勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。 作:筆負野ユウ
エリサの問いかけに、俺は小さく頷く。
「……最低」
「だから、評価が厳しいって」
また先ほどと同じやりとり。
だが、今度のそれは、さっきまでと違った。
非難のニュアンスが薄い。
呆れ。諦め。
はいはい、やればいいんでしょ、といったところか。
だが俺は、同じ言葉で返すしかなかった。
エリサが歩き出す。
焦らず。だが、遅すぎず。
男の視線は俺から外れない。今度はエリサを一切見ていない。
意識してのことだろう。つまり、心を決めたか。
俺も男を見る。
見ながら、剣を構える。
「……思い残すことはないようだな」
男の口調は妙に冷静だった。
怒りは消えていない。
消えていないが、その上に薄く氷を張っている。
「聞いてなかったのか?」
俺は肩を回した。
腕が痛い。肩にも腰にも嫌な重さがある。
明日は筋肉痛だ。
「生き残るのは俺。死ぬのはお前だ」
「そうか」
その一言と同時に、双方、相手へ向けて駆け出す。
そして、男の剣から黒い爆発が弾けた。
「――っ!?」
反射でブレーキ。
砂利が靴裏で削れる。
爆発音は小さい。
火も熱もない。
代わりに、黒い煙が布を広げるみたいに一気に膨らんだ。
夜の中に、さらに濃い夜が落ちる。視界が死ぬ。
男の姿も、剣先も、足元の砂利さえ消える。
煙幕。
さっき、剣を指でもじもじとなぞっていたのはこれか。
あれは術式だったというわけだ。
魔法への警戒が緩んだところで、こういう古典的で嫌らしいのを差し込んでくる。
ほんと真面目で汚い。
息を止める。
毒ガスの可能性は捨てない。
こんな宗教屋に、そこまではしないよな、という期待を持つほど、俺はもう純粋じゃない。
いや、日本人にとって、宗教屋に毒ガスは連想しやすいか。
ともかく煙幕。
ならば逃走。
――そんなわけないよな。
相手の気配や音を探ることはしない。
判断に時間はかからない。
煙幕の前方へ抜ける。
――のではなく、即座に後ろへ駆けた。
前じゃない。
後ろだ。
煙幕を張ったからって、戦闘は有利にならない。
俺のことを殺せない。
だったら煙幕で俺を煙に巻いて狙うのは、前進してくる俺じゃない。
背を向けて去るエリサだ。
煙を抜ける。
夜気。
砂利。
そして、予想通りの姿。
男は、首だけを振り返って俺を見た。
その顔に、一瞬だけ本物の驚きが走る。
そうだよな。俺が瞬時に後ろへ走るとは思わなかったんだよな。
俺を置き去りにして、エリサに追いつくつもりだったんだよな。
俺を殺せないなら、せめて俺の大事なものを壊してやろうと。
そう考えたんだよな。
さっきからお前は、どこかでそれを考えていた。
だから俺は、エリサを大事な者だと見せつけた。
そして逃がした。
お前にとっての最後のチャンスを、わざわざ演出してやった。
こちらが作ったタイミングだから、読むのは容易だったぜ。
「死ね」
構築した剣を、振り下ろす。
狙いは首じゃない。背から左の太腿へかけて。
振り向きざま、避けにくい線。
しかも、お前の意識はまだ前にある。
手応えは、あった。
メイルの上からでも分かる。
斬れた。浅くはない。
だが、命には届いていない。
男の体が前のめりに崩れかけ、そこで踏みとどまる。
とっさに魔力による防御。魔甲と呼ぶんだったか。
それを張ったか。やっぱり手練れだ。
だが好機。
ここで決める。
踏み込んで、斬り上げる。
いなされた。
「しまっ……!」
焦った。
完全に。
俺ってチャンス×だったのか。
嫌になる。
返しの横払いが、俺の左太腿を裂いた。
熱い。
というか、熱いより先に、背筋に冷たいものが走る。
脚が抜ける。
転がる。
砂利が痛い。
距離を取る。
すぐ立つ。
立てた。
まだ立てる。
でも。
待って待って。
これ大丈夫なのか?
腿を熱い液体が流れ落ちる。
出血。
まずい。
めちゃくちゃまずい。
銀河同盟の英雄だって大腿部の負傷で死んだんだぞ。
太腿には太い動脈がある。
太い動脈が切れると大量出血で死ねる。
追撃は、ない。
男も止まった。
呼吸が荒い。
背から脚にかけて、俺が入れた傷のせいで立ち方が歪んでいる。
あいつも重症だ。出血の量だって俺と大差ないはず。
俺は足を引きずりながら、じり、と後退した。
「なあ」
呼びかける。
返事はない。
構わず続ける。
「このままじゃ共倒れになるぞ。お互い、止血くらいしないとまずいんじゃないのか。その間だけ休戦しない?」
「ふざけるな」
「だよね」
即答。
まあそうだろう。
あいつにしてみれば、時間が経てば経つほど援軍が来るかもしれない。
そう思っている限り、休戦なんか飲むわけがない。
男が、ゆっくりと迫ってくる。
呼吸は荒い。動きもおかしい。
だが、歩けている。
脚だけなら俺より元気そうだ。
最悪。
俺はさらに距離を取ろうとするが、広がらない。
むしろ縮まる。
「その脚では、もう逃げ回れんぞ」
「片脚が少々傷んだくらいで、ぜんぜん動けますが?」
もちろん嘘。強がり。
簡単に見破られる強がり。
距離がさらに縮む。
ステップは使えない。
距離を取れない。
相手も万全じゃないが、難易度が爆上がりしたのは間違いない。
それに出血。
こいつは相打ちでも弟の仇を討てればいいのかもしれない。
俺は嫌だ。死にたくない。
実のところ、時間は相手の味方かもしれない。
それを、奴は知らないが。
両手に魔力を込める。
今までとは違う密度。
濃く。
重く。
それを察したのだろう。
男の脚が、わずかに速まった。
斬撃。
同時に、俺は盾を構築した。
いや、盾っていうと格好よすぎるな。
固定されていない、壁ですらない、ただの厚めな板だ。
両手で支えて受け止める。
金属音。衝撃。板にひびが走る。
魔力消費はサイズに応じて激しい。
しかも強度は劣る。
そんなことは分かってる。
だが、今の俺に剣で受ける余裕はない。
「俺の魔力量と出力、見くびってたんじゃないか?」
「こんなもの、脚が動かん証拠ではないか!」
ご明察。
その通り。
所詮はただの板。
迂回は可能だ。
しかし、そうなれば僅かに距離を取れる。
男の選択は、正面突破。
衝撃。ひび割れが広がる。
また衝撃。
構築物の崩壊が始まる。
そもそも構築した物質は数秒で崩壊する。
それでも俺は、そこへさらに魔力を重ねた。
バハムとやった時に掴んだ感覚。
構築したものへ、さらに魔力を纏わせて強化する。
今ではもう普通にやっていることだ。この板も強化している。
そこにさらに、構築を重ねる。
ひび割れが、即座に埋まる。
崩壊が始まる前に再構築する。
男の攻撃は続く。
衝撃が両腕に響く。
肩が軋む。歯が鳴る。
耐えられる。
まだ耐えられる。
だが、これは酷い。
構築魔法を発動しっぱなし。
壊された板の魔力はそのまま周囲に拡散。
垂れ流し。
修復でまた浪費。
強化でさらに浪費。
ついさっきまで余力があったはずの魔力残量が、急激にアラート水域へ突っ込んでいく。
「ずいぶん焦ってるな。そんな動いて大丈夫? やっぱ止血したほうがいいんじゃない?」
「大した魔力量だよ。お前のまき散らした魔力で、むせ返りそうだ」
男は攻撃を続けながら言う。
「だが、いつまでも持つまい!」
その通り。
いつまでもは持たない。
修復が、徐々に追いつかなくなる。
ひび割れが、線じゃなく面になる。
板が、本格的に割れ始める。
今だ。
板が砕け散る、その瞬間。
俺は撃った。
銃弾じゃない。
杭でもない。
先端が丸い、直径十センチほどの砲弾。
撃つと同時に、全力で魔甲。
砲弾は、男の胴体へ直撃。
爆発。
衝撃。
轟音。
爆風で後方へと引きずられる。
砂煙。
耳鳴り。
「セト!」
逃げずに近くに留まっていたエリサが叫ぶ。
傍から見たら自爆と大差ない。
俺もそう思う。
魔甲のおかげでダメージはそれほどないが、耳がきーんとするし、口の中がじゃりじゃりする。
最悪だ。
煙が晴れる。
少し離れた場所で、男は、両膝をついていた。
俺は荒い息のまま、左足を引きずり、男の近くまで歩く。
目が真っ赤だ。
毛細血管が破れたのだろう。
鼻、耳、口から出血。
膝元には血だまり。
おそらく内臓がぐちゃぐちゃだ。
尻からも出ていておかしくない。
「なにが起こったか分からないって面だな」
爆発魔法そのものは、普通にある。
ただの火球の応用だ。
燃焼が急激になるよう調整して、飛ばして、時限で起爆。
複雑なわりに効果が微妙なので、あまり流行らないらしい。
魔力による身体強化と魔甲を使える相手には、効果が薄く、使いどころが限られるのだ。
破片効果を組み込めば多少違うのだろうが、それだとさらに複雑化する。
これなら火球でいいやってなるのも納得だ。
俺が使ったそれも、エネルギー総量そのものは通常の火球と大差ない。
実際、俺も至近距離で耐えた。
だけど少しだけ工夫をした。
更に複雑化させることにした。
薄く柔らかい弾殻で覆い、先端に発火魔法を仕込む。
着弾と同時に砲弾が潰れ、爆発魔法に発火魔法が接触、爆発する。
粘着榴弾。
HESHとも言う。
これが、俺の辿り着いた、丈夫なモノを破壊するための回答だ。
べたべた張り付く爆弾じゃない。
潰れて密着し、その瞬間に爆ぜる。
すると衝撃波は逃げず、対象へ極めて効率よく叩き込まれる。
表面がどれだけ固くても関係ない。
戦車の装甲板の裏側を剥離させ、内部破壊をもたらす砲弾。
そんな近代兵器ほどの破壊力はないが、理屈は同じ。
訓練でララを驚かせ。
館の壁を粉砕し。
頑強な騎士も、こうなる。
「……疲れた」
思わず本音が漏れた。
他の魔法と並行して、こんな複雑なことをするのは本当に疲れる。
魔力のロスも半端じゃない。
だが、シールドから巻き散らかした魔力で、この魔法の気配は紛れさせることができた。
脚を止めての防御だったことで、ためも作れた。
「馬鹿な……あの程度の爆発で……こんな……」
まだ喋れるのか、と一瞬だけ感心した。
肺は潰れていないのか。
血を吐きながらでも喋るか。
なんにせよ、タフな野郎だ。
俺は荒い息を押し殺し、右手を男へ向けたまま言う。
「お前には訊きたいことがある。質問の答えが気に入れば、カミサマへお祈りする時間くらいはくれてやる。元修道騎士だろ」
こいつの弟への尋問で、詳しく聞けなかったこと。
今度は俺が直接、問う。
男は血の混じった息を吐き、顔を上げた。
「元ではない……私は今でも神へ……」
「客観的に見て脱走者だろうが……いや、それよりも、その神の件だ」
俺は一歩だけ近づく。まだ油断はしない。
こいつが最後に何を仕込んでくるか分かったものじゃない。
「お前らに啓示とやらを授けたのは誰だ? どこの組織に属している?」
男はかすかに首を振った。
「組織などと……我らは、神に直接……拝謁が叶ったのだ……」
夢でも見たか。
魔法のある世界でも、そこいらで神に会ったという話は聞かない。
元いた世界と同じだ。
そういうのは大抵、頭の病気か薬か詐欺のどれかだ。
「……そうか。だが指示を下したのは人間だろう?」
「違う……王都で、皆で拝謁したのだ……あの高貴なお姿を……」
朦朧としているのか、それとも本気でそう信じているのか。
どちらにせよ、使いものにならない。
質問に答えているようで、答えていない。
俺は小さくため息をついた。
本当に疲れた。
こんなコミュニケーションコストの高い奴と、いつまでも問答をする気にはなれない。
「もういいぞ」
男の指が、首から下げた革紐へ伸びる。
小指の先程度の小さな銀のベルが、十個ほど並んだ装飾。
聖鈴。
聖音派の定番アイテムだ。
実際に音が鳴る構造ではないが、心の音がどうとか、神の声がどうとか。
ロザリオみたいなもんだ。
男はそれを顔の近くまで持ち上げ、血まみれの唇を動かした。
「我が血を、主の杯へ。聖なる音よ。我が……」
長くなりそうだった。
祈りに見せかけた術式でも仕込まれたら面倒だし、なにより、こいつにだけ綺麗な終わり方を許す義理もない。
構築した刃を、一閃。
ちょうどよく掲げられていた聖鈴ごと、掌の途中から先と頸を断った。
膝をついたままの体が、どさりと後ろへ倒れる。
胸の上には、革紐から外れた小さな銀の鈴がいくつも散った。
深呼吸。
ようやく片付いた。
余力を残せなかったのは、素直に失敗だ。
相手を舐めたつもりはないが、結果としてはだいぶギリギリだった。
「まだ祈りの途中だったようだけど」
横から、少しだけ咎めるようなエリサの声。
振り向くと、彼女も青い顔をしていた。
大きな負傷こそないが、彼女も限界だ。
「俺は、質問の答えが気に入れば、って言ったんだ」
別に、最後まで祈らせてやってもよかったのかもしれない。
だが、そんな気にはなれなかった。
「疲れてるところ悪いが、止血だけでも頼めるか?」
「最低限の治癒を使える程度の魔力は残しているわ」
「助かる」
そう返しながら、俺は倒れた死体をもう一度見た。
膝をついた姿勢のまま、後ろへ倒れ込んでいる体。
胸の上に散った銀の鈴。
目を見開いて転がる頭部。
鈴は鳴らない。
音が鳴る構造ではないから、当然だ。
その光景に、少し前、名前も知らない小村で見たものが重なった。
あの時も、祈りは最後まで届かなかったのだろう。
あるいは届いた上で、何も起きなかったのか。
どちらでも、大差はない。