勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。   作:筆負野ユウ

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第43話 相手の立場と気持ちになって考えよう

男の剣先が止まった。

止まったというより、躊躇った、が正しいか。

 

乱れた呼吸を整える途中で、筋肉がぴくりと震えた。

その心情は怒りか。興味か。

 

少なくとも、硬い鎖帷子の下にある柔らかいところへ、指先くらいは届いたらしい。

 

俺は今回、笑わない。

少なくとも現時点で、挑発して荒い攻撃をさせることが主目的ではない。

特に明確な目的もない、手探りの会話。

ほどほどに怒らせて、何か引き出せないかな、という会話。

 

「……なにを、言った」

 

低い声だった。唸りに近い。

怒鳴り声じゃない。むしろ、腹の底で鳴る音。

これが出るならば、心がまだ冷えていないのだろう。

 

微表情を観察しながら続ける。

口元が、ほんの僅かに歪むが、その心情までは読み取れない。

 

「女だよ。恋人。婚約者。そういうやつ」

 

俺は肩を竦めた。

 

なるべく軽く。

なるべく、どうでもいい話題として投げる。

 

「いずれ一緒になって、商売をするんだってさ。未来に縋る目で言うもんだから、俺も……あの時は本当に助けてやるつもりだったんだよ」

 

「嘘だ」

 

否定が早い。反射だ。

考えるより先に口が出たタイプの『嘘だ』。

 

本当に嘘だと確信できているのではなく、嘘であって欲しいというただの願望。

問題は、なぜ嘘であって欲しいのか。

何が嫌なのか。

 

弟に女がいたことか。

俺がそれを知っていたことか。

怒りの向きが、俺か、弟か、神か。

 

「なんで嘘だと思う?」

 

俺は半歩、踏み込む。

剣は構えない。

 

「俺がこんな嘘をついて、なんの得がある?」

 

まあ、本当の話をする意味もないのだが。

 

男は動かない。動けない。

剣先が僅かに泳いでいる。

息が一度だけ乱れた。

 

「……俺たちは、信仰に生きる修道騎士だ。あいつが……そんな……」

 

語尾が細い。言い切れない。

自信がないからだ。

 

「普段がそれだったら、余計あるだろ。人間だもん」

 

弟は人間だった。

それを認めたくないとは、なかなか酷いお兄ちゃんもいたもんだ。

 

「痛いのが嫌。怖いのが嫌。死にたくない。美味い飯を食いたい。酒を飲みたい。ゆっくり寝たい。女を抱きたい。誰かに手を握ってほしい。そういう普通の願いがあって何がおかしい?」

 

言いながら、視線だけをエリサに飛ばす。

 

岩の上。

彼女は詠唱に入ろうとして、途中で止めている。

 

俺と男の会話の温度が、彼女の喉を縛っているのだろう。

それでいい。

今は黙ってろ。

黙って見てろ。

俺は今、武器を研いでる。

たぶん。

 

男の眉間が歪む。

剣を握る手が強くなった。

鎖帷子が軋む。

 

「お前が知らないだけで、あいつにはお前の知らない人生があった。それだけのことだ」

 

俺はさらに畳みかける。

 

ただし、畳みかけるようにではなく、精一杯優しい口調で。

 

「お前が想像していなかった未来があった。それが、お前が連れてきたこの無意味な戦場で、全てなくなった」

 

男の喉が鳴った。

 

呼吸が一段深くなる。

 

「……無意味ではない」

 

「無意味さ。使命とやらは果たせず、ただ死んだ」

 

いいぞ。反論しろ。

なんでもいいから、糸口をよこせ。

 

「……やめろ」

 

「やめない」

 

俺は即答した。

対話を試みつつ、相手に対話の余地を見せない。

主導権は手放さない。

 

相手の神経を削る。

それがどういう意味を持つかは、まだ分からない。

 

「残されたその女、今頃どうしてるだろうな。お前が死なせた弟を、何も知らずに待ってるのかな? そのうち、捨てられたとか思うのかな?」

 

男の剣先が、大きく跳ねた。

 

「だれも彼女にアンドレアスの死を報せてやれない。お前が彼女を知らなかったから。弟に、そういう話をされる兄じゃなかったから」

 

次の瞬間、彼は踏み込んできた。

さっきまでの溜めを全部、脚に変換してきたような踏み込み。

 

重いのに速い。

 

鎖帷子が鳴る。

 

「黙れええええっ!」

 

ミスった。

怒らせすぎた。

 

怒声と一緒に、刃が走る。

 

縦。

横。

突き。

 

形を変えながら、隙間を探ってくる。

 

怒ってはいる。

だが、怒りが手癖をあまり潰していない。

 

フォームが崩れない。

クソ真面目で嫌になる。

 

攻撃を剣で受ける。

反撃。

受けられる。

 

次々と剣を構築し、連撃を見舞う。

つもりだったが、斬撃を流され、危うく体勢を崩されかける。

もう少し深く踏み込んでいたら、危なかった。

 

怒らせて雑な攻撃を誘うという策は、そこまで、はまらなかった。

しかし、まるで無意味というわけでもない。

こいつ、受けに回ると、やたら上手い。

 

時折見せる防御主体の立ち回りが本来の姿なのだろう。

それを多用させないだけでも上出来だ。

 

剣が来る。

俺はあらためて構築した刃で受ける。

 

火花が散る。

衝撃が肘に噛みついて、痺れが腕に残る。

受けた後に崩れる。

 

構築物は安い。

安いから便利で、安いから使い捨て。

俺の戦い方と性格に向いている。

 

だが。

 

手、痛すぎて草。

いや、全然草はえない。

 

受け続けるのは無理だ。

受けないと死ぬのも事実だ。

 

だから、受けて、逃げて、撃って、逸らして。

全部を小銭みたいに細かく使う。

 

短杭。

二発。

顔。

反射で受けられる。

 

だが、その隙にすぐ横へ逃げる。

 

また短杭。

今度は膝。

避けられる。

 

足が止まったところへ、刃を構築して踏み込み。

 

届かない。

いや、届く距離に入った瞬間、こっちが斬られる。

踏みとどまる。

 

この男は、守りながら前に出るのが上手い。

防御が準備になっている。

剣の腹で弾いたその動作のまま、次の踏み込みが来る。

受け流し、崩し、斬りかかってくる。

 

メイルの重さも、逆に勢いに変換してくる。

怒りのまま殴ってくる時間は短い。

 

呼吸が荒くなっていくほど、技が研ぎ澄まされていく。

矛盾しているようで、スポーツなんかでもよくある。

落合のアレだ。人間は疲労するほどに無駄を省く。

 

そして、冷静さも少しずつ取り戻す。

戦闘のテンポが落ち着き、また男の戦闘スタイルが受け主体に近づいていく。

 

こちらの呼吸も苦しいので、助かると言えば助かる。

しかし、ますます攻め手はなくなっていく。

 

俺は息を整えるふりをして、距離を取る。

ちらりと背後を確認。

 

岩から降りて、俺の後方から援護をする構えのエリサ。

火球の詠唱に入るタイミングを探っているが、さっきから撃てていない。

 

撃っても読まれる。

読まれた火球は、ただの派手な照明だ。

 

魔力が枯渇寸前なので、温存しているのだろう。

ここぞという機があれば撃つ、という姿勢だけでも多少の牽制にはなる。

 

男は距離を詰めてこない。

呼吸を見る。

荒い。

 

今まさに整えている。

 

俺と同じだ。

 

左腕の傷は浅い。

痛みはあるはず。

だが、戦いの精度を落とすほどじゃない。

 

街道の砂利が、踏みしめられるたびに鳴る。

互いの息が白くはならない夜だが、肺の奥が熱い。

喉の奥から鉄のような味がして、舌が乾く。

 

このまま削り合えば、最初に折れるのはエリサだ。

そうなれば、今より少し不利になる。

 

俺の魔力はまだ残っているが、こいつを一撃で倒せる確殺の手がない。

雑にやれば、こっちが死ぬ。

真面目にやれば、時間がかかる。

時間がかかれば、エリサが尽きる。

 

残る有効な手は、館の壁をぶち破るのにも使った新技だが、あれは魔力消費と溜めが大きい。

こういう頑強な奴相手の決め手にはなるのだが。

 

いや。

 

こういう時は基本に立ち返れ、だ。

 

上司やクライアントを怒らせてしまった時。

厄介な仕事を振られて断りたい時。

困った時は、いつだってそうしてきた。

 

――相手の立場と気持ちになって考えよう。

 

昔、先生が言っていた。

 

どうも俺は自己中心的なところがちょっとだけある。

だからこそ、今でも大切にしている言葉だ。

 

俺は今回、この男の気持ちについては、だいぶ寄り添ってきたつもりだ。

成果もあった。

しかし、立場にまで考えを巡らせていただろうか。

 

いや、気持ちについても、もう一度よく考えてみるべきでは。

 

――こいつ、本当に怒っているのだろうか。

 

微表情に注目してみても、俺はこの男のことをそれほど知らない。

本物や偽物の表情と比較ができないので、演技を完全に見破れるわけがない。

 

それでも、やはり怒ってはいると思う。

たぶん。

 

しかし、結局のところ隙は見せていない。

歴戦の兵の性というのもあるが、どこか冷静な部分があるのでは。

 

そんな奴が、こちらの誘導通りに、本来のスタイル以上の攻勢に出た理由は怒りだけなのだろうか。

 

こいつの立場、視点で考えてみれば?

 

俺の能力を知らなかったはずなのだから、もっと慎重でもいいはずだ。

 

飛び道具――火球を使う様子もない。

まあ、状況的にあまり役に立つとは思えないが。

 

やはり単純に怒っている?

 

――勝負を急いでいるとしたら?

 

そうか。

この男は、俺たちの事情を知らない。

 

ガバンもララも館の連中も、もう戦えない。

援軍なんて来る見込みも薄い。

 

そんなこと、こいつは知る由もない。

 

むしろ逆だ。

 

これだけ怒声を上げ、松明が散って、鉄が鳴って、火球まで飛んだ。

 

近くに仲間がいたら、寄ってこないと考えるほうがどうかしている。

だからこそ、この男は焦っている。

 

怒っているからだけじゃない。

怒りはエンジンで、理由はもっと冷たい。

 

相手の視点に立ってみれば、簡単な話だった。

反省。

俺は口の端を上げた。

 

笑ったんじゃない。

笑いを貼り付けただけだ。

 

「やけに遅いな」

 

吐き捨てるみたいに言って、背後へ視線だけを投げる。

 

「エリサ。火球を空へ撃て」

 

「……え?」

 

間の抜けた声。エリサにしては察しが悪い。

まあ疲労のせいだ。無理もない。

 

今のエリサは、戦術の会話をする体力すら削れている。

俺は言い方だけを整えた。説明的なフォロー。

だが、命令は重く。

 

「これだけ派手にやってるんだ。確かに、場所が分からないってことはないだろうな。でも、急かすくらいはしていい。撃て」

 

はっとした表情。

珍しく顔に出過ぎだ。

 

かわいいな。

かわいがってやりたい。

 

詠唱が始まる。

言葉が紡がれる。

音が、空気の密度を変える。

 

エリサを妨害し、俺に隙を見せる愚は犯さない。

 

が、男の眉が、ほんの僅かに動いた。

 

――そうだよな。

 

火球が夜空へ放たれた。

橙の光が、しゅるりと尾を引いて昇り、頂点で弾ける。

 

短い花火。いや、信号弾だ。

誰にも宛てていない、虚しい信号弾だ。

 

瞬間、街道の闇が一段明るくなって、血の跡と、踏み荒らされた砂利と、倒れた馬の影がくっきり浮いた。

 

男は揺れない。

動揺しない。

ただ、踏み込んできた。

 

速い。

重い。

メイルの鎖が鳴る。

 

俺は、露骨に受けに回った。

さっきまでの削る弾を止める。

 

撃つよりも、動く。

受ける。

いなす。

距離を崩さない。

男のスタイルを、見よう見まねでなぞる。

 

一合。

刃が触れて、火花が散る。

衝撃が腕に残る前に、受け流す。

反撃を考慮しない。

攻める気がない。

だから、ある程度は模倣できる。

 

二合。

今度は突き。

杭で逸らすのはやめる。

刃ではなく、ただの棒を構築。

相手の刃先だけ噛ませて角度をずらす。

浅い。

危ない。

でも、手は痺れない。

 

三合。

横薙ぎ。

足を引く。

砂利が滑る。

転ぶ寸前で踏ん張る。

 

恥ずかしいほど下手だ。

でも、死ぬほど下手じゃない。

 

男のように上手にとはいかない。

そんなことは分かっている。

 

そのぶん、時に距離を取って飛び道具を織り交ぜる。

牽制程度に。

 

俺に攻め気がないのは理解しているはず。

それでも、過度に大きく踏み込んではこない。

 

罠かもしれないという警戒もあるだろうが、やはり身に沁み付いたフォームは簡単には崩れない。

 

男の顔が、わずかに歪む。

鬼の形相じゃない。怒りじゃない。

焦りと苛立ちの入り混じった表情。

 

俺は呼吸の合間に、軽く言ってやった。

 

「お前さ」

 

刃が当たる。

受ける。

流す。

ステップで距離を取る。

 

「面倒だから……いなすことにしたわ」

 

男の視線が一瞬だけ揺れる。

俺の後ろ。そこにいる、いもしない誰かを確かめるように。

 

そう。いい顔だ。

 

もうすぐ仲間が駆けつけてくるとは言わない。

ちゃんと伝わっているはずだ。

 

呼吸がなかなかしんどいなか、俺は余裕を見せるように、また笑った。

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