勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

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第30話 Do Golems Dream of Magic Sheep?

遺跡に着いた時には、空の色が金から灰に変わりつつあった。

 

丘の割れ目に口を開けた階段は、冷えた吐息を地上へ吐き出している。

通気は確保されているということだ。

 

死体は回収済み。

しかし、入口脇の土には古い血の色が薄く残り、靴底の擦れが幾筋も走っていた。

 

「置き土産、使えそう?」

 

ララに促され、壁際に立てかけられていた束を二本引き抜く。

油の匂いはまだ生きている。

 

火球の術式から、着火の要素だけ抜き出したライター魔法。

古布に染みた獣脂が、じわりと灯った。

 

ランプもある。

オイルの湿りを確認して火を灯すと、橙の輪がもう一枚、暗闇の上に重なる。

 

「火打石要らず。セトは便利だな」

 

ララは魔力による身体強化こそ高水準だが、攻撃魔法は使えない。

俺のは火球魔法の応用だが、汎用の着火魔法は別に存在する。

 

そういった習得が比較的容易な生活魔法も、ララはあまり使えない。

苦手なんだよ、とのことで、向上心を剣以外へ向ける意思は薄そうだ。

 

先頭を俺。

すぐ後ろにララ。

最後尾にエリサ。

順に足を踏み入れる。

 

石段は湿り、踏むたびに水の皮膜が浅く鳴る。

 

壁面は粗い切り出しで、松明の炎がその凹凸に影を刻み、俺たちの人数を三倍四倍に増やした。

 

鼻先には古い鉄の匂い。

 

天井に蝙蝠。

俺がこちらの世界へ呼ばれたあの日にはいなかったと思うが、最近住み着いたのだろう。

 

遠くで水滴が落ちる音が、数拍遅れて返ってくる。

 

地下の広間は、記憶より狭く感じた。四角い室内。

 

中央に据えられていたはずの祭壇は、跡形こそあるが、もはや台ではない。

 

石は弾けるように割られ、板状の破片と砂状の粉に変わって床に散っている。

 

周囲の壁には焼けの煤が扇状に広がり、そこに重なるように戦闘の名残があった。

 

剣圧でこすられた傷。

火球が直撃した黒。

飛び散って乾いた血の小点。

 

まあつまり、だいたい想像通りの有様ということだ。

 

瓦礫を足でごそごそと除けながら、あるはずの物を探す。

 

見つからない。

 

ばらばらに撒かれた破片の中にも、それらしき物は見当たらない。

 

「金属プレートがないな」

 

ララとエリサが顔に疑問符を浮かべているので、説明する。

 

「祭壇の天板に、金属プレートがはめ込まれていたんだよ。これくらいの」

 

そう言って、二十センチ四方ほどの四角形を両手の指で表す。

 

「破壊した奴……多分カイルスなんだっけ? そいつが持って行ったのかな?」

 

「金属プレート部分だけは念入りに破壊したのかもしれないわ」

 

どちらもあり得る。

 

今思えば、いかにも重要パーツという感じではあった。

 

俺は外套を脱いで床に広げ、祭壇の破片を拾っては並べ始めた。

 

端を合わせる。

角度を探る。

線と線をつなぐ。

 

石自体はただの石灰岩。

だが、割れ口の一部に、術式の名残がある。

導体をインクのように使い、記述して回路化していたのだろう。

 

触れれば、焼けているのが分かる。

今はただの意味をなさない煤けだ。

 

「なにか分かるのか?」

 

「壊れてるってことだけだな」

 

俺は掌から微量の魔力を染み込ませ、残滓が反応するかを試す。

やはり術式には触れることができない。ないものには触れない。

 

「あっ」

 

エリサが短く声を漏らした。

視線は床に落ちた平たい破片へ。

彼女の左手の親指と人差し指が、銀の輪を摘まむ。

 

指輪。

母の形見だとか言っていたものだ。

 

「どうした」

 

「このレリーフ……指輪と、そっくりで」

 

俺は破片を拾い、ランプの光にかざした。

波のような、蔓のような交差線が三重に組んである。

 

エリサが差し出した指輪に刻まれた紋も、確かに同じ構造をしていた。

縮尺と解像度の違いはあるが、とても似ている。

 

「……借りても大丈夫か?」

 

エリサは躊躇なく指輪を外し、掌に乗せてくれた。

 

俺は軽く息を吸い、余計な思考を一枚ずつ外していく。

 

目視での解析。

見た目に、レリーフの類似以外で気になる点はない。

どこにでもある銀の指輪。

加工痕は精密。

仕上げが良い。

 

次に魔力を流し込む。

受け流される。

これで何度目か。

イノセントローズに解析を試みた時と同じ感覚。

 

「どうした?」

 

と、ララ。

 

レリーフを確認するだけにしては、違和感を感じたかもしれない。

解析のことは話す必要がない。

 

その時、また何か言ったララの声が遠くなった。

返事をせず、引き続き解析を試みる。

 

その瞬間、頭の奥で、砂を踏むような音がした。

囁きとも風音ともつかない微細音が、内側から軽く脳内の鼓膜を叩く。

 

解析は通らない。

しかし、直感だった。

俺は魔力で手探りをするように探る。

 

わずかに触れたような感触。

 

――……意志……

 

――……使徒……

 

――……生の意味……

 

断片的で、連続した意味までは汲み取れない。

 

――……遠隔……

 

――……陣……

 

――……異界召喚……

 

そこで、ぴたりと止まった。

手の中の指輪は、ただの金属に戻る。

 

額に僅かな汗。

背中で、ランプの熱とは違う温度が下る。

 

「お、おい、どうしたんだよ?!」

 

俺の様子に慌てるララを手で制す。

俺がなにをしていたか訊かれるのも面倒だ。

逸らそう。

 

「エリサ、この指輪について知ってること、全部話してくれないか」

 

エリサは不安そうに指輪を見ながら言う。

 

「……母の形見よ。……そう聞いてるけど、母は私を産んだ際に亡くなったそうなので、話したこともない。だから、指輪についてなにか知っているわけでは……」

 

「指輪について、なにか気になることはないか? 例えば、誰かの声が聞こえたり」

 

エリサはぎょっとしたような顔をして、すぐに表情を整えた。

どうやら心当たりがあるようだ。

 

「……時々、声のようなものが聞こえるような気がする。言葉として聞き取れるほどのものではないわ。なんとなく、母の声なんて都合よく解釈してたけど……どうやら見当違いのようね」

 

へえ。

 

俺の態度からそこまで理解し、すんなり受け入れたか。

母親との唯一の繋がりを否定されても、即座に切り替える。

誰にでもできることではない。

 

「ああ。こいつはそんなロマンティックな代物じゃない。クロスの召喚に関わる、おそらく古代遺物だろう。いくつか断片的な言葉が聞こえた。その中に、異界召喚というものがあった」

 

異界召喚という言葉。

レリーフの類似。

 

そしてイノセントローズと同じく、解析が通らない。

 

偶然と片付けるほどに、俺は鈍感ではない。

 

「はっきり言葉が聞こえたの? 私にはそんなことは一度も……」

 

ララに指輪を渡す。

しばらく待ってみるが、なにも起こらない。

 

「おそらく、俺がクロス……異界召喚で呼ばれた存在だからじゃないか」

 

厳密には、解析を試みたことがトリガーになっていると思う。

が、別に嘘は言っていない。

 

こいつらには全部打ち明けてしまいたい。

そんな欲求にかられるが、抑え込む。

 

なにかの保険になるかもしれないのだ。

俺は模倣が得意なだけ。それでいい。

 

「まあ、とりあえず爆ぜたりはしないはず。返す」

 

彼女が指輪を受け取り、親指で縁を撫でる。

そして僅かに顔をしかめた。

指輪を握る。

 

強く握ったせいで、指の節が白くなる。

それから、何かを捨てるみたいに、俺へ差し出した。

 

「……いらない。セトにあげるわ」

 

ずいぶんと唐突な宣言に、一瞬、固まる。

 

大事なものがあっという間にゴミへと変わるタイプなのだろうか。

どこぞの殺人奇術師と同じく、心も変化系なのかもしれない。

ちょっと怖い。

 

「……母親の形見だろう?」

 

「異界召喚に関わる遺物だとか、なんだかおぞましい物に思えてきたわ。母の幻影は幻影に過ぎなかったし、なんだか裏切られた気分。あなたがその正体を暴く方が、よっぽど価値があるでしょう」

 

「……その異界召喚の成果物たる俺に対して酷いこと言うな」

 

そう言って笑う。

エリサも笑う。

軽口で笑い合ったのは、初めてかもしれない。

 

革のポーチに指輪をしまい込む。

 

辺りを見回しながら、ララが言う。

 

「これといって手掛かりはなさそうだな」

 

「同感だな。だが、収穫はゼロじゃない。指輪だ。こいつは、ただの装飾じゃない。そのうちもっと調べてみるさ」

 

地上に戻ると、夕闇はもう夜の淵に沈みかけていた。

入口から見上げる空は細長い四角で、そこに一等星がひとつ、固くピン止めされている。

 

俺たちは遺跡の街道近くまで戻ると火を焚き、野営の準備を始める。

遺跡内なら風を凌げるが、さすがに煮炊きは不安があるし、強度も信頼していいか分からない。

ここで派手にやり合った痕跡があるのに言うのもなんだが。

 

回収部隊が残した松明をそのままくべた焚き火で、エリサが調理に入る。

メニューは赤豆と干し肉のスープ。

短い旅なら充分に日持ちする柔らかい白パン。

黒パンの方が旅には向いているらしいが、食いたくないものは食いたくない。

 

「明日は戻りながら、さっきの村の周囲を一度だけ舐める。時間はまだ余裕があるし、見落としは減らす」

 

「了解」

 

ララが短く答え、エリサが頷く。

 

エリサはともかく、ララもいつの間にか俺の指示に従う感じになっている。

どうなってんだ。伯爵家の次期当主だろ。

 

まあ、信頼を得たと思っておこう。

なんだかんだ、その辺りの判断はドライな女だと思う。

 

季節は秋に入った。

東京のそれと比べれば、ずいぶんと冷える。

特に夜は。

 

暖かいスープが、味蕾よりも臓腑を刺激する。

腹が満ちると、女二人の汗が混じった匂いが鼻をくすぐる。

やはり嗜んでおいて良かった。

 

なにも期待していなかった調査で、成果があった。

そのことだけを考え、目を閉じる。

 

異界召喚。

 

指輪と祭壇の関係。

 

祭壇破壊の目的。

 

プレートの行方。

 

そして、俺自身。

 

もし俺が召喚されたのではなく、この世界の材料で組み上げられた何かなら。

偽物の記憶を植え付けられたゴーレムかなにか。

そう言われても、否定する材料はなかった。

 

魂だの、自我だの、本人性だの。

そういうものを信じる趣味はない。

ないはずだった。

 

それでも、“異界召喚”という言葉に、どこか救われた自分に気づく。

 

召喚なのであれば、俺はこちらの世界に呼ばれただけの俺自身だ。

つい最近製造された人間もどきではない。

 

そんな些事を、ずいぶんと気にしていたようだ。

 

息遣い。

 

匂い。

 

早寝にはまだ慣れない。

 

眠りにつくまでには、ずいぶんと羊が必要だ。

 

電気羊や魔法羊ではなく、本物の羊だ。

 

本物、という言葉にどれほどの意味があるのかは知らないが。

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