勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

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第24話 誰かがそう言った

施療院のある角を曲がる前から、空気が変だった。

 

ざわめきが、層になっている。

 

人の声。

怒り。

恐れ。

何かを確かめ合うような早口。

 

曲がったら、案の定だった。

 

薄汚れた作業着。

半端な鎧。

つぎはぎの外套。

 

十数人。いや、二十人ほどか。

 

顔の下半分を布で隠している。

 

暴徒だから顔を隠している――わけじゃないな。

これは、“汚れ”を恐れてのマスクか。

 

気持ちは分かるよ。

 

見れば、手には石。棒。

錆びた農具のようなものを持っている者もいる。

 

彼らが中に入ろうとするのを、修道女が必死で止めていた。

 

「王太子殿下のご意向により、施療院は閉鎖だ! 王家が認められたのだ!」

 

「汚れた咎人は王都から出ていけ!」

 

「罪人を街の中に置くな!」

 

口々に叫ぶ。

 

なるほど。実に分かりやすい。

分かりやすいとはいえ、対処は面倒だ。

 

「私はノア・サティエンス。王女殿下近習の騎士だ」

 

ノアが割って入った。

 

声は大きくない。

だが、通る。

 

群衆の前に立つ姿は、普段の胃痛持ちとは少し違って見えた。

 

いや、胃痛持ちなのは変わらないのかもしれない。

顔色はあまり良くない。

 

ノアは修道女と、前に出てきた住民らしき男に短く事情を確認する。

 

役人らしき男が来て、文書を掲げ、周辺住民に説明したらしい。

 

本日をもって施療院は閉鎖する。

患者は王都外へ移される。

王太子殿下もそれを認めた。

 

そんな話だった。

 

文書が公式なものであるかという疑義以前に、その場には文字を読める者はいなかったそうだ。

 

実にこの世界らしい。

偽の書面を掲げて、偉そうに喋れば、だいたい通るんじゃないか。

 

俺も何かの役人を名乗ってみようかな。そのうち縛り首になりそうだが。

 

「俺は聞いたぞ! 今日で終わりだってよ!」

 

「王家が認めたんだ、出ていけ!」

 

「いつまで我慢させる気だ!」

 

ノアが一歩だけ前へ出る。

 

手は剣の柄に。

言葉は氷のようだった。

 

「布告が事実であれば、粛々と実行される」

 

一拍。

 

群衆の何人かが息を呑む。

 

「だが、今のところ、この“白樹の家”は王家の資産だ。正式な命令もなく、立ち入ることは認められない」

 

ノアは視線だけで群衆を撫でた。

 

「解散しろ」

 

淡々。

 

脅し。

 

数人がざわめいた。

数人は反発の顔を作りかける。

 

ノアはさらにもう一歩だけ近づき、静かに笑って見せた。

 

剣の鞘が、石をひとつ鳴らす。

 

「三十まで数える」

 

数えなかった。

数え始める前に、群れは散り散りとなっていった。

 

ノアは暴力のプロだが、暴力を使わない技もなかなかのものだった。

 

潮が引くように人が去る。

 

修道女が、その場にへたり込んだ。

 

「妙なことになったようで申し訳ない。王女殿下にすぐ確認をします」

 

「ありがとうございます……!」

 

謝意と嗚咽。

 

「王太子殿下が出す性質の命令ではない」

 

ノアが低く呟く。

 

「出したとしても、このような手続きはありえないはずだが……」

 

「嫌がらせか?」

 

「分からん」

 

ノアは群衆の去った通りを見た。

 

「だが、放っておいてよい種類のものではない」

 

俺たちは群衆が散ったのをもう一度確認し、修道女へ用件を済ませてから引き返した。

 

◇◇

 

「お兄様に確認しました。そのような命令は出していないそうです」

 

ルナは硬い表情で言った。

 

「そもそも、あの施療院は国王陛下の裁可をいただいている事業です。お兄様の独断で閉鎖などできません」

 

となると、やはり嫌がらせの類か。

良く思われていない施設なのだから、犯人の候補はいくらでもいる。

 

周辺住民。

周辺でもない住民。

敵対派閥。

トラキス公。

 

あるいは、ただ騒ぎを大きくしたいだけの誰か。

 

容疑者が多すぎるのは、容疑者がいないより厄介だ。

 

「ノア、難しいとは思いますが、虚偽を流布した者の調査を」

 

ノアが浅く頭を下げる。

 

「承知しました」

 

難しいとは思いますが。

 

ルナの前置きは正しい。

 

たぶん、難しい。

 

群衆は散った。

文書を持っていたらしい役人もいない。

文字を読める者もいない。

 

残っているのは、誰かがそう言っていた、という伝言ゲームの残骸だけだ。

 

犯人を探せ、というより、犯人を探している姿勢を見せろ、に近い気もする。

 

もちろん、口には出さない。

俺も少しは王宮勤めに慣れてきた。

というか、社畜時代と変わらないか。

 

「明日には住民への説明を行い、慰撫に努めます」

 

ノアが続ける。

 

ルナは頷いた。

 

「お願いします。白樹の家の者たちにも、不安を与えてしまいました。できる限り早く」

 

まあ、それくらいしかできないかもな。

 

俺も頷きだけ置いて、執務室を辞した。

 

◇◇

 

夜。

 

自室。

 

王宮での食事は、基本的に日に二回。

どちらも国王を中心とした会食が開かれる。

昼が豪華で、夜は比較的質素だ。

 

俺も初めのうちは参加していたが、これが恐ろしく厳粛で肩の凝る場だった。

しかも昼食では三時間ほどもかける。

昼飯を食うのに三時間。

 

貴族とは、人生の使い道を間違えた人類の末裔なのかもしれない。

 

ただ、徐々に呼ばれる回数は減っていった。

 

ルナや国王からしても、他の貴族連中と俺をあまり絡ませすぎるのは好ましくなかったのかもしれない。

 

俺は、いろいろ学ぶ時間が必要だの、マナーが分からないだのと言い訳し、なるべく参加しないで済むよう承諾を得た。

 

今はだいたい、残り物を回してもらい、自室で食事をとっている。

 

王宮の会食では、あまり食器は使わない。

 

固い黒パンを皿代わりに使う。

 

そして、その黒パンは食べず、使用人らへと施される。

 

フォークなども使わない。

 

手づかみだ。

 

この習慣に馴染めない俺は、街で買った陶器の皿と食事用ナイフを愛用している。

 

ナイフで切り、ナイフで刺して食べる。

手は少ししか使わない。

 

平民は陶器や木の食器も使うようだ。

 

ナイフは王族や貴族の連中も普通に使う。

 

つまり、文明はある。

 

ただし、俺の想定していた方向とは違う。

 

「どうしたエリサ。席に着け。食べよう」

 

冷めてはいるが、白パンにチーズ、豚肉のローストらしきもの。

 

この世界では上等な食事だ。

 

しかし、エリサは戸惑ったように立っている。

 

「奴隷がご主人様と同席などと……なんて話は、もうするなよ」

 

俺はナイフで肉を切りながら言った。

 

「奴隷契約の解除だって、お前が同意すればすぐにしてやる。それで追い出すようなこともしない」

 

少しの沈黙のあと、エリサは小さく頷いて腰を下ろした。

 

脅しのように聞こえたかもしれない。

どうも俺は、コミュニケーション能力に欠けるところがある。

 

初めて契約解除の話をしたときは、出て行ってもらっても構わないと思っていた。

 

彼女は高度な教育を受けている。生まれながらの奴隷ではないはずだ。

それならば帰る場所もあるだろうと、そう思ったのだ。

 

しかし、それはどうやら思い違いだった。

 

その話をしたとき、エリサは明らかに焦っていた。

彼女には帰る場所がない。

 

であるならば、王宮で暮らし、少なくとも酷い虐待はしない俺は、“奴隷の主人”としてはマシな部類なのだろう。

 

見た目には惹かれる。しかし、どういうわけか、今のところ抱く気の起きない女。

 

特に執着はない。

だが、甲斐甲斐しく身の周りの世話を焼いてくれる。

俺に気に入られるよう必死なのかもしれないが、情は多少湧く。

 

せめて、もう少しフランクになってもらいたいものだ。

 

フォークがない食事は、やはりぎこちない。

ナイフで肉を突き刺し、口に運ぶ。

 

食べながら、今日のことを話す。エリサはあまり口を挟まない。

 

ただ、施療院の話になると、指先が止まった。

 

「……あの、気になったことを申し上げてもよろしいでしょうか?」

 

珍しい。

 

とても良い傾向だ。

 

俺は本心からの笑顔で頷いた。

 

「王女殿下は、ノア様に調査をお命じになられたのですよね」

 

「そうだな」

 

「そうなることは、事前に想定できたように思います」

 

言葉を選ぶように、エリサはゆっくり言った。

 

「でしたら、あの時、なぜノア様は押しかけた民衆から詳しい話を聴取なさらなかったのでしょう?」

 

まさかの不手際指摘。

 

とても良い。

 

「確かに、簡単に話を聞いただけだったな。あの時は騒ぎを収めることを優先したのだろうけど。そんなに気になった?」

 

エリサは少し迷った。

 

それから、続ける。

 

「いえ、そこまででは。ただ、あまり彼らの話には興味がないように見受けられましたので、そこだけ気になっておりました」

 

「興味がない?」

 

「はい」

 

エリサは視線を皿へ落とす。

 

「ノア様は、群衆をどう退かせるかを見ていらっしゃいました。誰が何を言ったのか、誰が同じ言葉を繰り返しているのか、誰が周囲の様子を見ているのか。そこには、あまり注意を向けていなかったように思います」

 

俺は手を止めた。

 

「同じ言葉?」

 

「はい。民衆の中に、同じ言葉を繰り返している者が何人かおりました」

 

エリサの声は控えめだった。

 

だが、言っていることはなかなか興味深い。

 

「王太子殿下が認めた。王家が認めた。今日で終わりだ。汚れた咎人は出ていけ。そういった言葉です。文書の中身を見たというより、誰かに教えられた言葉を、そのまま叫んでいるように見えました」

 

「役人らしき男の話も?」

 

「それも、皆が似た言い方をしておりました」

 

エリサは小さく頷く。

 

「見た者が別々に語ったというより、そう言えばよいと教えられていたように思えます」

 

なるほど。

 

俺は解析によって、意識すればかなり細かく人間の挙動を分析できる。

 

呼吸。

視線。

筋肉の動き。

重心。

声の揺れ。

 

けれど、それは人間の機微とは別問題だ。

 

エリサはその点、使用人としては文句がないほど、よく気が付く。

 

察し力が高いのだ。

 

相手が何を見ているか。

何を意識しているか。

何を好むか。

 

そういうものを拾う目がある。

 

セバスチャンを襲名してもいい。

 

「ルナの意思を通すことが優先で、他が疎かになりがちってことか……いや……」

 

ノアは無能ではない。

 

むしろ、それなりに優秀だ。

だが、優秀さにも向きがある。

 

あの場で必要だったのは、暴動を止めること。

 

その目的に対して、ノアは完璧に近かった。

 

しかし、騒ぎを収めた時点で、情報も一緒に散った。

 

「今後も気づいたことは気軽に言ってくれ」

 

俺は言った。

 

「というか、もっと気楽に接してくれ。ララみたいな感じが理想だな」

 

そう言うと、エリサは一瞬だけ目を丸くした。

 

無理難題を言われた顔だった。

 

それから、ほんの少しだけ視線を伏せる。

 

「……努力いたします」

 

努力が必要なのか。

 

まあ、必要だろうな。

 

ララみたいな奴隷がいたら、それはそれで怖い。

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