勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

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第41話 祝福を踏む言葉

「大丈夫か。いつも以上にセクシーになってるぞ」

 

ララが、睨んでくる。

 

あれ。怒ってる?

 

いや、そりゃ怒るか。

片乳出てる人間に言う冗談じゃないな。

 

和ませるつもりだった。

少しでも気分が楽になればいいと思った。

結果は、完全に逆。

 

ララの目は冷たくて、声が出ない代わりに、ふざけるな、の視線が刺さってくる。

 

「……すまん。今のはSNSで燃えるやつだった」

 

まあいい。

今は弁解している場合じゃない。

 

白鎧は、やっぱりスピリットだった。

触って、ほどく。

 

この世界に召喚されたあの日、祭壇の前で初めてやったときと同じ手順だ。

解析して、組み替えて、崩す。

 

言葉にすると難しそうだが、実際は構造が分かるから弄れるだけ。

バラして、戻さない。

終わり。

 

ただし、それを口で説明する気はない。

言えば言うほど手の内が減る。

 

面倒が増える。

質問が増える。

対策される。

 

会社員のときからの癖だ。

自分にしか分からない引き出しを作って、仕事を握る。

 

属人化?

ブラックボックス?

 

どう呼ばれようが、それが得策だった。

 

誰かに替えが利くと、切られる。

手の内が見えたら、潰される。

本当の業務量が知られれば、サボれない。

 

だから、全部は見せない。

必要最低限な範囲でだけ、見せる。

ルナにもノアにも『なんか、できた』くらいにしか話していない。

 

あの場にいなかったララは、もっと知らない。

俺を、マテライズと模倣が得意、くらいだと思っていたはずだ。

だから今の顔になるのも当然か。

 

いや、顔のことは後だ。

俺は二体を引き受けて、一体を斃し、もう一体は壊さずに止めて触った。

 

急いで解析して、再構築で崩壊させる。

解析には、どうしても時間がかかる。

ギリギリだったが、間に合った。

 

残りの白鎧は、体感で一秒触れて終わり。

触って、崩して、触って、崩して。

戦闘というより、片付けだ。

障害対応より楽だな。

削除するだけだし。

 

振り返ると、みんなボロボロだった。

ガバンも、ミラークも、歩兵も。

 

ララは座り込み、呼吸が浅い。

まだ俺を睨んでいる。

ごめんて。

 

エリサがすぐに駆け寄る。

治癒ができるのはあいつだけだ。

任せるのが正しい。

 

俺は、まだやることがある。

先ほどまで、やや遠くから聞こえていた金属音がない。

戦闘の気配が消えている。

 

つまり、白鎧とサーコートのもう片方の決着も付いている可能性が高い。

 

白鎧が勝っているなら、手間はない。

残りを処理して終わり。

 

白衣修道会くずれが勝っているなら。

ましてや余力を残しているなら、最悪だ。

 

こっちは消耗しきっている。

館の連中とララが、完全に戦力外だ。

 

走る。

闇に入る。

 

夜目が効くので、昼とさして変わらない速度で走れる。

松明の灯りの輪が見えた。

 

敵はすぐに見つかった。

メイルを纏った男が一人。

サーコートは着ていない。

 

その腕には、何かを抱いている。

 

死体だ。

 

背中が丸い。

動きが重い。

 

だが、油断はできない。

 

白鎧の姿はない。

こいつは、見たところ大した負傷もなく生き残った。

なら、きっと強い。

 

周囲には八人分の死体が散らばっている。

生き残りは、こいつだけ。

 

やれるか。

いや、やるべきだ。

 

警戒。

走るのをやめ、ゆっくり距離を詰める。

集中する。

始末する。

油断せず、迅速に。

 

男がこちらを一瞥した。

男は、抱えていた死体を地面に横たえた。

妙に動きが緩慢だ。

 

逃げるなら急ぐはず。

逃げる気はない。

やる気まんまんか。

 

違った。

死体を寝かせると、動きが豹変する。

馬がそばにいる。

 

松明を持って騎乗。

魔力強化の気配。

逃げるつもりだ。

 

まずい。

加速が完了してしまえば、追いつけない。

 

魔力強化された馬に、脚力で勝てるわけがない。

だから、加速を終える前に距離を詰めたい。

 

詰めたいところだが、ブラフの可能性も考慮すれば、あまり迂闊にというわけにもいかない。

 

集中しろ。

相手の動きをよく観察しろ。

その上で急げ。

 

しかし、多少距離が縮まったところで、馬の速度が俺の速度にほぼ並んだ。

この後は、徐々に距離を離されることになるだろう。

 

そのとき、男は馬上で振り向き、俺を見た。

むろん攻撃を警戒する。

が、その様子はない。

 

僅かに微笑むと、右耳に右手を当てた。

たしか、聖音派の祝福の仕草。

王都でも、やってる奴を見たことがある。

 

へえ。

 

今、それ?

 

男はそれで満足したのか、再び前を向いて手綱をしごく。

まあ、宗教狂いの意図なんてどうでもいい。

逃がしたくはない。

 

今使えるのは飛び道具だけ。

白鎧を数的不利で斃した技量を考慮すれば、通じるかどうかは怪しいが、撃つしかない。

 

右手に魔力を集める。

本人を直接撃つのは期待薄。

狙いは馬の脚か、尻か。

 

止めることができれば、追いつける。

 

「セト! 撃たないで!」

 

背後からエリサの声。

追ってきたのか。

集中していて気配に気付かなかった。

 

いや、それより、撃たないで、とはどういうことだろう。

こいつは俺たちを殺そうとしていた敵だ。

生かしておけば危険な存在だ。

それを殺すなとは。

 

世紀末の無抵抗村なのだろうか。

 

それとも、エリサは俺が知らない何かを知っている?

 

「彼はおそらくアンドレアスの兄です! 戦う意思はありません!」

 

なんで、ですます調?

 

いやいやいや。

それより、アンドレアスの兄?

 

ああ、そういうことか。

状況はだいたい把握できた。

 

必要な情報を端的に。

さすがにエリサは出来る子だ。

 

どうやら、戦闘に直接必要でない情報を拾うことが、疎かになっていたようだ。

 

アンドレアスは、俺に助けられた、という情報を、きちんと兄に伝えていた。

こいつは俺に対して敵意はない。

だからこその祝福というわけだ。

 

考える。

馬首を返す言葉。

 

でも、エリサは俺を止めたいんだろな。

 

「おい!」

 

アンドレアスの兄らしき男の背中へ呼びかける。

 

続きを言うべきかは、一瞬だけ躊躇する。

 

エリサが後ろにいる。

さっきの声を聞いたばかりだ。

できれば、あまり見せたい顔ではない。

 

「お前の弟な」

 

女みたい、と言いかけてやめる。

 

「甘ったれたガキみたいにめそめそ泣きながら、命乞いしてたぞ」

 

ずっと感謝されるなんて、最初から思っていない。

俺のやったことは、きっと、いつかどこかで漏れる。

漏れたら恨まれる。

 

なら、いっそここで有効に暴露する。

それが一番合理的だ。

 

だが、こいつが恩人として俺を見ているなら。

そして、エリサがそれを認識しているなら、面倒が増えるかもしれない。

 

エリサは止めた。

止めるために、彼女は情報を俺に与えた。

 

俺はその情報を、エリサ視点では、悪用した。

印象はとても悪いだろう。

それでも、これは必要なことだった。

 

そして効果は、果たして、あった。

メイルの男は、期待通り馬の脚を緩める。

振り返るでもなく。

 

その表情はうかがえないが、そこにあるのは驚きだろうか。

怒りだろうか。

 

もう一押し、してみるべきか。

 

「痛いのも怖いのも嫌だって、兵隊共のものをしゃぶる勢いで媚びてたよ。最後には糞尿まき散らしながら、神をこき下ろしてたっけ」

 

徐々に速度を落とす。

もう、俺の脚のほうが速い。

 

肩が、僅かに震えている。

 

「あんまり惨めだから、可哀そうになって逃がしてやったんだよ。白鎧共が狙ってる遺物とやらのお土産付きでな。俺、親切だろ?」

 

常歩。

もはや人間が歩くのと変わらない。

 

俺も、走るのをやめた。

 

「それで、お前らは何だ? 仲間一人戻っただけで浮かれて、のこのこ白鎧……いや、神兵だったか? に突っ込んで」

 

馬が止まった。

肩が跳ねた。

手綱を握る腕が固くなる。

 

馬が止まっても、俺の口は止まらない。

完全に調子に乗っていることを自覚する。

 

「全滅ッ! 面白すぎんだろ! 祈ってやろうか? 神よ、彼らに……特にアンドレアスに人並みの知性を授けたまえって」

 

俺は笑った。

 

楽しそうに。

 

実際、ちょっと楽しくなっていた。

 

止まった馬が、一歩だけ後脚を跳ねさせた。

主人の腹の底の殺気に、当てられたみたいに。

 

俺がわざとらしく肩を竦めると、背後でエリサが短く息を呑む音が聞こえた。

俺を見る彼女の目が、今どんな色をしているかなんて、見なくても分かる。

 

そして、音が消えた。

地を踏む蹄の音も、息も、松明の爆ぜる音すらも。

 

次に聞こえたのは、金属音だった。

 

メイルが軋み、鞘が鳴って、刃が抜ける乾いた音。

 

右手の魔力が、ほとんど無意識に仕事の準備を始めていた。

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