勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

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第37話 Under Pressure

まずは一体。

砂を崩すように沈んだ白鎧から目を切ると、私はすぐ体勢を戻す。

 

相手はまだ十一体。

私の正面には、エリサの火で牽制されて足を止めている奴が一体。

 

拳ほどの火球が、白い面の前で花のように散る。

強烈な閃光ではない。じわっと火炎がまとわりつく。

白鎧の盾がわずかに上がる。

 

そこ。

 

「近接、入ります」

 

エリサも剣を抜くと、背後から白鎧に斬りつけた。

完全に隙を突いた形ではあっても、エリサの膂力と技術では一刀両断とはいかない。

 

それでも、腰のあたりから白い粒子が零れ、そちらに意識が逸れる。

 

踏み込み一歩。

盾の縁を刃でなぞって押し上げ、脇へ肩をねじ込む。

 

長柄の間合いが潰れる。

超近接戦。

膝で脛当てを押さえる。

 

腰を切る。

脇の継ぎ目へ刃を差し入れ、えぐる。

手応えは深いのに、芯がほどけるように軽い。

中身が人間じゃないって、何度やっても違和感がある。

 

白光が一度だけわずかに点滅し、盾が力を失って私の胸板に落ちかかる。

跳ね除け、そのまま肩で押し、足を払って地面に落とす。

 

刃を寝かせて、肩の継ぎ目を二度、三度。

ぱち、と乾いた音。

砂鉄をばら撒くみたいに白がほどけ、崩れた。

 

「二つ!」

 

「お見事、ララ様」

 

エリサの声は、強がり混じり。

息が少し上がっているが、手は止まっていない。

まあ、順調と言えば順調だろう。

 

そう思った瞬間、横の音が耳に入った。

ガバンたちの列。

 

槍とポールアックスがぶつかる音。

男たちの荒い息。

革靴が土を踏み締める音。

 

歩兵が一人、斃れている。

魔術師の支援も止まっていた。

早くも魔力が切れたか。

 

彼らと対峙する白鎧の数は、八体のまま減らせていない。

砂塵の匂いを切り裂いて前へ出る。

 

ガバンたちがなんとか押し留めている横陣の端へ、斜に食い込む。

踏みとどまっている今のうちに、数を削るしかない。

 

私はいちばん外の一体へ角度を作る。

 

右腕。

脛。

腰の継ぎ目。

 

斜めに走って三カ所を舐めるように斬り、すぐ離脱。

 

白鎧が半歩、重くなる。

手応えはある。が、効いている気がしない。

やはりしぶとい。

 

「おい見ろテメェら! あの姉ちゃん、あんな痴女みてぇな格好で最前線張ってんだぞ! 鉄の服着込んでガタガタ震えてるお前らは、鎧から覗くあの紐パン以下の度胸しかねえのか! 恥を知れインポ野郎ども!」

 

ガバンの怒声が背で弾む。

誰が痴女だ。

ぶっ殺すぞ。

 

「特等席だぞ野郎ども! 姉ちゃんの極上のケツを眺めながら戦えるなんて、王様でもできねえ贅沢だ! だがな、ボサッとしてるとあの白い連中が、その上物をミンチと鉄屑に変えちまうぞ! 眼福を守りたきゃ槍を出せ!」

 

列が低く唸り、盾と盾がぶつかり合う音が地面に響く。

 

くそっ。

それで粘れるなら、尻でもなんでも見てくれ。

彼らが崩れれば負けだ。

その下品な言葉が聞こえるうちは、戦線はまだ生きている。

 

白鎧のポールアックスが、私の側頭部を狙って落ちる。

柄の途中を刃の背で弾き、肩を沈めて外へ逃がす。

 

すぐ回頭。

横腹を狙って返す刃。

盾の角が割り込む。

 

硬い。

火花。

手が痺れる。

 

息を短く整え、今度は踏み込みで間合いを潰す。

盾の縁へ刃をかけ、ぐっと持ち上げる。

 

空いた脇へ肩をねじ込み、胸板ごと押し流す。

長柄は近距離で死ぬ。

再び超近接戦。

膝で脛を押さえ、腰だけ切る。

 

浅い。

離れる。

斬る。

避ける。

斬る。

避ける。

斬る。

落ちない。

 

ならば、手順を一段増やす。

 

右足を地面へ滑らせ、白鎧の足に刃を落とす。

狙いは足首の継ぎ。

装甲が鳴く。

 

白光がわずかに乱れて、体重が浮く。

そこで盾の内側へ左手を差し込み、盾面をこちらへ引き倒す。

 

白鎧の軸が崩れる。

上から肘で兜縁を押しつけ、首元の継ぎ目へ刃を差し込む。

 

一寸。

押し広げる。

さらに一寸。

芯がほぐれる感触。

 

白い粒子が、肩口からふわりと零れた。

盾が落ち、私へずるりとかぶさる。

押し返し、足を払う。

 

倒れかけた胴の脇へ刃を寝かせて、二度、三度。

ぱち、と乾いた音がして、白が砂に溶けた。

 

三つ。

 

声に出す余裕はない。

 

すぐに次。

 

ガバンたちは崩れかけている。

一人減ったこともそうだが、やはり魔術師の支援が切れたことが厳しいのだろう。

 

「エリサ、彼らの援護に!」

 

「了解!」

 

隣の白鎧が、私の首筋へ水平に払ってきた。

身を沈めて土を蹴り、髪先で風をやり過ごす。

 

返す一刀。

盾で受けられる。

弾かれる衝撃をそのまま踏み換えに変え、逆足で踏み込み直す。

 

刃は腰の継ぎ目。

次は膝。

そして喉元へ。

盾が追いつく。

 

受ける。

跳ねる。

離れる。

斬る。

避ける。

斬る。

避ける。

斬る。

 

今度は膝の返しに合わせて、盾の角を刃の腹で撫で上げる。

わずかに構えが開く。

 

そこへ体重を丸ごと預けて押す。

白鎧の足が流れ、姿勢が割れた。

割れた瞬間、肩の継ぎを抉る。

 

刃が通る。

 

同時に、背で短い悲鳴。

槍の列の隙間がほんの一瞬だけ開き、白い刃が誰かの胸板を叩いた音がした。

 

膝から崩れる影。

鉄が地に転がる鈍い響き。

また一枚、剥がされた。

 

エリサも剣を手に、戦列の端へ加わる。

数的有利がなければもたない。

やむを得ない判断だろう。

 

「このエルフの嬢ちゃんを見ろ! 旦那のご奉仕から戦場の掃除までやらされて、文句一つ言わねえ健気なもんだ! お前ら男が股間の槍もしごかずに、こんな華奢な雌にばかり働かせて恥ずかしくねえのか!」

 

ガバンは相変わらずの調子で兵たちを煽っている。

だが、返る声がない。

 

さっきまでなら、誰かが下卑た冗談を投げ返していた。

今は、槍の軋みと、喉の奥で潰れる息だけだ。

彼らに余裕はもう一切ない。

 

私はまだ無傷。

息は上がっているが、まだ斬り合える。

 

削れる。

 

削れる、はずだ。

 

目の前の白鎧が、半歩引いた。

引くというより、間合いを整える。

次の踏み込みに備える動きだ。

 

白い面がこちらを向いたまま、もう一体がその影に重なる。

 

二体。

並ぶ位置取りがいやらしい。

 

盾を前、ポールアックスを後ろに構える。

防御的な構え。

 

おそらく一体目が空間を潰し、二体目がポールアックスで殴る形を作る。

さっきまでの、単体で突っ込んでくる動きじゃない。

 

学習している。

あるいは、指揮が回った。

 

大丈夫。

まだ対抗はできる。

 

だが、連携されると隙が少ない。

こちらが盾の縁を押し上げると同時に、後ろの長柄が落ちてくる。

脇を抉れば、別方向から刃が飛ぶ。

 

エリサの火で一拍遅らせないと、倒すのは骨が折れそうだ。

しかし、エリサはガバンたちの戦列から外せない。

 

時間をかけるな。

頭の中で、同じ言葉を繰り返す。

 

時間をかければ、歩兵たちは耐えられない。

ガバンの罵声に返る声がないのが、その証拠だ。

 

列が、呼吸だけで鳴っている。

 

ちらり、と横陣を見る。

なんとか支えている。

 

槍が折れ、腰の剣を抜いている者もいる。

膝が震えているが、それでも踏ん張っている。

 

まだ、崩れてはいない。

 

まだ。

 

視線を戻す。

二体が同時に踏み込んできた。

先の盾が地面を削り、こちらの足場を奪う。

 

私は右へ逃げる。

いや、逃げるのではなく、角度を作る。

 

盾の外へ回り込めれば、後ろの長柄の射線が被る。

 

刃を走らせる。

盾の下端を舐め、脛当てを叩き、腰の継ぎ目へ。

 

浅い。

落ちない。

硬い。

硬いというより、タフだ。

 

距離が遠い。

距離を潰す立ち回りは、一人ではリスクが大きい。

 

それで、慎重な立ち回りを?

いや、駄目だ。

 

次の一撃が来る。

 

私は踏み換え、前の盾の縁に刃を掛けて押し上げる。

先ほどと同じ手順。

空いた脇へ入る。

 

その瞬間。

背で、風が鳴った。

やはり、来る。

後ろの白鎧。

 

私は肩を入れるのをやめ、刃を引き戻しながら体を沈める。

 

頭上を白い刃が通る。

土埃が舞い、頬に当たる。

避けたのに、息が止まる。

 

二体が、息を合わせている。

このまま丁寧にやれば、それでも勝てるとは思う。

だが、丁寧にやっている時間がない。

 

大丈夫。

少しだけ、急ぐ。

 

もう一度、盾を押し上げる。

今度こそ脇へ。

 

と、思った瞬間、横陣の端が視界の隅で揺れた。

誰かがよろけた、ではない。

 

白い影が、妙に薄い。

少なくないか?

 

さっきまで、ガバンたちの前には八体いたはずだ。

 

一体は私が斬った。

二体は私の目の前。

 

残りは――。

 

数を数えようとして、数えられない。

戦場で数を見失うのは、悪い兆候だ。

悪い兆候は、容易に致命傷に繋がる。

 

「ララ様! そちらに二体いきました!」

 

エリサの声が背から刺さる。

 

同時に、爆ぜる音。

 

火球が白鎧の肩口で弾け、僅かに白い粒子が散る。

 

焼ける匂いはしない。

熱では倒れない。

だが、一拍だけ、動きが鈍る。

 

二体、いきました?

 

私の目の前には、すでに二体いる。

今更なにを言ってるんだ?

 

視線を動かしたくない。

動かせば、目の前の刃が当たる。

 

だが、見なければ死ぬ。

避けながら一瞬だけ、首だけを回す。

 

白い影。

白い面。

盾。

ポールアックス。

 

背後に回られた。

焦りが、視野を狭めた。

迂闊だった。

 

目の前の敵を素早く倒すということに、意識がいきすぎた。

 

囲まれる。

いや、囲まれた。

 

無理やり身体を捻り、背後の白鎧が繰り出したポールアックスの石突きを剣の腹で受け流した。

 

背骨にまで響くような衝撃。

受け流したはずなのに、腕の感覚が肘から先、一瞬で麻痺する。

 

重い。

 

今までの単体での動きとは違う。

重力そのものを叩きつけてくるような、一切の迷いがない連動。

 

右から来る盾の突進を、後ろへ跳んで回避。

 

だが、そこには左から回り込んだ三体目の斬撃が、逃げ道を塞ぐように置かれていた。

 

「あ……」

 

咄嗟に剣を盾にする。

互いの得物が噛み合い、火花が視界を焼く。

 

防いだ。

 

だが、体勢が完全に崩れた。

泥を噛み、膝が折れる。

 

重い鎧が、今はただ私を地面に縫い付けようとする重石でしかない。

 

「ララ様! 逃げて!」

 

エリサの悲鳴。

 

火球が一体の背中で弾けるが、そいつは振り返りもしない。

白鎧たちは、獲物を仕留める最後の手順に入っていた。

 

エリサはまだ戦っている。

私も立ち上がる。

まだ戦える。

 

まだ。

 

いまは。

 

なんとか。

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