勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

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第36話 走れアンなんとか君!

反応は劇的だった。

 

やはり視覚的な情報から“遺物”とやらを認識しているようだ。

少なくとも、見えるものに反応している。そうとしか思えない動きだ。

 

それまで一応の警戒をしていた程度だった白鎧たちが、捕虜の男――アンなんとか? を明確に追い始める。

 

白い群れが波打って、片翼がほどけた。

半数以上が線を引くように前へ。

 

十三体が走った。

鞍の箱へ一直線だ。

 

とはいえ、さすがに魔力強化された馬のほうが速いだろう。

ちゃんと仲間の元へ帰れるはずだ。良いことをすると気分が良い。

俺も囮役を引き受けた甲斐があったというものだ。

 

騎兵ども――自称白衣騎士修道会ことゴロツキ集団の焚き火の輪がざわつく。

歩哨が松明を上げる。仲間が帰ってきたのに、飲み込めていない顔。

 

混乱。

上等。

 

頑張れ。

頑張れ、アン――アンギラス?

 

アンダルシア?

 

どっちでもいい。

仲間の元まで走れ。

 

さて、こちらの敵は残り十二。

先頭の四体が俺に寄る。

 

八体は左右に開いて、俺を包囲する構え。

ならば正面は踏まない。

先ほどと同じように横へ引く。

 

左翼の一体に長杭を二本。

膝と足首。

壊すほどではない。

歩調だけ崩す。

 

もう一度、アンタッチャブル君を横目で確認する。

暗いし、拷問後でコンディション最悪だからか、思ったほど速くないような。

 

あれ。

これは白鎧が追いつくかもしれない。

 

そうなれば、なんらかの修正が必要だろう。

仲間も応援してるぞ。

頑張れ、アンガスヤング君。

 

さあ、最終直線! 逃げる、逃げる、アンガス……アン……ええい、アンなんとか君!  深夜の逃走劇(ミッドナイト・ランナウェイ)! その差は三馬身ほど! 後方からは、白鎧の群れ! まるで地獄から解き放たれた白い悪夢が、怒涛の勢いで差を詰めてくる!

 

アンなんとか君、必死で手綱をしごく! 限界か? 限界なのか! いや、ゴールの野営地までは残り一ハロン! 味方の松明が灯の輪を描く! それは救いの光か、それとも破滅への招待状か!

 

おおっと、アンなんとか君、ここで右手に持った松明を大きく振った! 合図だ! これが合図だ! 仲間への合図だ! なんの合図だ?! いいから走れ!!

 

アンなんとか君、無意味な動作をやめて再び手綱をしごく! そうだ、それでいい!!

白鎧、二馬身まで迫る! アンなんとか君、脚が止まりかけているぞ! ゴールまであと僅か! 粘るのか! はたまた白鎧が差すのか! 一馬身まで迫る!

 

粘る! 迫る! アンなんとか君! 白鎧! アンなんとか君! 白鎧!

アンなんとか君! アンなんとか君! 一着はアンなんとか君! 粘り切りました!

 

ふぅ。

 

思わず脳内実況に力が入ってしまった。

 

仲間の元へ駆けこんだアンなんとか君に、白鎧が躍りかかる。

 

サーコートの騎兵ども――今は下馬しているが――は、訳も分からず、それに応戦する。

 

素晴らしい。

戦え。

戦え。

アンなんとか君、見事な走りだったよ。

 

激しいレースの後だ。

勝利ジョッキーインタビューはパスして、ゆっくり休むといい。

 

さて。

 

上手いこといったが、ここからは不確定要素がさらに大きい。

 

アレが白鎧にも通じるのかは、やってみなければ分からない。

通じなければ、小細工程度しか出来ない力勝負だ。

 

なんも思いつかん。

 

「あのおっさんの汚い声が聞こえるうちは、死体は増え続けてくれるだろ」

 

俺はそれに応えて、頑張ってみるとしよう。

俺なりにな。

 

独り言は夜に消える。

 

館の鉄扉は開いたまま。

砲撃は止まったまま。

 

合図は通っている。

状況も見ているはずだ。

 

彼らも動く。

 

 

「さあ野郎ども、仕事の時間だ! 得物を握れ! 屁垂れた野郎は、その股座に付いてる役立たずの獲物を俺が直々に叩き切って、お嬢ちゃんにして可愛がってやる!」

 

「隊長のなまくらよりは、化け物に掘られた方がまだマシだ!」

 

笑いと罵声が一斉に返る。

 

「ルードはまんざらでもねえって顔してますぜ!」

 

「ハッ、勘弁してくれ! お嬢ちゃんになるくらいなら、あいつらの尻で楽しんできますよ!」

 

汚い言葉が空気を割った瞬間、緊張がほどけた。

いい。

 

戦場の怖さは、笑いで薄めるのが一番だ。

それが下品で、乱暴で、どうしようもなく馬鹿らしいほど、効く。

 

ガバンは笑い終える前に、声の色を変えた。

 

「弓は三人だな。初手は十歩の距離まで近づいて一斉射。狙いは盾下、足元。上半身は狙うな、弾かれて終いだ。その後はすかさず歩兵が横陣で押す。刺すな。押して下げるを繰り返す」

 

「応!」

 

「ミラーク様、魔術師の運用はお任せします」

 

「魔力がそれほど持ちません。要所で支援する程度と心得てください」

 

「頼みます。……いいか、誰も派手に勝とうとするな。死なずに戦い続けろ」

 

うなずきの波。

 

歩兵十。

弓兵三。

魔術師三。

私とエリサで十八。

 

セトは外。

十九。

 

「部外者に重要な役割を頼んで申し訳ないが、お二人には削りを頼みます」

 

ガバンはそう言うが、どちらの役割も同じく重要だ。

どちらがしくじっても、作戦は崩壊する。

 

私は剣帯を締め直し、鞘の口金を指で叩く。

乾いた良い音。

 

隣でエリサが、私の肩紐を引いて鎧の浮きを直す。

彼女の手つきは正確で速い。

 

「ララ様、脇の紐。……はい、これで」

 

「ありがとう。……連中、顔はないけど、視るときは顔を向ける。チャンスがあれば火で目潰ししてみて」

 

「わかりました」

 

セトの最後の言葉が頭に残る。

人助けさ、と軽く言った。

乾いた声だった。

 

さっき逃がした捕虜の名を、彼は一度も口にしない。

彼なりに思うところもあるのだろうか。

あの男にも、そういう所があるのか。

 

そして、今は彼が最大のリスクを被っている。

 

捕虜――アンドレアスが出て行ったきり開けっ放しになっていた鉄扉へ、ガバンが顎をしゃくった。

 

「行くぞ」

 

「応」

 

簡潔で、静かな出撃合図。

 

弓兵が先頭を行く。

弦が指に馴染む音。

矢の羽根が石に擦れる音。

 

その後ろに歩兵の列が続く。

全員が長槍を持ち、腰には剣。

鉄と革の匂いが厚くなる。

 

私は深く息を吸う。

肺が冷たい空気で満ち、神経が冴えるような気がした。

 

エリサの横顔はやや青い。

彼女は戦場を知らない。

せいぜい昼間にやった救援戦くらいだ。

 

人を殺したことすらない――いや、それはあったね。

 

今回、人間を相手にすることがあるかは不明だし、いずれにせよ怖さは消えない。

消す必要もない。怖さを飼いならすのがベストだ。

 

もっとも、普通は飼いならせないから、押し殺すか、誤魔化すものだけど。

 

最後に歩き出したミラークら魔術師に続いて、外へ出る。

 

夜の匂い。

遠くで何かが崩れる乾いた音。

 

地面に刻む光の脈動は消えているが、白鎧らしき集団の影程度は、わずかな月明りで確認できる。

 

戦場の位置を誤ることはない。

走ることはしない。

通常の行軍のような、あるいは買い物にでも行くような速度で進む。

 

しかし、全員の緊張が重なり、渦巻く。

ひりひりと肌を焼く。

 

近付く。

 

戦場に。

 

わずかな光源でも、白鎧たちの姿がはっきりと見える距離。

 

セトの姿も確認できた。

距離を取りながら、ちくちく刺すように飛び道具を使っている。

 

まだ、表情までは確認できない。

疲れた顔をしているだろうか。

飄々とした様子だろうか。

 

必死こいてるのを表に出しているところは、あまり想像できない。

 

弓兵が矢を引ききる。

弦がきしむ。

ミラークの指が空気をつまみ、火の筋がか細く揺れる。

 

エリサが私を見る。

 

私は頷く。

 

剣を半寸抜き、刃の煌めきを確かめる。

 

「敵は十二体!」

 

ガバンが隣の兵に顔を向け、彼も数字に異存がない旨を確認する。

 

こちらはセトを入れて十九人。

 

初めての数的有利。

そして一応は、挟撃のような形。

 

セトがやってくれた。

 

皆の緊張感に、高揚感が重なるのが分かる。

 

いける。

 

「松明、投げろ!」

 

一人二本ずつ持った松明を周囲に投げて、多少明るい場を作り出す。

 

と同時に、手を空ける。

 

戦闘準備完了だ。

 

「てッ!」

 

弓の弦が一斉に鳴った。

刃で裂いたような音が夜気を切り、矢羽が三、白鎧の列へ滑り込む。

 

狙いは胸でも喉でもない。

盾の下。

膝。

足首。

 

硬い音と鈍い音が混ざって弾け、二本は跳ね返り、一本は継ぎ目に噛みついた。

 

よろめいた白鎧の足が土を抉る。

そこへ、火球も撃ち込まれ、兵たちが歩を詰める。

 

セトがさらに離れ、長杭を点のように撃ち込むのが見えた。

 

白鎧はほとんど全てがそちらへ顔――顔はないが――を向けていて、こちらは側面。

 

理屈で言えば有利。

 

理屈で言えば、だ。

 

「あいつらは俺たちの言葉を解さねえ。だがな、得物でお話すれば、嫌でも分かり合える! ……さあ、挨拶してこい!」

 

ガバンの怒鳴りが、背骨を叩く。

 

槍列が低く沈み、足並みは崩さず、肩と肩で支え合いながら前へ。

刺さない。

押す。

槍の柄で、相手の盾ごと脚を払う。

 

勝とうとすると返り討ちだ。

粘るだけだ。

分かっている。

皆が。

 

ガバンの指示が、徹底されている。

 

白鎧は数の多いこちら側への対応を優先し、十体をこちらへ振り向けてきた。

残る二体は、セトに任せるしかない。

 

横陣と横陣でぶつかり合おうとするガバンたちと白鎧たち。

 

私は、陣に加わろうとしていた二体の白鎧にちょっかいを掛けて引き込む。

自然、ガバンたちは八体の白鎧を、倍の数で対応することになる。

 

頼んだよ。

 

「援護します」

 

エリサの声。

 

指先から小さな火球の軌跡が糸のように伸び、私の前を渡って、白鎧の面に咲く。

 

素晴らしいコントロールだ。

爆ぜるほどではない。

瞬きさせる程度。

目はないが。

 

私はエリサが作った隙に、踏み込む。

刃が盾の縁を滑り、肩口の継ぎへ。

 

深くは入らない。

そこそこ硬い。

だが、入る。

 

「下がって、もう一度」

 

「了解」

 

エリサは再び魔法を放つが、今度は敵も対応してくる。

だが、こちらも織り込み済み。

盾で防がれるが、牽制にはなる。

 

私はそこを躊躇わない。

踏み込んで、足首を断ち、退く。

追撃はしない。

長居のリスクは犯さない。

 

左の槍列が押し合いに入った。

槍とポールアックス。

柄と柄。

 

叫びがこすれ、歯ぎしりの音まで聞こえる距離。

ガバンが槍で殴りつけながら檄を飛ばす。

 

「死にたくなければ粘れ、この出来損ないども! お前たちがここでくたばれば、俺の計算が狂う。俺に無駄な手間をかけさせるな!」

 

「応!」

 

「なんだその腑抜けた声は? 王都の娼婦でも、もう少しマシな気合の入ったあえぎ声をひり出すぞ! お前ら、売女以下の根性で戦場に来たのか! 声出せ!」

 

「応ッ!!」

 

怒鳴るような返答。

 

魔術師の影がその背をなめるように走り、火球が爆ぜる。

効いているとは言えない。

しかし、隙はできる。

そこへ、さらに押す。

 

倒さなくていい。

下がらせればいい。

下がらせれば、次にこちらが下がる余地は大きくなる。

 

私の役割は、手早く決める必要がある。

だが慎重に。

 

私は呼吸を一つ短く切り、斜めに滑り込む。

 

白鎧のポールアックスが横に走る。

 

刃先の風が鎧を掠める。

 

エリサの火球がそれを薄く照らし、私は柄に刃を当てて弾き、肩の継ぎ目へもう一度。

 

今度は深い。

手応えが腕に重く返り、白鎧が震えた。

 

崩れはしないが、崩れる前の揺れは出る。

 

そこで退く。

 

欲張らない。

 

もう一体の白い影が、左手から迫る。

ポールアックスを振りかぶったところで、脇の下を斬りつける。

人間なら鎧の防御がなく、血管の集まる急所だ。

 

速度優先。

力は入れていないので浅い。

もちろん出血もない。

しかし、握りが緩み、攻撃態勢は崩れる。

 

もう一度、先ほどの白鎧と向き合う。

肩の継ぎ目に入れた傷が、わずかに砂のような零れを漏らす。

 

狙える。

狙う価値がある。

 

私は刃を持ち直し、エリサの息遣いを背に感じながら、もう一歩だけ深く踏み出した。

 

盾の縁に刃を当てて押し上げ、脇へ体をねじ込む。

 

ポールアックスの柄が私の肩を叩く前に、足で相手の脛当てを踏み、膝を殺す。

 

体重を預けた盾が、土を抉って沈む。

 

懐に入った。

ここまで来れば、長柄は潰せる。

 

「よいしょ」

 

囁くみたいに吐き、鍔で盾の角を叩いて角度を変える。

 

肩の継ぎ目。

さっき斬った箇所。

 

そこへ刃先を差し込む。

入る。

やはり、硬いのは表面だけ。

人間のような骨や筋はない。

 

刃を寝かせ、えぐる。

白い殻の内側で、薄い光がぴりっと走った。

流れる砂に剣を差し込むような、不思議な手応え。

 

けれど、効いている。

 

白鎧が盾で押し返してくる。

しかし、ここで決める。

後ろへは下がれない。

 

私は半歩だけ左へ回り、右足の踵で相手の足首を払う。

膝が折れ、胸板が落ちる。

 

左手に気配。

 

「エリサ!」

 

呼ぶと同時に、彼女の火が私の肩越しに飛んだ。

 

左手の白鎧を狙ったそれは盾で防がれたが、わずかな時間を作った。

 

一気に体重を掛けて押し込む。

柄を腹に抱え、捻る。

 

内側で何かが小さく爆ぜた。

ばちっ、と乾いた音。

わずかに光がちらつく。

 

もう一度、逆へ捻る。

深く。

 

剣を抜いて、飛び退く。

もう一体とも距離を取る。

 

抉られた白鎧は動かない。

 

ポールアックスが手を離れ、土に落ちた。

 

「死んでよね」

 

いや、生き物じゃないだろ。

 

誰かの声が、脳内で響く。

 

要望を聞いてくれたわけではないだろうが、白い殻が膝から崩れ、砂を崩すみたいに肩から腹へと、音もなく潰れた。

 

「まずは一つ……!」

 

息を整える。

喉が渇く。

腕が少し震えている。

 

大丈夫。

まだ動く。

 

まだ十一。

 

頭をもたげてきた怖さを握り潰す。

 

足が地を掴むのを確かめる。

 

隣にやってきたエリサが、小さく息を吐いた。

 

私は頷いた。

まだいける。

 

いく。

 

今夜の削り役は、私なんだから。

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