勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。 作:筆負野ユウ
セトが一歩前へ出て、空気をつかむみたいに指を鳴らした。
長い杭が四本、視界に生える。
重そうに見えるくせに、凄まじい初速でもって飛んでいった。
ドン、と空気が押しのけられる音。
杭は白鎧の右翼を一直線。
胴を二つまとめて抜き、そのまま館の石壁をガリガリ削って止まった。
「あらら、わりぃ……固いな」
背後でセトののんきな声。
白鎧の話じゃない。壁のほうが、やたら固い。
貫かれた白鎧は、腹の穴から白い砂みたいな粒子をこぼしながらも、まだ立っている。
顔がないから、苦痛も見えない。
気味が悪いが、動き自体は私から見れば鈍い。
「中央、火ぃ入れて」
エリサが詠唱を短く刻み、火球を背面から叩き込む。
炎が一体を包み、表面がぱちぱちとひび割れた。
まだ歩く。あの程度じゃ沈まないか。
私も走る。
盾の角を撫でて刃を滑らせ、膝裏を小突き、手首の関節を叩く。
重心が前に流れた白鎧の背中を、館側の兵の槍が突く。
ひとつ。
ふたつ。
姿勢が崩れた。
両断は無理でも、足は止まる。
止まれば押せる。
押せれば崩せる。
セトは館入口へ寄ってくる右翼の白鎧に、ぱらぱらと弾を撒く。
致命傷にはならなくても、面と盾はセトの方へ向く。
盾の角度が割れ、隊列にシワができる。
私はそこへ踏み込み、片足を送って、胴のつなぎ目へ斜め。
金属音はしない。
乾いた、魔物の固い骨を叩くような変な手応えだけ。
兵の髭面が怒鳴る。
「前、替われ! 口を空ける!」
押していた兵が下がり、私たちが空けた隙間に入れ替わる。
火の粉。
砂の匂い。
汗。
館の影が背中に差して、呼吸が少し楽になった。
これならいける。
そう思った時。
蹄の音。
湿った土を切る鋭いテンポ。
風に革と馬の匂いが乗る。
振り向けば、騎兵が十。
メイルの上に白いサーコートを纏った人間の騎兵だ。
救援。
いや、違う。
人間であることで判断が僅かに遅れた。
セトの「下がれ!」という声と同時に、火球が弧を描いてこちらへ。
エリサが風で軌道をひねり、熱が頬を舐めて離れた地面で散った。
やる。
セトはすでに引き気味だ。
片手でエリサの襟首を引き、もう片手で短弾をばら撒いて、白い面の視線を切らせる。
「逃げる!」
私は白鎧の膝へ二度目の蹴りを入れ、よろめいた肩を押し、通路を作る。
兵の列へ滑り込んで、肩口を合わせた。
館の石壁に火球がぶつかる。
黒い煤が花のように広がるが、燃えない。
そもそも石という以上に、魔術拡散の処置がしっかり施されているのだろう。
ここ、やっぱりただのマナーハウスじゃない。
「館の中へ退避!」
髭面の隊長が怒鳴り、兵たちが雪崩れ込む。
私たちもその流れに乗る。
最後尾の兵の背中を掴んで引き入れ、白い盾が届く前に敷居をまたいだ。
鉄の扉が落ちる。
重い金属の音が大きく響き、閂が何本も差し込まれた。
外で盾がぶつかる鈍い音。
押し寄せる足音。
中はひやりと暗く、汗と油と血。
そして僅かに混じる、薬品の匂い。
十六いた歩兵は、十三人に減っていた。
深手を負った者もいる。
おそらく、まもなく十二人になるだろう。
痛んだ槍が並び、欠けた楯が壁に立てかけられる。
息の荒い若いのが一人、膝に手をついて吐き気をこらえている。
一階には窓がない。
出入り口は、今しめた鉄の扉ひとつ。
壁は石壁というより、岩を積み重ねて固めた感じで、厚みがある。
これはマナーハウスと言うよりも――要塞だ。
外で、ガン、ガン、と鈍い衝撃。
扉の金具が低く鳴る。
「守備隊長のガバンだ。助太刀、感謝する」
髭面の男が短く礼を言う。
甲冑は使い込まれているが、目は澄んでいる。
「ここの代官に会ってくれ。二階だ」
彼が扉の補強を指示し、私たちは階段を上がる。
二階の窓から外を見る。
白鎧どもは壁を叩くのをやめ、館をぐるりと取り巻くように散った。
騎兵は馬から降り、少し離れた場所で様子見。
火球を二階の窓にでも撃てば、守備側にとっては面倒なのに、撃たない。
連携している感じがしない。
「代官のミラークです。主に代わって御礼を」
身なりの良い初老の男が現れる。
私は伯爵家の人間として名乗り、簡単な挨拶を交わす。
ここはケルテス伯爵の荘園。
私の知る限り、やや王党派寄り。
「早ければ明日中にも後詰が来ます」
ミラークの言葉に、セトの横顔がわずかに固くなった。
明日の午後に解放でも、王都に着くのはその翌日。
セトの持ち時間を越える。
まずは情報。
セトが淡々と問う。
「通りがかりに襲撃を見て助太刀したが、相手の素性は分かりますか?」
「まったく分かりません。いったいなんなのか……」
「村民は?」
「森へ避難させました」
「近くの村が皆殺しにされていたのですが、心当たりは?」
「ありませんよ。今朝まで平穏でした」
「脱出は?」
「しません。ここは守り切ります」
「さっきの光る兵器はなんですか?」
ミラークは逡巡した。
あんな武器、見たことがない。
隠したい物なのだろうか。
だが、隠したところで、もう見られている。
そう判断したのかは、分からない。
「……“アルゲスの箱”と呼ばれております。当家が魔族対策として備えていた魔道具です」
当家。
魔族対策。
王国の貴族なら、ミストラティを理由にすれば、大抵の武備は説明できる。
あまりに当たり前の言葉。
問題は、それが当たり前の代物ではないこと。
「未完成で、使用後は冷却が要ります。魔力消費も桁違い。三人がかりで運用して……一日に撃てて二発、よくて三発」
最後の説明だけは、妙に具体的だった。
まあ、いま問い詰める話ではないか。
「この建物は? ずいぶんと頑丈なようですが」
「先代が有事に備えて改修したそうです。食料は充分、井戸もあります」
長期戦の構え。
セトの時間とは、真逆の用意周到さだ。
ガバンが一階から使いに呼ばれ、私たちは二階の廊下を戻る。
その時。
ドン。
ふたたび鈍い衝撃。
続いて、金具を叩く甲高い金属音。
窓から見下ろすと、白鎧三体が扉に体当たりをしている。
すぐに破られるような気配はないが、放っておくわけにもいくまい。
「そのアルゲスの箱? 俺に使わせてみてくれませんか? 魔力量はかなり多いほうです」
セトがそう言うと、代官ミラークは数秒だけ眉根を寄せた。
それから、観念したように頷く。
「分かりました。使い方を説明します。持ち手は六つ、どれを握ってもよい。握って魔力を流し込む。重低音が鳴り、先端が光り始める。数秒で……発射されます」
「……勝手に発射されるのか」
セトの口もとに苦い笑い。
武器というより、機嫌の悪い獣を抱く顔だ。
私たちは二階の窓辺へ、アルゲスの箱を運ぶ。
人の胴ほどもある黒い箱から、黒曜石めいた棒がにゅっと突き出している。
先端の八角は、中央に小さな穴。
セトが持ち手に手をかけ、静かに息を吐いた。
「お一人で扱うつもりですか?!」
ミラークが驚いて声を上げる。
セトは軽く頷いただけで、目線もやらずに手順を続ける。
低い唸りが床板を震わせ、棒の先に薄い光が集まる。
糸が撚られるみたいに細く絞られ――。
破裂音。
光の束が一直線に走り、白鎧の胸を盾ごと穿って肩まで裂いた。
遅れて、栗の花めいた匂いと、生ごみと金属を擦ったような臭気が窓をくぐってくる。
やつは砂糖菓子のように崩れ、風に霧を散らした。
「おお……見事!」
ミラークと、箱の運用を担う二人の魔術師が同時に声を上げる。
ミラークの目の奥に、わずかな光が差した。
歳に似合わず、菓子を貰った子供のような目だと思った。
セトは短く頷く。
「魔力の食い方がデカいな。まだ何回かいけるが」
そう言って、肩を回した。
魔術師が箱を受け取り、濡らした麻布を被せて冷却に入る。
箱はぶすぶすと熱を吐き、布から蒸気が上がった。
私たちはミラークに伴われ、一階で守備隊長ガバンと合流する。
「扉の補強は継続。交代で水と塩を回せ。弓と魔法は一拍遅らせて集中射撃だ」
ガバンが矢継ぎ早に指示を出すあいだ、セトが私の肘を軽くつついた。
「荘園の代官が“死守”の構え。どう思う?」
「この状況で普通は考えにくい……が、死守命令が出ていれば、ありえる」
「その命令を出すには、こうなるのを予想してなきゃ無理だろ」
「そうだね。……だから、どちらにしても“この館が特別”って話になると思う」
小さく「だよな」と返すセトに、私は目線だけで箱を示す。
「なあ、あんな箱がなくても、お前の新しい魔法なら白鎧は倒せるだろ?」
「倒せると思うけど、複雑な処理は魔力の減りがえぐい。今はイノセントローズ頼みで三割供給。あまりやりたくはないな」
長期戦の構え。
そして、セトの持ち時間。
噛み合いが悪い。
セトは方針を固めた顔で、ミラークに館内の見回りを申し出た。
代官自ら案内役になる。
館内は、質実。
そして、戦時。
一階の端に厨房と地下倉庫。
井戸は倉庫の中。
大広間。
ミラークの私室。
兵の詰所。
窓はなく、贅沢な魔法灯が淡く光っている。
二階は驚くほど飾り気がない。
寝台はあるが、調度は最低限。
持ち出したのか、もとから無いのか。
セトは構造を読むように、梁や継ぎ目を眺める。
ミラークの私室のあたりで、一瞬だけ目の色が変わった。
たぶん、なにか見つけた。
私は見なかったふりをする。
今は突っつく場面じゃない。
廊下に出たところで、セトが水を向けた。
「後詰はどこから?」
「西のクレオン将軍の駐屯地です。早馬を飛ばしました」
「早馬か。……期待しないほうがいい。ここへ来る途中で、馬と人が倒れていた。奴らにやられたんでしょうね」
ミラークの目が揺れる。
「……腕の立つ男です。迂回もしたはず……容貌は?」
「細かくは見ていません。状況からして、そう考えるべきかと」
「……兵には内密に」
「分かりました」
嘘だ。
そういう現場は見ていない。
でも、これで“援軍まで耐える”という甘い皮算用は一度、崩れるはずだ。
そういう算段だろう。
「武具と食料の棚卸しをしてきます」
ミラークが離れ、私たちだけになる。
セトが肩をすくめた。
「ああ言ったら短期決戦に切り替えるかと思ったけど……逆に腹くくったっぽいな」
「井戸と食い物がある限り、籠城続行ね」
「俺の首が先に落ちる」
「分かってる」
その時、館が小さく震えた。
コン、コン、と探るように。
続いて、ガン、と低い衝撃。
私たちは窓に走る。
白鎧どもが壁を叩くのを再開していた。
同じ場所を続けては殴らない。
数打ちゃ当たるではなく、薄いところを探している叩き方。
やがて三体が扉の前に進み、楯を前に出して構えた。
防御側の魔法と矢がそこへ集中する。
火花が弾け、石粉が煙る。
騎兵の方にも動き。
馬は下りたまま、ひとりだけ様子見に近づいてくる。
攻勢の合図は出さない。
援護もしない。
白鎧と連携している気配は、やっぱり薄い。
セトが窓から一本、長杭を撃った。
肩口から入り、腰のあたりまで貫く。
効いているが、止まらない。
さらに一本。
穴からさらさらと粒子をまき散らすが、止まらない。
ひたすら長杭を打ち込む。
十。
徐々に動きが鈍る。
二十。
完全に停止して、砂糖菓子のように崩れ去った。
一匹倒すのに、ずいぶんかかってしまう。
が、倒せる。
「このまま全部倒せるんじゃないの?」
「本来の魔力供給量なら、考えるかもな」
日脚が傾く。
白が灰に、灰が藍に。
白鎧どもは壁から距離を取り、じわじわ下がっていく。
完全に包囲を解いて、離れた場所に整列し直した。
何か仕掛けてくるのだろうか。
騎兵のひとりが、また様子見に近づいてきた。
今なら、村に隣接する森を抜けて脱出できるだろうか。
土地勘のない私たちが森を抜けて迂回し、離れた位置で街道に出る。
時間の制約がある立場で、それもなかなかに冒険だ。
敵も何か狙いがあるのだろう。
罠かもしれない。
なんとでもなりそうで、どれも確実ではない。
宙ぶらりんの気持ち悪さだ。