勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

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第31話 白い足音

朝靄が少しずつ薄くなる。

 

野営地の火は灰に沈み、鍋底に貼りついた赤豆が、白パンでこそげ落とされる順番を待っている。

革袋のエールを飲みながら、他愛のない話をした。

 

ララは「野営のスープにしては塩が足りん」と文句を言い、エリサは「誰かが勝手に豆と水を増やしたからだ」と返し、俺は「何もかも足りん。せめてスパイスと味の素が欲しい」とまとめた。

 

そんな調子で街道に歩を進めながら、二人にグルタミン酸の素晴らしさについて語る。

 

昨日の小村が、丘の向こうに霞みながら姿を出し始めたころだ。

空気が、震えた。

皮膚の裏でなにかが蠢いたみたいに、産毛がざっと逆立つ。

胸の奥で何かが一拍、裏返る。

耳の奥に圧がかかり、次の瞬間には魔力の奔流。

爆発的、と言っていい。

可視化するほどの密度はない。

それでも明らかに異常と分かる。

 

「……伏せろ。茂みだ。目だけ出せ。小声で話せ」

 

俺が言い終える前に、ララは草むらへ滑り込み、エリサは外套の裾を押さえて追った。

 

街道脇の低い藪は夜露で濡れ、掌に冷たさが噛みつく。

息を浅くして、俺たちは草の間から村を見張った。

しばらく、何も起きない。

 

鳥の声も風の音も、一瞬遅れて戻ってきたかのように、いつも通りだ。

それでも、さっきの感覚は勘違いじゃない。

空気が吹き飛び、薄くなったと錯覚するほどの魔力だった。

 

やがて、村の端から統一された全身甲冑の隊列が現れた。

 

最初の二人。続いて四人、六人。

――全部で三十。

 

きっちりと間合いを保ち、二列縦隊で街道に出る。

 

見たところ、こっちの世界で初めて見るプレートアーマー――いや、なんか違うな。

白いバットマンか、アーマードマッスルスーツといった印象。

だが、それにしては生身の気配がまるで感じられない。

あれの中身がブルース・ウェインや御神苗優なら、俺はハローキティだ。

 

陽がまだ低いとはいえ、反射光が目に刺さるようなことはない。

金属的なギラつきのない白。

まるで陶器か、磨いた骨のよう。

表面は滑らかで、板の継ぎ目が見えない。

そして、それらを繋ぐ白い革――というよりは、どこかビニールじみた質感。

顔の部分は完全に塞がれていて、バイザーなのか仮面なのか、平坦な一枚になっている。人の顔に合わせた凹凸が、そこにはない。

あれで視界が確保できるのだろうか。

 

背中に冷たいものが、ぞわりと走った。

あれはなんだ。

 

左腕に大きな四角い盾。

右手にはポールアックス。

 

歩調は完璧に揃っている。

鎧の擦れも、鎖の触れ合う音もない。

ただ、ざっざと、一定の間隔で地面を叩く。

 

完全に統制の取れた、軍隊というより群体のような動き。

 

「ララ、どこの軍だ?」

 

草の陰で声を絞る。

ララは視線を動かさずに答えた。

 

「ここは王領だ。王家の兵団以外が許可なく活動することは許されていない。……それに、あんな目立つ連中は見たことも聞いたこともない」

 

「つまり?」

 

「厄介事だ」

 

俺は喉の奥を鳴らして頷く。

エリサの指先が、膝の上で固くなるのが見えた。

 

列は村から離れ、街道をこちらへと向かってくる。

気取られた様子はない。

息をひそめる。

 

ざっざ、と足音が大きくなる。

あまりに揃い過ぎたそれが、一つに聞こえる。

 

近くで観察して確信できた。

あれは、統制の取れた軍隊とは別の何かだ。

 

各人の視線にすら、ばらつきが存在しない。

先頭の動きがそのまま尾まで伝わる、機械のような一致。

命令の伝達の遅延が、どこにもない。

 

野盗や傭兵くずれでは断じてない。

 

「あいつらが村を襲ったのかな? どうする?」

 

とララ。

 

「違う。襲撃犯は騎乗だ。接触はしない。やり過ごす。通り過ぎるのを待って、村の様子をもう一度確認する」

 

ララが小さく肩をすくめ、エリサが頷いた。

 

列は一定の速度を崩さず、俺たちの隠れ場所の前を通過していく。

盾の縁が、草の穂先を撫でる。

 

十個目の影が過ぎる。

 

二十。

 

三十。

 

足音は一定の間隔で俺の心臓を叩き、やがて遠のいていった。

最後尾が見えなくなったところで、俺はようやく息を深く吸った。

 

鼻に土の匂いが戻る。

 

ララが草から身を起こし、首を巡らせて周囲を確認する。

 

エリサも静かに立ち上がり、外套の裾についた露を払った。

 

「……参ったね。あれはとびきりの厄介事だ」

 

軽い口調とは裏腹に、表情筋の緊張が解けぬまま、ララが言った。

 

「……人間じゃないかもな」

 

口にして、背中のぞわりが一段深くなる。

あれは、俺の知っているのと同じものだろうか。

 

ここは、あの遺跡からも近い。

偶然ではないのかもしれない。

 

「急ぐぞ。村だ」

 

俺たちは茂みから抜け、街道に戻って駆け足で村へ向かった。

 

朝靄はいつの間にか晴れ、朝が少しずつ色味を増していく。

 

茂みを抜けて街道へ出ると、土の上にさっきの列の足跡が確認できた。

少なくとも幽霊ではなく、質量を持った存在のようだ。

 

――いや、そう言えば、この世界には幽霊が実在するし、質量もあるんだったな。

まだ見たことはないが。

 

三人で小走りに村へ入る。

 

最初に確認するのは、例のマーク。

丸とバツの浄化印だ。

しかし、こちらには特に変化も何もない。

 

いや、それ以前に、他の点で変化はすぐ目に付いた。

村の広場。

 

数十センチの範囲の土が煤けて爆ぜている。

ここが、先ほどの爆心地だ。

 

そして――。

 

「足跡……ここから始まってるな」

 

たぶん、決定的だろう。

 

細工をする余地はあるかもしれないが、それは脇に置く。

奴らはここで、先ほど生まれた。

 

いや、決めつけるのは早計か。

俺のように召喚された異界の存在かもしれない。

 

一応、遠方から瞬間移動してきた軍隊という線もあるのだろうか。

いずれにせよ、ここが発生源である可能性が高い。

 

「追うべきだよ。あれはアンデッドかなんかだ。最悪、セトとエリサは先に帰ってもいいし」

 

確かに、あれの目的や正体は掴むべきだろう。

 

というか、アンデッドか。

そういう線もあるのか。

 

見たところ、村人の死体に大きな変化はない。

 

そして俺は、あれが人造の生成物、スピリットの一種ではないかと強く疑い始めている。

 

「わかった。日が陰るまでだ。それ以上は追わない。ララは俺の護衛なのだから、お前もそこまでだ」

 

俺たちは隊列の真後ろを避け、森縁に沿って距離を取りながらつけた。

やつらは振り向かない。ひたすら前を向いて、前進するだけだ。

 

日が高くなり始めた頃、前方から馬に乗った男が現れた。

白鎧の群れを視認すると、馬を止めてしばし硬直。

やがて手綱を引き、きびすを返す。

 

しばらくすると、今度は三騎。

 

一般的な攻撃魔法の有効射程に入らない程度の絶妙な距離を維持しつつ、交代で引き返しては後方へ走る。

 

連絡線。

監視と報告のサイクルが出来ている。

訓練された軍人の動きだ。

 

「ララ、この近くに有力な駐屯地や都市でもあるのか?」

 

「……こんなにすぐ戻って来れる距離には、ないな。ケルテス伯爵の所有する荘園があるくらいだ。あの村と違って、そこそこの規模だよ。邸宅《マナーハウス》も教会もある。そこにいた私兵じゃないかな」

 

日が完全に高くなった頃。

川のせせらぎと、木槌の音が聞こえた。

水車が回り、白い教会が道の突き当たりに屋根を見せる。

 

荘園。まあ、村だ。

 

入口では、荷車と杭、柵板で急ごしらえのバリケードが組まれている。

男たちが押さえ、女と子供がその背に縄を渡す。

白鎧どもは歩調を崩さない。止まらない。

 

二列の行軍体勢のまま、村の狭い入口へと突き進む。

敵の接近に対し、作業に当たっていた村人は逃げ散る。

防御に当たるのは、武装した兵たちだ。

 

「止まれ!」

 

柵の向こうから怒鳴り声が飛ぶ。返事はない。

盾が上がり、白い面が一斉にそちらを向く。

 

次の瞬間、柵の内側から火球が二発、唸りを上げて飛んだ。

なんと、魔術師がいるらしい。

 

火球が盾にぶつかり、炎を上げる。

だが、白鎧たちは歩みを止めずに前進する。

 

「援護に入ろう」

 

ララが身を乗り出すのを、俺は手で制した。

あくまでも俺の決断を促すあたり、結構冷静なようだ。

 

「だめだ」

 

白鎧どもの実力はまだ分からない。

襲われているのは、大切な存在というわけじゃない。

 

防衛側がバリケードを見限り、一斉に後退を始める。

領主の館らしき石造りの建物前へ。

 

館前、皮鎧を着込んだ歩兵が十六。

館の上階窓から、魔術師が二人、弓手が三人、身を乗り出す。

村の規模に不釣り合いな戦力。

 

俺たちはバリケードまで進み、その影で待機する。

いつでも加勢できる。

いつでも逃げ出せる。

そんな位置取り。

 

白鎧どもは横陣に展開し、半円を描きながら包囲に入る。

整然と。無言で。

 

魔術師が狙いを中央に集中する。

弓手も同じく中央へ。

 

魔法を込めた矢と火球が重なり、化け物の足が初めて鈍った。

盾が割れ、装甲を穿たれ、流石に隊列が乱れる。

 

ここだと判断したか。

 

歩兵のうち十三が右へ回り、敵の左翼へ突撃。

残りの三人は、扉の前に残って楔になる。

 

だが、左翼だけでもほぼ同数。

 

崩せない。

 

押し合いが続き、じりじりと人間側が下がる。

ひとり、斃れた。

 

「セト! 今すぐ救援に入るしかない!」

 

「だめだ。待て」

 

館の窓で、二人の魔術師と身なりのいい初老の男が、長物を担ぎ出した。

トランクケースほどもある黒い箱。

 

そこから生える、節のない黒くて長い棒は、黒曜石を思わせる光沢を放っている。

 

その先端は面取りされた八角形になっており、中央には小さな円形の開口部が、冷たく口を開けていた。

 

直感する。

銃の類だ、これは。

 

低いうなりが漏れ聞こえる。

淡い光が集まり、糸が引かれるように細くまとまる。

狙いは変わらず敵の中央。

 

緑色の光。

いや、粒子だろうか。

それが収束して――走った。

 

ビーム兵器。

 

そう表現するのが、俺には適切に思えた。

 

集中した輝く束が、開口部から破裂音と共に発射される。

盾ごと白鎧の腹を貫き、肩まで裂く。

 

裂けた面から霧のようなものが噴き、そいつはその場で力を失って、砂糖菓子みたいに崩れた。

 

生臭さ。

塩素臭さ。

焦げ臭さ。

ツンとした悪臭が漂う。

 

「すぐに冷却に入れ!」

 

上から声。

 

連発不可。

撃つたびに冷やす必要があるようだ。

 

しかし、なるほど。

あのくらい壊せばいいのか。

 

魔法弓で穴が開く強度。

胴体を引き裂けば倒せる。

人間とそう変わらない。

 

うずうずと落ち着かないララ。

あっちを見て、こっちを見て。

待ての苦手な犬か。

 

兵士たちはこの機に館内へ退避しようと後退を始めている。

が、簡単に乱戦は解けない。

数でも質でも上回る相手なのだから、仕方ない。

また二人、斃れた。

 

いいだろう。

 

後退の支援くらいなら出来る。

ひと当てして攪乱したら逃げる。

 

それほど白鎧の脚が速いようには見えないので、この三人なら追撃されても大丈夫だ。

 

「俺が敵右翼を散らす。ララは乱戦中の左翼を端から刈る。エリサは距離を取って中央へ魔法。状況を見て援護しろ。いつでも下がれる準備を維持。行くぞ」

 

言いながら四本の長杭を構築する。

 

重く。

固く。

しっかりと魔力を込めて。

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