勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。 作:筆負野ユウ
「ミーナを探してくれて、ありがとうございます。引き続き、調査をお願いします」
ルナが腫れた目で言った。
言葉には、行き場のない怒りがあった。
そして、その行き場を探す意思もあった。
俺とララは黙って頷く。
エリサも数歩後ろで、静かに頭を下げていた。
「あの……よろしいでしょうか」
エリサが、そっと俺の袖を引いた。
袖を引く。
そんなことをされたのは、初めてだった。
「さっきの砕けた口調でいいぞ。どうした?」
エリサは少しだけ目を伏せ、それから細い指で地面を示した。
焼け跡の脇のぬかるみに、やや小さな踏み痕が連なっている。
女か。
いや、踵が浅く、つま先が無遠慮に深い。
子供かもしれない。
この辺りは水はけも日当たりも最悪だ。
石畳もない。
だから、足跡がよく残る。
それに、住人はこんな汚れた場所に近づかない。
「よく見つけたな」
「……たまたまです」
たまたまではないだろう。
エリサは、こういう細かいものを見落とさない。
意識して目を据えると、踏み痕は嘘みたいに素直に伸びていた。
なんの配慮も警戒もない。
施療院の周囲をぐるりと一周している。
何度か立ち止まり、足跡が滞っている場所があった。
作業でもしたような形跡。
その地点は、壁だったものの黒が他より深い。
そこで撒いたのだろう。
カーカスを。
四面の壁すべてに。
丁寧に。
足跡は道路へと続いていたが、そちらは踏み荒らされて追うことができなかった。
「足取りは追えない。捜査の基本、自分の足で稼ぐか」
もっとも、財布の中身は稼ぐどころか減りそうだが。
◇◇
聞き込みをすると、怪しい人物はすぐに浮かび上がった。
夜間、松明を持ち、小樽を背負った一人の子供が、施療院方面へ続く道を歩いていったらしい。
細かい人相は不明。
ただ、身なりは汚かったそうだ。
また少し、気分が沈む。
汚くて臭くて嫌なのだが、貧民街へ向かう。
粗末な露店が並んでいる。
質の悪い食べ物。
ガラクタ。
盗品だと想像が付く物。
どの店も粗末で、品数も多くない。
だが、店の数自体は意外に多い。
貧しき中にも流通あり。
人間、どこでも売るし買う。
たくましい生き物だ。
「なあ、貧民街の露店なんかで聞き込んでどうするんだ?」
ララがいぶかしげに言う。
こいつも少し、目を腫らしていた。
「軍で使われるような燃料が使用されたのであれば、汚ねえガキの悪戯ということはない」
「うん」
「おそらく、そいつは小遣いを握らされてやっただけだ」
「なるほど確かに。それで?」
「汚ねえガキなら貧民街、というのは多少短絡的だが、隣接区画だしな」
俺は露店を見渡した。
「で、小遣いの入った貧乏なガキが何をする?」
「……遊ぶ?」
「大人なら酒や女だろうが……ガキだぞ」
「……」
「貯金したりするか?」
ララはぽんと手を打った。
「なるほどー。セトはやっぱ賢いんだなー」
そうだよ。誰かと違って賢いんだよ。
さっきまでのシリアスはどこへ行った。
あと、お前も少しは頭を使え。
一軒目は外れ。
何も収穫はなかった。
二軒目も、三軒目も、店主は曖昧に肩をすくめるだけだった。
金が足りないのか、本当に知らないのか。
「セト……」
エリサが、俺に呼び捨てで話しかける。
恐る恐るといった様子で。
ララがぎょっとしていた。
俺は少し嬉しくなり、上機嫌で返事をする。
「どうした、エリサ。なにか欲しいものでもあったか?」
「……できれば買い物は広場の市で……いや、そうではなく」
エリサは慌てて首を振った。
彼女は、俺に気に入られようと努力しているだけだ。
たぶん、まだそうだ。
だが、今はそれでいい。
そこから少しずつ、素の顔が覗いてくる。
「まずは、食料を扱う店に聞き込んではどうでしょ……どう、かな?」
言われてみれば、その通りだった。
順番に聞いて回るなどという真面目なやり方は、愚の骨頂である。
貧民街のガキが金を手に入れたなら、最初に買うのは食い物だろう。
「とてもナイスだ、エリサ。そういうの、今後も頼むぞ」
エリサは小さく頷いた。
ほんの少しだけ、表情が緩んだ気がした。
露店が並ぶうちの、いちばん端。
敷いたゴザの上に、黒パンの塊と豆の袋、ひび割れた壺に黒麦が置かれている。
店主は痩せて背が曲がり、曲がった指で勘定石をいじっていた。
「やあ、景気はどうだい」
俺は掌で小銀貨――便宜上そう呼ばれるが、ほぼ銅貨――を二枚、からんと鳴らして見せた。
「今日の話で、妙に羽振りの良い子供に心当たりはないかい?」
単刀直入。
男は口だけで笑った。
商売人の、考え中の顔だ。
思案の間が少し長い。
間延びする前に、俺は小銀貨を三枚に増やし、指の間で扇のように広げてやる。
「……そう言えば、いたような気がしますね。とっても変な様子だったような……」
まだ値段が足りない顔だ。
ララが退屈そうに剣帯を直す。
俺はため息をひとつ落として、大銀貨――こちらは銀がそこそこ含まれる――を親指で弾き上げて見せた。
緑がかった光が、曇り空でもちゃんと目を刺す。
労働者の日当に相当する金額。
今日の記憶の相場にしては高い。
男の口角が、今度は肩ごと上がった。
「思い出しましたよ。たまに物を売って、豆と黒麦を買っていくガキがいるんですがね。そいつが今日は黒パンを買いに来たんです。なぜかフードを深く被って、旦那と同じ大銀貨を持ってね」
店主は、黄色い歯を少し見せた。
「昨日は黒パンを売って、豆と黒麦を買ってったのに。変でしょう?」
「なるほど。それは変だ。そんな変な奴はどこにいるのかね」
――昨日は黒パンを売った、か。
俺は大銀貨を、男へ向けて弾くふりをする。
男の小枝のような指が、慌ただしくそれを受け止めようと動く。
実際には手元から離していない大銀貨をちらつかせたまま、視線だけで続きを促す。
「……そのガキどものねぐらは……ああ、何人かのガキの集団で暮らしてるんですがね……」
店主は声を少し落とした。
そこに、どんな意味、あるいは感情が込められているのか、俺には分からない。
「城壁の影んとこです。ここらでも特に汚ねえ場所で、板を打っただけのバラックがあるんです」
そう言って方向を指を差す。
――ガキの集団、ね。
今度こそ、大銀貨を男へ向けて弾く。
男はそれを大事そうに懐へ落とし、口の端で「お達者で」と囁いた。
教会の祈りよりは、いくらか効くかもしれない。
◇
城壁の根の、影の帯。
ここだけ、季節を外れているみたいに冷たかった。
溝は泥で膨れている。
石畳はとうに諦められていた。
木の板を斜めに立て掛けた小屋が、城壁に寄り添うように並んでいる。
昼だというのに薄暗い。
湿気た藁。
カビ。
汚物。
そこに、煮た豆と黒麦の匂いが混じっていた。
「ここだな」
ララが先に立とうとするのを制止する。
戸なんてものはない。
布と板を紐で留めただけの入口を、音を立てないように押し開けた。
中の気配が、びくりと揺れる。
ララが俺の後ろで半身に立つ。
俺は一歩、中へ。
エリサは最後尾。外で待機。
これで出口は制した。
中には、子供が七人いた。
八歳から十二歳ほど。
骨がすべて皮の内側に浮いている。
目だけが、妙にぎょろついていた。
全員が、豆と麦の粥を塗ったくった固い黒パンにむしゃぶりついている。
歯で削るように食べている。
パンくずが黒い雪のように散り、湿った黒い土がそれを飲み込んでいた。
一番大きい少年の額に、厚いかさぶたがある。
昨日、石畳で音を立てたそれだ。
やっぱりお前なのか。
悪い予感は当たるものだ。
目が合うと、彼は反射的に他の子の前に出た。
偉いな。今だけは。
「施療院に火をつけたのはお前か」
少年の喉仏が、一度だけ上下した。
別の生き物のような喉の動き。
口は開かない。
代わりに視線が泳ぐ。
俺の顔。
ララの剣柄。
そして、出入口越しに見えるエリサ。
逃げ道の計算。
子供のくせに悪くない。
だが、出口は塞がっている。
他に出口があっても無駄だ。
答えないのなら、こちらも予定通りの手順を踏む。
「お前じゃないとすると……」
ゆっくり、ぐるりと、他の顔を見る。
一人ひとりと目を合わせる。
誰も、噛んでいるパンを手放さない。
俺は、あえて、なるべくサディスティックに見えるように微笑んだ。
せっかくの臨時ボーナスで、他のガキどもにパンを与えるお前だ。
危険を承知で、囮役を務めるお前だ。
沈黙を置けば、きっと責任感と優しさが喋り出す。
それで足りないようなら、気は進まないが――。
「違う!」
少年が叫んだ。
「皆は関係ない! 俺一人でやった!」
ほら、出た。
簡単に罠へ飛び込む。
悪いやつじゃない。
悪事には向かないくせに、悪事に手を染める。
俺は内心で肩をすくめた。
「そうか」
情のかけらもない捕食者。
自覚している。
少年の顔から血の気が引いた。
もう遅い。
振り向くと、ララが無言で頷く。
エリサはほんの少し眉を寄せたあと、目を伏せた。
被疑者、確保。
仕方ないよな。
お前は、明らかに一線を越えた。
ここから先は、俺の冗談が通る場じゃない。