、その順序でしか確認できない。

 

また、後にセトは奴隷の解放政策を行ったとされている。

 

しかし、最近の研究で、それは全面的なものとは程遠く、かなり限定的な解放だったことが明らかになりつつある。

 

むしろ彼は、奴隷制度に制限を設けることで、特権的な利益を得ていたとする見方もある。

 

とはいえ、この説話を完全な虚構と断じるのもまた早計である。

 

エリサが盗賊の手から救われたこと。

彼女がセトの奴隷として認識されていたこと。

その後、セトの側近として長く仕えたこと。

彼女が後年までセトに対して強い忠誠を示したこと。

 

これらは複数の資料からおおむね確認できる。

 

ここで問題なのは、事実の有無ではない。

事実が、どのような形へ整えられたかである。

 

人は、出来事をそのまま記憶しない。

 

血は花弁に。

所有は救済に。

欲望は慈悲に。

偶然は運命に。

 

そう置き換えた方が、美しいからである。

 

セトという人物は、後世においてしばしば、彼自身が軽蔑したはずの物語形式に回収された。

 

異邦の勇者。

王女の騎士。

奴隷少女の救い主。

 

そのどれもが、彼の一面を捉えているのかもしれない。

そして、そのどれもが、彼から何かを削ぎ落としている。

 

――ヘロセン「セトの帝国」 第三章「帝国の身分制度」より

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