勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。 作:筆負野ユウ
第46話 呼び名の檻
王宮の書庫は、いつ来ても静かだ。
静かすぎて落ち着かない。
ここで人が死んでも、たぶん誰も叫ばない。
死体になったら粛々と“処理”されて、燃えるゴミの日に出されるかもしれない。
王宮という場所は、そういう気配がある。
人間を物品扱いするのが上手い。
俺はその最たる被害者だ。
古い羊皮紙の匂い。
革表紙の擦れる音。
窓の外の鳥の声。
そして、監視の視線。
書庫にいるのは俺だけじゃない。
司書と侍従が、いかにも、あなたは自由に読めますよ、という顔をしながら、自由を監督している。
俺はいつもの席に座り、いつものように魔法の本を開いた。
遺物。
アンなんとか君が言っていたな。
顔は覚えていない。声も覚えていない。名前も思い出せない。
“アン”なんて付かないかもしれない。
削除した覚えもないのに消えていく。
俺の脳内SSDはそれほど容量があるわけではないのだ。
いや、ファイル管理が下手くそなのかもしれないが。
館にあった箱。
エリサの指輪。
イノセントローズ。
おそらく、これらが彼らの言う遺物だ。
共通点がある。
俺の解析が通らない。
そしてもうひとつ。
人間を含めた生物にも、解析が通らない。
遺物と生物。
共通点は何だ?
ひとつの仮説として、魔力を利用して何らかの作用を起こす構造を有していること。
俺は掌の上に、小さな人形を構築した。
モデルは白鎧。デフォルメして三頭身ほど。
形状に意味はない。遊び心だ。
我ながら再現度が高い。憎たらしいくらい可愛い。
机の上に置くと、歩き出す。
――俺なりの、スピリットもどき。
カイルスの作り出したトゲトゲ、そして白鎧。
解析したそれらを元にしたリバースエンジニアリング。
製造工程を模倣できたわけではないので、ずいぶんとしょぼいが、これが現状の成果物。
内部に魔力の核を置くことで、ある程度の持続が可能だ。
この持続性は剣のような物にも応用可能だが、さすがにコスパが合わない。
俺はそれに解析魔法を当てる。情報が脳内へダイレクトに流れ込む。
物質の性質。
魔力そのもので構成されている。
術式も読める。
つまり、普通に解析可能。
分かり切った結論。
スピリットは解析できる。
遺物と生物が解析不能なのは、魔力や術式の有無が問題ではない。
じゃあ何なんだ。
遺物と生物だけが弾く理由は。
考えていると、構築したミニ白鎧が崩壊を始めた。
白い粒子が砂みたいに零れる。
構築魔法で構築したものは、数秒で崩れる。
小さな魔力の核を持つ、このスピリットで一分程度。
それに比べて、生物の肉体は崩壊しない。
魔力で変換して作られたはずなのに。
何が違う?
維持の術式?
自己修復?
それとも。
魔力に関する学術書を開き直す。
この世界では、魔力は様々なものに変換される。
熱、水、石、性質の異なる物質。
そして生命は、どれも魔力を必須としている。
食物を肉体やエネルギーに変換するにも魔力が要る。
あらゆる生命活動が、魔力前提で設計されている。
文明も同様に魔法前提で発展している。
進化は常に、置かれた状況で効率の良い方向へ進むのだろう。
魔力はどこから来る?
本によれば、大気や水や食物に含まれる魔素を取り込み、体内で合成するらしい。
アミノ酸とタンパク質のような関係、とすればしっくりくる。
だが俺は、この機能が欠けている。
魔素を取り込み、魔力を生成する機能。
そのため、ルナによる魔力供給が途切れると、俺の代謝は停止して死ぬ。
ますます某恐竜映画だ。
人間の肉体のくせに、バッテリー駆動。
しかもワイヤレス給電。
送電器は王女の手元。
なかなか現代的な奴隷制度だ。
では、俺の多用するマテライズは何だ。
これは純粋に魔力だけで構築する。
石の矢の魔法なんかも、広い意味ではマテライズの一種だ。
もっとも、俺のように自由度の高いマテライズは普通できないらしい。
普及しているのは定型化された術式だ。
褒められても困る。
都合の良い道具だと言われた気分になる。
まあ、サラリーマンと同じだ。
俺の曖昧な知識で雑に言えば、質量とエネルギーは等価交換可能。
そして魔力は、質量を持つエネルギー。
もしくは中間的な存在といったところか。
マテライズは、その魔力の性質を質量側へ寄せる技術。
火球魔法は、そこにエネルギー側へ寄せる技術が絡む。
では、生命が肉体を構築するのはどうか。
これも、マテライズに近い理屈なのでは?
もしそれを自在に操れれば。
崩壊しない剣を構築できる。
怪我をしても肉体の補修が即時に可能になる。
それどころか。
思考が、嫌な方向へ滑りかけた。
肉体の増設。
改造。
交換。
部品取り。
さらに嫌な方向へ。
人間を解析はできないが、例外がある。
それは自分自身。
肉体の形状と、そこに宿る術式を読めてしまう。
あまりに情報量が膨大で、処理しきれるものではなかったが。
なぜ、できるのか。
自分自身は特別なのか。
そしてもう一つ、構築――これを自身に――。
やめよう。
今は考えたくない。
倫理はいつも、技術に置いていかれる。
置いていかれる倫理に縋りたいのは、だいたい弱者だ。
俺はいつでも弱者側だ。だから知っている。
現在、まともに扱われている魔法は一系統のみ。
ざっくり言えば、魔力を物質かエネルギーに寄せる技術。
古代にはこれとは全く別系統の魔法が存在し、一部がアイテムとして残されている。
遺物はそれなのだろう。
だから解析できない?
ならば生物も古代魔法で作られた?
さすがに飛躍しすぎか。
突然、背後が騒がしくなる。
「いたいた! セト! ルナ殿下をお待たせするつもりか? そろそろ行くぞ!」
ララだ。
足音が軽い。
傷が癒え、最近は剣を振るうのにも支障がなくなったらしい。
一方で、俺の未来は重い。
「書庫ではお静かに。カタルギス伯ご令嬢」
わざとらしく呼びかけると、ララはムッとした顔をした。
俺は本と椅子を戻し、軽く腰を回す。
首輪の説明書を読む時間は終わり。
これから新しい首輪の試着だ。
「そんなに急かすなよ。逃げる予定は……ない」
「いずれ逃げるつもりがある奴の言い方だな、それ」
「俺はいつも“予定”を持たないようにしてるって言ってるだけだ」
ララは鼻で笑った。
笑えるうちはいい。
笑えなくなったら、いよいよ本物だ。
俺はいつまで笑えるんだろうか。
◇◇
祈りの丘。
王都から麓の村まで馬車で一時間ほど。
そこから先は徒歩だ。
馬車が通れる道は整備されていない。
あえて、だろう。
信仰の拠点ではよくある話だ。
苦労して登ればありがたみが生まれる。
苦労しないとありがたみが生まれない。
人間の精神構造は、なんともコスパが悪い。
ここを訪れたのは、俺が洗礼を受けるためだ。
これまで客人という扱いで、騎士のようなものだったが、正式な騎士になるためには洗礼が必要らしい。
なんて素敵。
お姫様を守るナイト。
おとぎ話だな。
「正式な騎士になるには、絶対に洗礼が要るのか?」
俺がそう訊くと、ノアが当然のように頷いた。
「ああ。王国の騎士は、王とシリスの前で誓いを立てるものだからな」
そういうものか。
「俺みたいな異世界人にありがたい話だな。サモンドって言うんだっけ」
「サモンドではなく、クロスです」
ルナが、そこだけは静かに訂正した。
はいはい。
『犬』とか『おばさん』って言うと窘められるやつね。
『わんちゃん』『おねえさん』だ。
綺麗な言葉は、現実に触れるとすぐ汚れる。
きっと二十年後には、クロスも差別用語になっていることだろう。
「洗礼を受け、騎士として誓いを立てれば、あなたは正式に王国の一員となります」
ルナは微笑んだ。
「決して、あなたを軽んじていた訳ではないのです。時間がかかってしまい申し訳ありません」
本気だ。たぶん。
俺が、早く騎士にして欲しいと思っている。
本気でそう思ってる。
だが俺には、身元不明の不審者から、所有者のはっきりした備品に変わる手続きにしか見えなかった。
ルナ、ノア、ララ。
俺はその後ろを歩く。エリサは連れていない。
信仰の聖地にハーフエルフを連れて行くのは憚られるらしい。
ちょっとした登山を終えると、視界が開けた。
丘の上からの景色は、観光名所として充分に通用するものだ。
王都が、城壁の輪郭ごと掌に収まる。
「素晴らしい眺めだ」
口ではそう言いながら、頭の中は別のものも測っていた。
道幅は馬二頭が精一杯。
まあ、馬は使わないか。
重装歩兵の突撃も死ぬほど防ぎやすい。
まともな通路は一本。
背後は崖。
最後の神殿は袋小路。
祈りって言葉で飾ったクソ袋だ。
あのクソ忌々しい鐘の音も、合図としては王都周辺に響く。
籠城にはうってつけ。
物資と兵さえあれば、平地の王都よりよほど固い。
宗教施設に、信徒は神を見て、俺は軍事拠点を想う。
信仰心の欠如が人格に出るのか。
人格が信仰心の欠如に出るのか。
どうあれ、戦争が来れば殺し合うのは同じだ。
だから俺は、生き残るために、想う。
いざという時、俺はルナを守らないといけない。
守る理由は高尚じゃない。俺の命綱が彼女の手の中にあるからだ。
命綱の持ち主は守る。そうしないと死ぬ。
いまは、王都に攻め込まれるような情勢じゃない。はず、だが。
トラキス公爵が叛乱なんてこともあるかもしれない。
平和を担保できるのは、圧倒的な力だけだ。
ローマもモンゴルもアメリカも、そうしてきた。
そして、この国と王朝に、そこまでの力はなさそうだ。
そのとき。
――ゴォン。
聖鐘堂の鐘が鳴った。
心臓が跳ねた。
喉が、ひゅっと細くなる。
呼吸が一瞬だけ途切れた。
凄まじい音量。
なるほど、王都までよく聞こえるわけだ。
俺はこの鐘が大嫌いだ。
決まった時間に祈りの時間が来たことを告げてくる。
祈りの強要をかましてくる。
不快。
この世界の不快の象徴。
問題は、露骨に顔と態度に出たこと。
考え事の最中に、これほどの音波を叩きつけられた。
思わず顔を背け、口から飛び出そうとする『くそっ』と苦虫を同時に噛み潰し、そのことに気が付いてから慌てて表情を正す。
幸い、周囲は誰も気づかない。
ルナは祈りの姿勢で目を閉じ、ノアは穏やかに見守りつつ、それに続いている。
ララだけが、俺の顔色を一瞬だけ見て、すぐ視線を外した。
ような気もする。
「ここは皆の祈りが届く場所です」
ルナが微笑む。
「これからはあなたにも、シリスの御加護がありますよ」
シリス。
神。
俺の世界にもカミサマはいた。
誰かにとってのカミサマが。
少なくとも、神の名を使う人間は大量にいた。
神がいるかどうかより、神を使って何をするかが大事だ。
だいたい碌でもないことだが。
聖鐘堂と、それを囲む五本の塔。
立派な建物。
整えられた庭園。
そこから一望できる王都は、確かに印象に残る。
「いや、聖地ってのは凄まじいんだな」
自分の口から出た言葉に、半分だけ本音が混じっていた。
力は、祈りから生まれるんじゃない。
祈りを形式にして、破れない仕組みにしたとき、力になる。
だから、俺はそれに逆らおうとはしない。
そして今日、俺はその形式の中に組み込まれる。
洗礼。
騎士。
正式な騎士ってのは、正式な首輪ってことか。
言葉は綺麗だ。
年月をかけて綺麗に磨かれている。
首輪の立派さを誇る趣味はないが、どちらにせよ俺に人権はない。
「セト」
ルナが、こちらに向き直る。
目はまっすぐで、逃げ道がない。
「あなたが、まだシリスの教えを深く理解していないことは分かっています」
なんと。
信仰を否定するのはトラブルの元だから、けっこう感化されちゃった風の演技をしてきたつもりだった。
俺の演技力が低いのか。
それとも彼女の観察眼が思ったより高いのか。
たぶん両方だ。
人生はいつも複合要因で俺を殴る。
「無理もないことです。あなたは違う世界から来たのですから」
それはそう。
勝手に連れてきた側が言うと、味わい深さが違うな。
「けれど、いつかきっと、その教えがあなたを支えてくれる日が来ます。私は巫女で、あなたはクロスなのですから」
前後の繋がりが理解できない。
なにが『ですから』なのか。
俺は頷く練習をする。
否定してもいいが、否定したところで首輪が外れるわけじゃない。
ルナは続ける。
「シリスの教えの本質は、慈しみです。ですが、現実のこの国は、その精神に則っている者ばかりではありません」
教えの大枠は把握している。
そして、後半部分には賛同する。
「特に責任ある者が変えていかねば、困窮している人々を救うことはできません」
その通りだろう。
「施療院の件は残念でした。でも、私は諦めません」
結局はそういう話になるのか。
立派だが、お前は責任ある立場なのだから、もっと大局的に考えるべきだろう。
「やはりまずは、もっと私自身が力を持たなければなりません」
うん?
「そのための力を貸してください。一緒に、胸を張れる国を作りましょう」
目の前の病人を助けることを優先してしまう女だと思っていた。
だが今の言葉は、目の前だけじゃない。
国を見ている。
責任を口にしている。
成長しているのか。
そう思った瞬間、自分の中の嫌な声が笑った。
成長している?
違う。
役割に追いつこうとしているだけだ。
王女は王女で、首輪をつけられている。
材料は金。
飾りは信仰。
鎖の先は国家。
俺は小さく頷いた。
ルナは俺をまっすぐに見つめ、魅力的な笑顔を返す。
しかし、それは、理解が早くて助かります、と言われた気がして、少しだけ気分が悪かった。
嫌だと言っても、俺に人権はない。
それに俺だって、貴族が贅沢をして、弱者が苦しむ国を良いと思っているわけじゃない。
ただ。
その正しさのために、俺を使うな。
口には出さない。
ここは祈りの丘。
誓約の形式が完成している場所だ。
そして俺は今日、正式な呼び名の檻に収まる。