神様、ちょっと黙ってろ ~神は死んだ。聖女はまだ祈っている。~   作:筆負野ユウ

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第4話 異質な来訪者

召喚の儀で呼び出された男。

 

姿勢が悪い。視線が定まらず、呼吸も浅い。剣を握る者の重心ではない。

周囲をきょろきょろと見回す様は、戦場どころか、訓練場にも立ったことのない素人そのものだった。

 

少なくとも、私はそう判断した。

そして、その判断は正しかったはずだ。

 

セトは優れた反応と身体能力で敵を蹴り飛ばし、手傷を負いながらも二人を斬り伏せた。

だが、その動きに剣士としての術理はない。足運びは粗く、間合いの取り方も危うい。剣を振るう腕にも、訓練で作られた型や、実戦で染みついた癖が見えなかった。

 

つまり、素人だ。

 

なのに、判断だけが早い。

敵の隙を見つける。急所を選ぶ。殺すべき瞬間に、手が止まらない。

 

新兵なら震える。

訓練された兵士でも、初めて人を殺す瞬間には迷いが生まれる。

 

セトが恐怖していることは分かった。殺しに慣れているようにも見えない。

それでも、殺す局面では止まらなかった。

 

そこが、ひどく不気味だった。

 

そして今、彼は魔法に驚いている。

やはり、彼の世界には魔法が存在しないのだろう。火球を見て目を見開き、何かをぶつぶつと呟いている。

 

だが、怯えて固まるわけではない。

避ける。観察する。次に備える。

 

恐怖し、混乱している。

それでも、止まらない。

 

初陣にしては、充分すぎるほどだった。

 

私はセトから意識を外し、こちらへ放たれた火球へ向かって踏み込んだ。

姿勢を低くし、軌道を読む。熱が髪を掠めた。

 

火球の下を潜り抜け、そのまま黒い外套の男へ迫る。

 

「ノア、その男、カイルスかもしれません!」

 

ルナ殿下に言われるまでもなく、私も同じ名を思い浮かべていた。

 

カイルス。

 

トラキス公の影にいる、正体不明の人物。

王党派の間では、危険人物として名を挙げられていた男だ。

 

断言できる材料はない。

報告にあった黒い髪。貴族然とした服装。戦場に立ちながら、ひとりだけ周囲と温度の違う目。

 

それだけだった。

だが、それだけで充分に嫌な予感がした。

 

私は助走を乗せ、渾身の一撃を両手剣へ込める。

カイルスは片手剣を添えるように上げた。

 

受け止めるつもりか。

 

そう思った次の瞬間、手応えが消えた。

刃が滑る。力の向きが逸らされる。踏み込んだ重心だけが前へ流れ、両腕が空を斬った。

 

「なっ……!」

 

受けられたのではない。

流された。

 

カイルスは、崩れた間合いへ半歩だけ入ってきた。

剣が横薙ぎに振るわれる。速いというより、振りが小さく、無駄がない。

 

とっさに剣で受ける。

今度は骨まで響く衝撃が来た。剣の表面を火花が走り、私はたたらを踏んで後退した。

 

「ノア! うしろ!」

 

切迫した声が飛ぶ。

反射的に身をひねると、背後から振るわれた剣が鎧の表面を掠めていった。

 

危うい。

あと一瞬遅ければ、まともに受けていた。

 

カイルスとの距離を保ちながら、背後から来た敵兵へ向き直る。

 

そして、耳を疑った。

 

いまのは、どこかぎこちないながらも、確かにこちらの言葉だった。

叫んだのはルナ殿下でも、味方の兵でもない。

 

セトだ。

 

言葉が通じないはずの男が、私の名を呼び、背後の敵を警告した。

 

いつ覚えた。

 

考える暇はない。

 

敵兵が斬りかかってくる。

踏み込みをずらし、剣筋を外し、反撃の一刀で斬り伏せる。

 

視線を戻した。

 

カイルスは追ってこない。

斬り込むでもなく、命じるでもない。ただ、こちらを見ていた。

 

ルナ殿下ではない。

私でもない。

 

セトを見ている。

 

セトは、まだ何かを呟いていた。

その視線は、二人の魔術師へ向けられている。

 

魔術師たちが火球と石の矢を放った。

セトは低く潜り込むように回避する。

 

その動きは、先ほど私が火球を潜り抜けた時のものによく似ていた。

 

私の動きを見て、真似たのか。

 

そう考えた時には、すでにセトは魔術師の目前まで迫っていた。

手の中に、長く尖った棒が生まれる。

 

マテライズ。

物質化魔法だ。

 

槍というより、長い杭に近い。武器として整った形ではない。

だが、突進の勢いを乗せたそれは、重装騎兵の突撃槍のように魔術師の胸へ突き立てられた。

 

魔術師が崩れ落ちる。

 

召喚された直後から、マテライズを使いこなしている。

被召喚者――クロスが、本能的に持つ術式なのだろうか。

 

なぜここまで戦えるのか。

それもクロスだからということで片付くのか。

 

考えたい。

だが、目の前の剣士が斬りかかってくる。

 

油断はしていない。

 

踏み込みをずらし、剣筋を外し、カウンターを合わせる。

一刀で斬り伏せた。

 

視線を戻す。

セトは、倒した魔術師の短杖を握っていた。

まだ、ぶつぶつと呟いている。

 

いや、あれは――。

 

セトが短杖を突き出す。

 

火球が放たれた。

 

「……!」

 

残った魔術師は反応できなかった。

自分たちの術式を、目の前の異邦人が使うなど想定していなかったのだろう。炎に包まれ、踊るようにのたうち回る。

 

セトが呟いていたのは、詠唱の模倣だったのか。

 

だが、そんなことが可能なのか。

 

マテライズなら、まだ分かる。クロスにあらかじめ備わった術式なら、本人が理屈を知らずに発動させることもあるだろう。

幼い子どもが無意識に術式を漏らす例も、別に珍しくない。

 

しかし、詠唱魔法は違う。

 

確かに言葉を正しく真似ればよいだけだ。

だから多くの者に使用され、普及している。

 

だからといって、初めて耳にした詠唱を、その場で再現できるものではない。

まして、魔法の存在しない異世界から来た男が。

 

セトはもう一度、燃える魔術師へ短杖を向け、詠唱を始めた。

 

先ほどと同じ火球――ではない。

 

彼の手元に、金属質の短い杭が生まれる。

マテライズ。

 

それを、射出した。

 

魔術師の頭が跳ねる。

炎の中で続いていた舞いが止まり、そのまま床へ倒れた。

 

マテライズした物体を、詠唱魔法で射出した。

 

ただの模倣ではない。

 

奪った杖。

聞き取った詠唱。

自身のマテライズ。

 

それらを、その場で混ぜ合わせている。

 

ぞっとした。

 

セトは、魔法を学んでいるのではない。

 

戦場で盗んでいる。

 

盗んだものを、その場で別の形へ組み直して使っている。

私たちが長い時間をかけ、個別の術式として覚えるものを、彼は部品のように扱っていた。

 

セトがカイルスへ向き直る。

 

動ける味方は、ルナ殿下とセト、そして私だけだった。

室内にいた兵たちはすでに斃れている。外を警戒していた者たちも、剣戟が止んでいる以上、無事とは考えにくい。

 

敵も、残るはカイルス一人。

 

討ち取るなら今しかない。

 

だが、ルナ殿下を危険に晒すわけにはいかない。

カイルスの剣技は、明らかに私を上回っている。

 

カイルスはしばらく、セトを見ていた。

 

思案しているようにも見える。

何かを待っているようにも見える。

 

やがて、わずかに笑った。

左手で小さく印を切り、詠唱を始める。

 

「させるか、カイルス!」

 

動作と詠唱を組み合わせた複合術式。

完成する前に身体を乱せば、術式は崩れる。それだけでいい。

 

私は踏み込んだ。

だが、剣は簡単にかわされた。振り下ろした刃が石床を砕く。

 

ほとんど同時に、セトの鉄杭が飛来した。

それも、カイルスは最小限の動きでかわす。

 

数歩後退し、剣を構え直した。

 

その時には、もう遅かった。

 

カイルスの隣に、異形の人型が立っている。

 

全身へ灰色の革帯を幾重にも巻きつけ、その表面から無数の棘を突き出していた。

革帯の隙間からは黒煙が滲み、呼吸するように蠢いている。

 

右手には、鍔のない大型の片刃剣。

ファルシオンに似ていた。

 

――スピリット。

 

自然界に発生する霊的存在。

火、水、風、土の四大元素霊が代表的だが、契約によって魔術師が使役することもある。

 

だが、目の前のそれは違う。

 

自然に生まれた存在の気配ではない。

形が整いすぎている。

 

戦うために不要なものを削られ、必要な性質だけを悪意によって与えられていた。

 

作られたものだ。

 

人造スピリット。

 

文献でしか知らない代物だった。

ならば、強力であると考えるべきだ。そうでなければ、カイルスがこの場で呼び出すはずがない。

 

カイルスが、初めてルナ殿下を見た。

 

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