勇者として召喚された社畜、王女による魔力供給がないと死ぬブラック環境に配属。『解析』『構築』能力を悪用して王国も正義も神も容赦なく破壊する。 作:筆負野ユウ
王女の部屋に呼び出されるのは、だいたい碌な用件じゃない。
「セト。来てくれてありがとう」
ルナは机の上に羊皮紙の束を広げたまま、いつものようにまっすぐこっちを見る。
まっすぐすぎて、目が刺さる。
慣れない。
刺されるのは好きじゃない。
その横にノアが立っている。
騎士の姿勢で、顔は硬い。
困っている時の顔だ。
つまり、今から俺は困りごとに巻き込まれる。
「最近、聖音派の聖職者が……行方不明になっているそうです」
ルナが言うと、ノアが補足する。
「失踪が五件。いずれも貧民街で活動していた者だ。最後に目撃されたのも、だいたいその界隈だ」
聖職者が貧民街で活動している、というだけでも意外だ。
この世界の宗教は、もっと高い塔の上で香を焚いてるか、目立つ路上でパフォーマンスをしているだけだと思っていた。
いや、貧民街にも修道院やらあったっけな。
ルナは両手を胸の前で組み、祈る前の姿勢に近い形を作る。
もちろん、やるのは祈りではない。
面倒な意志の表明だ。
「放っておけません。これは……救うべき人たちを救うための、まず最初の機会です」
なにが最初なのかは分からない。
だが、機会。その単語が出た時点で、嫌な予感が確定した。
「それはつまり……」
俺が言いかけると、ルナが先回りした。
「以前にあなたが話していた、治安を守る警察機構です」
警察を――作る?
正気か。
刑法も刑事訴訟法もない。
予算編成も、人事考課の基準もない。
あるのは王女の正義感と、胃に穴が空きそうな男、それに名目だけの騎士とエロい恰好をした騎士だけだ。
スタートアップ企業としても、これは出資詐欺レベルの無謀さだぞ。
だが、戦争の準備と同じくらい重い言葉を、さらっと言うのがこの王女のすごいところだ。
本人は重いと理解していない。
理解していたら、もう少しだけ怖がる。怖がった方がいい。
「そうは言っても……まず法がない。罪の定義が曖昧だ。どうやって取り締まって、誰が裁く?」
以前、俺は法治主義と治安を守る警察について話したことがある。
理想ばかり語っても意味はない。仕組みが必要だ。
そういう文脈で簡単に話しただけだが。
俺は続ける。
「王室裁判所は貴族の揉め事用だろ。普通の犯罪まで捌けるキャパがない。裁判官と警察官を兼ねさせたら、やりたい放題になる。財源は? 常設の人員は? 武力がなければお願いで終わる」
ルナは眉を下げた。
でも引かない。
「分かっています。全部、すぐにはできません」
「じゃあ……」
「だから、できるところから始めます。信頼する者に権限を与え、徐々に組織として整備するつもりです」
ルナは真顔で言った。
できるところから、と大きなことを始めたとき、だいたい出来ないところの方が爆発する。経験則だ。
俺の世界でも、ここでも、たぶんそうだ。
だいたい、やるならまずは法整備からだろう。
「人員については……」
ルナは少しだけ言い淀んだ。
言い淀むくらいなら、言わなきゃいいのに。
どうせ、ろくなことではない。
「いま集めている私兵を、一部だけでも巡察に回せないかと考えています」
ノアの顔が、目に見えて強張った。
俺も、たぶん似たような顔をした。
それは駄目だ。
急ごしらえの私兵団を警察官になんて、制服を着せた野盗と大差ない。
「殿下」
ノアの声が硬い。
「それは、おやめください」
ルナが目を丸くする。
ノアがここまで強く遮るのは珍しいのだろう。
「武装した者に、法の形が整わないまま巡察権を与えれば、民は守られる前に怯えます」
いいぞ、ノア。
頑張れ、ノア。
その調子で、王女様の正義感を現実に縛りつけてくれ。
俺も頷く。
「ノアに賛成。私兵を警察にするのはやめた方がいい。武力を持った素人が正義の名札をつけて街を歩くんだぞ。最悪、盗賊よりタチが悪い。いや、多分そうなる」
ルナは小さく息を呑んだ。
傷ついた顔だ。
でも、ここで傷つかせておいた方がいい。
人間は少し痛いくらいの方が、学習する。
まあ、大した痛みでも傷でもないが。
「……分かりました。私兵の巡察利用は、見直します」
ノアがわずかに安堵した。
俺も安堵した。
初めて、この世界を救った気がする。
まあ、十秒後にはまた別の方向に燃えそうだが。
「ですが、調査は必要です」
ルナは顔を上げる。
その目は、まだ諦めていない。
諦めない人間は美しい。
そして、だいたい迷惑だ。
「まずは失踪事件の調査です。教会の方々も不安ですし、王都の治安にも関わります。ここで成果を出せれば……」
ああ、なるほど。
警察機構の整備を考えていたのは事実だろう。
でも、この性急さは、失踪事件ありきというわけだ。
「ノア」
ルナが、おそらく最も信頼する便利な小間使いの名を呼ぶ。
「あなたを、私の直轄の巡察官に任命します。……形式は後で整えます。まずは動きましょう」
ノアが一瞬だけ唇を噛んだ。
まあ、断れまい。
「承知しました、殿下」
ノアがそう答えた瞬間、俺は心の中で手を合わせた。
主よ、かわいそうなノアに救いを。
いや、主がなんだか分からないけど。
「セト」
ルナが俺を見る。
「あなたにも、手伝ってほしいのです」
来た。
お願いという名の命令。
首輪のリードは、いつも優しい声で引かれる。
俺は頷いた。嫌だと言っても、人権はない。
それに、こういう見切り発車は、放っておくと大事故になる。
事故現場に嫌々駆けつけるくらいなら、最初から助手席に座っておいた方がまだマシだ。
「……分かったよ。止め役が必要だろ」
ルナの顔が少しだけ明るくなった。
止め役という言葉を、なにやらポジティブに解釈しているようだ。
まあいい。
誤解は誤解として社会を回すのだ。
◇◇
貧民街へ向かう支度をしていると、エリサが付いてきた。
「私も行く」
「だめだ。ハーフエルフは……」
「今日は聖地じゃない」
即答。
正しい。正しすぎる。反論しづらい。
最近こいつ、こういう自我を平気で出してくる。
放り出されるのが不安。仕事をさせろ。と、いったところか。
俺は見ないふりをしている。
見たところで、どうにもできないからだ。
俺だって首輪をつけられている。
「……分かった。あまり気にしても仕方ないしな」
宗教上、ハーフエルフ――というか、エルフなどの純粋な人間でない種族は嫌われる。
奴隷として所有することはそこまで珍しくないが、奇異な目で見られ、目立つ。
面倒なので置いていこうかとも思ったが、いたらいたで便利な奴ではある。
◇◇
ノアとは市街で別れた。
彼は自警団や教会筋の聞き込みへ。
俺は貧民街の市へ。
別れる直前、ノアは革袋を三つ、俺に投げてよこした。
「うまく使え」
ずしり、と重い。
中身は大銀貨がぎっしりだ。
数えなくても分かる。
俺の小遣いより多い。
正義の王女様には、それなりの金がある。
全く金がない正義よりはマシだが、正義をやり通すにはまるで金が足りていない。
貧民街の市は、昼間でも薄暗い。
露店と人いきれで空気が濁っている。
ここでは祈りよりも、腹の鳴る音の方が切実だ。
俺は放火事件のときに情報を買った露店へ向かった。
あの時の商人が、まだ同じ場所にいるかどうか。
いなければ別の口を探す。
伝手はないが、まあなんとかするさ。
――いた。
俺の顔を見るなり、露店の男がにやりと媚びた笑いをこちらへ向ける。
本物の、いやらしい笑み。人を値札で見ている笑み。
「おや、旦那。今日はなにかお探しで?」
並べられた豆や黒パンを買い求めに来たとは思っていないだろう。
「挨拶はいい。ここらで聖職者が何人も行方不明になっている。心当たりは?」
銀貨をちらつかせる。
男は肩をすくめた。
「ないねえ」
俺は息を吐き、踵を返しかけた。
その時。
「……ただ、情報に繋がることなら教えられますよ」
男の指が、銀貨に吸い寄せられる。
俺は大銀貨を一枚、指で弾いた。
男がそれを空中で掴む。
「失踪……誘拐が何件も続くなら、目立つ。ここの秩序に触る。面子に関わる。だから……ヤクザが動く」
「ヤクザ?」
「赤錆って連中です。この貧民街を仕切ってる。血眼になって追ってた時期がある。今は……聖職者が寄り付かなくなって、事件自体が止まってるらしいけど」
「じゃあ、その赤錆って連中はもう動いてないのか?」
「派手には。だが、犯人の情報に対する懸賞金は取り下げられていないはずです。自治当局か教会側から対策の依頼が赤錆に入ってるだろうし、犯人が見付かれば報復が行われるでしょうね」
「都市の自治当局や教会が、ヤクザとずぶずぶかよ」
俺が言うと、男は笑った。
「取り締まられて処刑されることもありますぜ。共存ってやつです。どこの世界にもあるでしょ?」
そう。確かに、どこの世界にもある。異世界にも。
そして、それを前提として、ある種の秩序が成り立っている。
◇◇
夕方。
赤錆の拠点だという酒場に着いた。
窓もない。看板もない。
入口が、入口らしくない。
匂いだけが、ここが酒場だと告げている。
「……行くぞ」
俺が扉に手をかけると、エリサが一歩だけ遅れて付いてきた。
ほんのわずかに、空気を吸うのを躊躇ったように見えた。
扉を開けた瞬間、視線が刺さった。
十数人。いや、もっといる。
暗がりの奥にも目がある。
小ぎれいな服装。
女連れ。
場違い。
俺がここに入った時点で、彼らの秩序はひとつ軋んでいる。
ああ、嫌な視線だ。
元の世界なら胃に穴が空いて、速攻で土下座して退散していただろうな。
でも、今の俺は、よほどの手練れ相手でもなければ簡単に殺せる。店ごと焼き払える。
暴力を振るう権利というのは、どんな麻薬より中毒性が高いな。
「……何の用だ」
いちばん近いスキンヘッドの大男が立ち上がった。
腕が太い。肩幅もある。短剣の柄が腰から覗いている。
彼は俺の服の肩の部分を乱暴に掴むと、ずいっと顔を近づけてきた。
「服にしわが寄る。息が臭い」
俺は返事をせずに、自身が受けた被害を主張する。
次の瞬間、男の腹が沈んだ。
拳を入れたわけじゃない。掌底で、息を奪うところだけを正確に突く。
骨は折らない。死なせない。
死なせるほど、ここで騒ぎを大きくしたくない。
男が膝をつき、吐き気を堪えるように口と腹を押さえる。
酒場が静まった。厳しい視線が俺に刺さる。
「話をしに来た」
俺は男たちを見回して言う。
そして、手近にあった椅子を引いて腰掛ける。
「赤錆の偉いのを出せ。俺は金を持ってる。あと……こっちは、服にしわが寄って不機嫌だ」
少しの間が空いて、奥の暗がりから笑い声がした。
軽い笑い。
乾いた笑い。
「……へえ。貴族の坊ちゃんみたいな風貌だが、随分と乱暴だ」
俺は笑わなかった。
代わりに、銀貨の袋を机の上に置いた。
音が鳴る。
「乱暴なことをしたのは、そこに転がってるハゲだ。俺は取引をしにきた」
「取引?」
「聖職者が消えてる。多分、誘拐。お前ら、追ってたんだろ」
暗がりが、少しだけ濃くなった気がした。
空気が変わる。
最初の、場違いな貴族風の坊ちゃん、を眺めていた視線が、いまは、面倒な案件、を眺める目に変わっている。
ここから先は雑談じゃない。
秩序の話だ。こいつらの秩序の。
奥の席から、男がゆっくり立ち上がった。
肩幅は広い。全体的な体格は普通。
服は粗末だが、不潔には見えない。
指輪も首飾りもない。
飾りがないのは、飾りが要らないからだろうか。
「聖職者が消えた? そりゃ俺らの商売じゃねえ」
男はそう言いながら、こっちへ歩いてくる。
途中で椅子を蹴り、倒れた男の顔を覗き込んだ。
「起きろ。……死んでねえな?」
俺は肩をすくめる。
「殺しに来たなら、そんな半端なことはしない。話がしたいだけだ」
「へえ」
男は俺を見た。
目が笑ってない。
だが興味はある顔だ。
「赤錆の偉いのを出せ、って?」
「そう言った」
「出てきたぞ」
男は俺の向かいの椅子を引き、勝手に座った。
俺が座っていいと言う前に座るのが礼儀らしい。
俺の世界でも、こういう礼儀は見たことがある。
「で、坊ちゃん。……金を持ってるって言ったな」
俺は机の上の革袋を指で叩いた。金属の音がする。
酒場がわずかに呼吸を止める。
「情報が欲しい」
「情報はタダじゃねえ」
「知ってるから積んでるんだろ」
「これじゃ足りねえって言ってるんだよ」
革袋はまだ二つある。
出してもいいが――。
「まず、お前は誰だ」
もちろん想定していたが、面倒な質問だ。
俺は少しだけ言葉を選んだ。
「俺は殿下の使いだ。教会じゃない。自警団でもない。……ただ、いま聖職者が消えてる件は、上が気にしてる」
殿下、とは王族にしか使わない言葉だ。
そして、その言葉から真っ先にイメージされるのはレオトバイ王太子殿下だろう。
ちょっとしたはったり。
嘘はついていない。
「上、ね」
赤錆の男は鼻で笑った。
「あんた、例のサモンドだろ。となると殿下ってのは……」
バレてましたか。
まあ俺もそこそこの有名人なのは自覚してる。
顔や身元を隠して生活しているわけでもない。
否定はせず、にやりと笑っておく。
「お前らも追ってたんだろ。何人も消えりゃ、目立つ。面子と秩序に触る」
男は少しだけ口角を上げた。
「分かってるじゃねえか。坊ちゃん」
「坊ちゃんはやめろ」
「じゃあ何だ。王女殿下の騎士様か?」
最悪の呼び方だ。思わず顔の筋肉が引き攣る。
俺が正式な首輪を付けたばかりだってのも、そこそこ有名なのか。
俺は無視して本題に戻した。
「貧民街で聖職者を攫ってる奴ら。お前らは何か掴んでるんじゃないか?」
赤錆の男は、指を二回鳴らし、何やら小声で部下へ指示を出す。
そして、俺へと向き直った。
「一つ、条件だ。お前らはこっちの縄張りで勝手に正義を振り回すな。お行儀良くふるまえ」
暴力と権力を掲げて見せたせいか、話は思った以上にスムーズだ。
情報共有ができるなら、そもそもこいつらに損はない。
それはつまり、こいつらの持っている情報が大したものではないということでもあるが。
「いいだろう。迷惑は掛けない。なにか分かれば共有する」
上とやらの許可は取っていないが、まあ知ったことではない。
「お前や王家と揉める気はねえ。だが、約束は守れよ。これ以上、面子に泥は許容できねえ」
「了解だ。必ず守る」
まあ、本当になるべく守ろうとは思っている。
男が合図をすると、奥から別の男が出てきて、布で包んだ何かをテーブルに置いた。
布がほどかれる。
出てきたのは、筒だ。
短い金属の筒。
握りのある道具。
武器にも見えるが、短剣のような刃はない。
表面に細い溝が走っていて、そこに黒ずんだ石のようなものが嵌っている。
飾りじゃない。
溝は導線。
なにかの術式か。
「一度だけ、上手いこと連中をおびき出した。それで待ち伏せが出来たんだ。六人組だった。三人殺して、指揮官らしき一人を捕らえた」
二人には逃げられたってことか。
「初耳だな。それなりの成果だと思うが、なぜ宣伝しない?」
「この計画に協力というか、聖職者を囮に出してくれたのが教会なんだがな。そちらからストップが掛かった」
ああ、教会。
教会が知っているなら、こいつの口が軽いのも納得だ。
国教会と、それを信奉する王家。
こいつから見たら、ずぶずぶどころじゃない。
そして俺は、その王家の飼い犬。隠す意味がない。
今頃、ノアが教会で同じ話を聞いているかもしれない。
「で、その時にこちらも何人かやられた。相手は、そこまで手練れって訳でもなかったのにな」
男の視線がテーブルに落ちる。
「その理由がこいつだ」
「魔道具か?」
「ああ。魔力を込めると、先端から雷が出る」
雷魔法。
火球や石矢のように、規格化されて普及している魔法ではない。
電撃を発生させることは、そこまで難しいわけではないそうだが、攻撃魔法として制御することが著しく困難なのだ。
使えるのは、そういった術式を生まれついて持っている者だけのはずだ。
「……待て。魔力を込めるだけで発動するのか」
「ああ。火球魔法の発動を補助するなんていう、そこいらの魔道具とはまるで違う」
そう。普及している魔道具はその程度。
魔力を込めるだけで攻撃魔法が発動する魔道具なんて、俺は一つしか知らない。
俺は筒に手を伸ばしかけて止めた。
「触っていいか」
「壊したら指を落とす」
「物騒だな」
「物騒な場所に来たのはそっちだろ」
正論が飛んでくる。
正論は殴り返しにくい。
筒を手に取った。
冷たい。重さは見た目よりある。
「試し打ちとかできない?」
「調子に乗るな」
解析を通すには魔力を流す必要がある。
試射ついで解析できれば良かったのだが。
解析したら発動しちゃわない? 雷出ちゃう?
さすがにここではまずいよな、と思ったが、よくよく考えれば例の箱も解析しても発動しなかった。
微々たる魔力だからだろうか。
探るように極々少量の、解析にも不足する程度の魔力を通す。
発動の兆候なし。いけるだろう。
俺は筒に解析を当てる。
いつものように、情報が脳内へ流れ込むはずだった。
いや、ある程度は予想通りか。
――何も、来ない。
空虚な感触だけが返ってくる。
滑る。
弾かれる。
拒まれる。
生物を解析しようとしたときの、あの感触。
そして、遺物。
イノセントローズ。
エリサの指輪。
館の箱。
同じだ。
「古代の遺物だろうか?」
俺がそう言うと、男は一瞬きょとんとした顔を、もとに戻して言った。
「さあ。わりと今風の形状に見えるがな」
そういうもんか。
そのあたりのセンスはよく分からない。
「捕らえた奴は?」
「すぐ死んだ。奥歯に毒だよ。気色悪い連中だ」
男が吐き捨てる。
嫌な言い方だ。だが、現場の人間は嫌な言い方をする権利がある。
嫌な現場を見ているのだから。
「教会はなぜストップを掛けたと思う?」
どちらかと言えば教会側と、少なくともこの男からは見える俺の問いに、少し考えるそぶり。
「さてな。その件以来、坊主どもはここらに近づかなくなった。囮役の聖職者がこの魔道具についてなにか報告したのかもな」
彼は敵じゃない。
味方でもない。
秩序の業者だ。
今は利害が一致している。
しかし、全てを話してくれている保証は、当然だがない。
だが、俺としては重要な情報を得たのかもしれない。
聖職者云々の捜査よりも重要なことだ。
「なにか分かれば共有する」
「ああ。俺たちは約束を大事にする。くれぐれも忘れずにな」
「お前らの秩序が壊れると、王都全体が面倒になる。俺も面倒になる」
正直な理由だ。
正義でも信仰でもなく、面倒で動くのが俺の強みだ。
弱みでもある。
男はしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
そして、目を細める。
「いいだろう。こっちも、掴んだら流す。ただし」
「ただし?」
「条件の追加だ。いや、これはお願いだな。今後も良いお付き合いを。王女殿下ではなく、あんた個人とな」
「なんで俺なんだ」
赤錆は少しだけ笑った。
「あんたみたいな話の分かる奴なら、取引できる」
話の分かる奴。
つまり、金と暴力と面倒ごとの収支で動く奴、という意味だろう。
だいたい合っている。
俺は頷いて言う。
「あらためて、セトだ」
「俺は赤錆と呼ばれている」
赤錆って、組織の名前である以前に頭領の通り名だったのか。
ってか、こいつが頭領だったのか。
「次に来る時は、それなりの土産を持って来い。必ず、それなりに応えてやる」
エリサが、小さく息を吐く。
一言も発しなかったが、気を張って警戒していたのだろう。
「帰るぞ」
酒場を出ると、夜の空気が妙に澄んでいた。
澄んでいるのに、喉の奥に埃が残っている。
さっきの拒絶の感触のせいだ。
遺物と同じ。
だったら、あの筒はただの武器じゃない。
そして、ただの誘拐でもない。
いずれにせよ、ろくでもない。
「……やっぱり、この世界はクソだな」
「いまさら?」
エリサが隣で独り言に反応。
そうだな。
いまさらだ。
だから俺は、もう少しだけ賢く、色々なクソに付き合う必要がある。
秩序は、嫌いではない。
正義よりも、ずっと付き合いやすい。