勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。 作:筆負野ユウ
後世に広く流布したセト伝承のひとつに、『兄弟騎士の誓い』と呼ばれる逸話がある。
村が賊に襲われる。
若き兄弟騎士が、それを守る。
しかし、衆寡敵せず。
兄は傷つき、弟は膝をつき、村はまさに蹂躙されようとしていた。
そこへ現れたのが、異界より来た若き勇者セトである。
伝承によれば、この時のセトは、まだ戦場を知らなかった。
人を殺すことの意味に怯え、剣を握る手は震えていたという。
だが、泣き叫ぶ子供を見た。
火に追われる老人を見た。
傷つきながらも村を守ろうとする兄弟騎士を見た。
そして、彼は決意する。
弱き者を守るため、初めてその力を振るうことを。
賊は討たれ、村は救われた。
兄弟騎士は深く感謝し、その場でセトへ忠誠を誓った。
以後、彼らはセトの最初の騎士として、彼の業績を支えたとされる。
物語としては、あまりに整っている。
襲われる村。
敗れかける兄弟騎士。
殺人に怯える若き勇者。
弱者を守るための決意。
そして、救われた者たちの誓い。
これは歴史の形というより、英雄譚の形である。
そもそも、この逸話においてセトは当然のように「異界より来た勇者」として登場する。
もちろん、彼が異界からやってきたとするのは、セト伝承における建国神話上の語彙である。
この時点で、物語はすでに歴史ではなく、神話の文法で語られている。
セトがどこから来た何者であったかについて、現在も定説はない。
だが、この逸話の問題はそれだけではない。
これほど広く知られた逸話でありながら、同時代史料がほとんど何も語らないことである。
村の名は伝本によって揺れる。
兄弟騎士の家名も定まらない。
さらに重要なのは、この戦いが、セトの初陣として語られることである。
セトの実戦参加が資料上確実に確認できるのは、王国によるミストラティ侵攻の際である。
であるならば、この逸話はそれ以前の出来事ということになる。
しかし、その時期にセトに仕えていた人物として確認できるのは、エリサと思われる銀髪の従者ただ一人である。
領地も貴族位も持たない時期のセトが、騎士を配下に加えたと見るのは難しい。
また、後年のセト軍において、兄弟騎士が活躍したという記録も存在しない。
この兄弟騎士を、セトが後に駆使した軍事政策と経済政策の寓意とする説もある。
兄は軍事を、弟は経済を象徴するという解釈である。
だが、私はその説には与しない。
この時期のセトにそれを仮託するのは、ますます意味が通らないからである。
一方で、これをセトの初陣と語るのには別の意味があるように思われる。
すなわち、これはセトの出発点の物語なのだ。
セトが戦いの人生に身を投じる、その出発点。
そこで彼は、おそらくなにかを手にした。
この逸話における兄弟騎士は、制度の比喩ではない。
彼らの誓いこそが、若きセトが何かを手にしたという物語上の証明と見るべきではないだろうか。
では、この時、セトは何を手にしたのか。
勇気と決意かもしれない。
理想と信念かもしれない。
暴力を正義と呼ぶための理屈と言葉かもしれない。
あるいは、この兄弟騎士には、後世の人々が見たセトの二面性を読み取ることができるかもしれない。
弱者を守るために剣を取る者。
そして、その剣によって新たな秩序を築く者。
慈悲と暴力。
理想と支配。
救済と征服。
兄弟騎士の誓いは、そうした矛盾を、若きセトの初陣に仮託したものとも考えられる。
ただ確かなのは、後世の人々が、セトの始まりにそれらがあったことを望んだということだ。
殺人に怯える若者。
弱者の涙。
守るべき村。
感謝して付き従う騎士。
それらは、セトという人物に与えられた、あまりに美しい始まりであった。
後世の伝承は、しばしば出来事を好ましい形に並べ替える。
実際のセトを知る術はない。
ただ、後の彼が振るったものを見る限り、それは少なくとも、無垢な勇気だけではなかったはずである。
――ヘロセン「セトの帝国」 第十二章「彼の出自を探る」より