神様、ちょっと黙ってろ ~神は死んだ。聖女はまだ祈っている。~   作:筆負野ユウ

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第5話 解析と構築

カイルスがルナに視線を向けた。

たったそれだけで、ノアに選択肢はなくなった。

 

すでに力の差は見せつけられている。ルナに危害を加えられる前にカイルスを排除する、というのは難しい。

なら、ルナの側で盾になるしかない。

 

忠義深いことだ。

 

カイルスは相変わらず動かない。また、俺を見ている。

代わりに、異形がゆっくりと歩み寄ってきた。

 

速くはない。

 

全身に灰色の革帯。

そこから生える無数の棘。

隙間から滲む黒煙。

 

気持ち悪い。

 

カイルスはこれを呼び出したのではない。作り上げた。

いや、そう見えた。

 

俺が剣や杭を構築するときの感覚と、よく似ている。創造主が気味悪ければ、作品も当然気味が悪いということか。

 

まずは火球で試す。

 

詠唱。

脳内に構築したコード。

発火。

射出。

 

直撃。

 

炎が派手に燃え上がり、異形の身体を包む。

だが、止まらない。

 

燃えたまま、平然と歩を進めてくる。燃えているというより、炎を着ているようだった。

あまり効果的とは言えない。

 

続いて、石を矢のように飛ばす魔法。

 

射出。

 

石矢は革帯に弾かれた。表面を削るだけで、奥に届かない。

 

なら、もっと硬く。

もっと重く。

 

少し時間をかける。

 

金属質。槍に近い長さと太さ。

ただし、穂先は単純な杭でいい。

硬く。重く。

 

構築。

射出。

 

今度は突き刺さった。

 

異形の胸元に杭が食い込む。革帯を割り、黒煙を散らす。

だが、止まらない。

 

短杖が、そこで音を立てて砕けた。負荷が高すぎたらしい。

 

まあいい。

 

仕込まれていたものの読み取りは済んでいる。あとは、杖なしでも動かせるかどうかだ。

魔法。

 

――あれ? これプログラムじゃね?

 

そう気づいてからは、頭の片隅で常時解析スレッドを回している。バックグラウンド処理ってやつだ。

 

火球。

石矢。

短杖。

詠唱。

マテライズ。

 

短杖に刻まれていたコードを、必要な部分だけ脳内に再構築する。詠唱はローブ共のモノマネ。

 

石矢。

 

力を込める。速度も硬度も、先ほどの石矢を上回るように組んだ。

 

発動。

 

結果は、革帯を少しえぐっただけだった。石矢をそのまま再現するより、マテライズした金属杭を射出する方が威力は上か。

 

だが、発動確認は取れた。

短杖は不要。

 

問題は、この化け物に対する有効打がないことだけだ。

 

燃やしても駄目。

穴をあけても駄目。

 

斬る。

殴る。

 

まあ、効果薄いだろうな。

 

ルナやノアと相談できればいいんだが、まだ言語の解析は全然だ。一部単語の拾い読み程度しかできない。

 

今、できることはなんだ。

 

金属質の物質は構築できる。

 

火球と石矢は、詠唱を真似ただけでは駄目だった。短杖に仕込まれたコードで補完して、ようやく発動した。

その短杖も解析済み。もう杖はいらない。

 

火球にも石矢にも、共通の部品がある。そこが“射出”とあたりを付け、抜き出して、俺の構築物に繋げた。

 

だから撃てる。

 

手持ちのカードはこんなところ。あとは身体能力くらいか。

 

いや。

 

もうひとつ、模倣できるものがあったな。

 

俺は後退しながら、左手で印を切る。カイルスがさっき見せた動き。

詠唱もなぞる。

 

――何も起こらない。

 

くそ。

 

模倣が不完全か。それとも短杖みたいなアイテム仕込みか。

触れてじっくり解析する手段がないなら、この先は進まない。思考を切り上げるしかなかった。

 

異形が、突如として加速した。さっきまでののっそりした歩みが嘘のようだった。

 

振り下ろされる大刀。

 

速い。

 

だが、大振りだ。

避けられる。

 

ノアが援護に来ようとする。しかし、カイルスの視線ひとつで釘付けにされている。ルナを見られたら、動けない。

 

カイルスはなぜ、ルナとノアを殺さない?

 

その気になれば殺せたように思う。さっきだって、ルナを見ることでノアを牽制した。だが、あの強さならノアを殺すこともできたはずだ。

 

殺せない事情がある?

 

駄目だ。

 

情報不足。

考えても分からない。

 

二撃目。

回避。

 

三撃目。

今度はさっきよりコンパクトだった。危うく掠める。

 

反射的に弾丸を構築する。

 

金属質。

小型。

尖らせすぎる必要はない。

精度も要らない。

重要なのは速度と連射。

 

脳内で射出のコードを組む。

詠唱なし。

 

一発。

 

成功。

 

続けて四発。

合計五発。

 

よし。

無詠唱化できた。

 

脳内だけで射出のコード構築を完結させれば、詠唱を挟む必要はない。これなら連射できる。

 

手持ちのカードがまたひとつ増えた。

 

マシンガンとまでは言わない。だが、弾丸を連続して叩き込む。

 

異形の革帯が跳ねる。

黒煙が散る。

 

傷は浅い。

倒せない。

 

それでも、連続した衝撃に異形の上体がわずかに仰け反った。大刀を握った右腕を前方へ突き出し、崩れた均衡を取り戻そうとしている。

 

チャンスだ。

 

その剣をよこせ。

 

俺は踏み込む。

手首を掴む。

 

棘が刺さった。

 

痛い。

まあ、覚悟の上だ。

 

先ほど学んだように捻り上げ――られない。

 

(こいつ……()()()()()()()()

 

形は人型だ。

腕もある。

脚もある。

似たような動きをしている。

 

だが、構造が違う。

 

関節の向きも、力の逃げ方も、肉の抵抗も、人間のそれではない。人間の関節構造を利用した技は通用しない。

 

いや、それよりも――。

 

異形が、棘だらけの左腕を振るった。ラリアットのような一撃。

 

避けられない。

 

右腕に鈍い衝撃が走り、棘が肉へ食い込んだ。熱い痛みが傷口から広がり、息が漏れる。

そのまま異形は片腕を背中へ回し、抱きすくめるように俺を締め上げてきた。

 

押しつけられる胸部。

灰色の革帯。

黒煙の臭い。

 

無数の棘が身体へめり込む。

皮膚が裂ける。シャツの下で、ぬるい血が広がる。

 

痛い。

 

押し返そうと身体を捻った途端、刺さった棘が横へ動いた。傷口の内側を引っかき、皮膚だけでなく、その下の肉まで削っていく。

 

動けば裂ける。

止まれば潰される。

 

最悪だ。

 

二センチほどの棘。即死には至らない。

だが、全身へ何本も突き刺さり、逃れようとする動きそのものが傷を広げる。抵抗するたびに血が流れ、少しずつ力が削られていった。

 

異形の腕へ力がこもる。

 

胸郭が圧迫され、息を吸える幅が狭くなった。呼吸するだけで、背中と脇腹の棘が肉の中を動く。

 

肺が膨らまない。

浅い息が、かすれた音になって漏れる。

 

穴だらけの両手で異形の胸を押し返す。手のひらにも棘が刺さった。

指の間を血が伝う。力を込めるたび、手の中で肉が裂ける感触がした。

 

それでも押す。

 

離れない。

離れられない。

 

ただ耐えているわけではない。

 

――もう少しだッ。

 

締めつけが、さらに強くなる。骨が軋んだ。

血の巡りを奪われ、指先が冷えていく。視界の端が暗くなり、異形の輪郭が滲み始めた。

 

痛い。

息ができない。

 

棘がさらに深く食い込む。

 

だが、読める。

 

最初に触れたとき、すぐに分かった。

()()()()()()と。

 

人間に触れても、人間そのものを解析はできない。

 

動き、声、目線、呼吸、筋肉の反応。五感で仕入れた情報を解析することで、その人間について間接的に読むことはできる。

だが、触れただけでは何もできない。

 

解析しようと意識を伸ばしても、掴むものがない。触って確かめようとした手が、空を切るような感覚だけが残る。

 

一方で、ローブ男の短杖に触れた時は違った。仕込まれたコードへ、そのまま指を差し込めるような感覚があった。

 

そして、この異形も同じだ。

 

こいつには、短杖と同じく魔法のコードが仕込まれている。

ただし、情報量が膨大だ。読み込みに時間がかかる。

 

骨が軋む。

視界が狭まる。

痛みで意識が白くなる。

 

それでも、コードは少しずつ繋がっていく。

 

痛い。

息ができない。

骨が軋む。

棘がさらに食い込む。

 

だが、読める。

読めるなら、まだ終わっていない。

 

うまくいくかは分からない。しかし、同じ要領だ。

火球と石矢のコードから、射出の構成要素だけを抜き出したように。それを物質構築の魔法と組み合わせ、再構築したように。

 

いや。もっと単純だ。

 

正しく動作するよう編集するのではない。

 

削除するだけだ。

 

白紙化。

 

“Delete”。

 

「誰かが組んだコードをまるっと削除……ゾクゾクするな」

 

異形が崩れた。

 

断末魔の叫びはなかった。

灰色の革帯がほどける。棘が乾いた音を立てて落ち、崩れる。黒煙が霧のように散った。

 

胸の圧迫が消える。

肺へ、ようやく空気が戻った。焼けるような痛みと一緒に。

 

俺は膝をつきかけ、なんとか踏みとどまった。

 

成功だ。

 

シャツは穴だらけ。

血だらけ。

 

手のひらも、腕も、背中も、まともな場所を探す方が難しい。立っているだけで精いっぱいだ。

 

だが、賭けには勝った。

 

残る敵は一人。

 

カイルス。

 

もう一度あの化け物を出してきても、今度はワンクリックで消せる。ノアと二人がかりならやれるか。

 

いや。

 

実力の底が見えないのが怖い。

 

カイルスが俺を見ている。

一瞬、笑った。

 

楽しんでやがる?

 

表情を元に戻したカイルスが、ルナたちに何か語りかける。

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