勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。 作:筆負野ユウ
馬上の男は、半身でこちらを見ている。
肩は硬い。呼吸は浅い。
剣先が、ほんの僅かに揺れている。
次の瞬間。
馬首を返した。踵が腹に入る。手綱が鳴る。
蹄が砂を抉って、闇に火花のような砂が散った。
逃げるつもりだったからか、長物はない。片手剣一本。
火球を撃てるのは知っている。
しかし、それはそこまで怖くはない。
やはり警戒すべきは近接戦闘だろう。
怒りで顔が歪んでいる。鬼の形相。
さっきまでの祝福の微笑みは、どこかに捨てたらしい。
馬で突っ込んで、俺ごとまとめて轢く気か。
雑だな。嫌いじゃない。
「セト!」
背後でエリサの声。
今さら俺を止めたいわけでもないだろうに。
それよりも問題は、馬だ。
正面から受ける必要はない。
むしろ、受けちゃいけない。
こいつが強いのは、もう分かっている。
白鎧の掃討戦を生き残っている時点で、紙みたいに破れる敵じゃない。
馬の魔力強化も高レベルだろう。
だから、地形。
俺は最初から目を付けていた。
道の脇。
岩がある。
足場のいい、段のある岩場。
馬が突っ込めないし、戦い方の幅も大きくなる。
俺はエリサの腕を掴んで、そちらへ引っ張った。
「こっち。登れ」
「え、でも……」
「デモもストもない。登れ」
「スト……??」
言い終わる前に、蹄の音が迫ってくる。
近い。
速い。
砂利が弾ける。
怒りって、馬も速くするんだろうか。
岩に飛び乗る。
段差に足を掛ける。
エリサを押し上げる。
彼女の指が岩を掴む。
爪が白い。
今さらだけど、こいつもだいぶ消耗してるな。
火球を何発撃ったのだろうか。
剣も振るっていた。
治癒魔法も使ったはずだ。
目立つ外傷こそ見当たらないが、あちこちに擦り傷。
心も揺れている。
そこへ、俺を止めるために追ってきたのか。
よく走ってついてきたよ。
尻を押して、エリサを先に登らせる。
痩せていると思ったが、予想外に柔らかい感触が掌へ返ってくる。
エリサは一瞬、ぴくんと反応したが、すぐに岩に手を掛け、足を掛ける。
ひょいひょいと登っていく。
まだ動くのに支障はないようだ。
後ろで、蹄がブレーキを掛ける音がした。
馬が苛立って嘶く。
男は、そこで一拍遅れて下馬した。
男が、馬具に括られていた革袋を地面に叩きつける。
破れた革袋からは、なにか液体がこぼれ出した。
男の手から松明が落ち、液体の上で火の粉を散らした。
炎は消えない。
いや、液体の上を這うように燃え広がる。
油だ。
大きくなった炎に、馬が再び嘶きながら後ずさる。
明るいとは言えない。
だが、殺し合いには足りる。
岩に取りつき、駆けるように、跳ぶように上がってくる。
速い。
怒りにまかせて駆けているというより、単純に脚が強い。
速いというより、強い。
ここ、奴の得意なフィールドだったかも。
その背後で、馬が岩の下に残る。
手綱は適当に垂らし、呼吸を荒くして、首を振っている。
術士たる人間が離れたので当然だが、魔力強化の気配はない。
俺は右手を突き出した。
長杭を構築する。
太くて、長くて、重い。
無骨。武器ってより工事用資材。
だからこそ戦場に似合うと思っている。
空気がひゅっと鳴って、杭が伸びる。
発射準備完了。
男の脚が止まる。
瞬間的に身構えた。
剣を立てる。肩を入れる。鋭い眼光。
受ける気だ。
そうそう。
その顔が見たかった。
真面目な奴ほど、簡単に引っかかる。
狙いを、男の胸に合わせる。
わざとらしいくらい正面。
外す気がない、と見せる角度。
相手に受ける判断を確定させるための照準。
俺は撃った。
杭が飛ぶ。
一直線。
男が剣で弾く準備をする。
メイルの鎖が鳴る。
だが杭は、奴の横を抜けた。
寸前に、ほんの指一本分だけ照準をずらした。
外れたんじゃない。
外した。
次の瞬間、背後の馬に杭が突き刺さった。
鈍い音。肉に杭が入る音。
魔力強化されていない馬は、ただの馬だ。
容易く貫ける。
馬が、こんな声を出すのかというような悲鳴を上げて崩れた。
脚が折れるように沈み、腹が砂に擦れる。
逃走手段、削除。
これで戦闘に集中できる。
男の表情が、驚きに、そして更なる怒りへと変化する。
「――っ……!」
喉が鳴る。
歯が噛み合う音がする。
馬の断末魔が、夜に尾を引く。
嫌な音だ。
生き物って、いちいちうるさい。
男の目が、こっちを剥いた。
「お前は……」
声が震えている。
怒りの震えだけじゃないかもしれない。
愛馬ってやつだったのだろうか。
それで俺のことを轢こうとしたくせに、理不尽な野郎だ。
「お前はいったい……何なんだッ!!」
叫びながら、男が岩を駆け上がってくる。
さっきより速い。今度は怒りが、ちゃんと脚に乗った。
いい顔だ。
テレフォンパンチが来れば、カウンターも取りやすい。
「何って。今日も遅くまで残業してるだけですが」
エリサを後ろへ下げ、俺は歩いて前へ出た。
走らない。歩きながら弾丸。
人差し指から、マシンガンのような連射。
――そう言うのも面倒だな。
マシンガンでいいだろう。
男は腕と剣で防御しながら、上がってくる。
剣の腹で受ける。
腕のメイルで弾く。
無駄には動かない。
頑強。
弾かれた弾丸が、岩肌に当たって火花を散らす。
メイルの腕部分の鎖が、一部弾け飛んだ。
金属が裂ける。
皮膚の上で鎖が跳ねる。
通る。
だが、浅い。
俺の連射は、殺す弾じゃない。
削る弾だ。
鎖を裂き、皮膚を浅く割って、血を滲ませる。
怒りを煽る。
体力を削る。
男は止まらない。
耐えて迫る。
そして、斬撃。
横薙ぎ。
重い。
速い。
足場の悪い岩の上でやる振りじゃない。
落ちるのを恐れていない。
落ちてもいいと思っているのだろう。
ああ、めんどくせえ。
俺は横へ回避した。
ギリギリ。
刃風が頬を撫でる。
冷たい。
その瞬間。
背後から、火球。
エリサの支援だ。
詠唱がある。
タイミングが読まれる。
だから本来は、手練れには牽制程度にしかならない。
が、今回は違った。
男の意識の外だった。
怒りで視野が狭くなっていた。
俺しか見えていない。
だから、火球が視界の端から滑り込む。
それでも、ぎりぎりで回避した。
やはり手練れだ。
ほんの僅か、体勢が崩れる。
足が滑る。剣先が落ちる。
今だ。
俺は構築した刃で、踏み込んで斬りつけた。
やはり、致命傷は回避される。
だが、左腕を切り裂いた。
浅い。少なくとも深くはない。
鎖の隙間を抜いて、肉を少々裂いただけ。
でも血は出る。
血が出れば、痛い。
痛ければ、怒りが増える。
怒りが増えれば、判断が鈍る。
まあ、しかし、決められないか。
熱くなってはいても、技量は流石。
歴戦の兵ってわけだ。
男は一歩引いた。
呼吸が荒い。
だけど目はまだ死んでいない。
むしろ、燃えている。
エリサは次の詠唱に入っている。
こちらも呼吸が荒い。
肩が上下しているであろうことは、見なくても分かる。
苦しそうだ。
男は俺を見据えている。
だが今度は、視界の端にエリサを捕らえているのが見て取れた。
まあ、意識のリソースを僅かにでも割かせれば充分。
怒りに飲まれているだけの男じゃない。
きちんと対応してくる。
怒りで殴りながら、今は同時に盤面を見ている。
なかなかに厄介だとも言える。
俺は短杭を二発、間髪入れずに撃った。
狙いは顔。
反射で防御させる。
案の定、剣の腹で受けられる。
金属音。
刃が震える。
が、剣がぶれない。
握力が強い。
短杭を撃ち切った瞬間、待ってましたみたいに踏み込んできた。
こいつ、受けるのが上手い。
受けたら攻撃に転じる。
鎖帷子の上からでも分かるくらい、体幹が硬い。剣の芯が揺れない。
だから、受ける行為がもう攻撃の準備になっている。
怒らせてカウンター狙いのはずが、これは下手するとカウンター貰っちゃうな。
俺は距離を取ろうとした。
だが岩場は平地じゃない。
逃げ場に見える段差が、実際は足首を捕まえる罠になる。
男の一撃目は、上から叩き割る縦。
避けるだけなら簡単。
だが、避けた先が安全とは限らない。
戦場の選定、やっぱり間違ったかも。
広々と空間を使える平地で戦うべきか。
俺は避けずに受けた。
構築した刃を一瞬で呼び出し、真正面から噛ませる。
金属が擦れて火花が散った。
衝撃が腕に抜ける。
肘が笑いそうになる。
重い。
いや、これ、普通に重い。
かなりしんどい。
受けた瞬間、男がそのまま体重を乗せて押してきた。
押し切って、足場を奪うつもりだ。
構築した剣は数秒で崩壊する。
対策はないでもないが、こういう用途には向かない。
どうするか、素早く決めなければならない。
渾身の力で押し返しつつ、男と体の位置を入れ替える。
俺が岩の下り側。
嫌だが仕方ない。
脚の力を抜いて、押されるがままに、後方へと弾かれる。
その先に足場はない。
当然、落ちる。
数メートルほどの高さを、ごつごつとした岩に体を打ち付けながら転がる。
魔力がなければ負傷は必至だが、今の俺にはなんてことはない。
男はすぐに駆けおりて追ってくる。
エリサに向かうことはないと踏んでいたが、その通りとなったことで、僅かに安堵する。
「ほらよ!」
距離が出来たことで、弾丸を連射する。
目潰し狙い。顔面を狙う。
男は脚を止めずに剣で払う。
払うたびに火花が散る。
岩肌を削りながら、距離が詰まってくる。
払う動作が守りじゃない。
詰めるための作業になっている。
岩の上で、エリサが詠唱に入った気配がする。
だが今のこいつは、俺だけを見ているようでも、違う。
意識の端でエリサを拾っている。さっきの火球で一度学習した。
次は、同じ失敗をしない。
俺とエリサを結ぶ一直線に、自身が位置取っている。
火球をこいつが回避すれば、そのまま俺への直撃コースとなる。
牽制すらやりにくいだろう。
ああ、マジで上手いな。
男の剣が、今度は突きになった。
突きは嫌いだ。躱しにくい。反撃を差し込みにくい。
だが、そうも言っていられない。
一撃目。
躱す。
二撃目。
躱す。
短杭を構築して、三撃目の線に差し込んだ。
金属質同士がぶつかって、高い音が鳴る。
杭が半分砕ける。
代わりに、男の剣先がほんの僅かに逸れた。
素早い突きは、斬撃ほどに力がこもっていない。
多少は逸らせる。
男は逸れた剣を戻さず、そのまま体を回して横薙ぎに繋げた。
動きが滑らかすぎる。
怒っているのに、フォームが崩れない。
なんて嫌な野郎だ。
俺は後ろへ跳んだ。
平地というか、街道上に戻ったことで、ろくに後方を確認せずに跳べる。
男も跳ぶ。
重装備でよく跳べる。
メイルの鎖が鳴る。
着地と同時に、俺の顔面を狙って切り上げ。
反射で受ける。
受けた瞬間、肩が痺れる。
体が僅かに硬直する。
今度は横へステップ。
エリサの射線上から、俺が逸れる。
詠唱終わりのタイミングを見計らってのことなので、すかさず火球が放たれる。
が、簡単に躱される。
まあ、そうだよな。
こいつにもバレバレだからな。
それでも距離が出来たので、マシンガンを掃射する俺。
ガードしながら距離を詰めてくる男。
同じ削りの繰り返し。
だが、繰り返せば俺が勝つとは限らない。
先に尽きるのが、相手の集中か。
俺の魔力か。
エリサの余力か。
それほど、分の良い賭けじゃない。
まずいな。
凌ぐことは出来ている。
僅かに削れてもいる。
でも、こいつがそこそこに冷静なもんで、大きな反撃の隙がない。
エリサの限界は近い。
火球の支援がなくなれば、更に隙は減るだろう。
いっそ、魔力が尽きる前に、エリサを囮に使うか。
でも、こいつの狙いは完全に俺だ。
現状でも、エリサは大した脅威になっていない。
都合よく狙いを切り替えてもらえる手も浮かばない。
もっと怒らせるか。
それでどうにかなるとも思えなくなってきたが、使える武器はなんでも使うべきだ。
もちろん口もだ。
別の女を使うか。
知らない女。
いたかもしれないし、いなかったかもしれない。
だが、いなかった女でも、今ここでは使える。
「……そういえば、アンドレアスには愛した女がいたようだな」
男の喉が鳴った。
効いた。
こいつの心は、鎖帷子より柔らかい。