勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。 作:筆負野ユウ
夜が白みはじめる頃、すでに来ていた二人と東門前で合流した。
「お前ら、一緒じゃなかったんだな」
と、ララ。
鐘の音が遠くから高い空を渡ってくる。祈りの丘の聖鐘堂だ。
シリス教聖音派の聖地とかなんとか。
あまり興味はないが、耳には入る。
馬車なら片道一日。往復二日。
馬車移動なんて、歩きと速度に大差はない。
魔力での身体強化に優れる俺たちならば、その気になれば更に速い。
しかし、三日を過ぎると俺の命が危ないので、あまりのんびりはできない。
そんな危険、冒すべきではないのでは。
もちろん考えた。
だが、遠出には慣れておきたい。
ルナから離れることに対する恐怖を、飼い慣らしておきたい。
俺の命は何より貴重だが、それでもこちらの世界に来て値崩れしているのだ。
「セト、出立前だというのに昨夜はどこへ?」
と、エリサ。
「娼館」
「……」
「……」
隠すもんでもない。
女二人と短いとはいえ旅をするのだ。
排泄は予め済ませるのが男の嗜みというものだ。
最初はこの世界の衛生事情に色々と参っていたが、人間は順応する。
魔力強化で病気にも高い耐性を持つことが分かったせいもあるが、露店の串も、煮沸しただけの水も平気になった。
汚物だらけの街と原始的なトイレは、まだ敵だが。
ララの提案で、馬車が通れない山道の近道へ入ることになった。
嫌な予感しかしないが、近道という言葉に俺は甘い。
「なにか企んでるな。そこ、危険なんだろ」
「ま、まあ、山道だし多少はね?」
訓練を通して分かったが、エリサは連携がかなり上手い。
少なくとも足を引っ張るような心配はないので、そこらの魔物など問題になるとも思えない。
いいだろう。
◇◇◇
「なんも出ないぞ。暇だー」
ララの『魔獣狩って遊ぼうぜ』は、どうやら空振りだった。
平和な旅路が続く。当たり前だ。
いくら山道とはいえ、人間の集団をわざわざ襲撃するような魔物はそう多くはない。
そんなことを言っている間に、山の稜線をなぞって街道へ戻る。
「なあ、セトが召喚された遺跡って機能停止した上に壊されてるんだろ? なにを調べるんだ?」
「多分、なにかが分かるようなことはない。それを確かめるのさ」
「……やっぱり、帰りたいとか思ったりするの?」
元の世界に、ということだろう。
思わないわけはない。
行方不明ともなれば、流石に両親は心配しているだろう。
だが、それは電話の一本くらい掛けたいという話だ。
元の世界にそこまでの未練はない。
会社に席はあるのか。
新しい仕事を探すのか。
家賃とか滞納扱いになっているのか。
なんかいろいろ面倒だから戻りたくないという気もする。
最大の問題は、ルナから離れられない、離れれば死ぬ。
これだ。
「どうだろうな。本当にあの世界から俺が来たのかも分からないし。スワンプマンかも」
「スワン……??」
その時、風向きがひゅっと変わった。
焦げと獣脂が混じった匂いが、鼻の奥に突き刺さる。
心地よくはない記憶に手がかかり、思わず顔をしかめた。
ララもエリサも同様だ。
BBQの現場を探るべく、見晴らしのいい丘へ駆け上がる。
街道近くにはよくある、十数軒程度の小村。
炎も煙も出ていない。
家屋の焼け跡。
生きている家畜の姿が見える。
家畜だけ。
ララが駆け下りる。
もう終わった現場だ。
間に合わないのは分かっているが、ララが走れば俺も走る。
俺が走れば、エリサもついて来る。
綺麗に燃え落ちている家。
壁一枚と梁だけを舐めた火で済んだ家。
死体。
腹から引き出された何かを野犬が引き千切り、骨ごと咥えて走る。
死後硬直だろうか、それでも死体は姿勢を変えない。
鶏は平気な顔で糞を突き、首を傾げる。
蠅の群れが黒い綿のように空を縫い、ときどき耳朶をかすめていく。
「ララ、野盗の類だと思うか?」
「そう考えるのが普通かな。残念ながら珍しいわけじゃないし。流石に魔族が王都の鼻先まで来たなんて、考えたくはない」
その王都の鼻先で、村ひとつ滅ぼすレベルの襲撃があったのに、珍しいわけじゃない、か。
まあ、こんな小村に防衛戦力なんて皆無だ。これぞ中世だ。
「なにがあったか、ざっと調べよう。いまさっき襲われた訳ではなさそうだが、念のため襲撃には注意な」
誰も喋らない。
ララの呼吸だけが、少し荒い。
この女が黙ると、周囲の音がひとつ減ったように感じる。
エリサは視線を逸らさない。
きっと、逸らさないようにしている。
俺たちは、野犬がたかる死体の脇を通り過ぎて村内へ入った。
入ってすぐに、広場のような場所がある。
その周りを家々が囲っている。
広場にも男の死体が二つ。
それぞれ、大鎌とピッチフォークが側に転がっている。
抵抗したのだろうが、その痕跡は僅かだ。
最初の家。
焼けは壁と屋根の端だけ。
扉が半分開いて、煤けた木製の蝶番が風でひと鳴きする。
のぞき込めば、男。
胸骨の下、鳩尾を一度だけ深く。
刃を抜いたあとの血が土の凹凸に沿って細い川を作り、いまは褐色の膜になって貼り付いている。
鼻孔の内側はきれいだ。
扉の内側に、扇形の煤がうっすら広がっている。
玄関口で刺して、その位置から火球を一つ。
荒らされた形跡はない。
最短で刺して、最短で燃やし、最短で去ったか。
次の家。
全焼。
梁が飴のように撓んで、炭になった板が重なっている。
見える死体は子供が一、大人が二。
藁屋根と薄板は燃え尽きても、多くの灰を残さない。
熱の爪痕が浅い分、遺体が生々しい。
縮んだ手。丸くなった肩。
メイスかなにかで殴られたのか、全員、頭部が砕けている。
やはり、鼻孔の内側は黒くない。
焼け残った水桶は縁近くまで満ちて、表面薄く煤を浮かべていた。
納屋。
焼けてはいない。
扉を開けると、麻袋の山。
その上に女。
肩口から背へ、骨を何本も断つ角度で入っている。
破れた袋から黒麦がこぼれ、踵に貼り付いていたのが、吹き込んだ風でぽろりと落ちた。
俺が扉を解放したことで、蠅が二匹、早くも検分に来ている。
見える位置にぶらさがった腰の小袋を持ち上げる。がらりと金属音。
最初に目にした村の入口近くの死体。
野犬を数匹、蹴って追い払う。
そのうち一匹が、頭部のない死体の首元に残された肉片を咥え、逃げていく。
すぐ横に転がる、老齢に差し掛かった男と目が合う。
腸がまき散らされているのは、野犬の仕業だろう。
膝を地面に着いた姿勢のまま、後ろに倒れ込んで固まっている。
胸の上に握りしめた革袋から、銀貨がこぼれていた。
跪いて銭を差し出し、命乞い。
そこへ躊躇なく頸を払う。
そんな光景が、脳裏に浮かぶ。
「セト、これを見て」
エリサに呼ばれて畜舎へ。
牛は間抜け面で反芻を続けている。
そのすぐ側には、若い女。
腹を横に払われ、自分の内臓を両手で抱えるような姿勢で固まっている。
もしかしたら、こぼれ落ちそうなものを戻そうとしたのかもしれない。
指の間に乾いた膜が張り付いて、両手も袖も血に染まっていた。
「この人、着衣に乱れがない」
なるほど。
それで呼んだのか。
見たところ、地味だが器量はそう悪くないように思える。
なのに、楽しんだ形跡が一切ない。
涙を流す女が、自身の腸を必死で押し戻そうとしながら死んでいくのを見るのが好き、というような特殊な趣味なら話は別だが。
ララが沈んだ表情で合流してくる。
「生存者はいないようだね」
俺とは違う発想で動いていたようだ。
もちろん、そんなことを口には出さない。
地面にしゃがむ。
家の影の湿りに、革靴の踵、裸足の指。
そこに混じる、くっきりした馬蹄。
村に厩らしきものはない。
柵の杭の周りに蹄が円を描き、繋いだ形跡。
頭数は分からないが、二頭や三頭ではない。
泥の跳ね方が揃っている。
行儀の良い足並みだ。
殺しのほうも、手際の良さが形跡から読み取れる。無駄がない。
「訓練された集団だ。馬に乗っている。食い物、女、銭、家畜、どれにもあまり興味がない。野盗じゃない」
「まさかアマゾネスの連中が?!」
この国、ビュザンティア王国の東方で国境を接し、抗争を続ける魔族国家ミストラティの支配民族。
そして魔族。
それがアマゾネス。
彼ら――いや、彼女らは、弓騎兵として周辺諸国に恐れられる存在だ。
ありえなくはない。
だが――。
「野盗だって軍隊だって大差はないだろう。普通は略奪が最大の目的だ。これは殺しが目的に見える。……いや、殺しが目的にしたって、目の前の銭くらい拾うもんだろ」
「じゃあ誰がなんの理由で殺しを?」
「知るか。殺人が教義のいかれた教団のキャラバンでも通ったんじゃないのか」
考えるには情報が足りない。
正答に辿り着くピースがない。
それより、これ以上時間を食っていられない。
俺たちには別の用がある。
遺跡は、野営と休息を含めても馬車で片道一日。
近道を使っている分、もうかなり近い。
とはいえ、三日を越えれば、俺の命に関わる。
「行こう。遺跡を先に調べる。帰りに、もう一度だけこの村も調べよう。そんで王都に戻ったら報告だ」
ララが短く頷き、エリサが最後に畜舎へ視線を落とした。
風向きが変わり、焦げと獣脂の匂いが薄まり、隣接する豆畑の匂いが入ってくる。
おそらく収穫直前の時期だ。
この村の住人は、それを心待ちにしていたことだろう。
生きている匂いと、終わった匂いが、村の境い目で混ざった。
遺跡へ急ごう。
ふと、思う。
犯人たちも急いでいたのだろうか。
彼らの足取りに思いを馳せ、何気なく広場の地面を見る。
足跡などの形跡に気を取られ、あまり意識していなかった落書きに目が止まった。
木の棒かなにかで雑に殴り書かれた単純な紋様。
子供が意味もなく書いたようなものと思っていた。
丸印に、そこからはみ出すバツを書いたマーク。
これ。どこかで見覚えがある。
――ああ、そうだ。
王都の施療院にも書かれていた。
「ララ、この村に雁皮病の施療院が?」
俺の視線を追ったララが、顔をしかめる。
「……こんな小村に、ありえないと思う。ルナ様以外がそんな活動してるなんて聞いたことない。それに、この印はなにも雁皮病に対してだけ使われるわけじゃないしな。例えば魔族や異教徒。不浄なるもの全般に対して、よく使われる」
無神論者――いや、不可知論者の俺とかな。
まあ、それはいい。
魔族か。
アマゾネスの襲撃を受けた村人が呪いに書いた。
今まさに殺されつつある中で。
信心深いこの世界の連中なら、そんなものだろうか。
わからない。
あるいは襲撃者が書いた。
浄化した。
この村の何を。
村人が異教徒だった。
わからない。
が、こちらの方が、しっくりは来る気がする。
いかれたカルトの犯行という、でまかせ考察。
案外、芯を食っている可能性もないではないか。
俺たちは踵を返し、街道へ戻る。
空はもう夕刻の茜に近い。
人命の安い世界だが、都市を出た農村はさらに物価が下がる。
それだけのことだ。