勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

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幕間 王都大火における英雄譚

後の皇帝セトと、その側近エリサの出会いについては、いくつかの異なる伝承が残されている。

 

もっとも広く知られているのは、いわゆる「盗賊と奴隷少女」の説話である。

だが、この説話の成立時期が比較的遅いことはあまり知られていない。

 

また、細部がいかにも大衆に好まれる形に整いすぎている。

そして、エリサ本人の初期経歴に関する同時代資料と、必ずしも噛み合わない。

 

そこで注目すべきなのが、これとは別系統の伝承である。

すなわち、王都大火の際、セトがひとりの少女を救い出した、という伝承だ。

 

後世の説話では、この王都大火はその名の通り大きな火災として描かれる。

 

夜の王都を赤く染める炎。

逃げ惑う民衆。

倒壊する塔。

泣き叫ぶ少女。

 

そして、火の粉を浴びながら彼女を抱いて現れる勇士セト。

 

絵画や叙事詩において、非常に好まれた場面である。

 

しかし、史料を慎重に追うならば、この「王都大火」は、実際にはそこまで大規模なものではなかった可能性が高い。

 

火災の範囲はおそらく限定的であった。

王都全域を焼いた痕跡はない。

 

むしろ、王都の一角にあった特定の区画が焼失した事件と見るべきであろう。

 

その際に焼失した建物の一つが、いくつかの断片資料において「白樹の家」と呼ばれている。

 

白樹の家。

 

この名称が何を意味するのかは、現在も明らかではない。

 

いかにも宗教関連という印象を受ける名称ではあるが、直接宗教と関係のないものでも、宗教的な命名を行うことは当時でも今日でもよく見られることだ。

 

ただし、複数の記録において、この施設が王家と何らかの関係を持っていたことは示唆されている。

 

問題は、この白樹の家から救い出されたとされる少女が、誰であったかである。

 

セトの名が資料上に現れはじめるのは、王都大火の直前と言ってよい時期である。

 

そして、王都大火に前後する時期、セトの傍らには、名前は残されていないが銀髪の若い従者が確認される。

 

この時期的な近接は、偶然と片づけるには惜しい。

 

さらに重要なのは、エリサの能力である。

後年の記録に見るエリサは、単なる身の回りの世話役ではない。

 

読み書き。

計算。

記録整理。

礼法。

 

不確実ではあるが、軍政や財務に関わった形跡もある。

 

彼女は、ただ容姿を見初められただけの美少女ではなかった。

セトの側近として、かなり実務的な役割を担っていた。

 

この点は、盗賊説話と相性が悪い。

 

盗賊に攫われ偶然救われた奴隷少女が、その後すぐにセトの実務を支えたと考えるには、いささか都合が良すぎる。

 

むしろ、彼女がもともと王家に関わる施設で、何らかの知的職務に就いていたと考える方が自然ではないか。

 

白樹の家が王家関連の施設であり、エリサがそこに属していたとすれば、多くの点が説明できる。

 

彼女が読み書き計算に通じていたこと。

礼法を身につけていたこと。

王宮での立ち回りに適応できたこと。

そして、セトの側近として早期から機能したこと。

 

これらは、彼女が単なる拾われた少女ではなく、もともと一定の教育と実務経験を持つ人物であったことを示している。

 

ここで当然、反論があるだろう。

エリサは奴隷であったはずではないか。

王家に仕える職員であったならば、奴隷身分とは矛盾するのではないか。

 

しかし、この反論は必ずしも決定的ではない。

 

当時のビュザンティア王国において、奴隷が頭脳的な職務に就くことは、少数ながら存在した。

 

とりわけ、王宮、教会、大貴族家、商会などでは、読み書きや計算に優れた奴隷が記録係、帳簿係、侍従補佐、教育係、あるいは医療・施療補助として用いられる例が確認されている。

 

奴隷であることは、必ずしも単純労働のみを意味しない。

むしろ、教育された奴隷は高価であり、所有者にとって有用な資産であった。

もちろん、ただの奴隷と違い、それなり以上に大事に扱われる。

 

したがって、エリサが奴隷身分でありながら、白樹の家のような王家関連施設に属していたとしても、不自然ではない。

 

むしろ、彼女の働きを考えれば、その方が説明しやすい。

 

白樹の家にいた銀髪の奴隷職員。

 

火災の際にセトによって救い出され、その後、彼のもとへ移った少女。

 

この仮説は、盗賊説話よりも多くの点で無理が少ない。

 

もちろん、伝承には装飾がある。

 

セトが本当に燃え盛る炎の中へ飛び込み、少女を抱いて戻ったのか。

それとも、火災後の混乱の中で彼女を保護したにすぎないのか。

そこまでは分からない。

 

後世の叙事詩は、常に炎を大きく描く。

 

火の粉は多く、梁は派手に落ち、救われる少女は美しく、勇士は煤ひとつ払わずに立つ。

 

歴史は、そこまで親切ではない。

 

おそらく実際の火災は、もっと小さかった。

だが、小規模であったからといって、その意味が小さかったとは限らない。

 

そこにエリサが本当にいたのか。

セトがどのような形で彼女を救ったのか。

 

それらを直接示す同時代資料は、残念ながら欠けている。

しかし、少なくとも、これらの断片を一つの仮説のもとに読むことは可能である。

 

王都大火伝承。

王家に関わる施設。

奴隷でありながら高度な実務能力を持つエリサ。

事件前後に現れるセトの側近。

 

これらを総合するならば、エリサが白樹の家から救出された少女であった可能性は、決して低くない。

 

少なくとも、盗賊と奴隷少女の物語よりは、史実に近いと私は考えている。

 

――ヘロセン「セトの帝国」 第三章「帝国の身分制度」より

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